So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の30件 | -

質問コーナー [雑文]

こんにちは。みなさま。

お蔭さまをもちまして、『聖徴』無事終了いたしました。
ブログの無い時代でしたら、こんなど素人のわたくしの作品がこれほど
たくさんの方に読まれることもなかったと思います。
つくづくいい時代になったもんだと感謝しております。


ところで、これまでやろうやろうと思って機会がなかったのですが、
やはり皆さまからのフィードバックはしっかりとって、
これからの作品作りに役立てたいと思います。

そしてやはりネガティブなことですと書きにくかろうと思い、
選択式で選んでもらうことにしました。

またよろしければ、どんなことでも構いません、所見などをお書きいただけますと大変ありがたいです。
そしてまた、ご自身が答えにくいな、と思われた質問はスキップしてくださって構いません。
失礼な質問もしているかもしれません、この場を借りてお詫び申し上げます。
大変申し訳ありませんでした。


そしてまた、公開形式ですと、本当のことも書きにくかろうと思いますので、
お書きくださったものは非公開にいたしまして、わたくしのみが閲覧できるようにしたいと思います。
コメント欄にお書きくださったものは反映されません

またですね、お名前も無記名でかまいません。
もし質問などありましたら、お書きください。
お答えする手段は、そのときの状況に応じさせていただきます。







さて、これらの質問に答える方法ですが、まず、質問全体を大きくコピペしてコメント欄へ張り付け、それから
質問にお答えいただくのが、楽な方法かなぁと思います。



このアンケートにたくさんの方が書いていただけた場合は、後日答えを基にした結果を
みなさまにお知らせしたいと思いますので、よろしくお願いします。

さてスタート!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〇 あなたは男性ですか、女性ですか?
 ① 男性   ② 女性

 (   )



〇 あなたの年代は次のどれに該当しますか。

 ①10歳未満 ②10代 ③20代 ④30代 ⑤40代 ⑥50代 ⓻60代 ⑧70代以上

 (   )
 

〇 家族構成をお聞かせください

 ① 独り住まい
 ② 配偶者とふたり
 ③ 配偶者と子供と一緒
 ④ 配偶者と子供と両親(あるいは義理の両親)
 ⑤ 両親あるいは片親
 ⑥ その他

  (        )



〇 あなたは職業をお持ちですか?
 ① はい   ② いいえ 

  (   )


〇 あなたは何県にお住まいですか?

 (        )
 




〇 あなたの趣味はなんですか。下記に当てはまるもは複数お答えいただいて構いません。

 ① 旅行
 ② 音楽鑑賞
 ③ 音楽の実践(ピアノを弾くなど)
 ④ スポーツ鑑賞
 ⑤ スポーツの実践(野球をするなど ダンスも含まれます)
 ⑥ 読書
 ⓻ 映画鑑賞
 ⑧ 美術鑑賞
 ⑨ ハイキング・登山
 ⑩ 手芸
 ⑪ 園芸
 ⑫ 文芸(俳句・短歌、詩、エッセイ、小説などを書く)
 ⑬ その他

 (        )

 
  ⑫ その他の方は、恐れ入ります。教えてください。
 
 (                                         )





〇 あなたは、このブログをどのようにして知りましたか。

 ① Googleで検索して
 ② 日本ブログ村を検索して  
 ③ 恋愛小説人気ブログランキングで検索して  
 ④ その他

 (   )

 ④の方はよろしければ、お教えください。
(                                           )


〇 いつからこのブログを読むようになりましたか?
 ① つい最近
 ② ニ・三か月前から
 ③ 半年前から
 ④ 一年前から
 ⑤ ④よりも前から

(   )


〇 ブログの何に惹かれますか?
 ① 扉絵
 ② 作者の文章のセンス
 ③ 作者と自分の興味の領域が重なる
 ④ その他

 (   )

 ④の方はよろしければ、お教えください。
(                                           )


〇 これまで読まれました拙作品の中でどれが一番お好きでしたか?

 ① フーガ
 ② 秘められた名前
 ③ 時間の記憶
 ④ マダムXの肖像
 ⑤ 月食
 ⑥ 聖徴

 (   )



今回、ブログ内で上梓致しました『聖徴』についてお伺いします。

 〇 面白いと思われましたか?
  ① 面白くなかった。
  ② あまり面白くなかった。
  ③ ふつう
  ④ やや面白かった 
  ⑤非常に面白かった

(   )

 〇 難しいと思われましたか

  ① はい    ② いいえ
 
(   ) 


   「① はい」と答えられた方にお伺いします。どこらへんが難しいと思われましたか?

    a 文章がこなれていない、あるいは生硬。
    b 地理的な距離。
    d 宗教的色彩が濃い。
    e 物語の構成
    f その他
   
    (   )

   「f」と答えられた方はよろしければその理由をお書きください。

(                                         )



 〇 劇中で官能的表現が出て来る場面がありましたが、それについてお尋ねします。
   あなたはどう思われましたか。下の該当するものをお答えください。

  ① 一般の人間が読むにしては不謹慎すぎる。
  ② やや、過激だったので、もっとソフトに抑えてほしい。  
  ③ やや、過激だったが、楽しく読了することができた。
  ④ 普通である。
  ⑤ やや、物足りなく感じた。
  ⑥ その他

(   )

 「⑥」と答えられた方に伺います。具体的にどう思われましたか。
 (                                           )






 〇 この小説には「経若」と「阿野中将」という二人の主要登場人物が出て参りましたが、
  あなたはどちらの男性に共感、ないしは好感を抱きましたか?

 ① 経若
 ② 阿野中将
 ③ どちらにも共感、好感を抱いた。
 ④ どちらにも共感、好感を抱かなかった。

(   )
  ①と②を選択された方は、よろしければその理由をお聞かせください。
(                                           )




 

 〇 この小説について、ご感想などありましたらお書きください。
(                                          )



 〇 この先、作者であるsadafusaが書くとすればどんなものが読みたいと思われますか。
  よろしければ、お書きください。
  また、小説以外にも、こういうカテゴリーについて書いてほしいなぁというご要望があれば、
  ぜひお書きください。








   


 以上です。
 ご協力、ありがとうございました。










 

みなさま、ほとんどの方はおわかりいただけているとは思いますが、ごくまれに人権を侵害するような個人的な誹謗中傷を書き込まれる方がいます。それは言葉による暴力ですので大変傷つきます。そこのところをご配慮いただけますよう、伏してお願い申し上げます。
nice!(5)  コメント(0) 

聖 徴 ㉔ [聖徴]

みなさま、おはようございます!
今日も読みに来てくださいましてありがとうございます。


この話は、前にもいいましたが『蝉丸』という能をヒントにしています。
そして、もともと冒頭と大団円の部分だけが最初に出来ていまして、
要するに上田秋成の雨月物語「蛇性の婬」みたいな話にしようと思っていました。

でも、ただ悪い蛇の性がやっつけられるみたいな意味だけにするんじゃなくて、
蛇だってそれなりに、こうなったわけがあるという
鎮魂の話にしたかったんですね。

それでですね、能ってもともと鎮魂の意味があるんですよ。
って能ってもんがそもそもよくわかんない人もいると思うんで、
ざっと「能」の構成を説明しますと、
たいてい、劇の冒頭に「諸国行脚の僧」っていうのが出て来るんですね。
旅から旅をしている聖(ひじり 聖というのは尊い坊さんのことを指すのじゃなっくて、こういう旅から旅へと遊行している出家のことをいうらしいです)です。

その聖が、ある場所へ来ると、老いさらばえた老婆が座っているんです。
坊さんはなんか不思議に思って、その老婆に「どうしたのか?」って尋ねると
「実はわたしは、昔この辺りでは一番の美女とたたえられておりまして…」
とかなんとか、昔語りをするわけです。
だいたい、その老婆(女に限らないのだけれど)は成就することなく恋にやぶれて死んだ小野小町だったり、義経と生き別れてはかなくなってしまった静御前だったりするわけですよ。
その老婆は昔、自分がどんなに相手の男を愛して愛されたかを切々と語る。
だけど、どんどん魂が高ぶってきて、自分がはかなくも死んだり、引き裂かれたり、捨てられたりした悲しい部分を泣きながら言うわけですよ。

でも、聖がその煩悩に取りつかれた老婆(たいていは亡霊)に向かって、読経したりすると、亡霊は魂が救われて成仏するんです。

こんな風にですね、今風な能物語にわたしもしてみたかったんです。
一種の仏教説話のような形式ですね。



もともと能(猿楽や伝田楽)というのは、お寺の法要(法要はたいていつまらないものです)のときに、最後のアトラクションとして庶民に向かって、「こんなふうに仏様の功徳ってすばらしいものなんだよ」ってわかりやすく劇にしていたものなのですが、面白いは面白いけど、結構泥臭いものだったらしいのです。
そういうあか抜けない劇がだんだんと洗練され、
世阿弥の時代に決定的な芸術作品に昇格したのですね。


昔のヒーローやヒロインが美しく「狂い」ながら成仏するという幽玄能はそのころの人々の心をわしづかみにしたんですね。


最後まで楽しんでください。






続きを読む


nice!(1)  コメント(6) 

聖 徴 ㉓ [聖徴]

みなさま、おはようございます!
今日も読みに来てくださいましてありがとうございます。

昨日の箇所を読んでお分かりの通り、橘姫と経若が大原で死んで
時代は60年ほど経過しているのです。

さて、長いこと連載しておりましたこの小説も明日で終わりですね。

わたしは、この話は「自我と超自我」の話だと思って書いていました。
人というのは、たいていの人は「いいことをしよう」とか「いいことをしたい」と素直に思っている人がほとんどだと思うのです。それはそれで大変いいことであると思います。
ですが、なにかの拍子にそういう自分を制御する理性みたいなものが吹き飛んだ時、
そういう「善人ぶり」などというものは、案外簡単に吹き飛んでしまうものなんじゃないかなぁと思っています。そして普段自分でさえ、気にもしたことのないような本音というものが、心の奥底から出て来る…。

だからそれがいい、悪い、じゃないくて、所詮人間なんてそんなもの。
「そんなもの」っていう言い方は適切じゃないかなぁ。

だから、ダメというんじゃないんです。
なんていうのかなぁ、人間はいつまでも若くいられないでしょう?
そしてどんなにアンチエイジングだなんだ、といっても
やはり年老いて行って、死んでしまう運命じゃないですか?

やはりその運命から逃れられる人というのはひとりもいません。

橘姫は案外潔く、美しく彼女の最期を終えました。
しかも、弟に「辛かったであろう…。赦せ」とまで言って死んでいきました。
立派な最期だと思います。

これは完全に極楽行きだろうと誰しもが思うじゃないですか。
でもね、わたしは、橘姫には誰にも言えないうらみつらみ、つまり「無念」を抱いて死んでいっただろうと思えるのですよ。

それがこの「慈性上人」の章です。

そして、そういう哀れな人間をとりもなおさず、見守っている存在もいる、ってことも
書いて見たかったのです。

わたしはわりとフワフワしたことばっかり言う非現実的なスピ系の人は嫌いなのですが、
わたし自身は結局のところ、「神」を信仰しているのだなぁと思うのです。

続きを読む


nice!(3)  コメント(4) 

聖 徴 ㉒ [聖徴]

みなさま、おはようございます! 
今日も読みに来てくださいましてありがとうございます。

あっついですね~。まだ7月だというのに、もはやバテバテです。
あ~、ホントに嫌いだぁ~。夏はぁ~。

さて、前回で主人公の橘姫と経若は死んでしまいました。
主人公が死んでしまったら、話の続きもクソもないだろう、と思っているアナタ。
それはそうなのですねぇ。

ですが、話の冒頭を思い出してください。
慈空という若いお坊さんが出て来たでしょう?
あの話を思い出してください。

慈空はいいとこの坊ちゃんなんで、結構意地悪く
泊めてくれたところの女の人を観察していましたが、
あれからどうなった…?というところから
話は始まりますね。

さあ、今日もお楽しみください!



続きを読む


nice!(2)  コメント(2) 

オリジナルヘッダー変わりました。 [雑文]

今、連載している「聖徴」の表紙を義理の息子、イナタジュンヤがイギリスにて制作してくれました。

すごくきれいな橘姫と経若ですよね。
感服いたしました。

娘夫婦に感謝いたします!!

IMG_0474.JPG
nice!(4)  コメント(4) 

聖 徴 ㉑ [聖徴]

みなさま、おはようございます!
今日も読みに来てくださいましてありがとうございます。

この物語もついに21回を迎えました。
わたしも舞台が日本で、時代ものっていうのは初めてなので、
なかなかテンポがつかめず、最初のころは難航したのですが、
やれやれ無事に終われそうです。

皆さまは、晴れやかな正史に興味があるのかなぁと思います。
天下の覇者が出て来る歴史、王朝の美女が出てくる話、
世の中が移り変わるとき、そんな豪快な話がつきものです。
でも、わたしはどっちかというと歴史のダークサイドのほうが興味がありまして、
例えばですが、『日本書紀』などは日本が対外政策として、
美しい日本の在り方っていうのを書いてあるのですよね。
でも、これは実は真実は捻じ曲げられていることのほうが多いと思う。

素戔嗚尊(すさのおのみこと)は八岐大蛇(やまたのおろち)で有名な
英雄です。でも、天照大神の弟でもあって、すごく乱暴者でお姉さんがハタを織っているときに
死んだ馬を投げ込んだりして、それがまた天岩戸の話にもつながっていくんですが、

どうも、もともと二人いた人物が一つに統合された形跡があるように思えるんですよね。


それは八岐大蛇を退治した出雲の英雄が、伊勢の勢力に負けたことの証じゃないんだろうか?
みたいなね。
なんか真実を改ざんして、素戔嗚尊を必要以上に貶めているような気がしてならない…。

…みたいなことを昔から思っていたりするんですよ。

あ、話がいつものごとく脱線していくわ~~ww


そう、この話のもともとの動機っていうのは、日本の卑賎視観というものは、
不浄という観念とともに、貴人の清浄さを守るために作られたシステムだってことです。

日本人は牛馬を屠ることを異様に嫌いますが、
お隣の台湾なんて、逆に一匹牛を屠ったなら、その尊い命をいただいたわけだから
隅々まで活用しなければ申し訳ないと思う国ですね。
『安閑園の食卓 私の台南物語』

安閑園の食卓 私の台南物語 (集英社文庫)

安閑園の食卓 私の台南物語 (集英社文庫)

  • 作者: 辛 永清
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/06/25
  • メディア: 文庫



作者の辛 永清さんは、もう亡くなられましたが、台湾の湾南で生まれ育ち、日本にピアニストになるために来日し、いろいろと紆余曲折があって、中国料理研究家になられた人です。
往年の宝塚の大スター鳳蘭によく似た、大きな作りの美人で、よく『きょうの料理』にも出演しておられました。いつも優雅にチャイナドレスを着こなしておられ、すてきな人だなぁと思って拝見していた覚えがあります。

この人はもともと戦前は、お父さまが台湾の総統をやっておられて、いわゆる名家の令嬢だったらしいのですが、牛を屠ってその肺の料理は直腸を使った料理、すべて余すことなく使って食べることが供養だ、みたいなことをおっしゃっていますね。
それは本当だ、と思います。
そしてそんなに身分の高い令嬢であるにもかかわらず、そういう牛を実際に裁くことが出来る、しかもごく当たり前のこととしてやっておられる。

ここに日本人のわたしなんかは非常に心を打たれるわけですよ。


同じ仏教を信仰しているのに、こういう皮膚で感じる感覚の違いってなんなんだろうなって
思ったりするんですよ。どっちがいいとか悪いとかの問題ではなくってね。


別にこれを書いたからといって、疑問は解けたわけではないのだけれど、
なんか考えるきっかけにはなったかなと思います。




さあ、究極の選択を迫られた経若がとった行動は?
今日もお楽しみください!






続きを読む


nice!(4)  コメント(6) 

聖 徴 ⑳ [聖徴]

皆さま、おはようございます。
今日も読みに来てくださいましてありがとうございます。

さて、だんだんと話も佳境にはいっておりますが、
今回は橘姫と経若の祖先のふるさと、
波斯(はし)国について少しお話しようかなと思います。

さて、波斯の国はどこにあるのでしょう?
まず、結論を最初に持ってきますと、波斯の国とは今のイランにあたります。
イランはどこにあるのか、まず地図で確認しましょう。
20090705_00a.jpg


はい、ここですね。
イランは昔、ペルシャと呼ばれていました。
でも、ペルシャっていうのはそのまま現代にスライドしてペルシャ=イランとなるわけじゃないのです。
古代ペルシャにあったファールス地方をペルシャと指すそうです。
はい、ではファールス地方を地図で確かめてみましょう。

IranFars.png

蛍光黄緑色に塗られたところが現代イランのファールス地方だそうです。

このファールス地方ですが、語源は騎馬者を意味するパールス Pârsから来ているそうです。
騎馬民族なんでしょうね。

まが、このファールスですが、ギリシャ語ではペルシス(Πέρσις Persis)と呼ばれ、
現代のペルシア語ファールスィーなんだそうです。


話は横に入りますが、わたくしロックの大御所グループQUEENのフレディ・マーキュリーが好きなんですよ。彼は一応国籍はイギリスなのですが、生まれはインドなんですよ。
でも、彼ってじゃあ、インド人なのかっていうとそうじゃないんですよね。

彼はずっとずっとその昔、ゾロアスター教の信仰をイスラムから迫害されて逃げて来たペルシャ人の末裔なんです。フレディの一族はインド人社会から「パールシー」と呼ばれて、自分たちだけの隔絶されたパールシー社会をインドで形成されてたそうなんですね。

で、ペルシャ語のファールシーですよ。パールシーというのは、今の「ファールシー」の古い言葉なんじゃないですか?

つまり、フレディも橘姫も故郷を同じにする、ペルシャ人の末裔なんですね。

京都には映画村で有名な太秦ってところがありますが、どうも昔はあそこは
ゾロアスター教の寺かあるいは、景教(ネストリウス派のキリスト教団)だったんではないかと言われているのです。
皆さんは気が付いていないだろうけど、日本にはそこはかとなく、ゾロアスター教が影響したんだろうな、というものがゾロゾロあるんですよ。(ゾロアスター教だけにね)
まずね、お灯明というもの自体、ゾロアスター教の影響ですね。
これは、仏教もキリスト教も一緒なんです。ゾロアスター教の影響なくして、このように聖なるものを荘厳する方法はなかったといえましょう。

あとは、仏教用語ですが、「閼伽(あか)水」っていうのがあります。まぁ、お香水というか、若水というか、つまり仏前にお供えする水ですが、
これは今、「アクア」って言葉の元ですよ。

まぁ、これもびっくりでしょうが、「阿弥陀(あみだ)如来」ね。これはペルシャ語の「アミターユス」とか「アミターヴァ」の音を表記したものなんですよ。意味で訳すと「無量寿」「無量光」つまりは、「かぎりない命、かぎりない光」です。日本には浄土真宗のおうちが多いと思いますが、お坊さんが法要のときに読経しておられる「あ~んま~んだぁ~」ってやっぱりゾロアスター教からきているのだと思います。


まぁ、それはこのくらいにして、実際日本の奈良時代あたりに、波斯国から人が渡って来たらしく、そのころ、伎楽(ぎがく)っていうのがありまして、伎楽の面などをみるとやはりこれはペルシャ人なんだろうなぁ、って思わせますね。


E98594E883A1E5BE93-61f1f.jpg20150819004244.jpg

(なんか似てない? このふたり(笑))


ああ、忘れていました、現代には橘姫みたいな人いますね、
ダルビッシュ選手とか。あの方のお父さんはイランの人ではなかったでしょうか?



それでは、今日もお楽しみください。

続きを読む


nice!(3)  コメント(6) 

聖 徴 ⑲ [聖徴]

皆様、おはようございます。
今日も読みに来てくださいましてありがとうございます。

今日は、能の芸人についてお話を少ししたいかなぁと思います。

現在、能や狂言、そして歌舞伎などは伝統芸能といいますか、
日本が世界に誇る素晴らしい文化遺産として誇っておりますが、
中世においてはその身分は決して高いものではありませんでした。

それはこの前から都度都度言ってきたことだと思います。

ですが、お気づきになられませんでしたか?
最下層の賤民であるにもかかわらず、乙若の一党は
わりと上品な言葉を使っているなぁって。

これはね、話の雰囲気を優雅にしたいから
わたくしがそういうふうな流れにしたんじゃないんですよ。

というのも、こういう能みたいな芸能というのは、
古典の素養というものがなければ、楽しめない芸能だったのです。
わたしも能って実は無知なんですが、
そもそも作品が古典から来ていることが多いでしょ?
『敦盛』とかさ「二人静」とか「卒塔婆小町」とかさ。
タイトルを聞いて、ああ、「平家物語」か義経の物語か、小野小町の話かって
すぐにわからなければならないの。
かかえて、謡曲の中には、昔の名歌と呼ばれたものをパロったものというか、
本歌取りみたいな技巧が凝らしてありますからね。


ですから、例えば、かの有名な世阿弥ですわね、
あの方はもともと結崎というところにおりまして、
談山神社に属している芸人だったのですが、

それではいつまでたってもうだつが上がらないと思い、
観阿弥(世阿弥の父親)が南都(昔の平城京)の寺に入れて、
息子に教養を着けてもらったのです。
世阿弥は、類まれなる美少年だったそうですから、
その手のほうに目がない坊さんにはさぞかしかわいがられたでしょう。
あらゆる意味で。

そしてついに十二歳のとき、京の都に打って出て、
時の権力者である、義満にかわいがられることになるのですね。


何が言いたいかと言うとですね、
人って結局のところ、最後に繋がれるものというのは、
お互いの知的レベルが一緒ってッてとこらしいのです。

対立する両者のレベルが高くても低くても、お互い会話が成立しなくてイライラするのです。

ですから、男尊女卑の九州なんかは、女子は「子供を産む装置」として
女子教育なんか一切しないで、もっぱら男同士の愛に走るのですね。
というのも、結局、男女が相まみえたとしても、語る言葉が違うからだと思うのです。

つまり、どんなに下賤な芸人であっても、教養ってものがあれば、上つ方のやんごとない方とでも
うち混じれるということなのですよ。

ですから、たぶん、こういう上昇志向の強い乙若のような一党は
子供を小さい時から、勉強させまくっていたに違いないのですね。

それも処世術ということです。





続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

聖 徴 ⑱ [聖徴]

おはようございます、皆さま。
今日も読みに来てくださいまして、ありがとうございます。

さて、昨日の回で「聖徴」と出てきましたね。
聖徴は中将と橘姫との間に生まれて来た、姫の目の色のことだったのです。

まぁ、こんなことはほとんど中世の日本にはありえないことかなと思うのですが、
東北のほうにたまぁに目の青い人が生まれるんだそうですね。

日本人と外国の人の間のハーフにも目の青い人は生まれるみたいです。
ベッキーさんなどは、目の色が緑ですね。

聞くところによりますと、白人の赤ちゃんなどは生まれた時、ほとんど全員が金髪碧眼なんだそうです。

ですが、たいていの場合二三か月もすると、青い目の色もだんだんと暗みをおびて、
三歳ぐらいになると、本来目が黒っぽい色の人は、そのようになっていくものらしいです。
髪の毛のほうはもうちょっと、変化が訪れるのが遅く、子供はたいていブロンドですが、
やはり年を取るにつれ、だんだんと暗い色に変わっていくものらしいです。

赤毛のアンは自分がニンジンみたいな赤い髪の色をいやがっていたけれど、
どうも、それは一生続くわけではなさそうで、やはり年を取るにしたがい、
だんだん黒っぽい色に変化していくみたいですね。

また、目の色は白人ばかりが青い色をしているわけでもなく、
黒人にもまれにブロンドで目の青い子どもは生まれて来るそうです。


日本は、昔から「正常」の幅が狭く、みな髪の毛は黒くて真っすぐで、
目の色も黒くっていうのが当たり前でした。

少し前にありましたよね、本来の髪の色が赤いのに、高校側からむりやり黒く染めさせられたとかいう事件。あれは一体どうなのか?と思うんですよね。やりすぎです。


さて、目の青い赤ん坊が生まれてしまって途方に暮れる橘姫。それを弟の経若は救助しようとしますが…。

今日もお楽しみくださいね。

続きを読む


nice!(2)  コメント(2) 

聖 徴 ⑰ [聖徴]

みなさん、おはようございます。
今日も読みに来てくださいまして、ありがとうございます。


さて、いきなり呪術めいた箇所で終わって、
みんな戸惑いが隠せないようですが、大丈夫ですか?
ついてこれていますかぁ?
しかしここは非常に大切な場面なのです。

ここからが本番ですよ!

今日も元気で行きましょう!



続きを読む


nice!(3)  コメント(8) 

聖 徴 ⑯ [聖徴]

みなさま、こんにちは。

今日はね、この小説で一番燃え上がる箇所なのかしら?
この場面がないと、この話は成り立たないといいましょうか…。

激しい場面に移る前に少し…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
先日の話の続きですが…
さらに昔、平安ぐらいのことなのでしょうか
わたしの住んでいるところは桃園(ももぞの)だったといいました。
それでね、やはり能の演目があるのですよ。『胡蝶』

詳しくはコチラ→http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_062.html


場所は一条大宮なのですが、今、ここにはクロネコヤマトの集配場があります。
その前はちっさいスーパーでした。

ここは平安のころ、三重の塔が立っていたらしいのです。
でも、移築されて、その塔は京都の木津川の方面の、
堀辰雄のエッセイで有名な「浄瑠璃寺」に移築されております。



117_1795-11.jpg


それを知らないで、昔浄瑠璃寺へ行ったのですが、三重の塔の説明書きをそこで読んで
びっくりした覚えがあります。

もしこの塔はそのまま一条大宮に立ち続けていたら、必ず応仁の乱で
焼亡してしまったでしょうね。どういう経緯で移築されたのかはわかりませんが、
不思議な歴史のめぐりあわせであります。



さぁ、今日はたぶん、3回ぐらいはみなさん読み直すんじゃないかな…(笑)
恋人たちには「堕ちていく快感」っていうものがあるんだろうな、と
書いていて思いました。

それでは…ぜひ。








続きを読む


nice!(3)  コメント(6) 

聖 徴 ⑮ [聖徴]

みなさま、おはようございます。
今日も読みに来てくださいまして、ありがとうございますっ。

毎日、暑いですねぇ。わたしは本当に暑さに弱いので、
毎年夏が来るとうんざりです。


さて、先日、ちらりと能の話をしたように思います。
私の住んでいるところは、あんまりはっきりとは言えませんが、
晴明神社にほど近いところなのですね。

で、うちの近所には昔、(明治のころ)桃園小学校っていうのがあったんだよ、って
話をしましたよね。

京都ってところは、明治になって帝が遷都されてしまって、
残された人々っていうのはそのことがよっぽどショックだったみたいですね。
でも、自分たちが並ぶことのない都人だと思っていた京都人の偉いところは、
「これまでよりも、もっと立派な場所にして、いつか帝に戻ってきてもらうのだ」
と思い、その矜持に見合うだけのことをいろいろな方面で頑張ってきたということなのですよ。

で、京都は他のどこの土地よりも先駆けて、どんどんと小学校を作っていきました。
その小学校の多くは行政が間に立って創建されたものではないのです。
町衆が先頭に立って「わしらの子供のことじゃ、わしらがやらずしてどうする?」
という気概で持って作ったものが多いのです。

わたくしの近くの桃園小学校は、
聞くところによるとさるやんごとない宮さまが
自費でおつくりになったものらしく、古いながらも相当に立派な校舎でした。

そして昔の京都の小学校っていうのは、やはり見識が高いというのですかねぇ、
「作法室」っていうのがあったんですよ。
桃園小学校もそれこそ、どこか立派のお寺の対面の間みたいに立派な格天井が張ってありました。

私が思うに、こういう立派なものって絶対に二度とは作れないものなのですね。
ですから、たとえ古くて使い勝手が悪かろうと、リフォームして使うべきだったのに、
京都の行政の人ってそろいもそろってアホだったんでしょうか?
……これらの先人たちの偉業ともいうべき校舎をつぶしてしまったんですよ。

そのあとから、いくら三億円を投入して新しい校舎を作ったと威張っていても、作ってからかれこれ二十年ほど経ちましたからね、今じゃ乱暴な児童がバタバタ荒らしまわっているうちに見事にボロボロです。

今、潜伏キリシタンの明治のころの教会が世界遺産になっというニュースがあるじゃないですか?
私に言わせてみれば、洛中にある明治時代に作られたこれらのもろもろの小学校は、この世界遺産にも匹敵するほど、すばらしい校舎ばっかりだったのです。それなのに、目先のことばかり考えている芸術的センスのない小役人が潰してしまったことに、そうとう腹が立っているんですよ。

そして小学校のネーミングも学識のある人々が付けたので、素晴らしい名前ばっかりだったのですよね。

桃園、聚楽、翔鸞とかさ…。すごいのになると、乾隆小学校っていうのがあって、なぜここに中国の皇帝の名前が?って思うけど、やはり当時の名づけ親たちはそれなりに深い思いがあったんでしょうね。
昔の学者は漢文にも相当強かったので、このような格式のある名前をつけることができたんでしょう。
これもそれなり無形の文化遺産だと思うのに、
今じゃ「御所南」とか「二条城北」とか「西陣中央」とか…。
不動産物件みたいな名前になってほんとに、うるおいがなくなってイヤです!

とにかく、京都っていうとなにか公家文化が花開いて常に、ミヤビではんなりしていて~
というイメージを持たれるでしょうが、
祇園祭りにしろ、茶の湯にしろ、今回の小学校のことにしろ、ですね。
これらはすべて京の町衆の心意気というか、反骨精神に基づいて自発的に行われたことなんです。

お江戸もそうですが、町人のお上に対する反骨意識なくして、今日の日本は
成り立っていかないものだったのですねぇ。

たとえどのようにお上が町人を制圧したとしても、かならず町衆たちはみんなで知恵をしぼりあって、素晴らしいものを創造していったのです。わたしはそういう名もなき先人たちに敬意を表したいと思います。







経若、橘姫にとっては何でも心置きなく話せる優しい弟なのでしょうが、
実は結構、二面性のある人物のようです。

さて、今日はどうなるのでしょうか?

続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

聖 徴 ⑭ [聖徴]

みなさま、おはようございます。

あれよ、あれよと言う間に7月ですね。去年の今頃は
「時間の記憶」をここにUPしておりました。
ときが経つのって早いです。
そしてなんとか話を考え出して完成させ、UPできたことが嬉しいです。


さて、わたしの住んでいるところですが、ここはもともと昔は
桃園だったらしいです。

で、今は小学校の統廃合も進んでその名前ではないのですが、
一番近くにある小学校の名前は桃園小学校といいました。(園の字は本当はもっと難しく園の上に草かんむりが付いています)で、この小学校ですね、もとは今の観世流の祖である、観世三郎の屋敷跡らしいのですね。で、学校にはひっそりと観世三郎の名にちなんだ観世井戸と観世稲荷が祀ってあります。

それとですね、この小学校のすぐ近くに鶴屋義信という有名なお菓子屋さんがあるのですが、
ここの代表的なお菓子に「京観世」っていうのがあるんです。
有名なお菓子ですので、京都にお住まいじゃない方もご存じの方が多いと思います。
なかなかおいしいお菓子ですよ。


kyoukanze_main.jpg

わたしはずっと知らなかったのですが、この京観世は、この小学校の観世井戸の水紋をかたどったものだったのだとか…。
近所に住んでいても、日頃はその名の由来とかあんまり考えたことがないのですが、京都というのは重層的な歴史が重なったところなのだなぁと思います。





続きを読む


nice!(2)  コメント(2) 

聖 徴 ⑬ [聖徴]

みなさま、おはようございます。
今日も読みに来てくださいまして、ありがとうございます。


昨日は中将の男っぷりの良さに、キュンキュンされた方も多かったんじゃないでしょうか。


今日は章が変わりまして「経若」です。
この名前は、実は夫が結構考えて付けてくれたすてきな名前なのです。

前述しました貞成親王の「看聞日記」を丹念に調べておりますと、
伏見にある宮のもとにはいろんな千秋萬歳の一党が訪れたことがわかります。
この「なんとか若」とか「なんとか夜叉」って名前ってこういう芸人によくある名前だったようです。

経若、漢字も渋いし、とても気に入っています。


橘姫と幼い日に引き裂かれた父親違いの弟ですね。
いろんな一族の業を背負って生きる若者ですが、
これからどうなっていくのでしょうか。






続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

聖 徴 ⑫ [聖徴]

おはようございます、みなさま。
本日も読みに来てくださいましてありがとうございます。
今週はこの小説のピークですねぇ。


今日はちょっと中世の貴族のことについて書こうかなと思います。

京都の人は現在でもプライドが高くて、京都に住んでいる人全員が殿上人の末裔みたいな顔をしていますが、そんなことは全くありません。
本当の貴族の中の貴族は、明治天皇が東京に行幸されたときに随行しておられます。
残るは地下人(じげびと)ばかりなり、でした(笑)。

さて、この殿上人というのは、どんな人なのかというと
帝の日常生活の場である清涼殿の殿上間に昇ること(昇殿)を許された者のことを示すそうです。
昇殿を許されるとはどういう状態の人かと申しますと、まぁ、だいたい四位か五位ぐらい(まれに六位も含まれるそうですが)の任官を授けられた人が昇れたということらしいですね。

ですからいくら貴族であろうと、無位無官の人間は地下人です。
かの有名な、家のすぐそばに祀られている神社がある安倍晴明もですね、
貴族だったみたいだけど、たぶん身分は低くて、地下人だったんじゃないかな。

じゃあ、公卿はなに?というと、殿上人の中でもさらに高位の人間のことを指します。
だいたい従三位以上か、または参議(今の国会議員のこと)になることのできた人のことです。

じゃあ、こういうのは能力主義なのか?というとそんなことは全くなく、
公卿になれる家は決まっていました。
そういう上流貴族全体のことを堂上家といいます。

ですが、堂上家の中にもさらに細かく家の家格が定まっておりまして、
摂家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家とカテゴライズされていたのですね。

摂家とはまぁ、五摂家が有名ですね、関白を輩出する家です。
近衛、九条、鷹司、二条、一条家です。
摂家に続いて、格式のある家は清華家となるわけです。

この劇中に登場する阿野中将は、もちろんわたくしの作った架空の人物ですが、
阿野家というのは、後醍醐天皇の寵姫として名高い阿野廉子を輩出した家柄だったのですが、
まぁ、この天皇サマは南朝ですからね、北朝が正統と見なされてしまってからは
阿野家は分が悪く、羽林家という家格で留まってしまいました。
羽林家は堂上の中でも中堅で、たまぁに大納言(これでもかなりエラい)になる人もいましたが、
大臣にはなれませんでした。
でも、武人を輩出する家柄です。ですから阿野中将は、左近衛府に属していることにしました。

まぁ、それなりによい家柄です。
そして、武家と公家が混然一体になってしまった世の中になると、
もともと公家だった家は自分の家のお家芸というものを大事にするようになるのですね。
お家芸といいますと、五摂家なら「有職故実」とかです。
わたしが数ある堂上の家で阿野家にしようと思ったのは、
ま、ある理由があったからなのですね。

難しい話はこれぐらいにして、今日もお楽しみください。







続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

聖 徴 ⑪ [聖徴]

みなさま、おはようございます!

さて、お話の先が読めて来ましたか?
本日は章のタイトルであります「阿野中将」がやっと出て参ります。

橘姫は否応なく、運命という渦に飲み込まれていくのです…。

続きを読む


nice!(3)  コメント(6) 

聖 徴 ⑩ [聖徴]

みなさま、こんにちは。
今日も読みに来てくださいましてありがとうございます。

昨日で、『橘姫』の章は終わりました。今日から『阿野中将』です。
阿野中将とはどんな人物なのでしょうか…?
お楽しみに。


さて、今日は少し舞台裏の話をしようかなと思います。
実はわたしのsadafusaというペンネームは
10年以上昔にある大学の史学部に在籍していて、卒業論文を書こうとしていたとき、
学友の方から「大学のSNSがあるから、是非そこへ参加してほしい」と言われたのですね。
それでハンドルネームを決めなきゃならなかったのですが、
どう決めていいかわからない。

それで、そのとき、たまたま読んでいた本が『看聞日記』だったのです。
わたしは、当時千秋萬歳について調べておりまして、この日記を読んで
その動向を考察していたのです。

で、作者が伏見宮貞成(さだふさ)親王という方だったのです。
この日記は14世紀の風俗や出来事を事細かに記されていて
大変貴重な史料となりえたのでした。

自分の手元の本を見て、sadafusaでいいかぁ~と思ってこのハンドルネームを使い出したのですが、
それ以来ず~っと使っています。

でも、この親王さま、若い頃は全く冴えない方でして、皇族でもミソッカス扱いです。
普通、皇族関係の方なら「〇仁」と仁という字を使うものなのですが、
親王さまのお父上がそれをご遠慮してこんな名前になったのです。
まぁ、天皇の子ではなくて孫なので「貞成王」だったわけですよ。
まぁ、直系じゃない皇孫なんてそんなものかもしれませんね。

それにしてもですね、この方40にしてやっと元服式をさせてもらい、
そしてついに53歳にしてやっと宮廷に認められ、「親王宣下」させてもらえるのです。

ですが、人生って最後まで生きてみないとわからないもので、
そんな「余りもの」みたいな貞成親王の息子がはれて天皇に即位するんですよ。
後花園天皇ですね。



そして、そして! 今の天皇家の直接の祖先はこの後花園天皇から続いていくのです。
で、しがない部屋住みの宮さまも晴れて、帝のお父上となられたわけで
後に太上天皇として「後崇光院(ごすこういん)」という院号も授与されています。

こういう普通の人ならとっくに人生を諦めて墓場に入ってしまうような頃に
親王宣下をされてそれでも一花咲かせた方なんですよ。
こういう晩熟な人生にあやかりたいと思ったのもハンドルネームにした一因です。





でこの方、洛中に住んでおられたわけじゃなくて、伏見にいらしたんですよ。
そういう方がいらっしゃったので、
作中の橘姫の父上も洛中ではなく、郊外に住んでいることにしようと思い、
「小野」にしたんですね。
なんで小野か、っていうと実はわたしは今通っている歯医者さんが小野にあるんですよ。
小野って今でも結構田舎なんですけど、東山もすぐそこで、大きな川が流れていて、
散歩するには本当にいいところなんです。

そういうしょうもない理由から「伏見にも宮があるくらいなら、小野にだって宮があったっていいじゃないか! そうだ、小野にしよ」ってことにしました。
小野は美人と誉れ高い小野小町のもとに深草の少将が百夜通いしたところでもあるし、小野随心院もあります。
物語を作る舞台裏は案外こういうしょうもない理由で設定されたことが多いです。(笑)


あ、でも伏見の宮さまは、作中の小野の宮みたいなあくどい方ではありませんので。念のため…・
また、小野宮家というは藤原忠平を祖とする一族がいますが、劇中の小野宮はそれとは全く関係なく、架空の人物です。


さて、橘姫はどんどんと恋愛体質になっていくようです。








続きを読む


nice!(2)  コメント(2) 

聖 徴 ⑨ [聖徴]

みなさま、おはようございます。

昨日、橘姫が「尚侍(ないしのかみ)」として宮廷に上がったと書きました。
これね、結構悩んだ箇所なんですよ。

南北朝ほど時代が下がると、宮廷に入内するといっても
もはや女御な更衣などという身分はないのではなかろうかと。

二三、論文も読みました。
まあ、こういう中世になりますと平安時代ほど厳格な妃の身分というものを重要視してはいないというのは本当で、妃をすべて「上臈」で済ませている場合もあるらしいという意見もあるのですが、
やはり細々とながらも、応仁の乱までは続いていたという説もあります。
わたしは後者をとることにしました。
実権がなくなればなくなるほど、人間ってなんだかんだと体裁というか、
微細な見かけを取り繕うような気がするからです。



また私たちは、鎌倉幕府が出来たと教えられるとそれまでの貴族社会というものが完全に
潰えてしまったと思いがちですが、実はそんなことは全くなく
たとえ遠い鎌倉の地に幕府が開かれたとしても
世の中の人間は依然として政の中心は京都に住む天子さまが握っておられると
認識しておられました。

室町幕府ができて足利義満が天皇が住まう御所の北に、
それよりもさらに巨大な『花の御所』を厭味ったらしく作って、それを世間に誇示していたけれど、
だからといって完全に天皇の権威まで奪ったことにはならなかったのではないかなぁと思います。

中世はそこらへんが本当に難しいですね。
わたしも勉強不足でああだ、こうだとは言えないです。
室町時代は武家と公家は混然一体になっていた時代のように思います。
やはり、武家のトップである義満といえど、『准三后(太皇太后・皇太后・皇后の三后(三宮)に准じた処遇を与えられた者、またその待遇・称号)』という位を朝廷から拝領していますし、やはり朝廷の権威は無視できなかったようです。

それに義満は実は自分の息子を秘かに天皇にしようと画策していたので、暗殺されたのではないかという説もあるくらいです。



獅子の座―足利義満伝 (文春文庫)

獅子の座―足利義満伝 (文春文庫)

  • 作者: 平岩 弓枝
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/10/11
  • メディア: 文庫






さて、前回では冒頭で慈空を背負った経若がまた出てきました。
この経若はいったい何者?






続きを読む


nice!(2)  コメント(3) 

聖 徴 ⑧ [聖徴]

みなさま、おはようございます。

だんだんお話も加速をつけてきたように思います。
実はここらへんを書くまで実に一か月以上かかってしまって大変でした。
なんていうか、とっかかりが見つからないんですよねぇ。

こんなに話が書き進められなかったこともなかったのですが、
ここまでくると、なんていうかかなり楽になったのですが。

私たち、日本人だから日本のことを知っていて当たり前となんとなく思っていたりしますが、
実はそんなこと、全然ないのですねぇ。
それにもともと日本人というのは、「わびさび」文化が到来するまでにすでに、
わびさびを貴ぶ要素があったのだと思いますね。

さて、「橘姫」のネーミングですが、
これはなんとなくこうしたわけじゃないです。
たしかに橘は「左近の桜、右近の橘」というように、めでたいものではありますが、
「ときじくのかくのこのみ 非時香菓」つまり、あの世の食べ物、冥界の食べ物なんですよね。
そういう意味もその名前に背負っていると言えます。
それと先にもいいましたが、非人といわれた橘逸勢にもあやかっています。

あと、日本武尊(やまとたけるのみこと)の奥さんの乙橘姫(おとたちなばひめ)。
彼女も夫を救い出すために荒れる海原に身を投げました。

橘姫はもちろん、小野宮が言ったような意味もありますが、それとなく不吉なのです。
人は知らず知らず、その人のたどる運命を象徴するような名前をつけてしまうものなのですよ。





続きを読む


nice!(2)  コメント(7) 

聖 徴 ⑦ [聖徴]

おはようございます。みなさま。

さてさて。
話も二転三転しましたね。
今日からやっと、ひとつの定まったお話しになっていこうかとしています。

千秋萬歳の太夫の家族、乙若と桔梗、子供で姉の由良、弟の観桜丸。

さながら一家離散の悲劇ですよね。

ここからはちょっとわたしの息子に教えてもらった話をしたいと思います。
京都の私立高校は生き残りをかけて、いろいろな特色がありまして、
息子の高校はホンモノの学者が揃っていました。

歴史の先生は、京都大学の歴史学者でしたが(先生たちはとてつもなく若かったから、たぶん助手さんかなんかだと思うの)、非常勤講師として
息子たちを教えてくださっていたのですね。

それであるとき、こんな話を生徒たちにしてくださったそうです。
(それをわたしが息子から聞いたのです)


昔の子供はちょっとしたことですぐに死にました。
特に男の子。さっきまで元気で遊んでいたのに、急に熱を出してうんうんと寝込んでしまったり、
お腹も弱くて、吐き戻したり。

お医者さんや病院、それにいい薬がありますが、昔はそうじゃないですね。

うちは、子供はふたりともインフルエンザに罹ったことがあるし、
娘なんか結核になっていたりしました。

昔ならふたりとも10歳になるまでに死んでいたと思うのです。


で、親は子供の名前に願いを込めたんですね。
この話にも弟が『観桜丸』といいます。

秀吉だって日吉丸ですよね。なんで男の子に丸をつけるかというと、丸というものは
おわりと初めがなく、完全無欠な形です。
ですから名前に丸をつけて生まれて来た子供の安全を祈願したというのです。

だからまた、船のようにいつなんどき、海難事故に遭うか知れない乗り物にも
無事であるようにとやはり名前に丸をつけたということです。
なるほど…。

余談ですが、昔子供向けのギリシャ神話の本を本屋さんでみかけたのですが、
なんと「アルゴノート」の話を「アルゴー丸の冒険」と訳されていました。

…間違いじゃないと思うけどぉ、アルゴー丸ってちょっと…じゃない?
漁船みたいです(爆)


続きを読む


nice!(2)  コメント(2) 

聖 徴 ⑥ [聖徴]

みなさま、こんにちは~。
今日も読みに来てくださいまして、ありがとうございます!


今日はちょっと日本の「穢れ観」についてお話しようと思います。

みなさん、「エンガチョ」とか「ミッキ」みたいな遊び、昔しませんでしたか?
小学校の頃、当時わたしが住んでいた北陸のT市でこの遊びは「ミッキ」と言っていました。
これはですねぇ、一種の鬼ごっこなのだと思いますが、まず「ミッキ」という鬼を決めて、その鬼に触られた人はその鬼の仲間となり、まだ触られていない人間が途絶えるまで追いかける、そういう遊びだったような気もします。
でも、またよく考えてみれば「ミッキ切った~」といって、鬼に繋がれている囚人みたいな子供を手刀で切って解放するプレイもあったような…。
すみません、あやふやで。

あと、たとえば友達が歩いている途中で犬のフンを踏んだとき
「あ~、きったな~い、エンガチョ切った~!」とかいって
中指を人差し指に掛けて、「自分はこうすれば絶対に穢れない」というポーズを取るという習慣(習慣というか…)もあったような気もします。
もうこんな遊び廃れちゃったのかなぁ。この遊びはそういう中世からの穢れというものの本質をかすかに記憶している遊びだと指摘されているのですねぇ。

要するにですね、昔、死穢というのは、伝染するものだと思われていたのです。
たとえば、誰かの家で死人がでたとき、その家の人はすでに穢れています。
そして、その家の人と接したり話したりと何等かの方法でかかわった人も穢れていくのです。

で、ここが話の肝心なところなのですが、世の中には絶対に穢れちゃいけない人っていうのが
いるんですよ。

それは、天皇ですね。
なんでかっていうと、天皇は時代が下がって、幕府が出来ちゃったりすると話はちょっと変わりますが、ひとつは国の王であるということと、もうひとつ日本の神々の祭祀の長でもあるんですよ。

天皇は国を治めることも大きな仕事ですが、国が安定した政が行えるように日々神々を祀らなければならないのですね。そういった身であれば、不浄を嫌い、清浄であることのみを良しとした神々の前では己の身もすでに清浄に保っておく必要があるんですね。

そうでないと、日常生活が滞りなく行われなくなるんですよ。

お祭りはハレの日と言いますね。
その反対に普段の生活を「ケ」といいます。

ハレの日というのは、お祭りのような祝祭ばかりを言うわけじゃないです。非日常のことも
ハレと言います。

とするとですね、死人が出るというのも、実は非日常な出来事なんですよ。
つまり、穢れというのは「ケが枯れる」
日常生活が行われなくなるという意味も含んでいるんですね。

万が一、天皇が穢れちゃうと、神さまをお祭りできなくなるなるから
この世の安定が保たれなくなる。つまり日常生活に支障をきたす、
だから、天皇は穢れちゃいけない。

でもそのために、常に穢れてなければならない人間というものが必要になるんです。
それが結局賤民ですよね。この構造がわかっていないと、なぜ同和の人たちが
「天皇制を廃止しろ!」と叫んでいるのかがいつまで経ってもわからないのです。
(それはかつてのわたしのことです)







今日で、第2章ともいうべき「千秋萬歳」は終わりですね。
酷い目にばっかりあっている乙若夫婦ですが、さらに過酷な運命が待ち受けています。
なんてか…自分が作者なんだけど、書いていて本当にしんどい人生だなぁと
ちょっとやりきれないような気持ちでした。

宮はなにをたくらんでいるのでしょうか?

続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

聖 徴 ⑤ [聖徴]

こんにちは。

やはり朝の4時に起きて読んでくださっている方が少なからずいらっしゃるのですね。
本当にありがたいことだと思っています。ありがとうございます。感謝しております。

さて、今日も少し、難しい話になりますが、
賤民の歴史について少し触れていきたいかなと思います。

昔、子供が小学生だった頃は、小学校の教科書には南北朝時代とか室町時代がありませんでした。
酷いですね、「ゆとり」世代だったからでしょうか。
でも、室町時代っていろんな意味で今日の日本の習慣の元になっている時代ともいえるんですよ。
普通、和室には畳を敷き詰めるじゃないですか?そういう習慣っていうのは
室町時代以前にはなかったのですねぇ。

さて、今日江戸時代から続く「同和」の人々とされている方々の先祖には、二通りの系統があるのです。
ひとつはエタ系、もうひとつは非人系ですね。

日本にはもともと死穢を嫌う民族だといいました。ですからこういう死んだ生き物を取り扱う人というのは、やはり穢れた一団として差別されていたのですね。
でも、武家はどうしても革製品が必要だったので(鎧などは皮でできていたから)エタという集団は決して無くなることはなく、連綿と続いていくのです。
西洋や中国にだって、皮職人はいました。だけど、別に日本のように「アンタッチャブル」すなわち不可触賤民として、忌避されたということはないのです。
あとですね、これとはまた違った系統で「非人」と言うのがいます。
非人はまず、どんなに貴人であっても罪びとにあればこの身分に落とされるものなのです。

貴人で非人として、最初に記録された人物とは三筆で有名な「橘逸勢」だったりするんですよ。
そのときは「非人逸勢」って書かれているのですけど。
非人とエタのカテゴリの分け方の違いは学者によってさまざまです。
またその発生の仕方というのも、いろいろと説はありますが、
これだ!という決定打というものもありません。(今は少し研究が進んでいるのでしょうが)

わたしは、この作品では千秋萬歳ものは、非人の系統として書きました。
非人系には中世であれば、舞人の他に庭を作る作庭家とか、植木や花づくりみたいな仕事をしていた人間もいて、それなりに才能を発揮させて、貴人に仕えることも多くあったと思うのですが、江戸時代になると徹底的に弾圧され、作庭や花づくりなど美しい仕事は取り上げられちゃうんですね。
また、作中では見事な舞を披露する千秋萬歳のものたちですが、あるとき彼らは世の中に打って出ようとしたのか、能でつける面をつけて勧進興行をしたことがあったのですね。それで田楽の連中に目を着けられ、役人にひっ捕らえられ、それからは二度と舞ができなくなった、とあります。

要するに、田楽も申楽ももともとは千秋萬歳とそれほど変わらない芸だったんですよ。
ですが抗争に負けたんでしょうね。

で、江戸時代からはもっぱら面白おかしく舞い踊る『万歳』へと進化します。


上原善広さんの本などによりますと、万歳は完全にエタの職掌のひとつだったと書いておられます。
ですが、わたしが思うに、遠い時代にエタと非人の中で婚姻がなんどとなく繰り返して行われ、時代が下がるにつれ職掌の区別をつけるのが難しくなったのでは…と考えています。


続きを読む


nice!(1)  コメント(4) 

聖 徴 ④ [聖徴]

みなさま、おはようございます。

第一章も三回で終わり、今日は第二章めに入ります。

引き続きお楽しみください。

続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

聖 徴 ③  [聖徴]

こんにちは~。
昨日の関西方面は大阪の茨木・枚方を中心にして震度6の強震に見舞われました。
お蔭さまでわたしの住んでいる京都北部は震度4強だったので、
なにも被害はありませんでしたが、それでも結構長い間、揺れ続けていたので、
また第二の阪神大震災が来たのか!と思ったほどです。

心配いただいた方々本当にありがとうございます。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さて、
聖徴もこれで3回目、毎日読んでくださっている方々、感謝いたしております。
オリジナル作品ですし、しかも地味な中世の話ですので、どこまで
面白いと思ってくださるかそこはちょっと博打みたいな感じでしたが、
楽しんでくださっているようでほっと胸をなでおろしております。

さて、2回めに、「千秋萬歳」という聞きなれない言葉がでてきたかと思います。

B05.jpg


千秋萬歳とは、今の「バンザーイ」っていうのと同じ言葉ですね。
公家の日記にはすべてが平和のうちに丸く収まったみたいなときに
たいてい「千秋萬歳なり」と書かれています。



また、これは作中にもありますように、一種の門付芸なのですね。
本当は「千秋萬歳」をやる人間とは「声聞師(しょうもんじ、しょうもじ)」といって、
厳密な意味で芸能者とも言えない面もあるのですが、
もうそういう専門的なことを言っていると、ポイントがどんどんずれていくので、
話は「千秋萬歳」の一党=芸能者とシンプルにしました。

門付芸といっても、現代はまったくそれが廃れているので、
どういうものかというのを思い起こすのも大変かなぁとは思うのですが、
みなさん「獅子舞」っていうのはご覧になったことがありますでしょうか?

地方にあるお祭りでも、神社のおみこしが渡御するとき、後ろから
獅子舞がついてくることがないですか?

あれですね、わたしの子供のころにはすでに廃れてしまっていましたが、
70歳以上の方々だと、お正月に家に獅子舞がやってきたかなと思うんですよね。

獅子舞というのは、中に人が二人入っていて、玄関先でこの家の一年の無事を祈って、
5分ぐらい舞ってくれるんですよね。
芸としては、誰でもできるような(実はでもなかなか難しいものなのかもしれませんが)
そういうものを門付芸といいます。

で、千秋萬歳ですが、これは「せんずまんざい」といいまして、
今の『漫才』の遠~い、遠~い、祖先であります。

昔からふたりで面白い掛け合いをしていたというわけではなくて
江戸時代ぐらいには、『万歳』となりまして、
太夫と才蔵というふたりが組みましてですね、簡単なおどりを披露していたようです。

やはり、お正月とはっきり季節は限定してはいませんが、昭和40年ごろまで家々を廻って踊って
家々からご祝儀として金一封をいただいていたって感じですよ。
今の感覚でいうと、金一封は千円から二千円ぐらいかなぁ。
勝手に家に押し入って舞っているいるわけだから、
家によっては、お金をあげないところももちろんあります。
なんか乞食が一芸するような感じなのかなぁ。
めでたいことばで踊ってくれるので、非常にお正月ムードを上げてくれて
場を華やかなものにしてくれる一面、やはりお金が絡んできますので、
「迷惑だな」と思う気持ちもあるのですよ。


やはりね、門付芸というのは、受けを取らなければならないものなので
そうそう、芸術的な踊りをしたからっていって
喜んでもらえるわけではないでしょう。
お百姓さんなどの家では、高尚な芸は喜ばれず、
やはり面白可笑しい芸のほうが良かったでしょうね。

ただ、中世にはですね、そういう門付芸とはいえ、田楽とか申楽のものにも
引けも取らないほど、上手い千秋萬歳者っていうのはいたんですよ。
なぜといって、お公家さんや上級武士の家にも出入りすることが許されたからです。

中世の前半はいわゆる『田楽』が一番華やかな頃でありまして、
能といっても、田楽能と申楽能のふたつに分かれておりました。
芸能の話をするともうそれこそ、どれだけ紙面があっても
説明しきれないのでこれくらいにしまして…。


そういう腕に覚えのある人間は実際に、公家などの家に押しかけて行って、
まずは自分の家の芸である、千秋萬歳を踊って寿いで、それから
あくまでも建前は「おまけ」として、他の芸の真似事として田楽や申楽を舞ったのですね。
「おまけ」というのは、やはりそれが自分たちの本芸ではなく、よそのものたちの
芸だからなんですね。
やはりこの頃にも、よその家の芸を取ってはならぬという
暗黙の了解みたいなものはあったようです。

でも本音は、ほんの門付芸の千秋萬歳より、
より芸術的で演劇的な能や久世舞が見たかったに決まっているのですよ。




続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

聖 徴 ②  [聖徴]

さて、聖徴(せいちょう)第二回目です。

どうでしたでしょうか? 第一回目は?
男っぱっかり、それも出て来た3人のうち、ふたりは坊さんだったりして
色気のない話じゃぁと思われた人もおられましょう。
ですが、だんだんそうじゃなくなるんで、今はちょっと辛抱して読んでみてください。

今回は初めて日本を、それも中世を書いたわけで、結構ドキドキで、
初めのほうは書いたり消したりばっかりで、なかなか進まなくて苦労したんですが、
中盤に差し掛かると、調子が出てきて「おっしゃあ!」って感じにはなってきました。

まぁ、物語の冒頭の部分というのは、車を発進させるのと一緒でギアをローにするというか、
ゆっくりと力を入れながら進むみたいな感覚がありますね。

最初はぼうさんが出て来るので、どうでもいいことですが、ぼうさんの着物はどうなっているか、とか
名称とか調べていました。

ぼうさんの袈裟はよく見ると袈裟の部分が,
田んぼのように分けられていますね。
ですからその分け方からの分類で五条袈裟、七条袈裟、九条袈裟などのヴァリエーションがあります。

18a25c90ef1c3aaad6fb47c10aa7fdb3.jpg
キンキラの部分が、田んぼの中、黒いところが畝(条)なわけです。黒いところが五本縦に通っていたら、五条袈裟ということになります。




フォーマルになればなるほど、袈裟の畝が細かくなりますが、昔は30ぐらいに仕切られた袈裟もあったそうです。でもそういうふうになると仕切られた面積は当然小さいものになりますが、やはりそれでもある一定の幅は要りますから、場合によってはとんでもなく大きな袈裟になったらしいです。
まぁ、畝というか条が細かいとそれだけ、着ているおぼうさんの威厳が高まるというか、
平たくいうとめっちゃエラソーに見えるわけです。

そこから、「大袈裟」すなわち「おおげさ」という言葉が生まれたのだとか。
法要のときに集まったかなんかで、その場にいた人たちはそれを見て、
いくら、アンタ、偉ぶりたいからってそれはなんぼ何でも、大袈裟すぎるわ、ってことですね。
なにごとも過ぎたるはなお及ばざるがごとし。

言葉の成り立ちって面白いですね。












続きを読む


nice!(2)  コメント(2) 

遠心分離機、いえ、水切り器 [雑文]

61REGnD5hJL._SX355_.jpg

みなさま、こんにちは。
六月にしては、雨が降っていたとしても次の日はからりとして
毎日が過ごしやすいというか、肌寒いなぁと思うような日々が続きますね。

さて、わたしは最近、非常に有意義な買い物をしました。

それはね、冒頭の写真でもお分かりかなと思われますが、
手動遠心分離機ですね。
いや、そうではなくて、水切り器かな。

自分がいつもこれまで作るサラダは結構値段のいいものを買って来たとしても、
なんかイマイチじゃあ、と思っていたのですが、
料理教室の先生からコツを教わりました。

野菜は食べる直前に1分ほど非常に冷えた氷水に浸すと、
蘇ったようにしゃっきりする。
だけど、それだけじゃダメでやはり、水切りが大事と。

そうなんですよねぇ。まぁ、氷水で冷やした後、クッキングタオルかなんかで
野菜をきれいに拭けば解決なのかもしれませんが、
どう~もわたしは、ああいうチマチマしたことがするのが嫌いなんですよ。

でも、この手回しの水切り器に野菜を放り込み、
グルグルと三四回ほど手回しすると、
びっくりするほど、野菜に付着していた水が底に溜まっているものです。

便利、便利!
これから、いろんなサラダを作る季節に突入するかと思いますが、
これは必需品ですよ。

わたしは、玉ねぎのみじん切りとか、細かい仕事をするのが嫌いなので、
ハンバーグとかパスしがちでしたが、今から15年ぐらい前に、髭剃りで有名な
ブラウン社からフードカッターを買って以来、そういう苦痛から
逃れております。


やはりですね、毎日のことですから、めんどくさいことから解放されたいものなのですよ。
で、あんまりテマを掛けずにおいしいもの食べたいじゃないですか。
そういう意味で、これらのグッズはおすすめです。


61REGnD5hJL._SX355_.jpg

手動水切り器の奥の手がありまして、
冷やしうどんとか、素麺とか、スパゲッティとかにも使えるんですよ。
水切りできて、(お湯きりだろうか)タレも薄まることなく
美味しく食べられます。

うん、なにごとにもストレスフルな生活が好きです!
nice!(1)  コメント(4) 

聖 徴 ①  [聖徴]

早速ですが新作を披露したいと思います。
さきほど脱稿しましたので、書きたてのホヤホヤで、湯気が出ている状態ですね。



えっとついでですので、スケジュールをあらかじめ申し上げておきますね。
更新日時は毎朝4時。
月から金まで、土日は休みます。
また、諸々の事情により、突然予告なく休むことも予想されます。

作品は8章まであり、各章は3っつのパラグラフがあるので、
全部で24回です。


今度の舞台は日本の中世です。

これはわたしが大学の卒論をテーマにしたものをもとに作ってあります。
もともと私は日本人の卑賤視、賤民史に興味がありました。

その民族、民族によって清浄、不浄という感覚はそれぞれでして、
日本人は特に「死穢」というものに非常に敏感な民族です。

それは、仏教からきているのかと思われるかも知れませんが、
この感覚は日本人独特のものです。
本来はもっともっとこういう問題は複雑で、作品の中で語られるように
こんな単純なものでもないのですが、そこはひとつの作品ですので、
このような単純な図式になっております。
そこをどうぞご承知おきください。

とはいえ、やはり作品の中心のテーマというのは取りも直さず、恋愛です。

たとえどんなネタで書いても、結局自分はこういうテイストなのだなぁと
書きながらしみじみしてしまいました。

これまでのわたしの作品を楽しんでもらえたなら、きっと面白く読んでいただけると思います。
時代が中世と、平安や戦国、あるいは江戸といった、よく知られている時代じゃないので、
最初は少々とっつきにくいかもしれませんが、そんなに難しいことは書いてないので大丈夫です。
それでも、もしわからないわーということがあったら、コメント欄へどうぞ。

また、初めてトライなさろうとする方々、これからも何卒よろしく応援お願いします。








続きを読む


nice!(2)  コメント(4) 

最近、ちょっと気になることがら [雑文]

みなさま、こんにちは!

昨日は六月だというのに、湿度の低いとても過ごしやすい日でした。
空気が澄んでいるせいか、これまで見えたと思ったためしのない西山が
はっきり木々のひとつひとつまで鮮明にみえてしまうので感動!です。


さて。
最近、ちょっとなぁ、とおもうことがありまして
「ものを言わぬははらふくるるわざ」といいますので
ここらでちょっとすっきりさせようかなと思います。

この間、河原町三条のミーナに行って、エスカレーターに乗っていたら、
わたしのほぼうしろに、中国人がでかい声でなんかしゃべっているんですよ、
それもひとりで。

頭がおかしいわけじゃないですよ。
中国語は全く分からないながらも、すぐにピンときました。
おそらくこの人はYOUTUBERなのであって、
自分が京都へ訪れた取材っていうのかな、まぁ、そのトピックを
自分の感想と共に動画にしているわけですよ。

たぶん、内容はこう
「え~と、わたし、今京都に来ています。
ここはですね、京都の繁華街のファッションビルと思われます。
名前はえっとミーナと書いてありますねぇ。

まぁ、1Fは雑貨が置いてありました。さっきチラッと見たのですが、
結構素敵なスーツケースが置いてあったりしてなかなかすてきなんですよぉ。

日本のグッズはそれなりに洗練されています、でもぉ、台湾に住むわたしからいわせるとぉ~」

みたいなのを言ってるんだなってすぐわかりますよ。
これまで、そういう人の動画を何本か見ていたからだいたいのシチュエーションなどは
把握できる。

だけど、これをですね、実際にやられるとなんか「かんじ悪」ですよ。
まったく言語のわからない人間が、わが町にやってきて、
そのマチの人間に遠慮もなく、堂々と自分を主張する。

こう書くとなんにも悪いことしてないように思えるんだけど
実際は違うんだなぁ。

なぜだろう。
たぶんね、それは「傍若無人」だからですよ。
まったく人のいないところでなら、自分語りをしてもギャラリーがいるわけじゃないから、
どうぞ、お好きなようにとしか言えないっていうか、いや、実際にその場に遭遇しているわけじゃないからさ、止めようもないんだけど、

こういうのはね、なんだか「自分大好き」「わたしってかっこいいわ~」っていう
鼻もちならぬ、自己陶酔がどうしても潜むんですねぇ。
外国へ来て、現地の人がすぐそばにいるのにもかかわらず、
自分語りをしてしまう人。

そのとき、絶対にわたしは「なんか不愉快やわぁ~」みたいなオーラを出していたはずなんですけどね、まったくそういうのには頓着せず、
「どお? わたしってかっこいいでしょ~」みたいな。
エツに入っているのわかる。

で、それでYOUTUBEか、インスタかに投稿するんだろうね。

でもさ、ってここでわたしは考えるわけよ。
誰に向かって発信してるわけ?

この人たちにとって、全く見ず知らずの人の「いいね」とか「フォロワー」っていうのが
大事なんだろうよ。

ああ、または自分の仲間にむかって「すごいでしょ、わたし」とマウンティングするための
素材にするのかなぁ…。最近のインスタってそんなんばっかりだよね。

たしかに世界中の人と繋がれて面白いツールであるよね、インスタなんかはね。
だけどさ、せっかく日本に着てるのにさ、ダイレクトに人と交わらないで
どうするんだろうって思うわけですよ。

あ、ちゃんとこのあと、他の人間とは交わっているのかな? 失礼しました。

そんなに不特定多数の人の評価が欲しいのかなぁとよく思う。
そうじゃなくてさ、カメラからのぞくのばかり必死成ってないでさ、
もっと自分の裸眼でものごとをよく見なよ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとさぁ、最近のコスメの動画なんかみてもどうなのかなって思うよ。

最近の子ってめちゃくちゃ「自分がきれいでありたい」ってことに正直だと思うんだね。
だけどさ、素顔とまったくかけ離れた顔になってんじゃん?
ハーフメイクをして、真正面からみるとさ、
「あ、それなりにイケてるんかな」とはおもうけどさ、
やっぱり、これって横から見るとアウトなんだよね。
フェイクなんだってすぐわかるもん。


そしてこれも延々と美しい自分の顔を載せてる人が多い。
まぁ、悪いことだとは思わないし、メイクで自分のコンプレックスから抜け出せるのも
いいことだろうとは思うんだけどさ、
なんての、それだけに人生を終始させてるじゃん?

それってどうなの?って思うよ。

まぁ、福世優里さんほど卓越した技をもっていたら、
これはもう立派にYOUTUBERとして確固たる地位を持っているわけですし、
それはそれでいいんですけどね。


あの方は自分を客観的に見る「離見の見」っていうのができてるから
すごいですよ。わたしもフォローしてるしね。マジすごいと思う。

う~ん、この差はなんなのかっていうわれるとさ、
わたしもちょっとことばに詰まってしまうんですけどねぇ。

あの人はただの自分大好きじゃないと思うんですね。


それはさておき、ですね…。
わたしみたいに、人生をン十年もやっていると、
人間どうしても、老いには逆らえないのであってね、
メイクしようが整形しようが、筋トレしようがどうしたって、
人間は劣化していくものだよ。

だからさ、自分がキレイでいることよりも
なんてか、もっとすることがあるだろうって思うのよ。
ま、これも「余計なお世話」の範疇に入るんだろうけどさ。

んでいて、実際「彼氏いない歴〇〇年です、結構メイクも綺麗にして女らしいほうだと思います。
それなのに、どうして彼氏ができないんでしょう…。絶対に30までには結婚して専業主婦になりたいと思います」
っていいうの読むとさ、「あ~あ、人生空費してんなぁ」ってよく思う。
まぁ、あたしの知ったこっちゃないんですけどね。

メイクはさ、他人にとって「あ、感じのいい人だな」って思われるための
円滑剤というかさ、結局それは、ツールにしか過ぎないんだよね。
わたしが思うに、彼氏の前で素顔になれないほどの厚化粧は時と場合によっては
それはすっぴんでいるより却ってかなりのマイナスになるんじゃないかなって思うんだよね。

いろんな自分を演出できるのはとてもいいことだけどさ。

だけど、そういう「ここぞ!」っていう場合、彼氏とのすてきな時間を
自分の顔がどうなってんのかばっかりに気を取られてばっかだと
ちょっとそれは、みたいなことになっちゃうよね。

自分を盛り過ぎてんだよね…。虚像にばっかり力いれていてどうすんだろって
よく思うんだけど、どうなんだろ?

まぁ、今の人、二極化しているから、出来る人はなんでもできちゃうから
いろいろなんですけどね…。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あと、三つ目。
これはさ、コメント欄の話なんだけどね。

他人さまのたとえば、まぁ、YOUTUBERさんのコメント欄なんかでもよく見るんだけどんさ、
なんかめちゃくちゃ、罵詈雑言を書いておいてですよ、最後に
「よく知らないものがあれこれ言いました」とかさ。
「わがままですけど、あれこれ言わせてもらいました。当たっていなかったらごめんなさい」とかさ。

なに? アンタ人のコメント欄にこれだけ、はちゃめちゃなこと書いておいて、責任持ちたくないから、こういう透かしっぺみたいなことしているの?
ってよく思うよ。

別に罵詈雑言書いてもいいとは思うんだね…。自分が本当にそう思ったのであれば。
だけど、こういうのに限って、便所の落書きみたいなこと書いていくじゃん。
それでもって匿名であるにもかかわらず、それでも自分の書き込みにたいして、攻撃されるのが嫌で、責任とるのが嫌で、こういうことをする。

いったん、書いたんだったら自分の文章に責任もちなさいよぉっていつも思いますね。
そうじゃなきゃ、安易に人のところへいってコメント書かなきゃいいのにって思います。

人の感受性はさまざまだから、その主催者さまや周囲の人の考えと違っていても別にいいとは思うんですよ。同調する必要は全く無い。だけど、その気持ちをもっと冷静に、きちんとした文章にしてみなさいってことよ。
どんなに稚拙な文章であっても、誠意を込めて書いた人の文章はきちんと伝わるものだとわたしなどは思いますね。






はい、今日ははっきりいってグチトピでしたね。

それでは、みなさま、今日も一日、お元気で~~

nice!(3)  コメント(0) 

聖地 [雑文]

1312_ef01x.jpg



このところ、ちょっとオカルトまがいのものをたくさん読んで思うことがある。

よく「いい気、悪い気」みたいなこといいませんか?

あれってなんなのだろうってよく思うのですよね。
この間から廃墟ビデオよく見ていたんですが、やはり見ているとなんとなく
荒んだものを感じるんですよね。
蒲団が荒らされていたり、埃が被っていたり…。

この間、真夜中に自殺の名所である東尋坊を訪れて撮影していた人のビデオ見ていましたが、
ビデオの中でこれまで何人もの人がその場所で飛び降りたであろう
そのまさにその場所のすぐそばに女子トイレがあるんですねぇ。

で、撮影している方がカメラを手にしてこうおっしゃるんです。
「ぼくは、人が『怖い、怖い』とよく騒いでいるこういう場所に来ても、
怖いなどとはほとんど感じない方ですが、
それでも、あの場所へ今近づくのは、きついものを感じます」と。

動画みてると、真っ暗な中に蛍光灯が瞬いているのが、なんとも禍々しい感じがするんですよねぇ。
たしかに真っ暗なところより、気持ち悪い感じがします。

そういうのは、その灯りをよりましにして、なにか悪霊というか、悪しき想念というべきか思念というかまあ、そういうものが集まって来ちゃっているんでしょうか…?

軽々しく断定はできないですけどね。

そんな感じがするということです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以前のトピにも永久保貴一さんの漫画をご紹介したかなと思います。



密教僧 秋月慈童の秘儀 霊験修法曼荼羅 1 (HONKOWAコミックス)

密教僧 秋月慈童の秘儀 霊験修法曼荼羅 1 (HONKOWAコミックス)

  • 作者: 永久保貴一
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2012/09/07
  • メディア: コミック



この中でですね、語り部である秋月さんが霊と呼ばれるものにもふたつあって、
生きていた人が亡くなって、この世に留まっている状態のものと
人の想念が集まって出来上がるものと二種類あると。

で、地縛霊みたいなものは、例えばある人がその場所で殺されたりしているわけだけど、
土地がその殺された記憶をそのときの衝撃と共に残しているんだという考えかな。

なんか考えれば考えるほど難しいのですが、
要するに、想念というものは案外侮れないものなのだなぁということ。

ある人があることを考えることによって、もともとどこかにあったその概念というものが
その人の想念に引き寄せられて、この世に出現してしまものなのかなぁと。

まぁ、間違っていたらごめんなさい。
難しいことですよね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
聖地についてでした。
そう、どうして私たちはその土地を聖地だと感じるのか。
木々がうっそうと茂るさまに神のような神々しさを感じるのか。
水のせせらぎが清いからか。

清ければ美しければそこは聖地なのか?



main.jpg




よくわかりません。

でも、反対に言えば、ただ木々が茂って水のせせらぎが聞えるところでも
なんか禍々しくて気持ち悪いものを感じるところもあります。

それって気のせいでもないのかなぁと…なんだかいつまでたっても
考えはメビウス状にまとまりません。

わたしって結構スピ系は好きなんだけど、
安易に「幸運をゲットするためのおまじない」みたいなことは大嫌いだったりするんですよね。

そんなまじないで人の運命を変えることができるんなら、
人間苦労はせんわいと。

やはり秋月さんがおっしゃるように
神になにかをお願いしたら、その「対価」は絶対に必要だ、という考えのほうが
シビアだけど腑に落ちるのであります。


nice!(2)  コメント(4) 

小籠包  [雑文]

IMG_2088.jpg




台湾にちょっとした観光旅行へ行ったことは、前のトピで書きました。

でついたなり、屋台でうってる肉まんっぽいものを食べてお腹壊したことも書きましたね。


旅先でお腹を壊して、吐き下したりするのって本当に辛いものです。
その日は、結局デパートでお寿司を買ってホテルで食べました。
なんていうのかなぁ、実は台湾のアジアン的な原色にあふれるカオス状態に圧倒されちゃって、
気分悪くなったのかもしれないです、今にして思えば。

で、中山の新光三越の地下でお寿司買ったのですが、その地下に
小籠包専門のお店がありましてですね、列ができていたんですよ。

外からみてもおいしそうでね…。
大きなせいろに入れて、ふわ~っと湯気が上がっているのが
とてもいい感じなんですよ。

ベッドに入っても、その光景が幸せなオーラを放ちながら、頭の中に浮かび上がるんですよ。
「あしたは小籠包食べたい…」
と思いながら寝ました。

もともとこの旅行は故宮博物館へ行って、玉で出来た御物と焼き物をみるのが目的だったので、
朝いちばんに博物館へいって、まずはあの超有名な白菜の石と肉型石を見て、
それからゆっくりと玉を見て、焼き物を見て、って感じでゆるゆる館内を廻っていました。

で、お腹空いて来たんですよ。
すると博物館の横に、故宮晶華っていう、どっか外資系のホテルがやっている高級レストランがありまして、そこへ行って小籠包頼みました。

そしたら、ショウガがもう糸のように細く刻まれておりましてね、
醤油を入れ、酢を醤油の三倍をほどいれて伸ばし、
小籠包につけるんです。



IMG_2041.jpg




わたしは今まで小籠包というのは、肉まんの小型版だとぐらいにしか認識しておりませんでしが、まったくの別ものね。

餃子でもシューマイでも、肉まんでもなく、小籠包は小籠包でしかありえない!!
いや、おいしかったです。

薄い、薄い、皮で肉のあんを包んであるのですが、
中国ではそのあんをつつむとき、皮をなるべくギャザーを細かくいれることによって
美味しさが増すといわれているようで、それはそれはきれいな襞が中心に向かって
付けられているのですねぇ。

本当、こういうところが中国的な律儀さというか、繊細さなんですよねぇ。
日本人も細かい細工が好きだと思うけど、中国人の芸の細かさには敵わないんじゃないか、
と思うんですよねぇ。
ともすれば、綺麗な顔をしているウェイトレスさんが、ありえない粗雑さで、
お料理をドンッとぞんざいに置いていくのが中国です。
そういう細心の細工とありえないぞんざいさが齟齬をきたすことなく、収まっているのが中国という国。

話がそれました、そして、薄い、薄い皮ですので、破れないように、蓮華に乗せて
そっと口まで運ぶ。

口に入れたとたんに中でじゅわ~っと肉のうまみとスープが溶け合って絵も言われぬ幸福感が
口腔すみずみに広がっていくのです。
思わず、にっこりして見つめ合うわたしたち…。おいしさは人を理屈抜きで幸せにしますね。
この場合掛け合う言葉はひとつね。
「好(ハオ)!」


ホント、おいしかった。
で、食べ終わってから、また故宮博物館へ戻って、また1Fの企画展などを見たんですが、
もう、ひとつひとつの作品がパワーあり過ぎてもう、見ることできなくなって、それでおしまいにしたんですね。夫が昨日いった中山にある三越へ行っておみやげを買いたいというので(この人はとにかくお土産を買うのが好き)三時ごろかな、そこへ行って、お土産買ったあと、
やっぱりどうしても昨日見ていたお店に入りたくてたまらなくなったので、
そこへ行きました。
さいわい、食事どきじゃなかったので、人もちらほら程度でした。

そこで、やっぱり小籠包頼んで、夫はあんこ入りの小籠包頼んで、
白いキクラゲ入りのデザートを頼んでみました。

ここの小籠包も激うまでした。
やっぱり食べての良かった。

で、ホテルに帰ったあとも、近くに小籠包で有名なお店があるというので、
そこへいって、看板メニューの7色の小籠包を食べました。

ここは、酢が黒酢でして、ちょっと味に癖があったかなぁ。
色が付いた皮は結局、ヨモギとかウニとかが練り込んであるので、
そういう味がかえって小籠包の本来の味を消してしまっているようで、
わたしの好みにはちょっとあわなかったかも…。
まぁ、だからといってまずいわけではなく、もちろんおいしくいただきましたよ。

結局、一日中小籠包だけを食べていたのでした。


ああ、小籠包食べただけでも、行った価値はあった。
お腹こわしても、がっついて食べただけのことはあった、と満足しておりました。

ですが、三越に入っていたお店ですね、
京都の高島屋にもしっかり入っていたのですよ!

おおお!
なんと!
日本って偉いなぁ、もはや本場に出張っていかなくても
おいしいものには巡り会えるんだ…。

でも、メニューを見るとかなり限定されているので、
やっぱり、行ってよかったとほっと胸をなでおろしたのでした。

「よしっ! 今度は高島屋行こう!」

…当分、小籠包熱は収まりそうにありません。
nice!(3)  コメント(10) 
前の30件 | -