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ばらもいいんだけど… [雑文]

バラも結局新しく五鉢予約して二月頃には我が家に到着の予定です。

バラも本当にきれいだし、花の中の花、花の女王だなと思うんだけど、

やっぱり飽きっぽいんですかね。
素朴な花に惹かれてしまう。

結局、春咲くヨーロッパ水仙と紫系統のヒアシンスを全部で100球ほど買って植えました。

あと、欲を言えば、ドイツすずらんとジャーマンアイリスが欲しいのね。

でもそうすると、植えるところがないかも…とそっちのほうが心配です。
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高貴な方の『尊厳』の意味 『王妃の首飾り』 [読書・映画感想]

みなさん、こんにちは~。
だんだんと日が短くなりましたね。

わたしの住んでいる京都は堀川通の界隈は、大きなイチョウの木紅葉しはじめて、
それはそれはきれいな黄色に色づきつつあります。
ふか~い空の色に映えるイチョウの葉。

美しくて非常に感動します。
ですが、とても切なく思うのは、こういう美しい瞬間って、心の内にしか収めておけないものなのですよ。たとえ、スマホで写真なりビデオなり取ったとしても、自分の肉眼で見た感動と景色とは違うものなのです。

こういった、美しい季節の折節に出会うたび、人間のはかなさってものを実感するような歳になったということでしょうか…。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、今回はこの本を紹介することにします。
たぶん、ここを訪れて下さる方にはなじみの深いお話しだと思います。

それはアレクサンドル・デュマ作
『王妃の首飾り』上下巻ですね。


王妃の首飾り 上 (創元推理文庫)

王妃の首飾り 上 (創元推理文庫)

  • 作者: アレクサンドル・デュマ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1972/04/07
  • メディア: 文庫




王妃の首飾り 下 (創元推理文庫 512-3)

王妃の首飾り 下 (創元推理文庫 512-3)

  • 作者: アレクサンドル・デュマ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1972/05
  • メディア: 文庫



表紙、いいですね。
上巻はまさにマリー・アントワネットご自身の肖像画です。描いたのは、ビジェ・ルブランですね。
下巻はアデライード内親王さまをナティエが描いたものです。

上下巻の肖像画はそれぞれロココ時代のものだけれど、流行が一世代ほど違ってきているのですよ。
ナティエのほうは、ポンパドゥールスタイルが全盛の頃ですね。
一方、王妃さまのお召し物はポンパドゥール夫人が流行らせたローブ・ア・ラ・フランセーズじゃないんですね。アングレーズなのです。
なんとなく、レースもポンパドゥール時代の頃は厚みがあって、それを何枚も八重咲の花びらのように重ねていたのですが、王妃さまの時代になると、薄いレースから肌の色がほんのり透けて見えるという、より繊細な美意識が発達していきますね。王妃さまはブルーグレーがお好きだったようです。お召し物がシンプルになった分だけ頭のほうが豪華になっていくのでしょうか???

王妃さまは、オーストリアのハプスブルグ家というヨーロッパ随一の名門のお姫様であり、しかも生れた時から何から何まで超一流の物と人に囲まれていたから当然と言えば当然なのですが、とってもファッションセンスもあったのです。
彼女は生まれ落ちたその日から、人にかしずかれることが当たり前の身の上ですから、下々のものが、自分をどう思うだろう、という下世話な心配とは一切無縁の方でした。

自分のやりたいように、自分の好みのままに着飾ることが当たり前の方です。
「ダサイと思われたらどうしよう」と思うのは、我々下々の感覚です。

王妃さまはやりたいようにやったとしても、決してご自分の尊厳を傷つけることなく、美しく装うことの達人でした。

「首飾り事件」は実際に起こった事件で、この事件のせいで王妃の威光は泥まみれになり、革命への直接のトリガーになったということです。

ですが、事件の真相はとりあえずなのですが、劇中にもありますように160万リーブルの首飾りですが、このお金で軍艦が一隻買えたそうです。

いかにもゴージャスな首飾りですが、これはもともとデュバリィ夫人好みのものであり、まあ絢爛豪華ではありますが、悪く言えば満艦飾なものなのですね。
王妃さまはもともともっとシンプルでさりげないものがお好きであって、こういったゴテゴテしたものがお好きだったかどうかはわかりません。
デュバリィ夫人のような市井の女であれば、こういったダイヤモンドのご威光を借りて武装する必要があったかもしれませんが、生まれながらの大公女であった王妃さまは、そんなものは必要なかったと思います。
それに何といっても、これはおじい様のお妾さんのデュバリィ夫人のお下がりになるわけですし、今や正統な国母たる王妃の地位についているアントワネットさまからしたら
「んなもん、いらないざますわw」って感じでしょうかねぇ。
また、王妃さまの見る目の確かさというのは、今日証明されておりまして、彼女が選んだ漆器類にはひとつとしてバッタものはなかったといいます。たぶんそれは、漆器類に限ったことでなく、真珠にしろ、宝石にしろ、全ての綿で審美眼は確かなものだったろうと思うのですよね。

そして王妃さまの浪費のせいでフランスは立ちいかなくなったとはよく言われますが、もともと王妃さまが嫁がれる前からフランスと言う国はビンボーな国に成り下がっていたのです。それに生まれながらに「威厳こそが最も守らなければならない大事なもの」と教え込まれてきた王妃さまが、それこそ時間刻みでお召し物をお換えになるのは、王妃としてあったりまえなのであって、むしろ遠慮するほうがおかしいのです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さて、そういう前提があってこのお話は進んでいきます。

しかし、その前に作者のデュマについて、わたしなりの考察をしたいと思います。
アレクサンドル・デュマと言う人は生まれは1802年なのですね。
ナポレオンが第一執政の頃にこの世に生を受けているのですね。
王妃さまが1993年に処刑されてまだ10年経つや経たずやというところです。
人々の記憶が未だ生々しい時代に生まれたのですね。

つまり、このお話の主人公のマリー・アントワネットとは、47歳差の、昔なら孫の世代になるのだと思いますね。だからそれほど遠い昔の話でもないのです。
デュマのお父さんと言う人は、ナポレオンが率いるフランス国民軍では将軍だったのですが(将軍とは旅団長、師団長、それ以上の人のことをいう)どうにも抜きがたいコンプレックスがあったのです。
それは、デュマ父はフランス貴族の侯爵と黒人の娘の間に出来た私生児であり、ハーフだったのですね。

ご存知のように革命が起こった後の、フランス国民軍というのは、実力だけがものを言うところだったのです。デュマ父はまあ、勇猛果敢でドイツ兵たちに『黒い悪魔』と言われるほどだったのですが、いかんせん軍隊の規律というものを軽んじる人だったのです。『上意下達』というのは軍隊の基本。それを無視すれば、いかに有能な人間であっても出世はできないというしごく当たり前のことを忘れて、自分は完全な白人じゃないから差別されているんだ、と思い込んで自滅しちゃう人間だったのです。



黒い悪魔

黒い悪魔

  • 作者: 佐藤 賢一
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/08/08
  • メディア: 単行本



ですから、なんというのかデュマはこういった失意の父を見て、自分が育った革命後の世の中を100パーセント、諸手を挙げて肯定しているようには思えないのですねぇ、読んでいても。
デュマの文章には、失われてしまったフランスの王朝最後の輝かしい時代を懐かしんで書いているように思えるのです。

さてこのお話しは、簡単に言ってしまうと、王妃とロアン枢機卿がラ・モット夫人に160万リーブルのダイヤモンドの首飾りをだまし取られるという、案外シンプルなものなのですが、

途中途中、どうしても理解しがたい箇所があって読むのが非常に難航した本だったのですねぇ。
難しい、難解だと言われるドストエフスキーの本だって、全冊読むのに1週間もかからなかった私にしてみれば、下巻だけで2週間もかかってしまうという実に難しい本だったのですよ~~。なんで?

ひとつはこの本の体裁ですかね、「注」が降ってあってもどこにその「注」があるのか、見つけ出すのが非常に困難。こういう場合、光文社や最近の岩波の文庫などは非常に親切です。とくに光文社は巻末に丁寧な解説もありますしね。こういうのは本当に大事です。

なにがそんなにわからなかったのかというと、貴い身分の、例えば王さまや王妃さまなどの王族、そして貴族のあり方ですね。

日本にも天皇陛下や皇后陛下もいらっしゃいますし、江戸時代には大名や公家などいろいろと貴い身分の方々はいらっしゃったので、「それと一緒じゃないか」と思われると思うのですが、
しかし、向こうの人には基本「謙譲」という精神がないのだと思うのですね。
たとえ、王妃さまの側に侍る侍女にしても、決して自分からへりくだって「申し訳ありません」などと言わないものです。

この話の主要人物のロアン枢機卿などは、ベルばらのぽて~っとした馬鹿っぽくてお人よしそうなあのイメージを思い出すと絶対にわからないものなのですよね。(あ、それは国王も一緒。貴族は基本的にみんなハンサムで長身。なぜなら、彼らはそういう見た目に偏執的にこだわっており、結婚もそういう子供ができるようにと将来を見越して伴侶を選ぶようにしていたから。相手が自分が好きなタイプの女性じゃなくても子孫のことを考えればこういう打算も十分に考えられた)

デュマの描くところの、ロアン枢機卿と言う人は、枢機卿である前に大貴族であるロアン公爵家の公爵であるのです。
劇中に「わたしもロアンの人間だ」というセリフが出て来るのですが、これはロアン家の家銘だということです。それほどにロアン公爵家というのは絶大な権力を握っていたのでしょう。

加えて、ロアン枢機卿はハンサムで如才がない外交官です。しかしながら聖職者でありながら、こともあろうに王妃に懸想するというところが、この人のハレンチなというか、人を人ともとも思わない傲岸さというべきか…。ともかくこの人はオーストリア大使であったのですが、前述した理由でマリア・テレジアとその娘である王妃には嫌われぬかれていたのです。

ですが、そこはロアン枢機卿、なんとかして王妃の覚えめでたくなって、ゆくゆくはこの国の宰相になってやるという野望を抱いていたのです。


ところで、もともとこの首飾りは、ルイ15世の寵姫であるデュバリィ夫人が特注して宝石商のベーメル・ボサンジュに作らせたのですが、作っている途中でルイ15世が崩御してしまったので、デュバリィ夫人の手には渡ることなく、宙に浮いてしまったのでした。

また、160万リーブルの大金ゆえ、王室意外の人間しか購入することができず、宝石商たちは大きな負債を抱えて困っていたのです。
そこに目を付けたのがラ・モット夫人ことジャンヌ。彼女はヴァロア家の末裔という触れ込みでしたが、父親のサン・レミィ男爵はヴァロアの私生児、そしてジャンヌはその父親と町の女の間に出来た私生児。ヴァロアのご威光もだいぶ薄汚れた感がします。
このままで真っ正直に生きていても、ジャンヌは人生の敗者になってしまうことはわかっていました。それならば、と彼女は大きな賭けに出たのですね。

ただ王家に生まれたからといって、なんの努力もせず、のうのうと生きている王妃の威光を失墜させ、その顔に泥を塗ってやりたい。そんなとき、街中の診療所に王妃そっくりなオリヴァ・ルゲーを見つける。ジャンヌは「この女は使える!」と思ったのです。
オリヴァに王妃を演じさせ、ロアンにオリヴァを王妃だと信じ込ませる。そしてロアンを王妃の愛人にしてやったかわりに、王妃が欲しい160万の首飾りの保証人に立てさせる。

どういうわけかジャンヌは、支払いの期日が過ぎても逃げ出さず、ヴェルサイユに留まっていました。
なぜなら、王妃もロアンもこんな醜聞には耐えられず、お互いに妥協して秘密裡に160万リーブルを宝石商に払うだろうと踏んだからです。

ですが、ジャンヌは読み違えたのですね。
ロアンも王妃も「こんな恥辱に耐えるくらいなら、断罪されて処刑されたほうがマシだ」と。
そして高等法院に全てを任せて、対決するのですよ。
ですが、真実は暴かれたものの、なんとなく民衆は腑に落ちず、これは裏で陰謀を企んでいた王妃の巧みなカモフラージュなんだ、と思ったのです。
…なんとなく、マイケル・ジャクソン裁判を思い出させます。結局のところ、マイケルは無罪をいいわたされましたが、何度も何度も整形を重ねていたマイケルを私を含め、世間の人々は彼のことを「変態性欲者」と見なして裁判前にすでに断罪していました。あれに似ていると思う。


…それはさておき、本来ならば、ロアンはこういって自分の非を認めず白黒はっきりさせてもらおうじゃないか!と居直ったこと自体、王妃に対する不敬なのですよね。
デュマはこういったロアンの態度に対して、「旧体制で裁かれた最初の革命人である」と言っています。
なるほどねぇ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なんというか、最後までわかったようなわからないような、モヤモヤ感に包まれた読書でした。
昔の作品というのは、いろいろゴテゴテと回り道をするので、読者にあらすじがわかりにくい、という傾向があるように思いますねぇ、バルザックもそうなんですが、饒舌すぎるのですよね。



※お ま け※

このお話の中に王妃の侍女にアンドレ(アンドレ・ド・タヴェルネっていうのですが)っていう美女がでてくるのです。(ついでにグランディエっていう破戒僧のエピソードも出て来る (笑))

アンドレと王妃はめちゃくちゃドハンサムな貴公子のシャルニー伯爵(アメリカ帰りの英雄と書いてあるからやっぱりフェルセンがモデルなんだと思う)に同時に恋してしまうのです。
シャルニー伯爵はどういうわけか未婚の美女であるアンドレではなく、王妃さまのほうが好きになってしまい、王妃さまとシャルニー伯爵は精神的不貞を働いてしまうのです。

ある日、シャルニー伯爵は王妃サマの愛を乞おうとひざまずいていたところをルイ16世に見とがめられ、「王妃の前に男がひざまずいているとは!」と、激怒されるのです。やばいところを見とがめられてしまった王妃とシャルニーは国王の前で苦しい言い訳をしなければなりませんでした。

「これはシャルニー伯爵が、わたくしにほとんど不可能な願い事を懇願していたせいなのです」と王妃。
「それはどういうことか?」と詰め寄るルイ16世。
「シャルニー伯爵は、修道院へ入ってしまったタヴェルネ嬢とどうにかして結婚させてほしいとわたくしに懇願していたのです。アンドレは修道の誓いをまだ立ててはいませんが、俗世を捨てたのです(なぜなら、シャルニー伯爵に振られたためアンドレ嬢は絶望していたから)」

シャルニー伯爵との実らぬ恋に破れたアンドレですが、そんないきさつを知りません。
王妃は何食わぬ顔をして、シャルニー伯爵との縁談を持って修道院へと向かいます。自分にプロポーズしてくれたと喜びにあふれて涙を流すアンドレ。しかし…

というところで、デュマの華麗な筆は冴に冴えたまま、終末を迎えます。

これね、ベルばらの王妃とオスカルとフェルセンに置き換えるとはっきりとわかるよ。
王妃とフェルセンは恋仲じゃん。でもオスカルはフェルセン好きだよね。でフェルセンが突然、オスカルにプロポーズするようなもんなんだよね。そりゃオスカルにしたら、愛するフェルセンにプロポーズしてもらったら嬉しいですよ。でもそれは自分への愛からじゃなくて、王妃と自分を守るための保身ゆえの打算と知ってしまうとすれば…

読んでいてやはりデュマは在りし日を偲んでいるようでいて、やはりこういった自分の威光を守るために人をないがしろにする時代は過ぎ去った、と確信をもっていたんだと思う。


はぁ、長かったですね。




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月蝕1 [月蝕]

sadafusaのオリジナル小説です!!

自分はやはり、二次創作作家ではなく、こういう耽美路線を目指して
作家活動をしていきたいと思っています。



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月蝕2 [月蝕]

バリバリ18禁、第二弾です。

読んで「え?」となられたでしょうか?

それとも「な~んだ…」と思われたでしょうか。

出来事は凄惨で暴力に満ちていますが、

結構、心理的には深いところを狙ったつもりなのです。

私は自分のテーマにcompassion っていうのと

それに共感してくれる、運命のパートナーっていうのを

常に考えてしまいます。

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月蝕3 [月蝕]

あ~、遂に来た!

月蝕3のタイトルは「サキュバス」ですよ!

どんなシーンが展開されるのでしょうか…。

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月蝕4 [月蝕]

さあ、だんだんラストに向かって

加速していきました。

誰がどこまで真実を語っているのか…。


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月蝕5 [月蝕]

とうとうラストです。

私のセクシャルディレクションは

ヘテロですが、

ホモセクシュアルの方は辛いな、

とこの小説を書いていて思いました。

禁断の恋…。

さあ、どう最後はどうなるのでしょう!

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『月蝕』あとがきのようなもの [あとがき]

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ここにいきつくまでに、

他のところでさまざまなことを語っているので、

もうあんまり目新しいことは言えないような気がしますが、

まぁ、それでも気を取り直して書きます。


『月蝕』というのは実は娘がつけてくれたタイトルでして、

初めはくるっているという意味で『ルナティック』ってつけていたのです。

しかし、作品を読んで、「それはちょっとこの作品に合わないんじゃないか」

とアドバイスしてくれたのですねぇ。

月の光に当たると人間の精神はおかしくなる、と西洋では言われているみたいですが、

その月の光もあたらない真っ暗な夜は、人はさらにヤバいんじゃないか…

和泉式部の「暗きより暗き道にぞ入りぬべき はるかに照らせ山の端の月」

というように、月の光があればまだ救いもあるものを

この小説は真っ暗なので、もう救いようがないのです。



う~~ん、書きたかったのは

実は「人を愛する」などというのは、実は「自己愛」の反映で

気のせいなんじゃないのか…と疑ったところにあります。

己がかわいいだけで、ひとりでいると孤独だから

恋愛しているように錯覚しているだけなんじゃないか…。

実際、恋愛関係の男女が同衾していたとしても、

それって心が繋がっているようでいて、

実は繋がってないんじゃないか、と疑ったのです。

まぁ、それがリブシェに成りすまして、男のリビーがフランツと寝ていた

って告白に出ているんですが…。う、暗いですね(笑)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この小説の主人公は、フランツとリビーとリブシェの三人ですが、

実はリビーとリブシェというのは、フランツが生み出した妄想かもしれないし、

本当かどうかもあやしい。

フランツが統合失調症だった可能性もあるし、

最後はそれが治って、リビーというパーソナリティに収まった、という

考え方もあるかな、と思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ただ、双子といっても、

女性のリブシェには、日本でいうところの「荒魂」と「和魂」のふたつに別れるのです。

書いていて私は、イザナギノミコトを連想してしまいました。

ナギミタマ(和魂)のときは、本当に優しくて、おしとやかでって

なんだか大和なでしこみたいな(いや、チェコ人だけど)女性だけど、

一度狂ってアラミタマ(荒魂)の状態になると、

男の生気を全部吸い取って殺してしまうのですねぇ。

う~ん、ちょっとここら辺、幽玄能を意識しているかもしれません。

要するに、リブシェはユングのいうところのグレートマザー型の女なのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そこへ、双子の兄のリビーが同じ身体に同居しているという、

ちょっとめんどくさい設定なのですが、

まぁ、この人の精神はまともなのですかねぇ。

ゲイ、というところで考えてみたのですが、

こういうセクシャルディレクションなんて

その人がある程度大きくなって、実際、好きになった人が男だった!っていう

事実があって初めてわかるものだし、なかなか厄介なものなのでしょうね。

ゲイの人の恋は、相手もゲイでなければおそらく成立しないだろうし、

だからと言って、ゲイ同士恋に落ちればいいじゃないのといっても

恋なんてそんなに都合よく人を好きになれるものでもなし、

リビーの「恋は過去になってこそ、本当に成就する」ってなのは

私の信念でして、

現在進行形の恋っていうのは、今の時点でうまくいっていたとしても

未来はどうなるかわからない。

やはり終わってみて、偲んでこそ恋、と思うのです。

恋愛は美しいばかりじゃないからねぇ…。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
書いたものを読み返してみてふと思ったのですが、

わたし自身、大人数でワイワイと騒ぐのが苦手な性格なので、

出て来る登場人物もみな、孤独ですね。


特にリビー。


まぁ、実にドライというか、割り切っているというか…。

好きな人でも手段を選ばす殺すんですよね、


ただものすごく自分に正直だし、善人ぶってないところが

唯一の救いではありますが…。

基本的にこの人は誰も信用なんかしてないんでしょうね。

おそらく唯一愛したフランツでさえも。



二転、三転と事実が変わっていて

本当のところは解らない小説ですが、

でも実際のところ、人間ってとらえ方によって、

事実の認識というものは多少ずつ変わっていくものなんじゃないかとも思っていました。

結構凄惨で暗い小説ですが、

結構書いたあとの充実感というものはありました。

プロセスに醍醐味あり [雑文]

最近、ちょっとした事件がありました。

わたしは最近はばらを育てるのに凝っていて、
朝に晩に、まるで子供のように世話をしていたのです。
今は秋バラのシーズンですから、10月に初旬に咲いたバラの二番花も
硬いつぼみがだんだんほころんで、開花するのを楽しみにしていたのですが、、、

ある朝、誰か心ない人によって、バラの鉢が全部ひっくり返されていました。
びっくりです。

一瞬、風のしわざかなぁと思ったのですが、この間のすごい台風のときでも倒れなかった
鉢も倒れているのですから、やっぱり人為的なものなのですね。
わ~、花に罪はないものを。酷いことをする人がいるものです。

もう、つぼみもぽっきり折れてしまったものもたくさんあり、結構ショックでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~
わたしが園芸に凝るもともとのきっかけというのは、
フラワーアレンジメントからなのです。



IMG_0693.jpg

生け花でもフラワーアレンジメントでもどちらでもいいのですが、
たしなみがあるのとないのじゃ、全然違いまして、
花を部屋に飾りたいと思っても、なにをどうしていいのか全然わからないものなのです。

でも、この教室もこれで7、8年やっていると思うのですが、
何となく形みたいなものがわかって来たように思います。
でも、次第にこういった、ものすごく贅沢な花を使って綺麗にコーディネイトするのよりも、
バラの苗木を買って、鉢に土をやったり、水をやったり、風に当ててやったり、薬剤を散布したりして、新芽がついたり、シュートがでてきたり、そしてつぼみがついて何にちもかけて花が咲く過程を毎日観察しているのほうが、わたしにとっては、ずっとずっと大きくて深い喜びを感じることができるのですねぇ。

その花は花屋さんで買うように、花が大きくて、茎がまっすぐなものはほとんどありませんが、
それだけに味があるのです。


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ま、そんなわけで手塩にかけた花の鉢をひっくり返されて、ハートがしおれるような気持ちになり、しばらくしょぼ~んとしていたのですが、

それからニ三日後かなぁ、夕方、やっぱりバラの手入れをしていると、ある人がわたしにはなしかけてこられるのです。
「最近、この近くに引越ししてきたものなのですが、少し遠回りなりますが、必ずお宅の前を通って帰るようにしています。とにかくバラがきれいなので、心が癒されるのです」

もう、なんだかうれしくて~~。

これは神さまがわたしにがんばれと言うために、この人の身体を借りてエールを送ってくれたとしか思えない。はっきり言いまして、こんなことばがご大層に思えるほど、わたしの育てている花なんて、ささやかなものなのです。
それでも花の命に感動してくださる方もいる。

なんだかうれしくなって、春の球根をたくさん買いました。
バラの時期じゃないときは、殺風景になるので、早春に花が咲く、紫系のヒヤシンス30球と真っ白い西洋水仙を20球ほど。

2月になると、注文しているバラもやってきます。
くよくよしている場合じゃないですね。
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ことばの豊かさ [インスピレーションのみなもと]

この夏に二か月間連載していた『時間の記憶』ですが
未だに、総集編を読むのでなく、連載のままのコメントが載せてあるトピが
読まれているのですね。


不思議に思って、コメントを読み返してみると、実に面白い。

コメントしてくださった方に私がお返事を書いているのですが、
われながら、笑っちゃうほど沸点が低くて、すぐに劇怒りしているがよくわかる。

今になると、あのときのあの状態は一種、特別な心理状態だったのだろうな、と思う。
第三者的にそのときの自分がわかって非常に興味深いです。
でも、そのとき、わたしに怒られた人々、本当に気の毒だと思うわw

すごい言葉で罵っているものね。
本当にごめんなさいね。(汗)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、最近よく言われるのが
①「そんなことば、いまどき誰も使わない」とか
②「そんなことば知っていて何になる?」
③「そんなことば知っているほうがおかしい」などですね。

①から③までのコメントですが、
たしかにね、村上春樹は「なるべく難しいことばを使わない」で平易な表現を心がけておられるそうです。
まぁ、ノーベル賞の候補になっておられる方だから芸術性が高いんでしょうよ。
だけどね、わたし、個人的には村上春樹さんは好きじゃないの。どっちかといえば、平野啓一郎さんみたいな凝った文体の人が好きかな。
それは、いい悪いじゃなくて好みの問題だと思うのよ。

で、①~③だけど、誰も使わなくて役に立たないことばであろうと、それを使うのが「悪い」とか年寄臭いとか思われるのがちょっと心外かな。

だってね、必要最低限のことばで事が足りると思っているのなら、この世の中、潤わないじゃないですか。洋服なんて必要最小限でいいなら、ファッションなんて流行らないだろうし。
こういうものは「必要ムダ」なのでありまして、それを忘れてしまったら、人間即、穴居生活に逆戻りだっていうの。
必要ムダは生活のうるおいですよね、なにごとも。

たしかに日常会話のシーンでは凝ったことばは必要ないかもしれないけど、知っていて使わないのと、知らないで使わないのでは全然違うと思います。

1000字ぐらいの文章では、わたしはなるべく同じ熟語や単語は重ならないように気を付けていますが、たまに読み返してみると、「あれっ?」と思うこともあるのね。推敲しているはずなのに、読み過ぎて重複が気がつかないこともたまにある。

この間、「心配げに」ってことば、短いセンテンスで二回使っていたので、「気遣しげに」と書き換えました。たいていシソーラス辞典を繰るかとか、なんかしているのですが、つくづく自分ってボキャ貧だと思います。
あと、やっぱり、語感の調子とかね、読んでいて一定のリズムがあるほうがいいと思います。

あと、係り結びっぽく文章を仕上げたりとか、日本語は本当に奥が深い、とつくづく思います。

読書の秋、美しい文章の本を一杯読んで、自分の内的世界をもっと膨らませることができたらなぁ~って思いました!!



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三つ子の魂百まで [雑文]

さっき、コメントくださった方に
「面白いSSがあるよ~」と教えていただいて
その方の作品を読んでいました。

面白い!
なんての、非常に夢のあるストーリーだよね。

ところが… わたしの場合…。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そういえば、こういう気質はむ~か~しからのものなのでした。
今の小学校の教科書にあるかどうかわからないけど、
四年生ぐらいかな「ごんぎつね」が掲載されていたのです。

ほら、いたずらものの「ごん」がよひょうさん(だっけか?)に栗やらシメジやらを
家に置いておいたのに、勘違いしてよひょうがごんをドスンと鉄砲で撃った話。

ある日、先生がわたしたち生徒たちにいいました。
「きょうは続きの話を書きましょう!」

で、たいていの人は、死んだと思ったごんは奇跡的に生き返り、よひょうさんと仲直りして
万事めでたくいきましたとさ。

たしか、わたし以外の人間はこう書いていたような気がする。
わたしだけは
「後悔は先に立たない。どんなによひょうが泣いたところで死んでしまったごんは生き返らない。
 よひょうは『赦してくれ、赦してくれ』と言いながら、土に穴を掘って土まんじゅうを作りました。
 その土まんじゅうからは、誰が植えたわけでもないけれど、いつのまにか秋には赤い血のような
 彼岸花が咲くようになったのです」

この作文を読んで、先生はわたしの親を呼びました。
「お宅のお嬢さんはちょっと情緒不安定なんじゃないですか?」と。

こーいう先生は嫌いだったな。

ハッピーエンドは決して嫌いじゃないけど
でも、無理やりハッピーエンドにしてしまう話はどうしても好きになれなかった。

昔からひねくれた子供だったんだろうね。可愛げがない子どもだね。(笑)
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天翔る魂 宿命の恋人たち [インスピレーションのみなもと]

芸術の秋ですねぇ。
さてさて。

わたしの好きな彫刻をひとつご紹介しましょう。
それはね、ロダンの『接吻』です。

さぁ、どうぞ、ご覧あれ。

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まぁ、なんでこれが好きなのかっていうと、そりゃ一番には文句なく造型的に美しいから。
タイトルが『接吻』じゃない? 愛し合っている恋人たちの情熱がこっちの視覚を通して伝わってくるようじゃないですか?

特に気に入っているのは、男性の、女性に添えられた手の表現かな。

そっと添えられたにすぎない手なんだけども、女性に対する「優しさ」とか「気遣い」とか、いいや、どれだけこの男性が女性のことを愛しているか、この手がひしひしとそれをわからせてくれる…
そういうものが感じられますのね。

で、これはロダンの作なんですけどね、なんていうのかなぁ~、この石の中に恋人たちの魂っていうものがあらかじめ潜んでいて、それを作者がたんに掘り起こしたにすぎないって幻想を抱かせるような見事な作品だと思うのですよね~。
(ま、そんなはずはないのだけれど、作為の跡を感じさせない、ってところが非常に偉大な作品だと思いますです、はい)

当時、この作品は「淫靡だ」というふうに批難もされたんだけど、やっぱり「素晴らしい」と思う人も少なくなかったようで、あちこちからロダンに注文が殺到していて、結構同じ形の像って、たくさんあるのね。

写真の白いのは大理石で、黒いのはブロンズです。

いろいろある中で比較してみると、やっぱり、大きいサイズのもののほうが、男女の身体の質感というのか、よりリアルなような気がします。

で、若い頃はただ単に造型的に好きだ、で終わっていたのですが、実はねこの像にはエピソードがあるのです。

これは「地獄の門」のひとつのエピソードとして添えられるはずだったのですよ~。
(でも、最後には地獄の門のモチーフとして合わないからということで、この作品だけ単独で世に送り出されたようです)
ええ、なんで地獄の門か、といいますと、このふたりは「パオロとフランチェスカ」という宿命の恋人なんです。
フランチェスカはパオロの義理の兄と結婚することが決まっていたのです。政治的結婚ってやつです。
が、当事者の兄は片足が不自由で自分が醜い容貌なのを恥じて、美男の弟にフランチェスカを迎えにやらせるのです。(そんなことしないほうがいいのにね!)
すると、案の定、ふたりはそこで、ひとめぼれしてしまって、不倫の仲になってしまうのですね。

あるとき、パオロとフランチェスカは昔の恋物語でやはり宿命の恋人たちの話である、「湖の騎士ランスロットとグネヴィア」を一緒に読んでいたのです。
読みながら、「なんて哀しい身の上なんだろう、ぼくたちと一緒だね」って見つめ合っているうちに、ふたりは恋情が燃え上がってきて、思わずそこで接吻してしまったんです。

そこへちょうど兄が入ってきて、不貞を働いたふたりを殺すのです。




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で、ふたりは結局死んだあと、地獄というか、煉獄というか、まぁ天国じゃないところの「愛欲にまみれたものたちが落ちるところ」の中空をふたりでしっかりと抱き合いながら、さ迷っているのですね。
それをダンテが神曲の中で目撃した、というふうに書いています。

これって、昔から芸術家のインスピレーションを刺激する話みたいで、たくさん描かれています。

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これはドレでダンテの『神曲』の挿絵。
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フランチェスカは、剣で胸を刺しぬかれて殺されたので、胸が赤く染まっていますね。

んで、なんていうのかなぁ、天国って煩悩が強すぎるときっと入っていけないところなんだろうと思うのです。だから、こんなふうに強く愛し合っていたりすると、天国の門は開かない。
そして可哀想な恋人たちは、いつまでもいつまでも中有を彷徨っているというお話。

わたしねぇ、この話を思い出すと、必ずパブロフの犬みたいに連鎖的に思い出すのね、『オルフェウスの窓』のユリウスを。

彼女と恋人のアレクセイも宿命の恋人同士なんです。
オルフェウスの窓で出会った男女は激しい恋に落ちるんだけど、必ず悲恋で引き裂かれるっていう宿命があります。

ユリウスは、思春期って言うのか、大人になりかけた年齢から死ぬまで、もうなんていうの、ず~っとひとりの人を一途に好きでい続けて死んでいくのね。

運命が何度も何度もユリウスをいたぶって、出会いと別れを繰り返させられて、一時は高いところから落ちて、記憶喪失になってその人のことは表面的に忘れているんだけど、魂は忘れていない、全然。

なんていうかな、物狂おしい恋なんだよね。

で、最後、ユリウスは実家の使用人に殺されるんだけど、そのときの独白がこの物語のすべてを集約していると思う。


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そう、ユリウスは言っていますね、
「この身が亡ぶことで罪を贖われることがあったとしても、
この天地も張り裂けそうな想いはどこへ行くのだろう…?」って。

ユリウスはフランクフルトから(たぶん)、そしてアレクセイはロシアのサンクトペテルブルクから、南ドイツの古い街、レーゲンスブルグでほんのひとときを過ごしていたに過ぎないのですね。ですがもう、それは運命的な出会いであって、もう引き返すことができない。

わたしは個人的には、ユリウスはダーヴィトと結婚するのが一番幸せだった、と思っています。
アレクセイはユリウスのことを愛していたかもしれないけど、その前に彼は筋金入りの革命の闘士だった。なんての、生きる目的が全然違うんだよね。

この歳で読むと、ユリウスはアレクセイと結婚してもあんまり幸せじゃないんです。

そうなんすよね、ユリウスは死んで、肉体は滅んで存在自体はなくなったとしても、この深い、深い想いだけは、永遠に宙を彷徨い続けるだろう…。ただし、哀しいのはたぶん、これほどまでにユリウスは相手を気も狂わんばかりに愛しているけど(実際気が狂ってしまったし)相手の男はどうなのかなぁって思うのね。彼はユリウスのことをまぁ、愛していたけど、これほどまでではないのですねぇ。
もしかしたら、天翔て永遠にさ迷っているのはユリウスの魂だけかもしれない、な~んて、ちょっと寂しいことも考えられる。

なんだろ、こういう物狂おしい想いっていうのは『幽玄能』にも通じるかな。
あるいは「六条御息所」とか。源氏を一人残して去っていく「紫の上」とか…。

またはワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』みたいな感じもするんだよねぇ。


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正統派ヴァイオリニストの果敢な挑戦 [インスピレーションのみなもと]

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また、バイオリンの話ですよ。

David Garrett が新作をリリースしたのです。
本当は自分でAmazonで輸入盤買っても全然OKだったのだけど、
普段粗忽ものの娘に少しは恩を払わせようと思って、
ロンドンでこのレコード買ってきて、って頼んだの。

値段日本とロンドン、まったく変わらなかったわw
ロンドン1500円、日本、1300円、だけど運送料込だと1650円でした。

表紙がね、ロック!ですがな~、どや~!って感じ。


Rock Revolution

Rock Revolution

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Decca
  • 発売日: 2017/10/13
  • メディア: CD





娘に「David Garrett Rock revorution」だからといってもラチがあかないので、
ラインで画像を送ったのですね。すると娘は面倒くさかったらしく、
お店でそのまま店員さんに画像をみせたらしい。
そしたら店員さんは
「いや、ウチはロックじゃなくて、クラシック専門ですから」
「いや、この人はロックじゃなくて、クラシックの人なんですよ!」
って説明したらしい。
だよね~。どうみたってこれ、クラシックじゃないもん。
このいでたち!

イギリスだったら、もうちょっとディヴィッド知名度高いのかと思ってたら、そーでもないのね。
(日本だと、有名なバイオリニストだと誰を思い出しますか → 葉加瀬太郎なんだよね。笑っちゃうわ)


う~~ん、聞くとね、ディヴィッドは本当の本当は、絶対にクラシックじゃなくて
ロック・ミュージシャンになりたかったんだね、ってそういう切ない気持ちがひしひしと伝わるのね。
なんとなく、タフだろ、オレみたいに、演出しているけど、どことな~く、それでも優等生なオーラがにじみ出ているんだねぇ。

これ、発売したときに、CDオンリーとDVDついてるのがあって、
まぁ、DVD付きのは当然、お高いわけよ。
「DVDいっつもかぶりつきでみるほど、すきなわけじゃないんだよ」って
買いませんでした。

で、まぁ、入っている曲は懐かしいロックの名曲の数々なの。
レッド・ツェッペリンの「天国の階段」とかさ、プリンスの「パープル・レイン」とか
クィーンの「ボヘミアンラプソディー」とかさ、聞けばだれでも「ああ、どっかで聞いたことあるわ~」みたいな有名な曲ばっかりよ。

で、まぁ、メロディを弾いているんだろうなぁっていうのはわかる。
で、「ああ、これはエレキギターなんだろうなぁ、すごいなトレモロ。すごいな、三連符」とか思っていたのですが、次第に「ううう、んん?これは…もしかしてエレクトリック・バイオリンなの?」ってわかって来たのです。えええっ、このすごいの、バイオリンで弾いているのかなぁ~?

しまった、DVDだったら、この超絶技巧を目で確かめられるのになぁ。
なぜ、DVDつきだったのか、今更ながらにわかったということなのですね。

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これってなんなのかな~ [雑文]

めっきり寒くなってきましたね。ハァ

さてと。
今日は少し、重たい話題になっちゃうかな~。

わたしには娘がいるのですが~。まぁ、今は二十代の後半ですね。アラサー。

で、今日、友達やら、先輩やらの話になったのですが、
身近な人でふたり結婚するのだそうです。

でも、ふたりともデキ婚なんだとか。

ふ~、それを聞いて、ちょっと気持ちがブルーになってしまったんですよねぇ。

だってね、結婚を控えているカップルって人生で一番薔薇色なときだと思うんですよね。
一番幸せで輝いている時期じゃない?

そんなとき、もうすでにお腹のなかには別の人格が控えている…。

わたしはつわりが酷かったので、よけいブルーかなぁ。いい思い出がないです。
生れるが生まれるまでず~っと気分悪かったので。

そう、結婚までってロマンティックな空間なのに、いきなり現実がどぉお~んと
ふたりの目の前に突き付けられてしまうという。

で、「なんでもうちょっときちんとバースコントロールくらいできなかったんだろう」って
思ってしまうんだよね、悪いけど。
いや、わたしはね「ふしだら」とかそういうことはさすがに思いませんね。
なんつうのかな、だけど「スマート」じゃないとは思うのよね。

そういう期間も経ないで、いきなり子連れになるのはどうなのかぁ~。
ま、わたしが心配することじゃないんだけどね。

それはともかく、わたしの感覚としては、最高に美しい自分の娘の晴れ姿を見たいわけよ!
自分はとにかく後回しにして、手塩にかけて育てた娘のせめてもの親への配慮だと思うのね。
(これは私たち親子の価値観なのであって、誰しもがそうあるべき、とは言っていません)
花嫁姿が妊婦服っていうのは赦せない。それはわたしにとってはレッドカードなのね、
お母さんのことで親孝行したいんなら、絶対にそれはないからね、とは
嫁に行く前にはよくよくよくよく、くどいほど言ってました。

子供が生まれる前には、ふたりで新婚生活をよくよく楽しんでからにしてね、って。
ふたりでロマンティックな時間をたくさん作って、旅行もたくさんいって、ふたりで共有できる
感動や思い出をたくさん作ってから、子供を考えた方がいいよって。
それにさぁ、新婚期間ってふたりにとって『お試し期間』だとも思うのね、
一緒に暮らしてこそ、わかる金銭感覚とか、肌感覚とか、生活習慣とかさ。
お互いにそれが悪いってわけじゃないけど、一緒に暮らしたら、どうしても我慢できないほど
嫌なクセっていうのもあるかもしれないじゃん?

そういうときは、やっぱり悲しいけど長い将来のことをおもんぱかれば、お互い再スタートをしたほうがいい。


わたしは、時代もありましてね、結婚した次の日に「赤ちゃんはまだなの?」って電話かかってきた口です。いや、結婚したの昨日だし、赤ちゃんって言われてもね、って感じですよ。かんじわる~。


今の時代の若い人って、昔みたいに、寿退社しないと、会社にいて肩身が狭い、とか女はいつまでも内勤で、男性社員のアシスタント的地位で、お給料も伸びない、って時代でもないじゃん。

しかしながら、子育ては果てしなくお金もかかるから、ふたりしてあくせく働いてやっと大学までいれることができたわ~、みたいな世の中じゃない?

だから、なおさら、と思うのになぁ。

結婚したときにすでに2・5人の生活をすると、すぐに子供が生まれて、ふたりのペースっていうものもつかみにくい。そしてふたりで触ったこともない赤ちゃんにきりきり舞いさせられて、「いやっ!こんな気持ちの解らない人なんて!」って感じでシン・ママになっていく人も多いような気がする。いや、ほんと、わたしの周りにシングル・マザーって多いよ。だけどさ、小さい子供抱えてふたりで生きていくって口でいうほど楽なことじゃないよ。それにさ、みんながみんな、ガッツリ稼げるわけでもないしねぇ。

自分たちの勝手で別れるのはしょうがないけどさ、勝手にこさえておいて、子供に思わぬ苦労をかけてしまうのはど~かな。子供は親を選んで生まれて来れるわけじゃないので、そりゃ~、親が勝手ニカリカリして怒鳴られたりしたら、やるせななくなるもんよ。

あとさ、『子連れさま』っているじゃん?「世の中で子供つれた母親が一番エライ』みたいに勘違いしてる親。
あれはね、デキ婚でウツウツしているのを世間に八つ当たりしているのか、とすら思うよ、態度がデカすぎて。
私だって母親していたからさ、子供がいるせいで『思いっきりノンストップで寝たい』とか『ゆっくり新聞読みたい』とか『邪魔されずにご飯が食べたい!』と思っていた時期がありますよ。
だけどね、所詮自分の子供だから可愛いのであって、世間というものは、たいてい『他人の子供嫌い』なもんです。






でも、今の若い人たち、それほど頭が悪いとも思えない。
う~ん、でも、もしかしたら、煮え切らない相手に喝を入れる最後の手段なのかも?

なんか穿って考えてしまうよね。

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Bleu Marine   [マダムXの肖像]

最後の肖像画家といわれる、アメリカ人の画家ジョン・シンガー・サージェント。

その卓越した筆さばきで、パリ社交界をとりこにしました。

しかし彼はパリの銀行家ピエール・ゴートロー夫人、ヴィルジニーの肖像画を

きわめて不謹慎な風に描いたとして、フランスを追われ、

その生涯をイギリスで過ごすことになるのです。

その絵画を基にした、わたくしのオリジナルのラヴ・ストーリーです。

ですので、恋愛部分は全くのフィクションですので、

ほんとうだと思わないでくださいましね(^^♪




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Blanc d’argent  [マダムXの肖像]

自己疎外、ということばが
ヴィルジニーにはぴったり当てはまると思います。

社交界の華よ、と周囲には持てはやされていても
夫との仲はうまくいかず、妻として、母として
必要とされていない自分―。

夫は一見、妻を愛しているようでいて、
女というものはどんなものであるか、わかっていないのです。

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Noir et Or  [マダムXの肖像]

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なんと~。PDFファイルではなく、ワードで書いた原稿がみつかったので~す。
ああ、良かった、よかった。

あの、あんとなく、1・5文字間隔で、いや~な感じの禁則処理ができてない状態が
クリアできて、ほ~んと心もすっきり!!

昔のヤツもそのうち、全部取り替えますので~~。

いや~。ほんとにめでたい!!!!

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ouge de Sang [マダムXの肖像]

総集編3番目ですよぉ~。


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Bleu Céleste [マダムXの肖像]

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未熟な作品でしたが、最後まで読んでいただきまして
本当にありがとうございました!

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マダムXの肖像 あとがきにかえて [あとがき]

読者さまのやりとりがこの場合なかなか秀逸だと思いますので、
あとがきに代えさせて頂きたいと思います。

こんなすばらしい会話が成立するブログってすばらしいと思います。




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お風呂のはなし [雑文]

みなさま~。とうとううちのセンティッド・ジュエルズが咲きました!

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こうやって写真にとっちゃうと、大きな花なのかなと思われると思いますが、実は結構小さいお花なのですね。で、それゆえにフラワーアレンジメントでは、メインというか主役のお花にはなりえませんで、サブというより、全体のアクセントとして使われるお花です。

とはいえ、センティッド・ジュエルズ、香る宝石という名前のとおりで、本当にすこしスパイシーな芳香がします。

この花はお稽古で使った茎をそのまま指して、根が付いたもので、先生が仰っていたと思うのだけど、苗としては売られていないらしい…です。
これ、夏にお水をやっていたときに水圧で、土の粒がつぶれて、圧縮されたために、水がいつまでたっても抜けなくなっていて、根腐れを起こして、カビが生えていたのですが、全部それまでの土を水であらって、活性剤入りのお風呂に一時間ほどつけ、それから別の培養土に植え替えたら、見違えるように元気になりました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ああ、なんて長い前振り。

ところで、うちの娘は新婚なのですが、訳あって夫はイギリス、妻である娘は日本で生活と別居生活をしているのですが、やっと久かたぶりに愛しいダーリンのところへ三週間ほど行ってきたのです。娘にとっては初めてのイギリス暮らしだったのですが、

帰ってきて開口一番に
「イギリスってお風呂がないのが辛い」
「シャワーもちょろちょろとしかお湯が流れないから、シャワーも浴びた気がしない」
「あっちの人はず~っとお風呂に入らなくても、案外平気」
「とにかく、日本のようにお湯がたくさんある湯船にざっぱーんと浸かれるんじゃないと
 生きてる心地がしない!」

ゆえにイギリス生活、無理!と叫んでいました。

イギリスは円安のため、なにもかも高く、貧乏人の娘夫婦はかなり苦戦していたようです。

「お母さん、海外旅行もね、お金があってこそ楽しいんであって、お金がなきゃ、美術館もいけないもんなんだよ」

そりゃそうだろう、と思って聞いていました。

お金があっても、ヒマがない。ヒマがあっても、お金がない。

たいていそういうジレンマに悩まされますよね。わたしもいつもそうでした。
しかしね、わたしくらいのトシになると、もはや海外旅行もおっくうで行きたくないのだよ。
何事も無理してでも若いときにやっておいたほうがいいな、と思うのでした。

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おうちぼろだからつぶれちゃうよ~☆彡 [雑文]

とマジ思いました。

一昨日の台風は本当に凄まじかったです。

京都はさすがに千年以上都であり続けたところと申しましょうか、
やっぱり、そういう地震とか台風には強いみたいですね。
(とはいえ、火事はすごかったらしいけど)

でも、今度の台風は、タイトルと同様のことをマジで心配してしまいました。

特に、風!
もう、風が街路を通り抜けていく音が本当にすさまじくて、
夜中の二時ごろでしょうか、「これはマジでヤバイ!」と思い、パジャマ姿ながら、
外に出してある、鉢植えの薔薇、アジサイなどは全部玄関に避難させました。

だって、モネさんとかルシファーさんとか、せっかく二番花のつぼみも膨らんできているのに、
それがとれちゃったりしたら、号泣ですもん。

朝になって見ると、弦が巻き付いているので、取り外し不可能だった、
ロンサールさんの鉢はひっくり返っていました。

もう、埃と雨でべとべとになっていて、「いやん、気持ち悪いわんw」と思っていると思うので、
きれいにシャワーで身体を洗ってあげて、いたわりの液体肥料に活性剤を混ぜたものをうすめて
それを召し上がっていただき、最後にへんな虫が付かないように、消毒してさしあげました。


やはりね、みなさまやん事なき方たちばかりですから、ちょっとでもお召し物(土)が汚れていたりすると、すぐすぐに病気になられて、ひどい方になるとショックのあまり亡くなってしまうというケースもあるのですね~。


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さて、話は全然変わりますが、
実はね、わたし今まであんまり他所の方のSSというのは、これまで読んだことがなかったのですが、
ある老舗の方のを読んでみました!

感想は「トレ・リッシュ!」です。

もう、なんていうのかなぁ、すんごく丁寧に淹れてくれたコーヒーにとっても香り高い
琥珀色のシングル・モルトをひとたらししたような…そんな感じ!




その方の世界観がとても、濃やかでスタイリッシュで、しかもごてごてしてなくてクール!なんですよね。それでいて、とても文章が綺麗! う~ん、こんな単語知らなかったわw(無知)みたいな感じですらすらっと素敵な熟語が出て来るあたり、素晴らしい。

ssは、基本どんな設定でもいいのだ、と思います。
「これが赦せない」とか「アレが赦せない」と、もし読み手が思ったとしたら、それはやはり、書き手の力不足なんだと思いました。だって、上手い人はどんな設定でもすばらしいもん!

この間、トマス・ハリスの「ハンニバル」読んでいたけど、あれも話の筋はともかく、とてもトレ・リッシュな小説でしたが、それと通じるスタイリッシュさを感じました。

読後感の豊かさといったらいいのか、自分も作中の人物と同化してすこしおしゃれな人間になってでもいるような…。

映画にしろ、読書にしろ、『いい作品』というのは、人にそういう豊かさを必ず与えるものですよね。
読んでいると、おしゃれなパリの街を主人公たちと一緒に散策しているようでとても楽しかった。


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そして、また別な読書の話ですが

デュマの『王妃の首飾り』を読んでおりますが、苦戦しております。

決して面白くないことはないのね、
さすがに19世紀のフランスの文豪であって、100年程前の自国の歴史を扱っているから
本当に詳しいし、「おお!」と思うことたくさんあって、SS書く前に、これを読んで置いたら、もっと濃厚な文章書けたかもしれないのに!とも思うんですよね。

そして、バルザックでもよく思うのですが、会話の当意即妙さ。
真面目に話し合っているのでしょうが、やっぱりフランス人ですね、
エスプリが随所に混ざっているのです。
でも、真面目一辺倒の日本人が逆立ちしてもできない、『知と痴』の絶妙さが本当にすごい。

ベルばらでは単なるお人よしで気の弱い人間に掛かれていたロアン枢機卿ですが、デュマの小説ではに手も焼いても食えないような、宮廷人に描かれていました。そして、ジャンヌ・ヴァロアとの応酬もみごとです。


ただ執筆された時代が、19世紀という時代のせいなのか、ひとつのエピソードが本当に濃厚で、てんこ盛りで、現代の日本に住んでいるわたしにはちょっと食傷気味になることが多いのです。

これを読んだら、カズオ・イシグロの『埋もれた巨人』を読まなければいけないし、(夫が先に読んだのですが、一種のファンタジーらしく、『日の名残り』とも『私を話さないで』とも全く違う文体だ、と言っていました。ですが、あんまりファンタジーが好きじゃない人には、なかなかその世界にはいっていくまでが大変だともいっていました)

そのあとは、イギリスの歴史がちょっときになるので、『ブーリン家の姉妹』を読みたいな、とも思っているのですが…。



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わたしの趣味は、文章を書くこと(神が降りてこないと小説は書けない)と、読書と、園芸と、あともうひとつ、編み物(ソーイングも含む)ですが、

編み物は無心になれていいのです。とても楽しい。
そういうとき、たいてい、美しい音楽を聴きながらやることがほとんどですが、
最近買ったネマニャ・ラドロヴィッチのCDが非常に美しい。

「Journey East』と言います。


ジャーニー・イースト わが母の教え給いし歌~チャールダーシュ

ジャーニー・イースト わが母の教え給いし歌~チャールダーシュ

  • アーティスト: カライーチ,ラドゥロヴィチ(ネマニャ),悪魔のトリル,サンス(ドゥーブル),ベルリン・ドイツ交響楽団,フォンタナローザ(ギヨーム),カッサール(イヴァン),ファヴル=カーン(ロール),セドラル(アレクサンダル)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2014/10/15
  • メディア: CD



もう、ネマニャは天才の中の天才といってもいいんじゃないか!って思います。
最近、david garrett にもハマっているけど、あの人も確かに才能ある。作曲もするし、編曲もするし、自分をプロデュースする能力も。

だけど、ネマニャの演奏能力は卓越している。しかもこのアルバムは、ネマニャの故郷である東欧に向けて限りない愛惜の念っていうものを感じますねぇ。スラブ人やロマの人の血の濃さみたいな。ヴァイオリンはたしかにイタリアで発達して、今日のオーケストラで欠かせない楽器となっていますが、その反面、こんなふうに中近東にもそう遠くない、東欧の人々のスピリットを感じさせる作りとなっております。

とくに驚いたのが、チャイコフスキーの「白鳥の湖」 の中の「ロシアの踊り」です。
わたし、今までこの曲を聞いてもなんとも感じなかったけど、ネマニャのは違います。
こんなふうに感動したこと、なかったような気がする。

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とかなんとか、



ただ、いつもここでぼやいているように、なんだか毎日、ウツウツとしていて、ボーっとしているうちに一日が終わってしまうのですねぇ。

現実はなかなか厳しいです!


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どこにいったら読めるの? [雑文]

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この間、画像検索をしていたら、偶然、ベルばらの英語版の画像が出てきて、
興味に駆られて、ふんふんと読んでいました。

さほど英語が得意というわけでもないので、
「どーせ買ったって、読めないだろ!」とタカをくくっていたんしたら、
結構読めるのね!

「文句があったら、ベルサイユにいらっしゃい!」っていうのは、
「If you don't like it, come to verseilles!」
になっていました。

まぁ、なんていうのかなぁ、英語って意味がストレートだよね。

で、英語は日本と違って、表現する対象とするものに対して、あんまりあやふやなことは
避けているような気がする。

どうしたって、オスカルさまのことを語る人は、オスカルさまのことを男か女かを判断させる
責任みたいなものがことばの上で表現されざるを得ないというか…。

日本語みたいに「お方さま」とか「御前さま」みたいな貴人を貴ぶけど、その対象をあやふやに
しておかない、っていう厳しさみたいなもんが感じられる。

アントワネットさまはお付きの侍女から「milady」とか呼ばれているし、フェルセンにも「lady Antoinette」ってよばれていた。「お妃さま」って言葉はないのか…。
オスカルはロザリーに軍服着ていても、「lady Oscar」って呼ばれているし。
まぁ、「さま」という尊称をつけるとしたら、そう呼ぶ以外にはないのか~。

ということは、もうすでにロザリーはきっちりオスカルさまを「女」として把握している、ってことですよね~。いくら男の格好をしていたとしても。

なんとなく、凛々しいからお慕いしてます、っていう状況ではなくて、
「あの方は、女の方だけれど、それでもわたしは、恋していると思う」みたいに
自分の立ち位置をじぶんなりに把握しなきゃならなくなると思う。


こういう言葉の土壌では、オスカルを男に育てようという発想はそもそも生まれないのではないか、
と読みながらついつい考えてしまいました。


それはともかく、
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ってなかなか気が利いてんなぁ、とか思った。keep words で約束を守るって、意味だし。


アンドレが「Shall I say it thousand times? Do you want me to say it million times? …」

のところで shall ってこういう時に使うんだなぁとか、結構生きた会話が知ることができて面白い。
簡単な英語だけど、すっきりしてる。

だけど、あまりにもストレート過ぎて…。

たぶん、日本語で書かれた修辞的単語っていうのも、対応するものもあるんだろうけど、子供が読むものだから、
そういうのは、使われないのかも…。

「春のたまゆら」ってなんだろう?と考えてしまった。(笑)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
で、今、イギリスにいる娘に「あ~、もし、ベルばらが本屋にあったら買ってきて!」
と頼んでいたのですが、

「いや~、ベルばらってどこへいっても一冊もないわ! 水木しげるとか手塚治虫の『ブッダ』ならあるけどな!」
との、お答え。

イヤ、ブッダはいいわ。

でも、『セーラームーン』はある、とのことなので、セーラームーンを買ってきてもらうことに。

電子書籍でも英語版のものは読むことができないのだろうか…。

妙に気になります。





















さて、コメントで熱くなった問題の箇所ですが…











興味のある人だけ開いてくださいね。

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ビリー・ジョエルの「honesty オネスティ」 [雑文]

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昨日、ふと喫茶店で流れていたビリー・ジョエルのオネスティ。

結構昔の曲だけど、すごく美しい。

歌詞も美しい。


If you search for tenderness
It isn't hard to find
You can have the love you need to live
But if you look for truthfulness
You might just as well be blind
It always seems to be so hard to give
Honesty is such a lonely word
Everyone is so untrue
Honesty is hardly ever heard
And mostly what I need from you


単なるうわべだけの優しさなら、案外見出すことはたやすいもんなんだ。
そんなのは、生きていくための方便だからね。
だけど、真心のこもった率直さってものを探そうとすると、
目隠しされたのかと思うくらい、見つからないもんだよ。
そういうもんはしようと思って、そう簡単に人に伝わることじゃない。
ああ、「オネスティ」って、なんて空々しく響く孤独な言葉なんだろう。
だって、人間はそうなるには、あまりにも不誠実なんだ。
「オネスティ」になんかめったに出会えるもんじゃない。
だけど、だからこそ人が真にきみに求めるものなんだ。


(訳 sadafusa)


ビリー・ジョエル、美声は相変わらずですが、すっかりおじいさんになって、タコ坊主のようです。
月日が経つのは早いなぁ。
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イイオトコの系譜④ [イイオトコの系譜]

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イマイチ恋人同士に見えない不思議な絵だ!


こんにちは!

急に寒くなってきましたよ、京都は。

さて、ちょっと③のレオニードについて、あれからちょっと考えてみたのですが、(まったくどうでもいいことですけど)レオニードって名前はギリシャのスパルタの王であり、英雄であるレオニダスから来ているんじゃないか?って話をしました。

やはり予想は当たっていまして、レオニ―ドはレオニダスから来ているようです。このように、ロシアって他の西欧や中欧と違い、ギリシャ文化を直接伝えられた土地でもあり、ラテン文字ではなく、キリル文字っていうギリシャ文字を変化させた文字を使用して、文化が独特なんですね。


で、なんでそんなことを言っているかというと、ふと、ユリウスのミドルネームが「レオンハルト」じゃないですか?

もしかして、レオンハルトってレオニードと互換可能なのかな?って思ったのです。
レオニダスの意味は「獅子の子」と言う意味なのだそうです。
でも、レオンハルトって、ライオン・ハートっていう意味だし(リチャード獅子心王と一緒」
また、レオナルドのレオというのは、レオン(ギリシャ語)のラテン系で、ナルドっていうのもどうやらゲルマンの言葉らしくて「獅子のように強い」らしいんですよねぇ。

もしかしたら、互換可能なのかもしれないけど、派生した大元がちょっと違うかなって感じです。
そのままそっくり同じ名前だったら、つまり、ユリウスとレオニードが名前が一緒だったら、結構面白い偶然の一致だと思ったのですが、そうは単純にいかなかったようです。

西洋の名前って面白いです。古い名前はヘブライわたり、ギリシャわたり、ラテン語わたり、といろいろあって。モーリス(Maurice)って名前もロシアじゃ、マヴリーキー(東ローマ皇帝 マウリキウス Mauriciusに由来する)ですからね。でもカタカナにしてみると、「ええ?」って感じですが、アルファベットにしてみると、UをVに読んで、Cを「サ行」じゃくて「カ行」の発音にすると「ああ、なるほど」と納得することも多いです。

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初っ端から脱線気味ですが

今日は、アレクセイにしましょう!

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レオニードの恋敵であり、ユリウス不滅の恋人!ですよね。
わたし、ず~っと長いこと、レオニードとアレクセイどっちがいいかな、と思って、「やっぱアレクセイだ!」と思っていましたが、それは最終的にユリウスがアレクセイを選んだからなんであって、最近、「アレクセイってちょっとなぁ」と思うこと多いです。

アレクセイと言う名前は、ローマで殉教した聖人「アレクシウス Alexius」から来ています。そしてアレクシス Alexis から Aleksej と綴りと発音が変化するんですね、ロシア風に。

昔スター・ウォーズにでてきた、オビ=ワンを演じていた俳優さんはアレック・ギネスって人だったけど、あれは、アレクシスの英語風につづめた名前だと思います。トマス・ハーディスの『テス』出て来るアレックも同様。

もし、ユリウスとアレクセイの娘が生きていて、その娘に父親譲りの名前を付けるとすれば、
Alexa  アレクサ か Alexia アレクシアって名前にするでしょうね、たぶん。
もちろん。アレクシスそのまま、女のコにも使えるようです。(インスタで人気のアレクシス・レンっていう子もいるし)

母親の名前を譲られるとすれば、ユリア・アレクセイエヴナ・ミハイロヴァ になるのか。
ロシアって必ず、真ん中に父親が誰かっていうアレクセイエヴナみたいなのがはいるのよ。
親しい人なら必ず、「ユリア・アレクセイエヴナ」と呼ぶみたいね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
名前の話ばっかりになってしまいました!

アレクセイですね、アレクセイ。

アレクセイは、一部、三部と出てきます。
一部のときは、レーゲンスブルグ時代で、ザンクト・ゼバスチャンの音楽学校の生徒だった時代です。
このころは、洒脱でお茶目で、ちょっと大人っぽくてセクシーで、そしてどこかミステリアスな少年と描かれていました。

よく考えてみれば、この頃のアレクセイが一番魅力的なんですよね。彼本来の輝きとでもいいましょうか、あんまりいろんなものに縛られていないのびやかさがあると思います。

ただし、三部になって彼の生い立ちなどが明らかになってきますと、いろんな重たーいくびきがわかってきます。

彼は、名門ミハイロフ家の次男ということになっていますが、実は七つぐらい違うお兄さんとは異母兄弟でありまして、要するにお父さんの愛人の子なんですよね。

わたしは、漫画以外読んだことないから、(なんたら事典みたいな、あとづけみたいなものは読まない主義)わからないのだけれど、本妻さんを早くに無くして、やもめ暮らしになったお父さんが領地に引きこもっている間に隣村の貧乏貴族の娘との間にできちゃった子なんじゃないかとも思ったりして。
領地の中の農奴の娘とも考えられるけど、、アレクセイはお母さんのメダイユとか持っていたし、農奴にしては品格があるような気がして。ミハイロフ家ってユスーポフ家に匹敵するような名門だったんでしょ?もし、農奴の間のコだったら、あまりにも母親が卑しいので嫡子としておばあさまが認めないと思うのですね。それで、たとえ相手が貴族の娘だとしても、格に開きが開きすぎておばあさまが「賤しい素性の女」と呼んだのではないかなしらんと。(まぁ、これはわたしなりの予想)まぁ、ユリウスのお母さんもなんとなく貧乏貴族の娘って感じがするから、二人とも似たような事情だったんでしょう。


で、問題なのは、その次なんですよね、
お兄さんが大貴族の跡取りのくせに、革命思想に侵されているんですよ。アレクセイが引き取られて、ひぃひぃ家を恋しがって泣いているときにすでにそうだったんで、アレクセイがお兄さんに認めてもらうためには、お兄さんの思想を受け入れなくちゃいけないじゃないの。

そこがすでに悲劇の萌芽というか…。たった六つかそこらの子供に「世の中を変えなければ!」みたいなことを言われてもね。ただ、アレクセイがこの家で生き延びるためにはそういうお兄さんを受け入れなければならなかったってことです。


そして、ご丁寧にしばらくするとお兄さんの婚約者で美人のドイツ人、アルラウネって人が現れるんですよね。この人、頭も良くて気が強くて、男勝りな人だったんですが、それが新鮮だったのか、アレクセイはほのかに恋心を抱くのですが、これがまたお兄さん以上に革命思想に凝り固まったような人で、嫌も応もなく、彼を革命家に追い立てていくんですよね。

まぁ、アルラウネも婚約者であるアレクセイの兄、ドミートリィが皇帝の暗殺に加わった反逆者として処刑されちゃったもんだから、たぎる情熱みたいなものを弟にぶちまけてしまうっていうのも一因ですね。

別に兄は兄、弟は弟であって、兄弟そろって同じ道を歩まなくてもよかろうに、などと私は思うのだけれど、そうは問屋が卸さないんです。


で、兄が処刑されたため、弟も嫌疑がかかって亡命したのだけれど、またしばらくするとアルラウネとアレクセイはロシアにいって活動するために戻っていくのです。


で、すぐに捕まる。そしてシベリアに8年程流刑ですよ。
アレクセイってボリシェヴィキの若き指導者みたいに描かれているけど、捕まったの18歳ですよ。ほんの小僧っ子じゃない? どこまで革命ってわかっていたのかなって思うけど。

そして、九死に一生を得て、シベリアからペテルブルグに戻って来た時に、ユリウスに出会うのです。

わたしは、ユリウスのこの一途さが、すごく愛しい気がします。彼女はいろいろと脆いところがある女性なんだけれど、こと「愛する人」を希求する、って段になると、まったく迷いがないのね、どんなにつらくても、どんなに孤独であっても、じっと耐える。これがユリウスのユリウスたる所以といいますか、すごく魅力的なところ。

オスカルはかっこいいけど、こと、恋になると受け身。反対にユリウスは能動的に自分からどんなに拒絶されようと、諦めないしぶとさというか、ガッツがあるね。そこを評価したいです。

ですが、アレクセイっていう人は革命家だから仕方ないのかなって思うけど、案外、ユリウスが殺されたかもしれない、っていう段になっても、あんまり真剣に彼女の行方を探したりしないんですよね。どうもそういうところ、解せないっていうか、ちょっとユリウスが可哀想。

かといって、勝手に自分が捨てたくせに、その後記憶を失って、レオニードのところに身を寄せていたと知ると、すごい嫉妬したりするし…。(別に関係があってもなくても、どうでもいいことでしょ!)
それを実際に口に出してクドクド言われたりしたら、百年の恋も冷めますけどね~。(私なら、さようならするわw)

レオニードがひそかに気を付けて、彼女の動向を見てくれていたから、どうやら生き延びることができたけど、アレクセイだけだったら、とっくの昔に死んでいたと思います。

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最後に。

疑問に思っていたことがあって、ユリウスは金髪、アレクセイは亜麻色(フラクスン)の髪って書いてありましたが、
金髪だろうが亜麻色だろうが、向こうじゃブロンドと言われるものなのじゃないでしょうか?

まぁ、ブロンドといってもいろいろあって、本当に金色に近いものもあれば、本当に白金みたいに白い髪もあり、また灰色に近いもの、ちょっと赤みがかった、ストロベリーブロンドってものもあります。


ただ、西洋の赤ちゃんって生まれたばっかりの子供は皆、金髪で目が青いもんなんですよ。でも三か月ぐらいたつと、目のほうはだんだんと暗い色に移行する子がほとんどで、その子は大人になると茶色い目になったりすることが多い。ただ、本当に金髪になるんだろうな、って思わせる赤ちゃんも中にはいて、そういう子は本当に明るい真っ白な髪をしているそうなのです。要するに、金髪ってもんはうまれつきってわけでもなく、成人のとき、金髪ならず~っと金髪のまま、ってわけでもないらしい、ということです。
金髪の美少年だったレオナルド・ディカプリオは若い頃本当に輝くようなブロンドだったけど、最近は黒っぽいダーク・ブロンドに変わってきているように思うし…。そこらへんは日本人のわたしにはよくわからないことが多いです。

だから思うに、ふたりとも、ブロンドだったのよ…。


たしかにね、フランス人ってラテン系の国だから、本当に天然の金髪の人はレアで、それはそれは、周りに羨ましがられもするし、本人も本当に自慢にする大切な大切なものなのでしょうが、ドイツになると、少し事情は変わって来まして、金髪の人はチラホラといます。(それでも金髪って珍しいものなのだけれど)

ユリウスの金髪とオスカルの金髪って、ありがたさが全く違うの。オスカルの金髪は「ええっ!マジで? 金髪なの? すご~~いい! 世の中本当に金色の髪の毛の人もいるんだねっ!」ぐらいのレベル。
ユリウスのは「綺麗な金髪だねぇ、ブロンド美人だねぇ。ほぅっ」って感じ。感嘆の仕方がもっとナチュラルだと思います、たぶん。


あと、ちょっとなぁ、と思うことがあって、これって第一次大戦前の話なわけでしょ?
理代子先生はファッションには疎いのかなぁ~。ゼバス時代の全盛期ってヌーボォースタイルっていって、花がついたつばの大きな帽子を被って、ウエストをぎゅっと絞った細身のスタイルなんです。
ユリウスの夜会服(なのか? ものすごく胸の開いた服だったけど)は、あり得ない!というほど大時代がかったシロモノでした。(できるなら、アールヌーヴォー風に神を結い上げて、ステキなドレスを着ていて欲しかった)

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世紀末の典型的なスタイルです。

で、じょじょに1920年代になると、第一次世界大戦のあと、コルセットをはずして、フラッパースタイルが流行る。
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それなのに、三部のロシア時代の女性の格好はどうみても18半ばなのか?みたいな恰好なんですよねぇ。もうちょっと史実に忠実だったらもっと素敵だったのに、とちょっと残念に思います。
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1917年ぐらいだったらこういうドレスが流行っていたはず

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このユリウスのママンの格好は妥当なのですが、ときどきママンはバッスルスタイルで40年も昔の格好をしていたりして、変なときもあるのです。
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イイオトコの系譜③ [イイオトコの系譜]

さて、③ですね。

オル窓でイザーク出したんだったら、やっぱり他の人も出さねば。
イザークの次は…黒髪つながりで、この人にお出まし願おうかな…。

それは…レオニード・ユスーポフ侯爵ですね!!


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レオニードって名前がいいですよね、ロシアらしくて。
ピアニストのキーシンもレオニードだったかな。

レオニードって名前はロシア風ですが、西に行けば、レオニードもレオナルドになり、
イギリスに行けば、レナードになるのだと思う。

そう考えてみると結構普遍的な名前ですねぇ。

レオってライオンが入っているから、「獅子のナントカ」っていう意味なんだろうな、と思っていましたが、最近、ベルギーチョコで「レオニダス」という商標があるものをプレゼントされて、これをみて「ああ!『レオニード』ってギリシャ神話の中の『レオニダス王』から来ているんだね!」
と突然納得してしまいました。

ロシアの文化は西ヨーロッパと違い、ローマ帝国からビザンチン、そしてロシアと渡っていったので、結構、ギリシャ起源の名前が多いと聞きます。
余談ですが、オル窓の主人公のひとり、アレクセイの兄のドミートリィはギリシャ神話の豊穣の女神の『デメテル』を男性形に直したものだと聞きました。


さて、レオニードですね、レオニード。

この方はねぇ、私にとってはオル窓の中の男性の中で一位か二位を争う程好きな人物です。
っていうか、私の中の「物語の王子サマランキング(そんなものがあるのか? (笑))の中で、たぶんトップ10には入っていると思うな。それぐらい好き!

この方は帝国ロシアの軍人ですね!
しかも、陸軍の親衛隊の中でもたぶん、参謀だと思います。

『坂の上の雲』などを読むと、日本軍では秋山好古をはじめ、弟の秋山真之、児玉源太郎、明石元二郎、大山巌などなどなど、第二次世界大戦のあのアホみたいに硬直した日本軍とは違い、ものすごく優秀な人がいっぱいいます。
また、それとは反対に、ロシア軍もすごく強い将軍はいっぱいいて、とてもぞくぞくするほど楽しい。
クロパトキンとか、ロジェストヴェンスキーとか。

『オルフェウスの窓』って結構重層的な漫画で、西側から見るとマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の裏バージョンにも思えるし、東側から見ると、『坂の上の雲』のロシア版にも思えたりするんですのよ。
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あ、また脱線しちまった…。

レオニードに行かなきゃ。

主人公のユリウスは、いろいろと複雑な背景を一杯背負っている人なんですね。彼女の父親であるフォン・アーレンスマイヤは貴族で、現役時代にはバイエルン地方はレーゲンスブルグという街の顔役だったようですが、(彼女の母親はこの男の妾になっていたのですが、ユリウスを身ごもっちゃうと、捨てられちゃったのです。ですが、ユリウスが14歳ぐらいのときに後妻としてユリウス共々引き取られるんです。)それはいわば表の顔。実は裏ではロシア側の密偵をやっていたのです。いわば売国奴なんですね。

そして、なんとロシア帝室のスイス銀行に隠してある財産の『鍵』を持つ人物だったんですよ。
なにも知らず、愛するアレクセイを求めて、はるばるペテルブルグまで来たユリウスなのですが、ついたとたんに暴動が起き、そのときの流れ弾が当たって、看病してくれた家の当主がこのレオニード・ユスーポフ侯爵なのです。

レオニードは皇室の裏側を知る数少ない人間のひとりですが、「なんでまた、あのアーレンスマイヤの娘がロシアに…?」って感じでユリウスを危険人物だと知り、軟禁するんです。

そのとき、ユリウスは16か17歳。もう恋に盲目な少女でありまして、愛しいアレクセイのことしか眼中にないのですが、そういう一途さをみると、破綻した結婚生活を送っていたレオニードは苦々しい気持ちにならざるを得ない。はじめは結構いじめられちゃうんですよね。ユリウス。靴を履いたままの足で手を踏まれちゃったりさ。なんか酷いの。

ですが、ふたりの関係に突然変化が現れるのです。

それはユリウスは記憶喪失になってしまって、アレクセイのことも忘れちゃうんですね。もともと、ユリウスって母親に無理やり男のふりをさせられていて、自己の確立ができてない人だったので、なんだか記憶喪失になるとさらにさらに、情緒不安定になっていくんですよ。それで今まで散々ひどい目に会わされてきたレオニードにも捨てられた子犬みたいに、涙目でうるうるして慕っていくんですよ。

そうすると、『氷の刃』で孤高の存在にならざるを得なかったレオニードの心も、ユリウスによって潤っていくっていうか、温かい情愛ってものを知るようになるんですねぇ。

だからといって、すでに妻帯者で謹厳実直な軍人であるレオニードは、愛人を持つことを潔しとしなかったのか、ユリウスは愛されながらも立場はいつまでも「愛される妹」なのです。本当の妹であるヴェーラには結構残酷なことをしていたりするんですが…。

ま、こうやって生ぬるい関係を8年間ぐらい続けて、いよいよロシアも危なくなってきたとき、レオニードはユリウスを故国に返そうと決心するのです。


そのときの別れのシーンはめっちゃ切なくって~。今でも泣けますねぇ。

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しかし、運命というものは上手くいかないもので、ドイツに帰ろうとしたユリウスは、思いがけず、アレクセイに出会ってしまったのですね。

アレクセイは昔の恋人に突然出会って、我を忘れてユリウスを抱きしめるのですが、ユリウスは「ああ、昔、こういうふうに情熱的に抱きしめられたことがあった。その人は今私を抱きしめているこの人なんだ!」とは思い出したんですが、その先のことはやっぱり思い出せない。

結局、アレクセイも革命家なので、恋人だったといっても、今は記憶を喪失している彼女をここに留めるのはよくない、と思っていました。ですが理性ではそう思っていても、逆らえなかったんですね、情熱に。

レオニードはロシア帝国軍人、アレクセイは革命家。当然敵同士なのですが、ユリウスがドイツに帰らず、アレクセイと一緒になったと聞いても、レオニードってびっくりするのですが、それでも「仕合せになってほしい…」と思える人なんですよ。

要するに、武田信玄じゃないけど『敵に塩を送る』っていうか、敵対するようになっても、やはり昔愛した女性には優しいんですよね。

そういったわけで、ユリウスは何度も何度も窮地をそれとは知らずにレオニードに救ってもらっているんですね。

そして最後…ロシア帝国の崩壊とともに、レオニードは自裁するのです。

ロシア人にしては、妙にストイックな人なのですが、理代子先生はモデルを2・26事件の日本の将校に求められたそうです。それは…妙に納得です。


わたしねぇ~、今にして読み返してみると、アレクセイってユリウスのこと、「本当にこの人奥さんのこと、愛しているのかな」って思うくらい冷たいと思ったりする箇所あるんよ。それに反して、レオニードは男なのに実に細々と、影でユリウスの世話を焼いていたりするんです。
でね、ユリウスは私生児で父親の愛を知らないで育った人なので、レオニードに「父性的な愛」を感じていたんじゃないかなと思うのです。

そしてレオニードも、ユリウスはライバルのアレクセイの奥さんになったとしても、ずっと変わらぬ愛を持ち続けるんですよね。愛の質が違うって言ってしまえばそれまでなんだけど、レオニードの愛のほうがアレクセイの愛より深いような気がするの。

そして、影の存在で徹していた分、レオニードの愛のほうが崇高かもね。

話は変わりますが、本当かどうかは知りませんが、イタリアでは断然にアレクセイよりレオニードが好きだ!というファンの人が多いんだそうです

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追記

せっかくだから…

このレオニードですは劇中で、皇后のお気に入りの僧、ラスプーチン暗殺を企て実行していますが、これは本当です。

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ユスーポフ家というのは、ロシア屈指の名門中の名門で、ロマノフ王家より金持ちだったといわれています。今でもサンクトペテルブルクの街をグーグル・アースで検索してみると、「ユスーポフ公園』って出てきます。やっぱり大したものだったみたいですね。
ただ、レオニードの生涯は歴史のユスーポフ侯爵なのかっていうと、まったく違っておりまして、
フェリックス・ユスーポフって人なのですね。

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女装が趣味で~って、ご大家の御曹司にありがちのちょっとイってしまっている感が否めない人物のような気がします。

フェリックスのほうは、レオニードのように殉死などということはしないで、さっさと西側に亡命して、1967年まで(!)生きておられたそうですよ。

なお、女装が趣味でも、夫婦仲は実によくて、奥さんはず~っと仕合せだったそうです。(劇中では離婚してるケド)



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イイオトコの系譜② [イイオトコの系譜]

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イイオトコの系譜②…

ん?②ってことは①ってあったんかい?と思っているアナタ。
そーなんです、結構昔に書いたのですが、放置していました。

http://sadafusa-novels.blog.so-net.ne.jp/2017-06-11-1 →①は、コレですね。


一番最初はアンドレ君だったもんで、次は誰にしようかなと考えているうちに
こんなに月日は経っていたのだった…。

そ~なんです、アンドレでしょ?
色々考えた末に、アンドレの次ならこの人しかいないかな、って思って。


それは、
イザークです。(『オルフェウスの窓』に出て来た主人公のひとり)

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イザークってさぁ、イザークって名前からしてなんかもう、あかんって感じしません?
イザークって、このトピ書く前に検索かけてみたんだけど、ほとんどユダヤ系の人の名前ですよ。

わたしの大好きなヴァイオリン奏者のイツァーク・パールマンもイスラエルの人だし!

以前プルーストの『失われた時を求めて』を読んだとき、主人公のおじいさんに当たる人が
ユダヤ人を見つけるのの名人で、その中のセリフに「ベルナールって名前のやつは、十中八九、ユダヤ人」みたいなのがあって、へぇ、そうなんだ、と思った記憶があります。
『失われた時』ってわりとユダヤ人について取り上げている章が多く、それはプルーストの自身の母親がユダヤ人で、キリスト教徒として育ったにしろ、多かれ少なかれ、差別があったのかな、と思ったりします。

はっ、また脱線しちまった…。

イザークね、イザークよ。
理代子先生はイザークをまっとうなクリスチャン中のクリスチャンとして描きたかったのだろうけど、
ネーミングで失敗していると思うな。それに、レーゲンスブルグはカトリックの街なのに、どうもイザークの行動はプロテスタントっぽいよね。




はい、私的には実はイザークは全然タイプじゃありません。

でも、なんとなく、黒髪で目が大きくて、優し気なところがアンドレを踏襲しているキャラクターかな、って連載中から思っていました。


『オルフェウスの窓』っていうのは、
ドイツのバイエルン地方は、レーゲンスブルグってローマの要塞から発展した古い街があって、
そこの男子ばっかりの音楽学校の話から、発端は始まるんです。
(レーゲンスブルグは、オーバーバイエルンにあってミュンヘンに次都市で、アウディの工場があること、フランケンシュタインの舞台でもあることで有名なんだそうです。へ―知らなんだ)

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そこにはね、『オルフェウスの窓』っていう、古い窓があって、
なんだろ、音楽学校の敷地の中にだれでもと通れる道が貫通されているんだけど、
その道に面してその伝説の窓があるんです。

で、その窓に初めて立った男子校生は、もし、道路に女性が歩いていたとしたら、
必ずその人と、オルフェウスとエウリディーケのように深い恋に落ちて愛し合う運命がさだめられるのだけれど、かならず悲恋に終わる、というもの。

ロマンティストなイザークは転校してきたその日に、ヴィルクリヒ先生にそのことを教えてもらうってさっそく、窓にドキドキしながら立つわけです。

すると、下にはいました!目も覚めるような金髪の美少年が!
でも、実はこの金髪の美少年は、ユリウスと言う名前の、遺産を虎視眈々と狙う母の思惑で男を装っている美少女だったのですが…。

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話は長すぎるので、ここら辺で割愛させていただくことにして、

イザークはね、ものすごくピアノの才能があって、お金もなかったけど、その才能を見込まれて、特待生としてこの音楽学校に迎えられた男の子だったんです。

最初に出会ったころは、イザークはどうも奥手だったみたいで、まだ二次性徴もそれほどでもなく、女の子のユリウスのほうが背が高かったんだけれど、
15歳ぐらいを境にしてぐぐぐっと背も高くなって、男っぽくなっていくんですよね、それなりに、ですが。

トータルで見ると、イザークも結構男前な男に育つんだけど、その前に大きなライバルが目の前にはだかるんだよね。
そのライバルっていうのは、二つ年上のヴァイオリン科の上級生、クラウス。

分が悪いことに、イザークは奥手。クラウスは早熟。出会った時にはすでに大きなハンディがあったのよね。しかも、クラウスのほうは持って生まれたセクシーさっていうのがあったね。それになっていうのかな、人を煽るのが上手いんだね。世慣れているし。(そりゃ~、14歳で兄が銃殺されて、命からがらはるばるロシアから逃げてきたんだもん、人生の経験値が違いますよね!)

しかも! 実はクラウスのほうも、イザークとユリウスが出会ったあと、オルフェウスの窓の前に立っていた時に、またまたユリウスを見てしまったのです!

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つまり、エウリディーケがひとりなのに、オルフェウスがふたりいたってこと。

ユリウスはイザークには友達としての親愛の情以上のものはどうしても抱けず、それにユリウスとクラウスはそもそも会った時からお互い、ひとめぼれしているんだよね。

ユリウスは、どうも男らしくて強くて、オレサマタイプの人が好きなんだよね。優しい一辺倒のイザークじゃ物足りなかったみたい。

紆余曲折の末、本当はロシア人で革命の闘士、しかもご丁寧に一度は捨てられたクラウスをどうしてもどうしても、諦めきれずに一途なユリウスは出会えることを信じ、彼を追ってロシアへ。

で、最後、別れる時にユリウスはイザークだけには、「さよなら」を告げにわざわざ、彼の家まで行くんです。

わたしは、どうして、イザーク『ぼくたちだって宿命の恋人同士なんだよ。しかもぼくはクラウスよりも先に君に出会っている。宿命の恋人になるのは、クラウスじゃなくてぼくだ!』ってごねてひきとめなかったんだろうって思っていたんだけど、今読むと、結構それなりに引き留めているね(笑)
ユリウスはきちんとお礼のキスをしてくれたけど、結局それだけ。

駄目だったんだね。かわいそう、イザーク。
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で、一部はここでお終い。
トータルでみると、一部ってサスペンスの要素もあって、かなり入れ込んで読んでいました。
ここまでは週刊マーガレットなのね。絵も線が太くて、力があったよね。ベルばらとはまた違った、ドイツっぽい硬質な造形が好きでした。

そして次は月間セヴンティーンなんですよ。
二部はイザーク自身の話になります。(ユリウスはイザークの回想の中以外出てこない)

イザークってピアノは上手かったのかも知れないけど、本当におぼこい世間知らずで、
自分にとって必要な人材はだれなのか、全然わかっていない。

芸術家であっても、この世界、競争が激しいですからね。
自己プロデュースできてナンボの世界よ。

彼ってでも実は結構モテてて、いろんな女性から好かれるんだけれど、ユリウスと失恋したのち、
後ろ盾もお金もない自分がピアノで身を立てていくなら、絶対に、絶対にお金持ちで品行方正でそこそこ美人で聡明で貞淑なカタリーナと結婚するべきだったんです。

それなのに、自分の教授の尻軽バカ女にもてあそばされ、しかも、次には絶対に、絶対に、結婚してはならない、娼婦あがりのロベルタを可哀想だと思って結婚してやる。

一見、こういうのは善人ぽくて、真っ正直でいい、と思うのかもしれないけど、いんや、そんなことはないね。世間は厳しい。イザークはまだ若くていくら才能があったとしても新進のピアニストにしかすぎないのだから、クリーンなイメージが大事だったのに、それも捨ててしまう…。

ここまでくると「ホント、バカ男」と思ってしまう。わたしが好きになれない理由ってそこにあるかも。

昔は、音楽会に行けるのは、貴族サマかブルジョアに限られてんだよ、階級差っていうのは依然として横たわっていたんだよ。

ピュアでナイーヴなイザークはそれにも気がつかない。(鹿島センセイはナイーヴというのは、フランスでは「バカの代名詞」と仰っていました。ハッ、ここはドイツだ、フランスの価値観とはまた別か~)

もしカタリーナと結婚していれば、第一次世界大戦でピアニストだからって招集されないように工作してもらえたかもしれないし、あるいは招集されたとしても、主計係とか事務方の方へ回されて、手をダメにするようなことはなかった。

それにナントカってアブナい友達が「弾いてはいけない」ってピアノ曲を作曲して、よせばいいのに、それにトライして指にダメージを与えているしな。

「君子危うきに近寄らず」ですよ。


結局ね、イザークにはなんにも感じるものも、共感できることもなくて、
「こんなん自滅して当たり前だよな」としか、感じなかった。

三部の終わり、四部も
クラウスに死なれて、絶望のあまりおかしくなってしまったユリウスにはもはや、なんの情愛も抱けないのよね。全身全霊をかけて愛していたクラウスが死んじゃったんだから、ユリウスはものけの殻よね。でもそれだからって、昔の情熱が蘇らないんじゃやっぱり、『オルフェウスの窓』で出会った恋人たる資格がないね! それプラス、ユリウスが殺された後、あんまり悲しみに暮れるわけでもなく、
「いい青春時代だったよな」って、アンタ、やっぱり、それじゃあ、オルフェウスになれなかったの、当たり前だわwって思う。ちっ!(これが私をしてイザークを嫌いにならしめた最大の理由かも)

もし、あのとき、ユリウスのハートをつかんでいれば、まったく別の展開が期待できたはずだったのにねと。

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なにげないことば [雑文]

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先日、『ハンニバル・ライジング』のことを書きました。
レクター博士は、六歳まではリトアニアの伯爵の御曹司で、両親の愛に育まれ、
懐深い使用人にも愛されて、何不自由ない幼年時代を過ごした。

だがあるとき、すべてを失ってしまう。
そしてあろうことか、ソ連の兵士が食べ物がないため、
二歳にも満たない妹を目の前で殺され、喰われてしまうのです。

その上、作者の描写は容赦なく、レクター少年は用を足すための穴に
糞尿に混じって妹の乳歯が混じっていることを発見する。

ここでレクター少年の生来の天使の部分は死んで、怪物が誕生するのだった…。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

まぁ、レクターというサイコパス中のサイコパスが誕生するシーンとしては
いささか手法が古いというか、あまりにありきたりで自分としては、ちょっと物足りない思いが
あったのですが、

途中でとっても印象的なレクター博士の独白がある。

この世に神は存在しないという事実に、ぼくらは心の平安を見出しているんだよな、ミーシャ(ミーシャとは妹の名前)。だからこそおまえは、天国で奴隷にされることもないし、この先、永久に神の尻にキスさせられることもないんだ…

ああ、なんという切ないセリフでしょうか。こんなセリフはこの世の底の底をみた人間しか言えないセリフだと思いました。
たぶん、作者のトマス・ハリスはキリスト教に(ユダヤ教などを含む一切の一神教一切を)絶望しているんじゃないかなぁと思ったのですね。

だって、キリスト教って神と人間の契約なんですよ。新約、旧約の約は契約の約です。
神と契約して、善行を施したから、天国へ行ける、煉獄へ行く、地獄に落とされる、そんなの変だと思います。

この世には、まったく不平等なことに、生まれながらにして天から二物も三物も与えられている人っているんですよね。そういう人が善行を施したからってそんなの、当たり前じゃんよ、とか私なんて思ってしまう。そしてたいてい、そういう人って天から何も与えられなかった他人の痛みに対しては非常に鈍感ですよね。

中世キリスト教ではそういう身分が高く美しく賢く生まれついた人というのは『神の恩寵が深い人』であって、反対になんにも与えられない人は『天から見放された人』なんですよね。(ま、こういう判断のほうがいっそのこと気休めみたいなこと言われるより、案外諦めが付く分、親切なのかもしれませんけどね)

それに神は本当に恣意的で、必ずしも善行を行ったからといって、人間を仕合せになんかしない。

人間は「死んだら天国へ行ける」という言葉をエサに永遠に神に仕える奴隷なんだ、と思っているんですね、レクターは。死ねば、それは「無」という永遠の安らぎが待っている。ある意味、それは救済ともいえる。


レクター少年は、神がもし存在するのなら、なんの罪もけがれもない妹にこんな残酷な運命を与えたことに呪ったに違いないのです。こんな神なら自分のほうから、捨ててやる、と。
これは、旧約聖書の中にある『ヨブ記』に出て来るヨブとは真逆な生き方です。

誇り高いレクター少年は、だれによっても奴隷のように縛られる人生を退けるのです。たとえそれが神であろうと。

この話はレクター博士の神に対しての復讐のような気がします。

いったいどれだけのことをすれば、神とやらを怒らせることができるのか。神の怒りにふれたなら、是非とも全力で、自分を滅ぼしてもらいたい。できるのか?

などなどなどと…。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

こんな風にキリスト教に限界を見出した人って、案外仏教に走るものなのですよ。
仏教には「神」は存在しない。

この世の中も神が創造したものではなく、あるとき「有情の業」というものがひとつの風を起こし、その風がもとでカオスから、地と水に分離し、って感じで世の中が作られていくのですよ。
キリスト教的な倫理観で生きてきた人にはこういう仏教の教えってほっとするもんじゃないのかな。

でも、輪廻転生っていう考えがあるじゃないですか?
生きて死んで、生きて、死んでって。
そうやって、自分のカルマ(業)を少しずつ浄化して、今の現世を生きる罪にまみれた自分から
少しずつでも進化向上して、いい人間に生まれ変わろうという…。

三島由紀夫さんは、この考えに突き動かされて、大作『豊穣の月』を書かれたそうですが、全部書き上げたあと、自決しておられます。

最後の巻が『天人五衰』なんですよね。人間にしたら神にも等しい天人であろうと、やはり死から免れないものであると。
なんか彼はそこで、この世の限界を感じたんじゃないかな。

ブッダは、やはりそこで有名な四諦、「苦渋滅同」に出会われて、この世のはかなさを知り、
そして、さらには輪廻転生も否定され、彼岸に到達された。

つまりもう、輪廻転生などからおさらばされたんですよね。
それは、永遠の「死」なんだろうと思う。いいかえれば。
(余談ですが、数の名前にも仏教観って漂っていて、一番大きな数は「無量大数」というビッグバンを想像させるネーミングなのに対し、一番小さい数は「涅槃寂静」。もはやすべてが収斂され切って、ブラックホールを感じさせるじゃないですか。やっぱり宗教としては仏教が断然すぐれていると思いますね)

ハンニバルはまた、こうも言っている。
「自分の死んだあとのことを心配するなら、なぜ自分が生まれる前のことも心配しない? 自分が生れる前の時代、自分の存在がこの世になかったからといって心配しないのはおかしいのではないか?」(原文のままではありません)


最近、自分の魂というものについて考えることが多いのです。
わたしは欠点ばっかりの人間です。でもそれは資質的に劣っているからというより、
たとえ、来世で美しく生まれつき、才能にも運にも恵まれたとしても、いざという試練が自分に襲って来た時、とてもじゃないですけどやっぱり乗り切れないんじゃないかなって思ったりもするのですよね。以前、『ハンサム・スーツ』って映画ありましたけど、ブ男が美男に外見的に変わったとしても、美男が美男としてオーラを放っているのは、本当は魂の輝きもあってのことじゃないかな~って思ったりするんですよね~。どうかな。

で、結局、ハンニバルはこの世の理もなにもかも越えてしまった…。

善行って、悪行って、いったいなんだろう?
と真面目に考えてしまいました。


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いいたいことはいろいろとあるんだけれど、
なんかきっちりとまとめられないんですねぇ。

でも、わたしのような(不埒な)こと考えている人っ実は世の中にはいっぱいいて
わたしのいいたいこと、もっと的確に言ってくれている。
例えば、ドストエフスキーの『悪霊』とか。



悪霊 1 (光文社古典新訳文庫)

悪霊 1 (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2010/09/20
  • メディア: Kindle版



わたしは、この本に異様に惹かれて、三回以上読み返しました。
ハンニバルはこの悪霊の主人公の「スタブローギン」に似ている。

また、平野敬一郎の『決壊』の主人公は悪霊のスタブローギンを現代日本に置き換えて
再創造した人物だとも言われています。


決壊〈上〉 (新潮文庫)

決壊〈上〉 (新潮文庫)

  • 作者: 平野 啓一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/05/28
  • メディア: 文庫




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そうやって、くら~い雲が心にのしかかっているとき、
薔薇の世話をしていると、うちの狭い道路を歩いている人が(たいていは旅行者)
うちの薔薇の花(クロード・モネ)に目を留めて、たいてい声を掛けてくれます。
「すごいですね!」とか。

昨日は、夫が玄関に出て郵便物をとろうとしたら、
玄関前に立ち止まっていた人と目が合って、こういわれたそうです。
「すみません、あまりに薔薇が美しすぎて、立ち止まらずにはいられなかったんです」


ああ、この世を救うのは、もはや「美」しか残っていないのかもしれない。

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時間の記憶 第二章 総集編 [時間の記憶 総集編]

『時間の記憶』第二章 総集編です。

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