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現代の教育のありかた 『すべての教育は「洗脳」である』 [読書・映画感想]

なんだかどんどん気温が上がっているような気がします。



昨日、こんな本を読みました。

すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)

すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/03/20
  • メディア: Kindle版



こういう本、普段、絶対にお金払ってまで読まないんだけど、kindleでタダだったんで。
ホリエモンっていうか堀江貴文さんは、かなり昔ライブドアで話題になって、逮捕もされた人じゃなかったでしょうか?

堀江さんのこの本は、半分くらい共感できるけど、半分くらいは全く共感できなかった。

堀江さんは日本の学校教育っていうのは、もともと戦争へ行かすための均質な兵隊を作るためだったといいます、時代がさがると工場で働くための均質な労働力といいますかね。

だいたい全てにおいてほどほどよくできるB型人間を作るための養成所だ、みたいなことがいいたいわけですね。

うん、ここら辺はよくわかるんですよ、わたしもね。
校則とか、年功序列順っていうのかな、どんなに先生が理不尽なことを言ってもきかなきゃならないみたいなところは、軍隊形式の弊害だと思うよね。

あと、最近起こった事件で髪の毛が真っ黒じゃない女子高校生に、黒くするようにヘアダイを学校が求めたとかさ。なぜそこまで均一化を求めるんだろ? バカじゃないの? 
髪の毛がもともと金髪に生まれついた子供が、他の子よりも目立つからという理由で黒く染めなきゃならないんだったら、私は学校なんかやめたほうがいいと思うよ。


そこらへんは全くホリエモンに同意するわ。
インターネットの出現によって、記憶力重視の学習があまり役に立たなくなってきていることを。
稗田阿礼みたいな人間は昔はありがたがられたけど、今はインターネットがすべて代わりをやってくれている。


だけどね、そこからがホリエモンの言ってるコトがわからなくなるのよ。
「好きなことだけをしたらいい」「我慢することはない」
過ぎた我慢はしないほうがいいと思う。だけどこれも程度問題だと思うのよね。

ホリエモンの言うように、兵隊は指揮官のいうことを聞くのが一番で自分で判断しちゃいけないの。
だから自分の頭で思考しない人間が増えているっていうのはわかりますよ。
だからといって、10歳から系統立ててに勉強させなかったらどうなるんだろう?
それは…とても危険な世界になると思う。



あと、付加価値をつけるビジネス思考とか。
だけど、簡単なことのようでもそういう発想力というのは、誰にでももてるものじゃない。
それはやはり、なんだかんだいってホリエモンが東大まで行けた知能の高い人間だからやりおおせたことだと思うのよね。

というか、人間っていつでも気力や体力が充実しているわけじゃないから、
こういういつでも決断! みたいな環境は非常にストレスフルだと思う。


話は戻るけど、まぁ、少なくともわたしは中学教育までは絶対に必要だと思う。
好きだとか、好きじゃないとかに限らず。
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たしか、ヤマザキマリさんの漫画に描いてあったと思うのだけど、
イタリアの学校は「勉強のみ」を教えるところであるので、学校の先生は「しつけ」みたいな領域になると、「それは各自のおうちでなさることで、私たちの関知することではない」とつっぱねるそうです。



それと…ホリエモンの本からは離れるんだけど、わたしはず~っと息子が学校と折り合いが悪いことで悩んでいたのですが、彼もわたしのようなあまのじゃくで学校の偽善性ってものに耐えられなかったんだよね。

そんなとき、通っていた進学塾の先生が救いになったというか。
でも、学校って昼間じゃん? 内申書に響くからっていうんで部活しなくちゃならないの。
それが、小さい学校だから部活動とかいっても種類がないのね。
しかも、部活はしんどい。

そのとき、「塾だけ行かせたい」「スポーツクラブに行って身体鍛えればいいじゃん」とか思っていたんだよね。なぜかというと二重生活しているお蔭で、時間が足りないんですよ。

学校のテストに塾のテスト。
塾のテストは建前がなく、ズバリの評価がついてくる。全国で〇〇〇位ってね。
学校の成績は先生の主観が入るんですよね。「素行が真面目だった」とか。
この「素行が真面目」とか「態度がいい」とか、いらないと思うんです。

最近、高校卒業の資格をとらせるための通信教育の高校が近くに出来て、年に何回かのスクーリングをすれば、すべての単位がもらえるんですよ。

わたしはそれを見て、自分が中学生だったらここへ行くなって思ったのね。それで勉強は塾へ行く。
団体行動を通して培う人間力とか学校の先生がたはおしゃっていましたが、
わたしみたいに、団体行動がクソ苦手な生徒はそんなのいいんですよ。

高校へ行っている時間があれば、わたしは大学卒業時までに、コルドンブルーを卒業して、服飾専門学校へ行っていたいわ。子供にとって大人になるまでの時間も有限だし、親の財布だって有限だ。
そういう意味では、もはや今の教育は時代のニーズにこたえていないかもしれない、と思う。

ただし、うちの子供たちの場合は中高は塾で代行させてもいいと思ったんだけど、
大学教育はそれなりに本人たちには有意義だったらしいです。

娘は画家になりたいので、絵の修行をしに美大にいってそれなりに指導をうけ、テクニックをつけて
その後の人生に役立てているし、

息子は法学部へ行って、「理屈」っていうものを自分の頭で構築できるようになって、それなりに満足して卒業しました。大学へ学んだ四年間は彼にとって大切なものだったらしい。

やはり偏差値ではなく、自分の好きな学部へいったことがよかったみたいです。








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犬も歩けば「KIMONOレンタル屋」 [雑文]

今日、久しぶりに京都国立博物館へ行ったのだが途中、
東大路通が30メートルに1軒ぐらいの割合で、みごとに外人向けの着物レンタル屋に変身していて本当にびっくりした。

そして…娘の通っていた中学のすぐとなりに「フォーシーズンホテル」がいつの間にかできているのもすごくびっくりだったです。
娘と夫の三人で「ここ、前なんだったろう?」と話していたのですが、思いつかないのです。
夫が「隣のお寺の敷地をうってもらったのじゃないかなぁ」というのです。
その寺は京都じゃイマイチ地味は寺ですが、門跡ですし、すご~く広くて格式のあるお寺なのに、ホテルに売るんだ…とその事実にもビックリ!

そして道を歩いているのは、日本人の好みとは全く別なテイストの着物を着てはしゃいでいる、何人かわからない人たちばっかりだった!!


わたしの家の近所でも、民泊が立ち並び、英語でもない、中国語でもない、韓国語でもない言葉が飛び交っている。
繁華街を歩いていても、最近急に軒並みファッションビルが外国人観光客むけのホテルになっていて、それもびっくりです!!!!

ここはどこだろう~。クラっとなった一瞬だったデス。浦島太郎になった気分。

みなさまのお住まいのところはどんな具合でしょう?
やはり京都に限ったことなんでしょうか???




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あなたには帰る家がある [雑文]

昨日、撮っていたドラマをみていました。
タイトルは『あなたには帰る家がある』
原作は山本文緒の同名の小説なのかな。

あなたには帰る家がある (角川文庫)

あなたには帰る家がある (角川文庫)

  • 作者: 山本 文緒
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2013/06/21
  • メディア: 文庫



主演がですね、中谷美紀と玉木宏と木村多江。

わたしはドラマを見るのが結構好きなんですけど、
最近、「なんじゃこりゃ」みたいなシナリオと演出みたいなのが多いのですが
これは結構見せますよ。

いわゆる不倫ものなのですが、中にはどうしようもない放埓な男女で
まわりが「アホか」と思うのもあるのですが、
これはね、誰もが完全に悪者ってわけでもないです。


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玉木宏は住宅販売の会社の営業です。
もともと芸術家肌というか、文系というか、デリケートな人間なので
オシの強い営業が向いてないのだろうなぁというタイプ。

一方、妻の中谷美紀ですが、
これが学生時代は陸上の選手だったというスポーツウーマン。
竹を割ったようなスッキリした性格の潔い女性なのですね。


もともと、相性とか価値観が全くずれている二人なのですが、
いっときのパッションで結婚したふたりです。

まあまあお互い喧嘩しながらも、長女が中学受験に合格するまでは
三人で頑張って来れたのですが…。

長女がはれて第一志望の中学へ入学したときから、
一家はめざす目標を見失って座礁してしまうのですねぇ。


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夫の玉木は感受性が強く、自分だけの世界を大事にしているんですよ。
だけど、大雑把な妻はそういう夫の世界とか価値観が理解できない。

そういうとき、住宅展示場にある風変りな夫婦がやってきます。
それは木村多江とユースケ・サンタマリアの夫婦。

夫のユースケのほうは教員なのですが、実に感じの悪い男で、
自分が威張れる相手だと察知したとたん、ものすごく横暴にふるまうのを快感に感じている様子。

美人の妻の木村多江は、そういう夫の横暴を口答えするでもなく、
ただただ忍んで仕えているのですね。

そんな木村多江をみて玉木宏の心はズッキューンと射抜かれてしまうのです。
まぁ、それだけならただのスケベ男になっちゃいますけど、
劇中の夫婦喧嘩のありさまがあまりにリアルで
わたしはどっちかというと、木村多江タイプでなく、中谷美紀のような
ズケズケとした物言いをして夫の心を傷つけるタイプなので、
中谷美紀が、玉木宏が暖簾に腕押しといった感じで手応えない反応に激高して、
ますます荒れ狂う姿をみて、自分を映し出しているようで怖かったです。


玉木宏と木村多江のふたりは、もともと価値観とか感受性も一緒で
一緒にいても癒されるタイプなので、自然と惹かれ合っていくのがよくよく理解できます。

本当なら、ふたりとも離婚して人生を仕切り直ししたほうがお互いのためになるとは思うのですが、
ふたつの家庭にはそれぞれに子供がいるのですね。

自分の人生を充実させるなら離婚という選択をすべきだと思うし、
人の親となったなら、子供が成人するまでは親としての責任を果たすべきだとも思う。

そんなジレンマに縛られたようなドラマです。
次回も観るのが楽しみです。
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劣化しておりまするなぁ [雑文]

最近、マジで廃人になってしまうのではないかと危惧している。

特に甚だしい物忘れ。わたしは結構記憶力はいいほうで、昔なんて名前なんかす~らすらと
口をついてでていたものなのだが、最近。
「ほら、アレ、アレ」
「あれって何て言ったかなぁ~、う~ん」
「名前がでてこない~」
と唸ってばかりいる。

それに。
身体がヤバイです。季節の変わり目か、いつまでたっても調子が悪い。
それに異様に身体が硬くなっているしなぁ。

人生って若いまんまで気力も体力も充実しているなら、長い人生もそれなりに意味はあると思うのだが、こう、肉体が衰えてしまっていては…。

はぁ来世に期待するしかないですね、それもイケメンで天才の金持ちのナルシスト…ごにょにょ
全然懲りていませんね、わたし。

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昨日、やっぱりkindleでこんな本を読んでいました。

困った性格の人とのつき合いかた

困った性格の人とのつき合いかた

  • 出版社/メーカー: すばる舎
  • メディア: Kindle版




なかなかね、この本の切り口が面白いですよ。
『困った性格の人』は、内心にある不安やコンプレックスを過剰防御するあまりに『困った性格』になっているのですが、この過剰防衛が私たちに『怒りや憎しみ』『イライラ』『惨めさや悔しさ』『混乱や無力感』などのネガティブな感情を駆り立てると、今度はこの私たちのネガティブな感情反応がさらに相手の心の奥深くにある不安やコンプレックスを刺激してしまい、ますます過剰防衛反応をしてくるようになる…、という悪循環の相互作用を引き起こすのです


まぁ要するにこの本は困った性格、つまりはパーソナリティ障害の人との付き合い方が書かれているわけです。
このパーソナリティ障害の人と付き合う上で非常に困ることは、深く関わっているともともと健常な精神の人でも、その人の精神的奴隷になって、精神が病んでくるってことですね。

境界性パーソナリティー障害、自己愛性パーソナリティ障害の顕在型、ヒステリー性格の威圧型もしくは逃避受動攻撃型とか…。

あ~、読んでいると自分はパーソナリティ障害ではないにしても、その精神病理っていうのに侵されているかもしれんなぁとか思う…。
だからこそ、こうやって自分を分析して、それを言葉にして認識することで、新たな境地に自分で誘導できると信じている。






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Soldiers of Rye [雑文]

これがわたしが娘夫婦にもらったお土産のユサール騎兵。

IMG_1326.jpg

娘夫婦は今、婿のほうがイギリスで絵の勉強する傍ら、娘のほうは日本で作家活動をしているゆえ、離れ離れに暮らしているのですが、ふたりの間の決めごとがあって、三か月に一度はどっちかが会いに行くということらしい。

で、だいぶ日にちも経っちゃったんだけど、娘のほうがイギリスへとこの3月に行ってきたのですね。

で、ふたりが「おかーさんに」とくれたものが、ライで買ってきてくれた鉛の兵隊さんのお人形です。


わたしは、ピンタレストに「ミリタリー・ユニフォーム」ってカテゴリを持っていて、古今東西の軍隊の制服の写真をコレクションしているのですが、フォロアーが見事におっさんのミリオタばっかし。

いや、わたしはファッションに興味があるのであって、あんまり戦車とか戦闘機とかには興味はないのですが…といいわけしたくなるんだけど。

で、娘夫婦はわたしのそういう趣味があるのを知っていて、たまたまライってところへ観光にいったら、「ソルジャーズ・オブ・ライ」ってお店があったから、「ここ、おかーさんのおみやげにするのによさそう!」と思ったんだって。

よくわかってるじゃないか。

お店のおじさんがオーナーおよび、製作者らしく、娘はわたしのブログの、婿に描いてもらったオスカルさまの絵を見せて「こういう兵隊さんがほしいです」って言ったら、
「おー、ディズガール イズ ヴェリビューティフル」っていわれて、ユサール騎兵のお人形を出してきてくれたんだって。

娘曰く、「ひとつひとつ、手作りだからさぁ、微妙に少しずつ違うねんよ。で、姿とか顔が一番きれいなのにしたよ!」と得意そうにプレゼントしてくれました。

やっぱり自分の趣味のものをくれるのは非常にうれしいものなのね。

どうも矯めつ眇めつ、人形を見ていたらしくて
「そんなに気に入ってもらえたなら、良かったわw」とか言って、帰って行きました。

しかし、よく見ると、このソルジャーズ・オブ・ライ、一緒に入っていた厚紙はどう見ても
フランスのナポレオン軍のもの。Nの紋章と蜂はナポレオンのものだし、三色旗は革命フランス軍のものだよねぇ。

夫がここに書いてあったこの店のホームページを探して、見てみると非常に面白い!!

これはフランス衛兵隊です! じゃなくて、フランス国民軍だよね、本当は。 これを見て思うんだけど、この兵隊のゲートルってさぁ、短靴の上にしているよね、 それは下っ端は長靴(ちょうか)を履くほど偉くなかったっていうか、やっぱり 軍服の一揃えって高価なもんなんだろうなと思うの。衛兵はこういう帽子を被っているよね
フランス衛兵隊.jpg

これはね、ナポレオン軍の猛将ネイ将軍。
ナポレオンをして『勇者の中の勇者』といわしめた英雄ですよ。
ネイ将軍.jpg

これはやはり猛将のひとり、ミュラ将軍。
彼はもともと騎兵出身だからやっぱ騎兵の格好してますね。
ミュラ将軍.jpg


ちょ、ちょと待って、イギリスのくせに、なんでイギリスの英雄がないの?
ネルソン提督はどうした?
ウエリントンはどうしたんだよ?

ないの~! 不思議。

人気がないのかしら???
ほかには全然兵隊じゃないけど、こういうのもあった。

チャーチル12.jpg

チャーチル。まぁこの人も英雄っていえばいえるのかな?

モリアーティ教授t.jpg

なんでモリアーティなんかがわからない。(笑)

ついでにこれも。

消防士.jpg

ここまでくるとなんか笑える。

娘に次行った時も、なんかかっこいい兵隊さんを買って来てね、と頼みました!!


興味がある方はコチラ→http://soldiersofrye.co.uk/


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「ことばは神と共にあった」  中村うさぎ『さすらいの女王』 [読書・映画感想]

今まで、苗しかかったことがなく、種を蒔いて育てることをしてこなかったのですが、
まぁ、ものはためしっていうじゃないですか。

黒いような紫なようなバジル(食べられるのかは不明)と、青紫のサルビアと、これまた変わったマリー・ゴールドの花の種を蒔いてみました。

上手くいけば、ものすごくきれいでスノッブ(間違っても洗練ってことばが使えない)な庭花壇になるような気がするんだけど、その前に発芽して育つのかが大いに問題なような気がする。

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さて、どっぷりうさぎさんにハマっていますね。
っていうかkindleってあんまり読むものがないんだもん。

で、時代を遡ってこれはだいぶ昔の本なのかな。

タイトルは『さすらいの女王』


さすらいの女王 (文春文庫)

さすらいの女王 (文春文庫)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/03/10
  • メディア: Kindle版




全体的にいえば、いつものごとく、バカバカしいほどたくさんブランドものをやって、脂肪吸引して、豊胸手術をしてみました、って感じなのかな。

でそっちのほうは、実際に読んだら面白可笑しいうさぎワールドに直に触れられるから、言及しないけれど、ものすごく興味を惹かれる章があったんですよ。

それは『遺伝子、恐るべし』のところ。

あるとき、うさぎさんはある番組で自分の遺伝子をサンプルとして提出した。つまり、自分の髪の毛を二三本渡して、韓国の遺伝子研究所に送り、自分の遺伝子の情報を解読してうさぎさんの性格などを診断してもらったのですね。

で、そこにはうさぎさんが思い当たるようなことがいろいろと書かれてあるわけですよ。

「うさぎさまの中毒遺伝子はDRD2A BのA2/A2、B2/B2、です。このタイプの人は中毒遺伝子に変異のないタイプですから、麻薬、賭博などの有害環境に入ることはないと考えられます」

みたいにずらずら~っと書いてあるのです。
それをみてうさぎさんは、ほうほうと喜んだり驚いたりして、自分の日ごろの行いや性格とその遺伝子の情報を照らし合わせて考えているわけです。
ですが、それからしばらくして、薬学博士で、遺伝子や脳内物質に大変詳しい生田哲って方にみていただいたそうです。


で、うさぎさんは先生に件の診断書をお見せしたところ、「こんなごく一部の遺伝子を調べたってその人の性格や傾向が把握できるわけがない」と喝破されてしまう。
で、先生曰く、
「遺伝子は図書館なんです」とおっしゃる。
 きょとんとしているうさぎさんに先生はこう説明される。
「図書館へ行くと、本がたくさんならんでいるでしょう。その本の一冊一冊が遺伝子に書き込まれたデータだと想像してください。でもそこに並んでいるだけで引っ張り出して読まなければ、本に書き込まれた情報は活用されませんね?」
「そうですね」
「遺伝子というのは、細胞の核の中にあります。その核の中にホルモンが入って行って底にある本を活用する、つまりホルモンが図書館を訪れて本を開き、情報を取り出さない限り、そこに書かれているデータはまったく活用されないんです」
「じゃあ、一生のうちに一度も開かれない本もありますか?」
「いっぱいありますよ。」

そして先生はさらに説明を加え、
人間は必ずしも遺伝子に描かれた情報すべてを活用しているわけじゃないとおっしゃるのです。
では、とうさぎさんは先生につっこむのですよ。
「どうしたら図書館に行ってこれこれの本を出せ、脳が命令するようになるのですか」
「頭をつかえばできるね、たとえば自分の言葉とか行動で脳は左右されるから」と。
そして「とりわけ言葉は重要」

なぜなら、自分の中でもやもやと思っている気持ちがはっきりと結晶化される…、それが『言葉』です。
「だから言葉ってのは危ない。言語化するかしないかで、その人の脳の動きが変わり、行動も変わり、人格も影響するんです」と。


そこでうさぎさんは、こう書いておられます。
―女王様はかねがね『言語化→意識化」という作業には重要な意味がある、と考えた。自分の中の思いを文章にしたためることで、今までわからなかったことがふいに明確に理解できる瞬間がある」と。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ながながと引用しまして、すみません。

そうなんですよ。わたしもそれはそうだと思っていたんです。
わたしも拙いながら、物語を書いて、なんかもやもやっとした思いを、こう人に解ってもらえるように客観的に書いてみるわけです。そういう作業をしているうちに、自分の隠された趣向っていうのか、思いってわかるもんなんですねぇ。

わたしそうと診断されたわけじゃないですけど、ちょっとメンヘラ気味だったことがあるんですね。そういう時、小説書いたんだけど、まぁ、小説自体病んでいるんだけど、それを書いたおかげで自分が癒されたっていう側面があったかな。




っていう、個人的な感動を今日はみなさまにお知らせしたかった。



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「偽善」を見抜く洞察力 中村うさぎ『死からの生還』 [読書・映画感想]

kindle unlimitedの一か月無料お試しの期間に
読めるものはこの際、全部読んでおいてやれ!と
目を血眼とにして読書に励んでいるsadafusaです(笑)

いやね、主婦ですからね、考え方がそもそもビンボー臭いの!










さてさて、先日、中村うさぎさんのこれらのエッセイを読了いたしました!



死からの生還

死からの生還

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/03/01
  • メディア: Kindle版





新宿二丁目の女王―――買い物依存症、ホスト狂い、美容整形・・・

新宿二丁目の女王―――買い物依存症、ホスト狂い、美容整形・・・

  • 出版社/メーカー: キニナルブックス
  • 発売日: 2014/10/07
  • メディア: Kindle版





ババア・ウォーズ3 税務署の復讐 (文春文庫)

ババア・ウォーズ3 税務署の復讐 (文春文庫)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/10/10
  • メディア: Kindle版



kindle unlimitedって結構中村さんのエッセイをたくさん置いてあるのよね。とはいえ、結構真面目っぽい佐藤さんとの対談のやつとか、真に読んでみたい深い内容のものはサービスされてないです!
でもまぁ、この三冊を読んでこれまでのうさぎさんのだいたいのプロフィールとだいたいの人生のテーマってものをなんとな~くだけど掴んだような気がしています。
いや、ホント、なんとなくだけどね。

ひとことでいえば、わたしから見てうさぎさんは「欲張り」よ。
客観的にみて欲の皮が張りすぎて、あとで帳尻が合うように酷い目にあってるのよね。


うさぎさんは、自分が心の底から思っているのかは解らないけど、
「人生には何の意味もない」とおっしゃっている。
で、その空疎さに耐えきれなくて、というか自分が満たされなくて
どうやったら、自分が心の底から満足できるのかって、日々実践しているわけですね。


だから、狂ったようなブランド漁りに始まって、ゲイバーに通い、今のだんなさまはゲイなので
「家族になるために」結婚して、それからホストクラブに通って、それから美容整形にハマって
それから臨死体験を三回して、結局とても難しい病気にかかっていらっしゃって、車椅子生活を余儀なくされている…

壮絶な人生ですね。
お身体が良くなっておられるといいのですが…。

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まぁね、人っていうのは、感受性はさまざまなんで、人と自分を比べること自体が無意味なんだとは思うけどさ、

私から見たら、そもそも中村さんはうらやましい人よ。

この人、同志社の英文科卒じゃないですか~。
わたしは地元に住んでいるからわかるけど、同志社ってね、関西の私立じゃ一番レベルが高いんですよ。それもね、下から上がってくるわけじゃなくて大学を外から受験している、しかも英文科。

同志社の英文科ってすごくレベル高いのよ。きちんと確かめたわけじゃないからわからないけど、
たぶん偏差値65を軽く超えているんじゃないかな。
この時点で賢いじゃん?
「自分って結構勉強好きなんだな」って認めてあげることできると思う、ふつうは。
でも、彼女の感じる自分に対する欠如感って、たぶんわたしが理解できないのかもしれない。



それにね、彼女の文章は本当にキレが鋭くて、くだらないことを言っているようで全然そうじゃないのね。どうして「自分はそのように感じるのか」を分析していることが多いんだけど、その分析力がすごいの。やはり言葉の世界で勝負してきた人だなぁって思う。
わたしも彼女くらい鋭い文章かけたらいいなぁって思うけど、やはり彼女は現役のプロのエッセイストなんで全然レベル違うなって思うのよね。


まぁ、いろいろと分析していて安倍さんの「美しい国、日本」ってこういう、よくわからない耳に心地よい言葉をなんとなく使っているけど、安倍さんの目するところの「美しい」ってどういう状態なのか、それはもしかしたら、大多数の人間が「美しい」とはとうてい納得できない状態なのではないかとかおっしゃっているのよね。それは本当。

こういう言葉を粗末に使っている人間は、なんかあったときに、日頃の態度がペロリって出てしまうとか。これはほんの一例だけど、すごい。



それにさ、整形もしなくても十分に綺麗だったと思うんだよね。整形ってさ、たぶん鏡を見て、真正面に観て「美しい」と感じることなのかなぁって見ていて思うのよね。
あと、写真に写るある一瞬だけ「綺麗」でいられるとかさ。

彼女がしゃべっている動画を見たけど、どうもしゃべりづらそうに見えるんよね。
それはくちびるが本来の形じゃないわけだし。

それに本来の眼よりかなり大きくしているわけじゃん?それを横からみると
かなり違和感あるんよね。

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でも、ただこういう行動って彼女は「自分でない誰か別の人間」になることで、自分を肯定したい、自分というものを客観的に眺めてどんな人間なのかを確かめたいのかなぁとか思った。


でもさ、中村さん手なんて天然で非常にきれいじゃん?

わたしから言わせれば、整形することもなかったんじゃないかなぁって思うのよね。

わたしみたいに全くイケてない人間から見て、彼女なんて非常に羨ましい女性ですよ。

いや、彼女のように妙に頭が切れて、感受性の強く、度胸のある人間は
こんなふうに自分で自分をごまかすすべを知らなくて、
どんどん自分を追い込んでいくのかなぁとも思うのね。





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自分が男から「ブス!」って言われることは
「おまえなんかこの世に存在しなくてもいい!」といわれるくらい
暴力的で破壊的な、その人を否定する最も残酷な言葉だ、っていうのは非常に読んでいて納得するんだよね。
確かに…。


わたしなんて、若い頃渋谷駅を歩いていたら、向こうから歩いてくる男に、たぶん酔っ払っていたんだろけど、「ブス! ブスは死ね!」って言われたことあるよ。

まぁ、傷つきましたけど、見ず知らずの男がそもそもそういう暴言吐くこと自体、なんていうか男がやってあるまじきことなんで…。

それはわたしの問題じゃないですよね。そのまえにおまえのその顔を直せって言ってやりたい。
たぶん、そういう暴言を吐かれるのは、わたしの顔の造作の問題じゃないんですよ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まぁ、彼女ってこう、いくつかエッセイを読むと
たいていがドラクエか、エヴァの人類補完計画の話か、エロスを感じる時の心理とか、あるいは男嫌いの話なんですよね。

彼女はマッチョな男が大嫌いだし、
姿形もそうなんだけど、精神的にマッチョな人も大嫌いなのね。
それは、わたしもそれはよくわかるんだよね。


そういうマッチョな男にとって夫婦は対等じゃないのね。オヤジががぁ~っと妻に怒鳴り散らして皆を従わさせる。マッチョな男ってそういうところがあると思う。あるいみ男がもつ暴力的な力、でかい声で怒鳴り散すっていうのも、恫喝して側にいる人間を怖がらせて自分の意にそうように恐怖で操るわけでしょ?


こういう男はたいてい肝っ玉がちいさい。
国会で女性議員にヤジを飛ばす男なんてその典型だと思うよ。
この部分は読んでいてスカッとした。

あと、「お姫様だっこ」っていうのにも言及されていて、
「女であるからには、男に軽々と抱き上げられる肉体の持ち主でありたい」という願望がある。それは実は相手の男に対してそう思われたいんじゃなくて、つまり「私を抱き上げる男に恋するのではなく、男に抱き上げられている自分に陶然とする」とかね。(話はさらにM的な性的快感の話に移っていくのですが(笑))。

な~るほど、こういう場合、やはり自分っていう自意識が先に来るのかぁ~って思いましたね。
で、なんかとにかくどんな場面でも自意識が先に来るんだよね。

ううん、これはわたしはそこまで強烈な自意識がないんで、そうなのかぁ、いや、すごいってただただ文章を拝読させていただいて驚いていましたよ。




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木嶋佳苗についてかなり言及されていてすっごく面白かった。

彼女の外見についてはまぁ、写真を見てみれば「なるほど」って感じで、まぁ現代の美人の定義には入ってないのだろうと思うのだけれど、わたしがびっくりしたのは、そこじゃないです。

ああいう外見でも魅力的な人はいっぱいいるよ。

だけど、内面が…。もうもう「ウェッ」ってなるくらい文章が嫌だね。いや、文章はね、かなりうまいのよ、木嶋って人は。たしかになかなか頭はよかったんだろうって思うのね。だけど、これみよがしな「どう、どう? わたしってすごいの、すごいでしょ?」みたいなノリの自慢のオンパレードなんだよね。『礼賛』っていう彼女の小説をkindleで試し読みしたんだけど、そのわずかな部分でさえももうお腹いっぱいになって読み通すことができなかった。…なんてのかな、彼女の感じている「趣味の良さ」なんてすごく通俗的で薄っぺらすぎて、読んでいて寒々しいんだよね~。
1pの中には必ずといっていいほどブランドの名前と、高級なお菓子、そしてクラシックの名曲の名前が羅列してある…。

なんじゃ、この時代遅れなスノッブ感は…。

バブルの頃っていうより、昔、それこそわたしが子供の頃読んでいた、わたなべまさこがかいていた漫画の「あこがれのおじょーさまの世界」ってのを彷彿とさせるよ。あの頃の漫画ってね、ビンボーはもうみんなが知っていたことだから、これでもか、これでもか、ってくらいにリアルに描けるのね。だけどさ、「お金持ちでリッチなせいかつ~」ってなると、なんとなくふわふわとしたものになって、いきなりメルヘン調になるんだわ~。

そう、この人の小説は(最初しか読んでないけど)ビンボー人が書いたお金持ちの小説に見えるんです。非常に嘘くさい!

たしかにうさぎさんもこの木嶋って人も上から目線で偉そうって感じはするんだよね、ふたりとも。だけど…文章を読んでいると木嶋って人はどこどこまでも薄っぺらいスノッブで下品なのに対し、うさぎさんはこう、行間からにじみ出る彼女生来の品の良さっていうものがあるのよ。だからわたしたちは彼女に魅せられるんじゃないかなぁって思う。

うさぎさんはさ、どんなに高いブランドの服やバッグ持っていたって、自分で悟っているのよね。こんなもん、着てるわたしってなんぼのもんよ? どこかじぶんを嗤って観ている冷静な諧謔精神があるの。

だけどこの木嶋って人は、人をだまし取った金で自分をきらびやかに見せて、それが本当の自分であると自らも自らついた嘘に騙されているんだよね、違いはそこかな!


あと、木嶋って人の筆跡ね。世間じゃ「非常に美しい」と言われているけど、わたしはこういう筆跡をみると「なんか粘着質そう…」って見たなり嫌悪感がしたっていうか、この文字を見ただけで友達になるのやめようって思うような字だよね。
なんだろ、字を見ると「わたしってうまいでしょ?」ってドヤ~って言ってる(笑)

で、独善的なのがよくわかる字だよ。
ハネとかハライが独特の自意識で貫かれているっていうかさ。
わたしは若い時、「字が汚い」っていわれて、それから書道教室にかよっていたんだけどさ、字って結局バランスなんですよね。

もともと象形文字だったんで、たとえば「三」って字だって、横に三つの線を引くわけだけど、その三つの線の間を均等の隙間を開けるとか、そういう幾何学的な配慮が必要なものなの。だけどさ、木嶋って人の字はそういう観点でみると、実にバランスが悪いんよ。

だから素養はあるんだけど、謙虚に研鑽することが出来ない人なんだろうなぁ~って想像する。






結局 木嶋って人の文章、そして筆跡が彼女のすべてを表していると思った。



これはわたしの勝手な感想なんだけど、うさぎさんはもっともっと的確に木嶋って人を分析しているの。
そう、ウサギさんの分析力、そして表現力はやっぱり他の追随を許さないんだよね。

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うん、うさぎさんは全く愛すべき人ですよ。


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吉野山珍道中 [雑文]

皆さま、げんきですかー。

さて、昨日はですね、夫と娘と三人で吉野に行ってきたんですよ。

先日、「自分は花見は嫌いだ!」と言ったその口で言うのはナンですが
「吉野へ花見に行くのはまた別」と言わせていただきましょう~。

っていうのは、吉野は山全体が桜に埋まっていて、
普通の花見とは全く別な体験なのです。

しかもまぁ、程度にもよるけど、どれだけ人が近鉄の吉野駅に群がり来たとしても、
吉野という地域が非常に広大なので、適当な感じで人間が散るのよね。


そう、ここはね、同じ場所でず~っと酒飲んで、浮かれ騒ぐという
お花見には付き物の行動バターンが行われないのです。

吉野に来た人は好むと好まざるとによらず、全員が歩かなきゃならない。

吉野駅に降りた時、通常人は2パータンある中のひとつを選択しなくちゃならない。
ひとつはロープウェーで金峯山寺へ行くコース。
そしてもうひとつはバスでもうひとつ奥の山を登るコース。

今年はどういうわけか去年からロープウェーが壊れて作動できないそうで、
そうなると皆自力で一歩一歩金峯山寺まで登らなきゃならないわけなので、
今年はみないっせいにバスを利用していました。

まったく金峯山寺のほうは俗化しておりまして、結構たくさんのお土産屋さんとか
食べ物屋さんがあったのに、桜が咲くのが早すぎてロープウェーが間に合わなかったのかしら?
きっと大打撃だと思います。


というわけで、今年はいつになく、バスも超満員で列についてず~っと待たなくちゃならなかったのだけど、それにしても歩いている人が「わたしはここに20年間通っていますが、全山一斉に花が咲くなんてことなんてほとんどないから、いや~すばらしい桜日和です」っておっしゃっていた。

たしかにそれはそうで、桜は普通山の裾の方から頂上へ向かって徐々に開花していくものなので、今日の花の咲きかたというのは非常にめずらしかったみたい。

話は長くなるので、これぐらいにして、
山頂にまで行くのに結構時間がかって、お昼を過ぎていたんですよ。

それで、花矢倉っていう吉野全域を見渡せるところでご飯を食べようってことになったんです。


ここからが今日のトピの主旨なの。

この花矢倉ってところはお茶屋さんもしていて、おでんとか椎茸飯とか売っているのね。
で、まぁ観光地のいつものならいでぼったくり料金なのよ。
でもさ、タダで席をすわってもいいってわけじゃないの。弁当を持ち込んだ場合は
席料ひとりあたり500円払ってもらいますって書いてあるんよね。

まぁ、向こうも商売、かき入れ時なんでわたくし、ひとり800円のおでんを三つ買って、
花を眺めながら食べていたんです。

ところが、急に五六人の団体がドカドカ来て、よくみりゃ、その中のひとりがあろうことに、
ひらひらのドレスを着ているんですよ。

で、わたしのとなりに座って突然ポーズをとるのよ~、

「?」

と思っている暇もなく、でっかいカメラを持った人がニ三人でカシャカシャとシャッターを切っているのね。

でよ~く観察するとこの人たち、中国語を話す、中国人なのね。
はじめ、中国人の花嫁さんがフォトロケーションで吉野山で写真とっているのかなと思ったんですが、いつまでたっても新郎が現れない!

「あ~、これはもしかしたら、向こうの花嫁さんのドレスのカタログの写真をとっているのかも…」とようやくこの人たちの全貌が分ったわけです。

それにしてもよ、あとで修正するとはいえ、ボロい茶店の錆びた欄干をバックにござの上で座って、にこやかに座りながらポーズをとっている女性をみて、なんか妙に感慨深いような、シュールなような。

…これは中国人にとって低予算の仕事なのか、そうでもないのか、
途中までこの人はモデルさんだと全く気がつかなかった、この人は中国ではどのくらいのレベルなのか。
よく観察すると、やっぱりね、日本人ならもうちょっと手を入れるなぁって考えていた。いまどきカラーリングもしないモデルさんなど非常にめずらしいもん。


読者ってどんな人なんだろうとか、いろいろと疑問がわき出たけど、結局なにも解らなかった。
また、その人たちにあれこれと訊こうかって気にもならなかった。
なんか突然、こっちがのどかにおでん食べてるときに、どかどかと「お邪魔しまーす」とも何とも言わないで、撮影する中国人って非常に無礼だなぁとイラッときたことだけは確かかな。

まさに「傍若無人」を地で行ったような感じ。
…傍若無人って四字熟語は中国製でしたかしら…?オホホ

夫が気丈にも、「写真撮っていいですか?」って訊いてOKをいただいていたので、
その写真を載ってけておきます。

たしかに遠景の桜の山が美しいので、チープな予算で撮られているであろうモデルさんでも
一応花の精のようには見えましてよ。


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kindle unlimited [雑文]

先日、kindleで初めて本を購入し、味をしめた私。


なにが良いかと言って、かさばらないのがいいのです。
ただ、kindleばかり買うと、紙の新書よりは安いけど、やっぱりそれなりに値段はするのよね。

中古の本だったら1円っていうのも結構あるし、(まぁ、それに必ず送料がつくわけだから実際は251円になるわけだけど)
まぁ、それでも安いは安いわけよ。

でも、漫画となるといつも買うかどうするかで迷うのよね。

さいとうちほさんとか萩尾望都さんとかなら有無を言わず絶対に買うけど、
「これってどうなんだろう」みたいな本も中にはあるわけよね~。


わたしは前々から『応天門の変』っていう漫画と『高台家の人々』ってのは読みたかったんです。
でもツタヤディスカスではいつも1~3巻が貸し出し中で、読めないんだよね。

悩んでいるとき、kindle unlimited、30日無料おためしのおさそいが!!

読み放題月額980円!

うわ~、な~んてすばらしい!

じゃあ、読みたかった漫画も読めるの!?っていうんでお試しに入会してみました。

すると…ず~ん。
アンリミテッドって全部アンリミテッドじゃないんだ~。

それも今、旬ですよみたいな漫画は全部有料でした。

じゃあ、どんな漫画があるの?と思いながら閲覧しておりました。
するとなんか大人のグリム童話ってどうみても〇ダル〇みたいなちょっと…みたいなのばっかり。

そして、あなたの閲覧歴から推測される読みたそうな本ってところに
『エロイカ」とか「春日局」とかあと『聖徳太子」とかあるんだよね~(笑)

じゃあ、もしかしてあの大作も?と思うとこれが有料なんだよね~。

あ~あ。敵もさるもの。売れる可能性があるやつはやっぱり対象外なのね。

でも、まぁ退会するまえに読めそうなものはかたっぱしから読んで行こうかなと思っています。
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隠れた傑作 『天の涯まで』 [読書・映画感想]

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ほんとのポニャトフスキ元帥の肖像…。コメントは控えさせていただきます(笑)あ、これは騎兵のユニフォームですね(笑)



昨日、コメントいただいた方に池田理代子先生の隠れた傑作があると教えてもらいました。

この作品Amazonでkindleなら1,2,3巻で読めるのだけど、
なんか紙のだと1と2しかない。どうなっているんだろ?






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これって、ユサール騎兵のコスチュームですよ、かっちいい! となりの王さまのしめ縄みたいな肩章が…ユーモラス!

『オルフェウスの窓』を執筆された後、池田先生は少女漫画界から成人漫画の方向へ進まれて、『女帝エカテリーナ』とか『エロイカ』を執筆されてきました。

このようにフランス革命を皮切りに、ロシア革命、ロシアの啓蒙専制君主の生涯、ナポレオンという希代の傑物を描くことによって、先生も『革命』とは何かを身をもって知るようになったのだと思います。

この『天の涯まで』という作品は、フランス革命が興るのとほぼ同時代のポーランドを描いたものですが、ベルばらを執筆するときに、たぶん池田先生がチャレンジしたいと思ってできなかった、性格や考え方がオスカルにそっくりで高潔だけれど、本当に男の中の男、男くさい軍人のユーゼフ・ポニャトフスキ公爵の、貴族ならではの一本筋の通った美意識に貫かれた一生を描く機会を、時を経てここに実現したのではという気がしました。
ベルばらはフランス革命を描いたとはいえ、読者は少女なので、革命がどのようなプロセスを経て成るに至ったかと言うのより、どっちかというとメインは主人公の恋です。
オスカルも革命に身を投じましたが、たぶんこのまま彼女が生きおおせていたなら、この『天の涯まで』のユーゼフのようにガチガチの王党派となり、またどうしてもその出自ゆえ貴族的なものの考え方に拘泥してしまって、早晩ジャコバン派とは袂を分かって、外国へ亡命を余儀なくされるのだろうと思うのですね。

そう考えるとフランスのミラボーって人は貴族と平民を融合した立憲君主国を設立しようとして、偉かったなとも思います。彼が死んでいなかったら、フランスはイギリスのような穏やかな革命を迎えて立憲君主国になっていたと思いますね。


そして…残酷すぎるフランス革命のギロチンによる処刑。
ジャコバン派のロベスピエールによる恐怖政治ですが、このポーランドのあり方を見ると、ヨーロッパのひとつの国が一丸となって、外の旧体制の国と闘い抜くには、このような見せしめも必要に迫られてのことだったのかなと思いました。




ポーランドという国は、左はロシア、南はオーストリア、東はプロイセンと列強の国々に囲まれ、しかも貴族は寄らば大樹とばかり列強の国々と縁故を結んで、肝心のポーランド国王などすぐに裏切るような輩ばかりです。(貴族は自分の出自がすべてなのであって、国家というものに帰属している人々とみるのがそもそも間違った見方なんじゃなかろうか。)

しかも国王というのが、その昔、ロシアのエカテリーナ女帝の愛人だった男で、もともと求心力がある人物ではありません。性格も温厚でインテリなのでしょうが、人の上に立つような器ではありません。
また、圧倒的にポーランドには正規の軍人の数が足りず、戦争をすれば非常に弱く、軍事力をほとんど持たなかったということも大きな敗因だと思いました。



そしてこの王さま、よほど女帝に惚れていたのでしょうか、自分が体よく彼女から追い払われてポーランド王に据えられたという状況がわからないのです。

主人公のヨーゼフが絶対絶命の窮地に立って、「ああっ、このままでポーランド軍は全滅して、ポーランドという国が無くなってしまう! ここはどうでも国王さまにお出まし頂いて、軍の陣頭に立ち、兵士たちを鼓舞してもらわなければ!」と国王の出御を要請します。
ですが…自分が国王として「ここぞ!」と命を懸けて踏ん張らなければならないようなときに、ヘナヘナと腰砕けになって、「エカテリーナさまにおすがりしよう~、あの方ならきっとわかってくだされよう~」と泣きながらロシアにすがるのです。
反対にエカテリーナは女ながら、自らが軍服に身を包み、軍の先陣を切って闘いましたので、そんな弱っちい頼みなど聞いてくれるはずもありません。
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旧体制の頃のキュロットから19世紀のリジェンシースタイルの長ズボンの時代に移行しているのです。なかなかスーツ姿も決まっております。

やはりね、一国の頂きにたつ人間とは、いざというとき死をも辞さぬというクソ度胸がなければ、下々の人間が従ってくれるはずもないのです。

主人公はユーゼフ・ポニャトフスキという日本では全く知られていない人物です。
彼はポーランド一、高貴な家柄の長男で、軍人。そしてポーランドの国難にあって、愛国心をもって勝てない戦をよく戦った、悲劇の英雄でもあります。

前述しました、ポーランドの負の条件下のなかで、よく戦ったなぁという印象ですが、なんというか彼ひとりが頑張っていても、多勢に無勢ってところが辛いです。

彼は自分の父親が設立した士官学校へ通い、自国の軍隊がないので、勉強のためにオーストリア軍へ入り、そこで実地の訓練を9年ほどして、それから戻ってくるのですが、たしかに彼の最後のキャリアはフランス軍元帥であって、ナポレオンの優秀な部下の将軍ぐらいは優秀な軍人だったのだろうけど、やはり自分は貴族であるという強烈な自我が邪魔をして、卑怯なこと、二枚舌を使うこと、勝ち馬の乗りかえること、などという勝ちうる可能性があっても汚いことがしなかったっていうのが、ちょっと政治家として弱いところだったのだろうなぁと思います。
…っていうか、この人、生まれた時から死ぬまで、よくもっていうくらいに常に負け戦ばっかりしてますねぇ。それでもって常にプライドを高くもって孤高に生きていくのは辛かったでしょう、さぞや生きていて面白くなかっただろうと思いますね。
負けているばっかりのシャァも、最初の一回だけは大勝ちしてたでしょ、ユーゼフはそれすらもない。

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軍服フェチなわたしは激萌えしてしまいますね。となりの金髪の男の人の格好は旧体制のキュロットだけど、ダンディズムというファッション革命が興ったあとの装いですよ19世紀初頭に流行った格好です。


タレイランなんか裏切りの天才だったし、ナポレオンなんか本当にサイコパスでエジプト遠征の折は軍隊四千人を捨てて自分ひとりが帰って来ちゃいますからね。
そういうある意味ふてぶてしいところがないとこういう国難を超えることができないとおもいます。

話は非常に面白い。
そして、わたしはなんといっても華やかなナポレオン時代の軍服ファンですので、この作品はバンバン出てきますので非常に目に心地よかった。

ナポレオン時代の軍服というのは、上背があって、筋骨たくましい男が着ると本当にかっこいいのです。理代子先生はベルばらのときからどっちかといえば胸の厚い男らしい人物を描くのが得意だったと思います。ここにきてそういうのが開花しているなぁと思いました。

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あと、ユーゼフはもともと父親の愛人だった、自分の母親のように歳の離れた人を生涯の恋人にするのです。ここらへんの駆け引きが読んでいて「オトナだなぁ~。オトナの恋だなぁ」って思った。

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ユーゼフって男は、こういう気障~なセリフを平気でいう男なのです。彼はほとんど母親ぐらいの愛人に生涯愛を誓っていました。



こういうできる男というか、自分自身が明日はどうなるかわからない身であれば、こういう自分の全てを、いいところも悪いところも含めて、丸ごと包み込んでくれるような女性がいいのでしょうねぇ。
ヨーロピアンの男は年上が好きですね。

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この帽子を見て、爆笑してしまいました。いくら軍服は闘いの礼装であるといってもですよ、こんなんで実際に戦えたのでしょうか。腰で結んだサッシュもすごいですね。



まぁ、欲を言えば、ですね。顔かな…。たぶん、理代子先生は少女漫画の「キャラだちした顔の端麗さの追求」ってのにほとほとうんざりされたのではないかなと思うのですね。

とはいえ、ユーゼフの顔がその都度その都度、髪型から顔の位置に至るまで安定しないので、ちょっとそこがマイナスかもね。

話の長さもコミックスで3巻程度ですし、結構内容が濃く、それでいてきちんとコンパクトにまとまっているので、非常に面白かったです。

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次の花… [雑文]

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今、花壇はヒヤシンスが満開ですが、
満開ということは次のことをそろそろ考えなきゃいけないということです。

水仙はもうおしまいになりそうなので、花を切りました。
本を読むと球根を太らせるために、栄養剤をやりながら枯れるまで育てるとか。

ということは、他の鉢に移しておこうと思いました。


夏の庭ということなのですが、本当は夏っていうと、濃いピンクのペチュニアとか
赤い花のゼラニュウムあたりが一番いいんだけど、
それじゃあ、あまりにつまらなすぎる。

ということで、青紫色の花壇にすることにしました。
サルビアもフェアリーブルーというのにして、
マリー・ゴールドもちょっとかわったうすい黄色。
あと青を中心としたデルフィニウム。

種を蒔くからどこまでできるかわからないけど、まぁこれも試しです。


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そして、フェンスにからませたピエール・ロンサールだけだと情趣が無いように思い、
お花のお稽古だったので先生に
「先生、薔薇とクレマチスってどうでしょうか?」と伺ったところ、
「薔薇とクレマチスは英国でもフランスでも王道の組み合わせですよ」とのこと。

この場合、クレマチスをどんな花にしよう、ということなのですが、
ロンサールはものすごく大輪で華やかですので、
クレマチスも競って華やかだときっとうるさいと思うのです。

で、ちょっと考えて、チョコレート色のドイツのクレマチスで「ダーク・アイズ」っていうのを
購入しました。
通販で買ったのですが、今の世の中すごいですね。クレマチス専門の通販サイトっていうのもあるんですね!!

ダーク・アイズが実際にロンサールときれいにカップリングできるかどうかっていうのは、
経験がないので、やってみるしかないのですが…。

あと、本当は買わなくても良かったのですが、『アヴァンギャルド」っていう赤いクレマチスが
形も色も変わっていたので、ついポチってしまいました。


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自分が花を育てている分には、自分だけが楽しんでいると思っていましたが、
昨日、花に水をやっていたら、全く知らない人が
「きれいに花が咲いて香りもいいし、うれしいです」と仰って通り過ぎて行かれました。

花って咲いているだけで人の心を明るくするものなのですね。



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これは、昨日お稽古でアレンジした花。

他の人はうす~くて繊細な色合いでアレンジしておられたけど、
わたしは結構、赤を選択することが多いです。
先生に笑われながら「sadafusaさんは、いつも攻めのアレンジですね」

うん、性格が猛々しいからしょうがないの…。

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王妃マルゴ ⑥ [読書・映画感想]


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昨日、今日はもう春爛漫です。

この間までごついセーターにコートを着ていたのが嘘のようですね。


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さて、先日はこの漫画を読了しました。

『王妃マルゴ』⑥です。





いやいや、今回は本当に読み応えがありますよ。
デュマの『王妃マルゴ』は二番目の兄、シャルルが死ぬところで終わります。
そして、マルゴの恋人である、ラ・モルもくびをはねられてしまいます。プロテスタントでサンバルテルミの虐殺から九死に一生を得たというのにねぇ。

萩尾さんの視点は独特で、この話は『毒親に支配される女』ですね。
カトリーヌ・ド・メディシスが恐い女というのは、まぁ定番であって、
そこは他の作品とあまり変わらないのですが、

この作品のマルゴは、美貌で聡明な娘なのに、毒親に人生を支配され続けて、
自分の運命というものが切り拓けないないで、苦しんでいる女性、というように描かれていると思います。

マルゴは母親の愛を知らない寂しい人間なのです。いつもいつも、揶揄されて自分の尊厳を傷つけられ、混乱しているのですね。

彼女の心の痛みを癒してくれる人はいない。希代の姦婦と呼ばれた彼女は、結局のところ、
一時にせよ、その胸に抱かれて泣かせてくれる相手を求めていたにすぎない、というように描かれています。

いや~、こういうところを読んでいると、本当に可愛そうで泣けてしまいますね。

そして、こういう人は甘い言葉に弱い。
伊達男に「マルゴさま、美しいということばはあなたのために存在するのです」
と歯の浮いたようなお世辞をいわれると、ぽわ~んと幸せに酔ってしまう。

哀しいマルゴはそんな歯の浮くようなお世辞でも、自分を認めてくれたら幸せなのです。

親のいうままにナヴァルの王であるアンリと結婚したマルゴですが、
愛情深いマルゴは政略結婚であっても、その夫に忠実であろうとします。

ですが、ナヴァル王は多情でどんな女とでも寝てしまう。

それをこらえつつ、マルゴはそれまでひなびた宮廷であったナヴァルを自分の力で
パリのように華やかなものに変えてしまう。

やっと母親から逃れてほっとしていたのだけれど、また夫婦ともにパリに戻れと母、カトリーヌに命ぜられてしまう。

途中でナヴァル王は「ここより先へはいけない。あなたひとりでパリへ戻るがいい」って突き放すんです。もう、この場面、涙なしには読めません!

「わたし、あなたを愛しているんです!」
血の涙を絞るようにナヴァル王に告げるマルゴ。
しかし、そんな思いもナヴァル王には届かなかった。
「わしもじゃ、そなたを愛している」
ああ、「愛している」の重さが違うんですよね。

「愛しているなら、『行くな!』そう『行くな!」と言って』

涙ながらに懇願するマルゴにナヴァル王は静かに言います。
「お互いの愛だけでは王国は成って行かない」


ううう~。これから先どうなってしまうんでしょう。

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ところで、マルゴは本当に絶世の美女だったらしいです。それは本当のことらしい。

でも、今ある肖像画をみると、ちょっとしもぶくれで「美女だったんかな~?」とちょっと疑問なんだよね。

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でも、この人のおねえさんでスペインへ嫁に行ったエリザベートという人がいまして、この人は肖像画をみて、ああ、絶世の美女っていうのはわかるわ~って思う。
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これはエリザベートの娘のスペイン王女の肖像。この人はお母さんそっくりと言われた、やっぱり美女だったらしい。
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スペインの王宮づきの坊さんなんかエリザベート王妃のあまりの美しさに「怖ろしくて」なるべく顔を見ないように、下を向いていたという話もあります。

萩尾先生のマルゴはどうも、このエリザベートの肖像画をモデルにして書いているような気がする。

この人はシャルル。
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ハンサムだけど、ちょっと神経質そうな顔していますね。


これはおにいさん、アンリ3世なのかな。母親のカトリーヌが「美しい目」といってこの三男だけをめちゃくちゃ溺愛したらしいよ。
この作品では、それまでマルゴの純潔をこの兄が奪ったというように設定されてます。
そのときのマルゴの狂乱ぶりが痛々しくて見てられなかった…。
萩尾さんのマルゴは、毒親に自分の尊厳を踏みにじられている人なので、
どんなに自分が被害者であっても、自分を責めるんですよ。


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やっぱりハンサム。これはね、どういうことかというと、お父さんのアンリ二世が非常にハンサムな人だったらしいんですね。カトリーヌ・ド・メディシスは夫と夫と18歳年上の愛人であるディアーヌ・ド・ポアチエにめちゃくちゃ苦しめられたんだけど、それでもこのハンサムな王さまに惚れ抜いていたらしく、十人子供を産んでいるんです。

しかし、たとえ10人子供を産んでいても、だめなときはダメで、ついにアンリ3世の代でヴァロア朝は断絶してしまうんですけどね。

ふぅ~。


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ヒヤシンス咲きました! [雑文]

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わがやのささやかな花壇ですが、去年の秋植えたヒヤシンスの球根。

このニ三日の陽気でわっと一気に花が咲きました。
わたしは、もっと青紫色のクールな配色になるのだとおもっていたのですが、
もっと華やかな赤紫系の花です。

日の光にあたると本当にきれいです。
玄関を出る瞬間に、ヒヤシンスの香りが辺り一面に広がります。

春ですねぇ~。

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一筋縄ではいかない『女子の人間関係』 [読書・映画感想]

朝起きてみると、うちのささやかな庭に去年の秋、植えて置いたヒヤシンスの花が五分咲きぐらいになっていました。球根は30個植えましたので、玄関を開けるとふわ~っといい香りが辺り一面に広がっています。色は白、ピンク、赤紫、紫です。

赤紫ってとてもゴージャスな色なので、急に庭が立派に見えるから色って不思議なもんです。

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さて、先日は『シャーデンフロイデ』繋がりで、こんな本を読んでみました。

『整理整頓 女子の人間関係』


女子の人間関係

女子の人間関係

  • 作者: 水島広子
  • 出版社/メーカー: サンクチュアリ出版
  • 発売日: 2014/04/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




さて、ここで質問です。あなたはいくつ当てはまりますか?



①自分より恵まれた女性に嫉妬し、その足を引っ張ろうとしたり幸せを奪い取ろうとしたりする。

②表裏がある。「それかわいいね」と本人には言いつつ、裏では「ださいよね」とけなす。

③男性の前で「かわいい女」「頼りない女」を演じる。

④他の女を差し置いて、自分だけが好かれようとする。

⑤恋人ができると変身する。すべてが恋人優先になり、他の女友達には「無礼」としか思えない態度をとるようになる。

⑥すぐに群れたがる。そして群れの中では均質さを求め、異質なものを排除しようとする。

⑦自分は自分、他人は他人という見方ができない。自分と違う意見の持ち主やライフスタイルを持つ相手を尊重できず、「自分が否定された」とみなし、そういう人を「敵」ととらえる。

⑧感情的に「敵」「味方」を決め、自分をちやほやしてくれる人には限りなく尽くす一方、自分の「敵」に対しては、とことん感情的に攻撃する。その感情的攻撃は、多くの場合「正論」と言う形を取り、主語は「私は」でなく、「ふつうは」「常識的には」などを使用する。

⑨陰口や噂話が好き。

⑩ストレートに話さず、間接的であいまいな話し方をして、「ねぇ、わかるでしょ?」という態度をする。察してもらえないと機嫌を損ねる。

⑪「お母さんぶり」「お姉さんぶり」をする。相手のことは自分が一番わかっているという態度をする。悪気はなくても意見の押し付けをしたり、決めつけをしたりする。



は~い、この中であなたはいくつ該当したでしょうか?
もし、この①~⑪の中でたくさん自分が該当すると思い当たる人は、この筆者、水島広子先生が定義する「女」度の高い人となります。


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さて、この「女」とカッコくくりにされるのは、単に性別によるくくりではないからです。
というのは、今までの人類歴史上女は嫌でも、男性によって「選ばれてきた性」だったという経緯があるからです。いわば商品として品定めされていたという経緯があるのです。
つまり、男性から見て、自分の伴侶として好ましいと思える女性、「美しさ」とか「しとやかさ」とか「細かい気の気配り」みたいな男の尺度で選ばれてきた歴史があるのです。
ということは、選ばれた、ということは反対にいうと「選ばれなかった」という本人にしたら、ものすごく屈辱的で傷つくことに耐えて来た歴史があるんです。自分からは選べなかったんです、男をね。

つまり、女性は男性に選ばれるために繕わなければならずとてもじゃないですけど「ありのまま」の自分でいられなかったということです。

まぁ、わかりやすくぶっきちぎりの美女が選ばれたのなら、納得がいくのでしょうが、心の中で密かに「わたしはあの人より上」と思っている人間が、自分の代わりに選ばれたりすることが人生には往々にしてあることなんですよ。そういうとき、女性はものすごく傷つくんですよね。


まぁ、原因は他にも細々と書いてありますが、それは本書を読んでいただくとしましょう。

まぁ、他人と横並びになって、異質なものを排除しようとするのは、オキシトシンのなせるわざなのかもしれないです。


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わたし自身に限って言えば、もうほとんど物心つくころから、この「女」まるだしの親戚に自分の人生を疎外されて、うんざりしておりまして、もう結構早い時期には「絶対に高校を出たら、親元から離れる」と心に誓っていました。

うちの親戚のおばさんの中に、本当にうわさ好きな人がいまして、人の家に毎日毎日来て朝から晩まであの人はどうのこうの、この人はどうのこうの、あそこの家はこないだ、どこどこへ旅行へ行っていた、どこそこの家の長男はどこそこの大学へ入っただの、もう本当にいい加減にしてくれ、って感じです。
話が面白いならまだしも我慢できますが、本当にただ心に思い浮かぶことをただただ話ているだけなので、聞き流しているにしても、疲れるんですよね。本当に苦痛で、「家に来んな!」と思っていました。



あと、社会に出てある大手の会社に就職したのですが、もうそこでの人間関係なんて不毛の一言に尽きた!
まぁ、わたしはもともと変人なので、女の子たちにとって「異分子」に他ならないので、結構どんな場面でもあからさまな排除とか陰口の対象にはなっていたと思います。
だけど、途中からもうどうでもよくなってきたのね。だってどうやったところで、陰口、噂話が病むことないんだもん。だから諦めて、仕事がよく出来る人になる路線をとりました。




私の場合 

①自分より恵まれた女性に嫉妬し、その足を引っ張ろうとしたり幸せを奪い取ろうとしたりする。

はい、わたしなどより容姿や学業、性格において恵まれている人がほとんどですので、いちいち嫉妬していたんじゃキリがありません。かといってうちの母などは「どうせ私なんて」といちいちなににつけても自己憐憫すること限りないんです。そういう人も慰めるのがやっかいで本当に傍にいてしんどいかったです。人と比べることなく己の幸せを追求する路線に変えました。

②表裏がある。「それかわいいね」と本人には言いつつ、裏では「ださいよね」とけなす。

わたしは表裏があるというより、表の顔で結構けなすことが多いです。昨日、桜見に近くの公園までいくと、若いおかあさんが「は~い、〇〇ちゃん、かわいいお顔して~」といって写真を撮っていました。性格がもともと悪いわたしは「もともと土台が悪いのに、かわいくなんかなれんだろ」とつぶやくと夫が「そういう辛辣なことを口に出すなよ」と窘められてしまいました。ふん。

③男性の前で「かわいい女」「頼りない女」を演じる。

生れてから、一度もやったことないです。

④他の女を差し置いて、自分だけが好かれようとする

私の場合、そういうことをして戦略的に成功する確率はほとんどゼロに等しいことがわかっているのでやったことがありません。

⑤恋人ができると変身する。すべてが恋人優先になり、他の女友達には「無礼」としか思えない態度をとるようになる。

女度の低いわたしでも、唯一の例外がこれです。 彼氏ができたたとき、今考えれば、もうちょっと控えめなくらいにしておけばよかったのにと思うくらい露骨に他の女たちに無礼な態度とっていました。 「ふたりのために世界はあるの」をそのまま地で行くような態度でした。あ、でも、べらべら自分のことをしゃべるのは自分の美意識に反することなので、当然、女の子たちがよくする「恋バナ」なんか馬鹿らしくて参加したことはありません。 この点に関しても私は全く嫌な奴でした(汗)

まぁ、でもそれは遠い昔の一時のことです。

⑥すぐに群れたがる。そして群れの中では均質さを求め、異質なものを排除しようとする。
基本的に行動はひとりでするし、ひとりで遊んでいることが多いし、本当においしいものを味わってたべるときはそれなりに集中力も必要ですので、ひとりのことが多いです。

思うにあるときから「女」を捨てているのね。別に人からどう思われようと、かんけーない。というのがわたしの人生観ですね。

⑦自分は自分、他人は他人という見方ができない。自分と違う意見の持ち主やライフスタイルを持つ相手を尊重できず、「自分が否定された」とみなし、そういう人を「敵」ととらえる。

自分は自分。人にあれこれ言われのが大嫌い。人がやっているっことは理解できないことが多いのですが、それをイチイチ理解しようと思ってたら、自分のことがおろそかになるのでやりません。興味がないのね。そして自分自身がどっちかというと異質な人間ですので、こういう考え方をしていると周り中が敵になってしまいます。

⑧感情的に「敵」「味方」を決め、自分をちやほやしてくれる人には限りなく尽くす一方、自分の「敵」に対しては、とことん感情的に攻撃する。その感情的攻撃は、多くの場合「正論」と言う形を取り、主語は「私は」でなく、「ふつうは」「常識的には」などを使用する。

どれだけ装ったとしてもちやほやしてくれる人間がいない、ということを人生の早い時点で気づいていました!わたしは自分中心主義ですので、「ふつうは」とか「常識的には」という言葉は使いません。世間の常識は、結構非常識ということも多いです。

⑨陰口や噂話が好き。 

興味ないです。でも、小説書くときに必要なので、結構人を観察していることは多いかも。そして、分析することなく無自覚に生きている人のぶっとびな思考もなにかの折に役立つと思うので、結構人生相談なんかを読むのが好き。

⑩ストレートに話さず、間接的であいまいな話し方をして、「ねぇ、わかるでしょ?」という態度をする。察してもらえないと機嫌を損ねる。
今まで気がつかなかったのかもしれませんが、そういう場面にあったことはなかったような気がします。自分でやったことは…ないとは言い切れませんが、察してもらって嬉しかった経験はないです。

⑪「お母さんぶり」「お姉さんぶり」をする。相手のことは自分が一番わかっているという態度をする。悪気はなくても意見の押し付けをしたり、決めつけをしたりする。

うちの母親がこの手のクソババア系だったので、こういううっとおしいさは骨身に染みています。この手のババァの無自覚な勝手な思い込み系の意見の押し付けは、本当に迷惑で、不愉快なものです。自分の人生なんだもの、あんたに指図されるいわれはない!失敗したってそれでもわたしの人生だろ、っていつも思います。言い返したりしないですけど。




まぁ、こういう達観に至るまでの環境があまりに過酷だったから、そうせざるを得なかったというか、でもそうなったお蔭で思わぬ人生の恩恵を受けたというか…。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ただ、なぜこういう本を読もうかななどと至った動機なのですが、こういうわたしのように「女」度が極端に低く、他人に異様に関心のない人間ってともすると人間関係って長く続かないんですよね。
そして最近、「sadafusaさんは、ものすごくドライだ」と言われることが多いんですよ。

自分としては、相談されたらまぁまぁ人の話を聞くぐらいの心の温かさぐらいは持ち合わせているつもりだったし、なんでかなぁとは思っていたんですね。

で、読んで初めてしる新知見。
「女は自分の秘密をお互いに打ち明けることで、お互いが親密かどうかを判断する!!!!」

これはすごい!
わたし、こういうのやったことがなかったんです。
だって、秘密は自分が黙っているから、一切人に知られることもないじゃない?
他人に教えたその時点で、もう秘密は秘密じゃなくなって、自分の管理できる管轄外に行ってしまうんですよ。「ここだけの話なんだけど」とか「オフレコでお願いします」って言われるのにきまっているんじゃ…と思っていました。

でも、女度の高い人はそういう心を打ち明けあうことが異様にすきなのだそうです。

こういうとき、どうするか?
対処法があります。それはね、
「わたしって、ほら、そういうの苦手なの。でもあなたのお話を聞くととっても自分の中の何かが癒されるような気がするわ。本当にためになったわ。打ち明けてくれて本当にありがとう、辛かったのね」と心からの同情と感謝の気持ちでいうことなのだそうです。

……う~。

心からの同情と感謝の気持ちかぁ。


わたし、これを読んで思ったんだけど、わたしという人間は、そうとう思いあがっているよね。だってそういうふうに温かく言ってあげたことないもん。たいていは「不倫で好きなんだけど別れられないんです~」とかさ、そんなの情で縛られてないで、理性で考えろよ、とかさ。そんなこと続けていて自分が得するんかな、もっと自分を大切にすればいいのに、とか思っていますよ。
だけど、口に出して言わないの。だってそう言ったとして、ほとんどの人は「そうだね、言う通りだよ」とか言わないもん。必ず「だって」が来るんだよね。

だから、どう思う?って訊かれた時は「う~ん、そうねぇ~。難しいよねぇ」とあいまいにしかぼかしたことしかないです。

この本はこういう困った問題があるというケースをまず、出して、
それの分析をして、こんなふうにあなたが感じるとすれば、あなたは相手の女の領域に巻き込まれています。
相手の領域(ペース)に巻き込まれず、それでいて相手を怒らせることなく、つまり相手を敵にまわすことなく、女の海を渡っていくテクニックが書かれているのです。


わたしはつまり、この本を読んで分析するに、わたしは今まで相手の領域に自分の領域を侵されたことはただの一度もないのですが、だからといってニベもない態度を取っていたことが多かったので、結構敵と思われていたことが多かったのだろうと思います。

こういうとき、「なに? この女、いい歳してなに幼稚なこといってんの」とか「めんどくさ~」「自分で考えろ、そんなこと」って思ってスルーしていたんですよ。


実際問題、こういうことをしていると、変な噂を流されて自分が悪くもないのに、窮地に立たされることって多いのですね。そういうことのないように、それぞれのみなさまが女であるがゆえの傷がつかないように優しく接してあげる。

それがわたしのようなバサバサした人間には必要なことだったのでした。
いや~、なかなかこれだけはハードル高いわw

できるかなぁ。








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ピサンキづくり [ひとつの考察]

京都でも早いところでは桜が開花しております。
みなさまのところではいかがですかぁ~。


さてさて。
先日、わたしは京都ハリストス正教会というところへお邪魔して、
ウクライナのイースターエッグこと、ピサンキというものを作ってまいりました!!

京都ってところはね、仏教寺院が死ぬほど多いところなんだけど、
案外キリスト教会も多いところなんだよね。

でも、今回はそりゃおんなじキリスト教会でも、東方正教会でございますよ!
オーソドックスなのでございます。

ここでちらっと解説いたしますと、ローマ帝国にはもともとキリスト教会はひとつだったのですが、
東西にローマ帝国は分裂いたします。西は今のカトリック教会です。
東の、いわゆるビザンチン帝国で信仰されたのが、今日のオーソドックス(正教会)です。
もともと教義などは一緒だったのですが、長い年月が経つうち、どんどん枝分かれしていったといいますか、違って生きているのですね。

正教会はカトリックと比べるとたぶんに多くギリシャ哲学の影響を受けているし、もともとの原始キリスト教の形を深くとどめているということかしらん。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
めんどくさいことはこの辺にして、ピサンキにいきましょう。

イースターというのは、キリストの復活をお祝いするキリスト教の中では一番大切な行事です。
(クリスマスじゃないのよ~、知ってた~?)

本当のことをいえば、クリスマスもイースターのどの日だったかという記載はないの。
ただ、一年で一番日が短く、暗い日に、歓びが生まれたってことと、
春の到来にあわせて、芽吹くころに再生のまつりをする、ってことが人々の気持ちと一致していた、ってことが大事だったわけです。

で、再生の象徴である、卵をかざるわけですよ。

はい、で、作りましたです。
要するに、中身を抜いた卵があらかじめ用意されておりまして、
その上に蜜ろうを溶かしながら、絵付けをしていく、一種のろうけつ染めみたいなものなのです。

指導していれる先生が「は~い、では描きましょう!」ってあなた、
ちょっと参考にするデザイン画はないんですか?
「自由に描いていいですよ!」

は~い、ここらへんでわたしの中の裁断基準の針がキチーンと鳴りました。
1ディセミナーを二時間で終わらせるには、こんないい加減なことではいけませんよ~。

素人は二時間で無理なくやれるだろうというデザイン画をあらかじめ用意しておかないと~。
だって何もないところから考えるって結構難しいことなんですよね。

ですので、もうなんでもいいや、ってことでずんずんと蜜ろうを溶かして描いて行きました。
ただね、この蜜ろうってヤツが本当にチビチビしか描線がかけなくて、たんびたんびに蜜ろうを細かくちぎったものをイチイチ入れるのが本当にめんどくさい!

で、本当のこといったら、どんなに簡単なものでもいいからデザイン画をもらってそれをゆっくりと丁寧に描いて行けばそれなりにいいものが出来ただろう…とは思うのですが、なんにせよ、時間がない!
ね、ろうけつ染めなんで何回も染織を繰り返し、また蜜ろうをかけて染まって欲しくないところをカバーしていくわけですよ。いや、そんな気の遠くなること、二時間じゃないできなぁあ~い。しかも最後は描いた密ろうの線を蝋燭の火でちびちび溶かして、拭き取らなきゃならないんです!!


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が、とりあえず、やけくそになってやってみました。

これですよ!

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やけくそなのに、二個も作っているわたしの根性って~!

まぁきれいなものが出来るに越したことはないが、それだったら買えばいいだけの話です。
でもね、こういうのは迷った時、赤に染めるに限る。
赤ってやっぱりきれいで派手な色なんですよ!


文句ばっかり言っててごめんなさい!でも、楽しかった!



正教会の婦人会のみなさんはとても親切で、4日に復活祭のお菓子、クリーチ(イタリアのパンのパネトーネとほぼ一緒)を作られるそうで、正教会の信者じゃないわたしもお手伝いしてもいいよ、と許可を頂きました。


行きたいんだけど、実はねイマイチ体調が良くないんですよね~。
行けたらいいなぁ~。
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すべては人類を存続させるため 『シャーデンフロイデ』 [ひとつの考察]

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先日、kindleで読書をしたことはお話ししたと思います。
こんどはその中身についての読書感想でございますのよ。



今やはりの脳科学者、中野信子さんによる『シャーデンフロイデ』
さて、シャーデンフロイデとはなんぞや?

わたしなどは若い日に混声四部合唱をやっておりました関係から
「フロォイデぇ~」と聞くとついついベートーベンの第九の合唱「喜びの歌」なんぞを思い出してしまうのですが、この連想は半分当たっている。
フロイデは確かに「喜び」なのですが「シャーデン」とは「毒」のことらしい。
直訳すると「毒の喜び」ということになるのかな。

「シャーデンフロイデ」とは副題にもありますように、実は「他人を引きずり降ろす喜び」を指す言葉なのだそうです。

いったいどういう感情なのでしょうか?

例をとって状況を説明しましょう。

大学の同級生のA子はわたしと同じくらいの容貌で、わたしと同等の学力だった。
でも、それは多少ケンソンした言い方で、実をいえばA子はわたしよりもかなりブスだし、頭も悪くて要領が悪い。
それなのに、ある日A子は、とんでもなくイケメンの男と結婚することになった…。
「A子! おめでとう! 幸せになってね!」
披露宴の席で幸せそうに微笑んでいるA子を見ながら、心の内でははらわたが煮えくり返るような思いを抱え、いかにも親友の幸せを祝福しているかのようににこやかに笑って、ひとり耐えていたのだった…。
そんなある日、A子から電話が。
「実はね、うちの〇〇クンが会社をクビになって、どうしたらいいのか…。わたしが働こうにも赤ちゃんがいるし、保育園にも入れないし~」
わたしは泣きじゃくるA子を優しくなだめらながら
「大丈夫、〇〇クンのことだもの。もっといい就職先が見つかるわよ」
しかして、心の中ではガッツポーズ。
「やった!」
心の中では快哉の雄たけびが。
「ホーホッホ。ザマーミロ、A子。ダンナがクビになった! そういうね、ひとりだけいい目をみようと欲をかくから、そーゆーこといなるのよ! もっと不幸にな~れ~」



ま、シャーデンフロイデとはこういう感情です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
実に醜い感情です。
人には決して気取られたくない感情でしょう。
しかしながら、と中野先生はおっしゃいます。
「こういう感情も人類が生き延びるためには必要な感情だったのです」

なんと!

はい、人の感情はどこから湧きい出て来るものなのでしょう?
心の中から自然発生的に?

いいえ、それはすべて分泌されるホルモンによるんです。
この醜い感情はオキシトシンというホルモンの分泌によるんです。

しかしながら、巷ではオキシトシンは「愛情ホルモン」とか「幸せホルモン」とかいわれているものではなかったでしょうか?

それはそうなのですね。

オキシトシンは普通人が「こういう場合は幸せを感じるであろう」っていうシチュエーションにどば~っとでるものなのです。
一番最多のシチュエーションは愛する人とのメイクラブのときです。あと、出産するとき。
そして出産したあと多量に分泌されたオキシトシンにより、母親は我が子を愛するようになるんです。
ここで親子の絆なしっかりと結ばれるというわけです。
オキシトシンが多量に分泌される側にいる人間もつられてオキシトシンが分泌されるものらしいのです、ですから父親も母親と同時にオキシトシンが多量に分泌され、赤ちゃんを囲む親子は幸せいっぱい。

わたしもこの本を読むまでは、こういうときに幸せを感じるのは当たり前のことだろうとあまり深く考えてなかったような気がします。(ただ、親ばかになって、「自分の子供は世界一かわいい」と思えてしまうのは、なにかの魔法にかかっているなぁという自覚はありましたが)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話はもとへ戻ります。

シャーデンフロイデもオキシトシンがもたらす感情なのです。

こういう感情は昔から「人の不幸は密の味」と言われてきましたし、最近では「他人の不幸で飯がうまい」「メシウマ」とか言われているようです。

というのは、ある特定の誰かとの絆が深まるということは、その反対に排他性が強くなるということでもあります。

一番身近で最少の団体は核家族でしょう。

子供ならクラスメート、学校、町内。

大人なら所属する職場がありますね。趣味のサークルでもいいです。


オキシトシンはそういうくくりの内側の人間だけを愛情にくるもうとします。
そして、群れ意識が強くなるんですね。
しかし、群れを存続していくには、それなりのテクニックがいるのです。群れが一丸となって一致協力していかないことには群れの統率が成り立たなくなるのです。

わたしの育った(昔は)片田舎だったT県ですが、すぐなにかっちゅうと、
「あんたなんて名前?」
「あんたのすんでいるところどこ?」
「どこの学校いってんの?」
「おとうさん、どこで働いてんの?」
と根掘り葉掘り、身元調査するオバチャンっていうのが必ずいました。あれも一種の地元愛に包まれたオキシトシン過多な方だったんだろうねぇ。




たとえば、あるサークルでひとり美人の女の子が入ってくるとする。
すると男子部員は全員、その美人のいいなり。そしてその美人は女王きどりで男どもに命令するばかりで何もしようとしない。
そういうとき、女子は寄ってたかったその美人部員叩きをするでしょう。

そういうとき、得も言われぬ快感に身は貫かれるのですよ。
「わたしはサークルのためにあの女に天誅を下してやった!」

制裁を加えた女性部員はどうしたでしょうか?
表だって「アンタは一体ナニサマのつもりよ!?」と言ったかもしれません。
まぁ、これはいいほう。

陰湿な方法になると陰に廻ってあらぬ噂を流すとか、こっそりいじめるとか方法っていろいろとあるんですよね。
本当はこういう陰湿ないじめというのは、やってしまうと罪悪感が沸く非常に嫌な行為ではあるんですね。ですが、「わたしは、あの女というサークルにふさわしくない人間を排除するためにやったんだ」と自分の醜い行為を正当化できる理由が見つけられると、いっきにオキシトシンが出て、それが非常に快感になる。その快感はちょっとやそっとのものじゃないのです。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ですが…、制裁する人間って別に美人部員が男に何を命令したところで、本来なら自分の身が安泰ならそんな制裁を加える必要なんてないはずなのです。自分が実際に被害にあったわけじゃないでしょ?
これは、いうところの義憤に駆られてやったことなのですね。

しかし、こういう制裁というのは実は、自分がやるにはリスクが大きいじゃないですか。
反対に相手にやり返されるという場合もあるわけです。

そこで、オキシトシンにより制裁を加えるとすごい快感を覚えるというご褒美システムを脳は創り出したのですよ。
だって、そうじゃなきゃ、こんな割りにあわない行為なんか誰もしないと思いませんか?

また、そういう快感というご褒美ということについて考えるなら
生殖行為もそうだと思います。

だれがあんなリスクを犯してまで子どもを産もうとしますか?
わたくしごとですが、わたしは初産のとき微弱神通が一日以上続いて死ぬかと思いました。
産んだ後夫に「こんなに痛い思いをするんだったら、男は妻を一生養っていくほどの負い目があるわ!だって男はいい思いだけして、痛い思いなんかしないじゃん!」って思わず言いましたもんね。

やっぱり出産って下手すれば母子ともに死ぬこともあるんだし、
やっぱり危険な賭けだと思いますよ。


それでも人類が絶えることなく今日生き延びているということは、それは強烈な快感というご褒美がついてくるからなんだろうな。
そうじゃなきゃ、人類はとっくの昔に滅びている。


また、おんなじ意味でほとんど人に共感できず、合理的にしか考えられない「サイコパス」も人間が付和雷同して、さながら「ハーメルンの笛吹き」について行って川に飛び込んで死んでしまうネズミにならないようにする、自然が作った防御装置のような気がしてならない。

中野さんは他にも、「不倫する人」の必要性などもいろいろと語っておられます。
人間って例えば、エイズに絶対にならない遺伝子を持つ人って一定数いるらしいです。それは他の事にも言えて、どんな深刻なエヴォラ・ウィルスだろうが、なんだろうが絶対にり患しない人がいるんですね。

人間はいろんな危機を想定して、生き残りのための遺伝子を残している。
それは人間が意識してやっていることじゃなくて、気がつけばそういうシステムがあったんですよ。


そう思えば、人間って「自分の意志で決めたんだ!」って思っていることの大半はDNAサマに操られてやっているとしか思えない。美男美女の基準だって、モンタージュ写真の平均値がいわゆる理想の顔らしいじゃないですか~。それはそういう平均的な顔を好きになると、健康な子供が生まれやすい、つまりやっぱり種の保存のためなんですよね~。

ああっ、人間って恋愛ひとつですら、DNAに操られているんか~って
なんかちょっと情けない気持ちにもなるんですがぁ。

わたしとしてはそれは全くの偶然じゃなくて、やはりなにか大きなものが意図してやったんじゃないだろうかと思っていますが。

そしてですね、これは割と気持ちがすっきりさっぱりするわぁ~。心が洗われるようだわ~、って、もしかしたら自分がイイコトをしていると思っていたとして、それは実はとんでもない暴走だったり、ってこともままあるんですよ。たとえばさ、宗教に走って、人のいうままになってたりする人とかさ。悩み事があっても、葛藤に耐えられないで、人に決めてもらう人って案外多いと思うよ。まぁ、坊さんの話なら聞いてそんなに悪いこともないだろうけど、悪徳宗教だったら大変! だけど人間って案外自分のアタマでしっかり考えてみるってことをしないものなの。


結構、サクサク読めるけれど決して中身がない本ではなく、読み応えのある本です。
そして、所詮観音さまの手の内に転がされている身とはいえ、これまでの自分や他人の行動を分析してみて今後に役立ててみるのはどうでしょう?





シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感 (幻冬舎新書)

シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感 (幻冬舎新書)

  • 作者: 中野 信子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2018/01/18
  • メディア: 新書



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iPadで初読書 [雑文]

以前、スマホを5から7に変えた時、店の人から強引に進められたiPad。

ま、画面でかいので老眼にはやさしく重宝していますが。

昨日、今はやりの脳科学者である中野信子さんが執筆された「シャーデンフロイデ」をAmazonで買おうとしたのです。


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わたしはなるべくなら、本を安くかいたい人なので、たいてい古本しか買いません。本を大事に扱って読むうちの夫とは大違いで、わたしが読んだあとの本はたいてい傷んでいます。

でも、この本は出たばかりなのでそれほど安くなってないし、配送料は350円だしで、古本のほうが新品より高いのでやめました。

で、「ああっ、めんどくさい。すぐ読みたいんじゃ~」と思い、Amazonに入っているアプリをダウンロードして初めてiPadで読書しました~。今更って感じですが…。


感想、本のページが本来あるところに、読んでいる途中「読む速度を測っています」って表示され、
その後「読了するまで一分」とか出るんです。

うわ~、うっとおしい。
早くよめ!と言われているようでヤダ。

こんな機能、必要なんですかねぇ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うちはもし、夫とわたしが死んだらさぞや本を処分するのに困る家だろうなとは思うのです。
夫はともかく、わたしは結構思い切って本を処分したのですが、すぐにたまる、たまる…。

ですがこんなふうにぱら~っと興味にかられて一読したら、捨ててもいいや、みたいな本はiPadで読むのがかさばらなくていいな。

漫画も安心して買えそうです(爆)







シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感 (幻冬舎新書)

シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感 (幻冬舎新書)

  • 作者: 中野 信子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2018/01/18
  • メディア: 新書



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恐怖の大王 [雑文]

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先日の『王妃の離婚』のトピは、書いているうちに結構真剣になってきて、時間がかかってしまいました。なんか疲れた~、ので、ちょっと今日は軽いヤツをひとつ。

佐藤先生のこの話を読んでいると、途中で法廷がトゥールってところから
アンボワーズって、ちょっとトゥールから東に行ったところに移るんです。

アンボワーズとか、アングレームとか、なんかそういう言葉を聞くと
わたしはたいてい昔の記憶がよみがえってきます。


1999年7か月、 空から恐怖の大王が来るだろう、 アンゴルモアの大王を蘇らせ、 マルスの前後に首尾よく支配するために。


知っています、この詩?
若い人は知らないと思う。
これはフランスの予言者ノストラダムスの予言なのです。
彼は、ヴァロア朝の王妃、カトリーヌ・ド・メディシスを良く助けたといわれているようです。



わたしは子供の頃、この詩を聞いて震えあがりました。
この詩の中に「アンゴルモア」ってあるじゃない?
それ以来、似たようなことばを聞くと未だにこの四行詩を思い出してしまう。

でもアンゴルモアってなんだろう?
このアンゴルモアには四つの説があるらしく
アングーモア説、アッティラ説、モンゴル説、ジャックリー説っていうのがあるらしいです。

アッティラ、モンゴル、ジャックリー説というのは、日本の元寇を想像してもらったらわかる通り、怖ろしい大軍が来て、殺戮の限りを尽くすんですよね。
わたしの子供の頃はまだ子供が悪いことをすると、「モンモが来るよ!」と叱られた記憶があります。
日本民族の元寇の遠い記憶ですよね。こういうのはヨーロッパ人にもあるらしいです。

で、アングーモア説というのがあって、それはウィキによると
「ここでアングーモワの大王と呼ばれているのはフランス史上で最も勇敢な君主であったフランソワ1世である。彼は王となる前はアングレーム伯の称号で通っていた」とのことです。

あ、アングレームって聞いてアンゴルモアを思い出すのは、至極全うなことなことだったのね。



この四行詩は聞くところによると、実はカトリーヌ・ド・メディシスの夫、アンリ三世が
騎馬試合をして命を落とすだろうということを予言していたらしいのです。

だけど、こんなあやふやな詩、どうとでも解釈できるもん。
効用があったのかどうか…。

いつの世にも終末説ってあるよね…。
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『離婚』というの愛のかたち 『王妃の離婚』佐藤賢一 [読書・映画感想]

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今日は佐藤賢一さんの作品をご紹介します。

『王妃の離婚』ですね。


王妃の離婚 (集英社文庫)

王妃の離婚 (集英社文庫)

  • 作者: 佐藤 賢一
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2002/05/01
  • メディア: 文庫




この作品は99年に直木賞を取っています。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
わたしに限って言えば、佐藤賢一さんは五本の指の中に入るほど好きな作家さんでありまして、
漫画で多大な影響を受けたのがさいとうちほさんなら、小説ではこの方から自分の人生の価値観を左右するほど影響を受けていると思います。


佐藤さんの文体は一種独特でして、これをペダンティックと呼んでいいのかどうか…。
そしてどっきりするほど、ラヴシーンが濃厚です。
なんていうのかな、作家だったら、それも女性だったら絶対に躊躇するだろうと思う程、赤裸々なんですよね。しかも、綺麗に描かないんです。
時々、このシーンがややもすると暴力的すぎて鼻に突くというか、『赤目のジャック』なんてそういう暴行シーンばっかり出て来るので、いくら佐藤ファンのわたしでも最後まで読めませんでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ですが、この『王妃の離婚』は佐藤さんの作品の中でも出色の出来と言ってもよく、
いろんなアイテムが程よく制御され収まっていると思います。

件のラヴシーンも相も変わらず暴力的で野卑な感じなのですが、それでも主人公の弁護士であるフランソワの恋人であるベリンダのありさまが本当に健気です。「金はどんなに汚濁に浸かっていようと金である本質は変わらない」ということばの通り、どんなに穢そうとしても、またベリンダがどんなに愛欲に染まって淫らになろうと、かえって彼女の美質が浮き上がる描写は迫力の一言につきます。


佐藤さんの男女のシーンって、はっきりってロマンティックとはかけ離れたものが多いんですよ、でも堂々と命の貴さを描いています。
読んでいるうちに弱い男と女が、必死になって抱き合いながら、ことばにすると嘘になってしまう何かを切実に求めているように感じて来るんです。

それが本当の作家の筆力なんだろうと感じます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、本題に入りましょう。

時代は15世紀初頭のことです。
時代はフランス。

ここにひとつの世紀の裁判が起ころうとしていました。
それはルイ12世が原告となり、被告である自分の妻との間に「夫婦としてのつながりはなかった」ものとして、結婚の無効を法王庁に対して請求したのでした。

基本的にカトリック社会には「離婚」はNGなんですね。
じゃあ、どうしてもどうしても別れたいっていうときはどうするかっていうと、
『結婚の無効』ってことにするんですよ。

なぜ、ルイ12世は王妃のジャンヌと別れようとしたのか―。

ひとつの大きな原因として、当時ブルゴーニュは正式なフランスの領土じゃなかったんです。
じゃあ、ブルゴーニュ公国は誰のものなのっていうと、ルイ12世の前の王さまのアンヌ前王妃のものなのです。アンヌがフランス王と結婚したため、一時的にフランス領になっていたに過ぎず、子供もいない未亡人になったアンヌ女公がもし、他の国の王さまと結婚したら、ブルゴーニュは再びフランスの領土じゃなくなってしまう。昔、フランス王と離婚してイギリス王と結婚したアリエノール・ダキテーヌの痛い前例もあります。それが元で百年戦争がおこったのですから、それはなんとしても避けたいことでした。

それならば、フランス王であるわたしが彼女と、とルイ12世は思ったのですが、彼はすでに妻帯の身。
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ルイ12世とジャンヌ王妃は結婚生活が20年以上にもわたるというのに、子供ができません。跡継ぎが欲しいという点でもルイは今の王妃と別れたいのです。

まぁ、でもここまでが建前の部分なんですね。

本音の部分で言いますと、王妃ジャンヌは、ルイ11世の娘で、その次の王さま、シャルル8世の姉にもあたるのです。ルイ12世は、分家筋のオルレアン公家の当主にすぎなかったんですよ。
でも、本家に跡取りがなかったので、繰り上げで自分が王さまになれたというわけ。
ジャンヌは生まれながらの王女さまであって、ルイは本来なら格下の亭主だったんです。
それがジャンヌの父親のルイ11世が暴君で知れ渡った、非常に恐い人だったので、結婚を断ることが出来なかった…。それに加えて彼女は希代の醜女として有名だったんです。




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脅かされなきゃ、あんなブスと誰が結婚するか。
あんまりブスすぎて、触れようって気も失せるぜ。

ってことを天下に向けて公言したかったらしい。
でもわたしには、そういう彼女の美醜がどうこうというより、自分がかつてオルレアン公爵だったとき、ルイ11世に逆らうことができなかった、その面目なさの象徴が彼女だったのでしょう。
彼女を見るたび、そのとき味わった屈辱の思い出がよみがえるのだろうと思います。

そういうどうしようもない、別れることでしか幸せになれない夫婦っていますね。お互いの長所がひきだせない相性の悪さというか。

いくら、夫婦のいざこざに過ぎないとはいえ、そこはフランスの王さまとお妃さまの離婚となったら大ごとなのです。

もともと天下に比類なき内親王さまであっても、いかにかつてはただの公爵だった亭主も今では押しも押されぬ大国フランスの王さま。もうこれは最初から茶番劇になる筈に決まっている。だれも後ろ盾のなくなったお妃のお味方しようとする者はいないのだから―。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここまでがだいたいの物語の大きな骨子なのね。
そこへ、あらわれた弁護士がひとり。
彼こそが主人公の弁護士フランソワなのです。

彼はかつて、パリ大学にその人あり、と謳われた神童だったのです。
フランソワはもともと草深いブルゴーニュの田舎の無学な夫婦の子供だったのですが、
あまりの神童ぶりに村の司祭がこれはほっておけないと思い、村中で寄付を募って学費を出し合い、
彼をパリ大学へと送ったのでした。
国中の秀才ばかりが集うパリ大学の中でも彼はめきめきとその頭角を表すのですね。

ですが…ここにひとつの問題があるのです。
当時パリ大学の法学部ってところは、俗人であったら入学できなかったのですね。
カノン法っていうものはカトリック教会と密接につながっているから、聖職者じゃないと学べなかったのですよ。

本来なら学究の徒っていうのと聖職者ってなんの関係もないと思うのは現代人である我々の感覚なのであって、フランソワは少年のとき、すでにドミニコ会の僧侶だったんですよ。

青年になったフランソワの前に、ベリンダっていう美少女が登場するんです。
もともとフランソワが小遣い稼ぎのために裕福なベリンダとその弟のところへ
家庭教師にいったのがなれそめで、ふたりは十歳という年齢の開きがあったにもかかわらず
結ばれしまうんですね。ベリンダは親も兄弟も捨てて出奔してしまったのです。

そのとき、フランソワ27歳、ベリンダ16歳。


フランソワは早熟な秀才でしたが、年齢が彼を次のステップに進むのを許さないんです。

学究の徒としてもっと勉学に励みたい。
ベリンダを死ぬほど愛している。
でも、どっちもは両立しないのです。

ベリンダを取ろうとすると、大学を辞めなくちゃならない。
現俗しなくちゃならない。
学問を究めることができなくなる。

といって、学問を究めようとすると、ベリンダを捨てなくちゃいけない。


ベリンダはね、黙っていると楚々としたまだ少女といえるほどうら若い美女なんです。
フランソワはなにかの拍子に、思わずハッとするような神聖さを彼女の中に見出してしまって
処女だった彼女を自分自身が穢してしまった罪を悔いてしまうんですね。


パリ大学一の秀才でディベートにおいては彼に右に出るものはいないと言われている一方、ベリンダは裕福な家の娘だけれど、さして教養があるわけでもない。ふたりの間で交わされる会話は、本当にたわいもないものばかり。
フランソワ、あたし、あんたにふかふかの焼き立てのパンを食べさせてあげたいの、だから早起きしなくちゃ―とか
フランソワ、あたしね、ベーコンだけにはこだわりたいタチなのよ、とか
あたしね、フランソワ、針の持ち方だけは誰にも譲れないの、とか。

だけどそういう日常の細々とした会話が読む方の心を打つんですよね。彼女のことばた確かにたわいもない女のおしゃべりにすぎないのだろうけど、そこに掛け値なしにフランソワを思う深い深い愛情がにじみ出ているんですね。金無垢の愛なんです。
ベリンダのひまわりのような明るさに一抹の悲しみが潜んでいるんですよ。
それをフランソワ指摘すると、ベリンダは気丈にこう返すのです。

それはね、あたしも男ってものを識って一人前の女になったって証拠よ。フランソワ、あんたあたしより十歳も爺さんなのに、何にも女のことをわかっちゃいないのね。なんて阿呆面なの、パリ一の秀才もこれじゃ形無しね!



フランソワはもう愛しさに切なくなって、これ以上ベリンダを学僧の日陰者にはしておきたくない。
ある日「ベリンダ、結婚しよう」と持ち掛けるのですが、ベリンダはにべもなく断るのです。
なぜなら、自分は学究の徒であるフランソワを愛したのであって、その志を自分のために貫けなくなるのは嫌だと。
そして、人を愛する気持ちにはどんな保険も掛けたくないんだ、結婚という形だけの虚飾に陥ってしまうのなら、いっそ別れた方がいい。道ならぬ女のままでもいいのだと。



だからといって女の言葉を額面どおりに受け取るほど彼は鈍感じゃない。
その言葉の裏にある、女の真の願いはわかっていたのです。

ですが、あるとき運命は宿命の恋人たちを無残な手段で引き裂いたのです。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

引き裂かれた理由のひとつは、暴君ルイ11世にあるのです。

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ベリンダから引き裂かれ、大学も追い払われたフランソワは故郷ナントで一介の弁護士として細々と身を立てていました。

なぜ、ベリンダを迎えに行けないか…。それは人には言えない大きな大きな理由がありました。

フランソワは自分をそんな目にあわせた暴君の娘が今の国王に離縁されそうになったことを聞いて、胸のすく思いでいました。
―これも因果応報ってものだ―と。

そして王妃ジャンヌの泣きっ面を拝んでやろうと、はるばるナントから法廷が開かれるトゥールへと出かけていくのです。

ですが予想していたことですが、みんなで寄ってたかって王妃をいびりぬこうとするのですね。
それも最後には、女にとっては超屈辱的な『処女検査』をするといって脅かしたのです。

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それは本当に強姦より恐ろしいもので、聖職者ばかりとはいえ、男ばかりいる空間で股間を開かされ、あろうことか無遠慮に指をつっこまれるんですよね。
こんなことされたら普通の人はまともでいられるはずはありません。

フランソワは憎い憎い王の娘だったのですが、ひとりでこんなふうに侮蔑と戦っている王妃の姿にかつての恋人の姿を重ねてみていました。

「この王妃は、おれのベリンダのように強い」

そして、ついに彼女の弁護を引き受けようと決心するのですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここからは胸がすくような快進撃で、かつてのパリ大学の俊英の名をほしいままにした
フランソワの弁舌は冴に冴えわたりました。

ですが、これだけでは世の中は進まないのですね。

実は王と王妃の裁判は、王の権力でも、フランソワの弁護力でもなく、本当は法王庁とフランス王国の駆け引きの間のカモフラージュにすぎなかったのですね。

実はバチカンから派遣された法皇アレクサンデル六世の庶子、チェーザレ・ボルジアがフランスへやってきて離婚をさせてやるかわりにどれだけ報酬をくれるのか、その交渉を水面下で進めていたのです。

ですから、どんなにフランソワが弁舌鮮やかに王と王妃の結婚が完全に遂行されていたと実証できたとしても、判決は初めから「離婚成立」と決まっていたのですね。ヴァチカン側はそうあっさりと離婚が法廷で可決されないように、フランソワに時間稼ぎをしてほしかっただけなのです。



判決が決まる直前、久しく離れていた夫婦は、今ひとつ部屋で会しました。

ルイ12世は、素直に妻に謝ればよかったのです。
「ジャンヌ、わたしを赦してくれ」と。

しかし気が小さいルイ12世は、胆が小さいだけに、そういう堂々としたことが言えません。
「あんな女、やってない、やってない! ジャンヌなんて愛したことなんてただの一度もなかったんだ!」

それまで、どんな酷いことをいわれても超然として王妃は悲鳴のように叫ぶのです。
「嘘つき、嘘つき! わたしを何度も抱いたくせに!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

絶望にくれ、王妃は泣きわめきます。
「こんなに醜い女は誰にも愛されない」
それをフランソワは否定します。
「男は女の美しさの他に何を求めるか…、男が愛してやまないものは、強い女がみせてしまう、どうしようもない弱さなのです!」

ここから佐藤先生の筆が冴えわたります。

―可愛らしい無力を演じる女などに、誰も彼も易々と騙されるわけではありません。それは男が賢いという意味ではなく、女に頼らなければ生きていけないということを、心の底で知っているからなのです。が、そうした引け目を意識するだけ、男の心は、ひたむきな女のいじらしさに、熱くなってしまいます。頑張って、頑張って、あげく、ふらとよろめかれてしまったとき、うろたえながら、男は女の支えになりたいと思います。いたわりたいと思います。慰めたいと思います。どうやっても守りたいと思うのですよ。そのためなら、不可能にだって、あえて挑む気になるものです。―



いいですねぇ、この箇所。
ほかにも、素晴らしい箇所がいっぱいあるんですよ。


結局、お妃さまは離婚はしなくてはならなかったのですが、そこはそれ、有能な弁護士のお蔭で取れるモノはきっちと取って、終身という期限付きですがお妃さまをベリー女公にして差し上げたのです。そしてたくさんの慰謝料も…。
根は快活で前向きなお妃さまはベリーの地に女子修道院を作り、自分が修道院長となって、この地を盛り立てたのです。転んでもたたでは起きない女丈夫なのです。


でも、思うに、フランスの歴史ものを扱っていながら、佐藤先生の女性像はかなり、日本的なんじゃないかなと思ったりします。
あんまりフランス女は健気じゃなさそうだもん。
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BO-SAN [ひとつの考察]

ここ、ニ三日、本当に4月のようにあったかい日が続きましたね。
日の光の明るさが違います。

こういう明るい日差しを見ただけで人間って心が晴れ渡っていくもんですね。

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さて、わたしもここしばらく編み物疲れっていうんでしょうか…。
多少、うんざりしてきたんですよ。マンネリのような気がして。

こういう時は別のことをするべきなんです。

そ、こ、で!

文芸のほうにとりかかろうかなぁ~という気持ちになってきました。

で、今回はプロットがすでに決まっておりまして、室町時代にしようかと。
能のような、あるいは上田秋成の『雨月物語』のような、ああいう雰囲気いいなぁと
思って、資料を集めております。


で、能にはかならず諸国一見の僧っていうのがでてくるんですよ。
冒頭に「これなるは~、旅のひじりなり~」って、その一言だけなのですが
わたしはどうも、細かいこと調べて自分がその世界をある程度頭の中で構築しないと
書けないタイプなんですよ。

で、意外と日本のしつらいとか風俗とか装束って書けそうで書けない。

第二次世界大戦後の日本ってそれまでの日本の世界とかなりかけ離れているんですねぇ。

室町時代は今の日本文化の直接的な祖先ってことらしいです。
室町時代になってはじめ畳を部屋に敷き詰めたらしいです。
そしてこの時代に完成した『書院づくり』っていうのが、今の日本間の基本のような気がします。

そして、知っているようで知らないこと。
それは『お坊さんの生態』じゃないですか?

わたしの住んでいる京都なんて、それこそ犬も歩けば、棒じゃなくて、寺に行きついてしまうくらい
そこたらへんにうじゃうじゃうじゃとお寺があるというのに、わたしときたら

うちの身内が亡くなったとき、どんなお経を読まれていたのかとか
宗派によって坊さんの格好が違うのかとか
なんだかいろいろとあるだろうに、知らない…。


昔、雪が降ったら今みたいにダウンがないんだし、どうやって凌いでいたのだろう?

夫に「ね~、昔の人がさ、雪のときに着る、ほら~、日本海味噌のゆきちゃんが被っている、合掌造りの屋根みたいなん、頭にのせとるやん、アレ、なんていうん?」と訊きました。

「合掌造りの屋根…。いや、あれは簑(みの)というものじゃないの?」

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あまりに、お坊さんに対して無知すぎるので
この本を読むことにしました。



室町お坊さん物語 (講談社現代新書)

室町お坊さん物語 (講談社現代新書)

  • 作者: 田中 貴子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/06
  • メディア: 新書



1999年に出版されたもので、ちょっと古いのですが、とても参考になりました。
この本は南北朝時代の天台宗の鎮増というお坊さんの手記なんですが、結構面白い。

わたしは天台宗といったら天台宗、顕密であってありとあらゆる仏教の経典に精通しているお勉強系に強い宗教なのだと思っていました。

ただそれは天台宗のある一面であって、中をのぞいてみるといろいろな決まりを奉じる、いろんな流派が比叡山の中に混在しているということを知りました。

幕末で有名な『金戒光明寺』は俗に京都の人間は「黒谷さん」と呼びますが、実はあれは比叡山にある黒谷を本拠地にしていた『黒谷流』というのが、比叡山の闘争に敗れて、この地で旗揚げしたのですね。
あと三井寺も有名なお寺です。そういったお寺と比叡山は仲が良いのだと思っていましたが、実は仲たがいした結果なのだと知りました。

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面白いのは、比叡山にはいろんな厳しい修行があることです。

『千日回峰』というのはわりと世の中に知られている荒行だと思います。
そのほかにも実は、比叡山にはもっと過酷な行でしられている『十二年籠山』というのがあるのです。

そして天台宗で修行しているお坊さんのブログを読んでいますと、やはり今でもこの『十二年籠山』行っていうのはあるらしいです。

どんな行かというと、めんどくさいので、これを読んで。
http://ssk.doorblog.jp/archives/16881512.html


だいたいこの行にパスするためのテストが本当に鬼畜ですよねぇ。
ほとんど眠らせないで、瞑想していると仏が見えて来る…。

それって脳が睡眠とらないことによって疲弊してバグって見えるのでは…?な~んていうと
殺されそうですが、昔のお坊さんってこういう観想みたいな行をよくやられたようです。

こうやって人間を極言の状態においやることによって、別の次元に魂は移行してしまうという
そういうトリップをしてしまうらしい。

実際のこの行をやっておられた方は、三回ドクターストップをかけられたほどなんだとか。
そして十二年とはいうものの、後釜が決まらないうちは続けなければならないという掟により、結局二十年、行をなされたわけですよね。う~ん、人生の一番いいときをこ~んな地味で辛い行に耐え抜くその精神力っていったらないと思います。

あと、坊さんの衣装とか…。袈裟にも五条袈裟とか七条袈裟とかあるらしいです。
わたしが住んでいるのは西陣ですので、着物関係を生業としているおうちが多かった。
そこで「宗教衣裳」というおうちがあってそこの人曰く、
「坊さんの衣装ってすごくお金かかっているもんだし、なんかの法要があると、新調されて結構それで昔はもうかっていたんだけど、最近のお坊さんはそういうことはどうでもいいらしくて、衣装のことになると極端に吝い(しわい)」とボヤいておられましたっけね~。

私たちが連想するところの墨染の衣というのは、要するに作務衣よりもうちょっとマシぐらいの作業着なのだそうです。

ああいうので、法要するのはナシなんだそうです。ふうん。

知れば知るほど、興味は尽きませんね。
こうなったら、全く創作とは別なのですが、面白いです。


夫がこんなのどう?と見せてくれました。



美坊主図鑑~お寺に行こう、お坊さんを愛でよう

美坊主図鑑~お寺に行こう、お坊さんを愛でよう

  • 作者: 日本美坊主愛好会
  • 出版社/メーカー: 廣済堂出版
  • 発売日: 2012/03/01
  • メディア: 単行本



イケメンのお坊さんかぁ~。
まぁ、癒し系というのはわかるけど、「クリーミー系」とはどういう感じなのでしょうか?
クリームのように『濃い』北村一輝顔なのでしょうか?
あるいは甘~いお顔なのでしょうか?

ああ、どうしても読みたくなります。

んで、わたし、レビュー読むのも好きなんですが、
ポジティブなレビューより、ネガティブなレビューのほうが断然面白い。

>はっきり言って気持ち悪い。昔の美しい顔をされた僧侶が女難の相があるといって、自らの顔に傷をつけたりという話があるのに、この本に出てる坊さんは、俺ってかっこいいだろ的な顔で撮られている。坊さんやめてくれと思う。
こんな本を布教の一環などというのはやめていただきたい。仏教とは何の関係もない。坊さんコスプレのただのハゲたちの本。

ただのハゲたちの本…! 爆笑です。

>日蓮宗の糞坊主どもが釈尊と日蓮の遺言である戒律を破る破戒僧へと超変貌した証拠!
中尾堯が日蓮の遺文や生涯を研究しても、日蓮宗の坊主は学者任せのマニュアル坊主だ!
こうした事を俗世に顧み、出家後の妻帯を持つのも仏罰は免れない!
仏罰は生きているときに起きる現症で無く、死直後に起きる現症である!
鳩摩羅什三蔵を真似ても、鳩摩羅什三蔵のような僧侶でありながら翻訳したり、講義したり、説法できる僧侶は日蓮宗を含むすべての宗派に及び出来る僧侶は存在しない!
般若湯と遊蕩を好む日本の坊主には、糞坊主・海坊主の名が相応しい!

フフフ、激しくていいですね、こういうのも好きです。

たぶん、一回読んで「へぇ~!」でポイする本だとは思うのですが、中古で1円で売っていました。思わずぽちりそうで怖いです(笑)
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イイオトコの系譜⑤ [イイオトコの系譜]

前回までは理代子先生だったので、今回はなんにしよう。



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そうですね~、さいとうちほ先生の中の登場人物で行きましょうかね。


今回は三神弦です。



さいとうちほ先生との出会いは、わたしが30代になってからです。

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わたしの漫画人生を振り返ると、漫画に目覚めたのって結構遅くて、高学年ぐらいからなんですよ~。


「ベルばら」を真面目に読むことができるようになったのは小学六年生の秋で、そのときのことはよく覚えている。自分があるとき、目覚めたのね。ぱぁあ~っと世の中が開けたというか、大人になったって気がした。


一番最初に「ベルばら」を知ったのはたしか、小学四年生のころかなぁ。
週刊マーガレットに連載中で、オスカルがブイエ将軍に罵倒されたシーンを初めてみたのよ。
そのときはね、「なんだ、この人?」だったのです。
わからなかったのね、オスカルさまの事情が。


でも、小学六年生ごろになるとちょっと大人になってやっと、オスカルさまが実は女性っていうこともうけいれられるようになり、そして先生の大人っぽい絵柄と結構理屈っぽい世界観が好きで、憧れていたっていうのが、好きだった理由かな。




一方ちほ先生の漫画との出会いは、前述したように、わたしの息子が幼稚園のとき
ママ友さんが「これ、面白いよ」って『花冠のマドンナ』ってのを貸してくれたのが始まりだったんです。

このお話は、ルネサンス期のイタリアの話でして、結構少女漫画のど真ん中を突っ走っているじゃないか~って感じではあったんですが、どういうのかな、その中心にはちほ先生の美意識というか、生きる大義というかテーマが横たわっておりまして、それが結構骨太なのね。


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まぁ、花冠のマドンナの話はまた後日ゆっくりしようと思いますが、今日はね、
『花音』の三神弦についてお話しようかなと思います。


ちほ先生の描く男の人はひとことで言うと、「みんな悪者」です(笑)
魅力的な登場人物はもれなくエキセントリックです。

そしてね、物語って「あ、これってスポコンなんだ」とか「宝探しがテーマなんだ」とか
思わせておいて、途中でガーンと全く違う展開に突入っていうのが、よくあるパターンです。

なんだったかなぁ、ちほ先生のごくごく初期の作品でたしか、「もうひとりのマリオネット」ってタイトルだったと思うんだけど、最初読んでいたら、「これは『ガラスの仮面』のさいとう版なのかしら」とフェイントをかけて置いて、実はなんか人格分裂症の男の人に狂おしく主人公が愛される、みたいな話で、さいごどうなるのかと思ってハラハラしていたら、最後統合失調症がなおって、二つの人格が統合され、マイルドで素敵な人になっていました、ちゃんちゃん!とか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この話もね、そういうパターンなんです。
これね、タイトルが『花音』なんで一応、花音っていう女の子が主人公なんですよ。

で、導入部分がちょっと変わっていて、天童っていう新進気鋭のミュージシャンが
なんかのテレビ番組の主題曲をつくるために、モンゴルへ旅する。


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そしてそのモンゴルの地で出会ったのが花音ですよ。
モンゴルだから花音はモンゴル人なのかっていうとそうじゃなく、
花音のお母さんが世界を放浪してたどり着いて腰を落ち着けた土地がモンゴルだったというだけ。
花音は純粋な日本人だったのです。

でも、花音は父親を知らない。

まぁ、エキセントリックで魅力的な少女だったのですが、さらにびっくりしたのが、
花音は「えええ?」っていうほどヴァイオリンの名手だったのです。
ミュージシャンだった天童は花音の才能を惜しむのです。

「もっと専門教育を施せば世界に打って出ることもできるだろうに、こんなところで才能を埋もれさせるのはもったいないなぁ~」って思うのですよ。

ですが、話は半ば強引に急転直下。お母さんが急に死ぬんです。
花音に自分の父親は誰なのか教えることもなく。

でも母親は花音に常々いっているんですねぇ。
「あなたのお父さんは、あなたのヴァイオリンを聴いたら、きっとあなたのことを気づいてくれる」

天涯孤独になった花音は、天童と一緒に日本へ。
そして父親は誰なのかを探そうとします。

ただ唯一の血縁は北海道に住んでいる母親の妹に当たる人でした。
その人に連絡を取ると、彼女は非常に迷惑、といった態度で
「姉さん、つまりあなたのお母さんは本当に破天荒な人で、周囲に迷惑をまき散らす人だったわ、
もうこりごり。もうあなたたちとは付き合いたくない」と言って置いて
鞄から三枚の写真を出します。
「これは、あなたが生まれる以前に姉さんが付き合っていたといわれている男たちよ。この三人のうちのだれかがあなたの父親であるかもしれない、ってことぐらいしかわたしにはあなたに言ってあげられることはない」っていって去っていくんですよね。


確かに三人とも音楽家でした…。



いたずらに日々は過ぎていき、花音は少々焦り気味です。
あるとき、花音は手持ち無沙汰になり、つい弦をとって誰に聞かせるでもなく
街角でヴァイオリンを弾くのです。ドヴォルザークの『家路』を。


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その音にふと足を止めて声を掛けて来た若い男がひとり。
「きみ、その曲、かわったアレンジだね。君って日本人? なんて名前? だれにヴァイオリンを習ったの?」
それが運命の男、三神弦だったのですわ!


三神弦はまだ若い音楽家なのですが、もともとヴァイオリン国際コンクールを総なめにした、
クラシック畑出身で、今はジャンルを問わず、いろんな音楽をクロスオーバーにアレンジして
編曲、作曲、指揮もするマルチタレントな音楽家に育っていたのです。

加えて、生来人を惹きつけてやまない容姿端麗な男だったのですね。

ですが、この男、似ても焼いても喰えぬような、ナルシストなんですよ。
花音に声を掛けてきたのは、花音の美貌・才能を素早く読み取って、自分の手ごまとして使えそうだなと感じたから。決して義侠心ではないのです。

当時、花音の世話をみていた天童にこれまた非常に残酷なことばを浴びせるのですよ。
「きみが世話をしていたからって、凡庸な君に花音が育てられるとは思わない。時間の無駄だ。それよりもぼくが君の世話をしてやる、そのほうが双方にとっていいだろ?」

そういいながら、天童が一生懸命に番組のために作った曲を「まぁ、悪くはないけど」とかいいながら、ポンポンポンとアレンジしなおして「ほら、このほうがダイナミックでいいだろう? いや、クレジットはきみの名前にしといてやるから安心しろ」


…辛辣ですねぇ。天童もそこそこ才能はあるのですが、才能の規模が違う。ひとりは秀才、ひとりは天才。これって映画の『アマデウス』のモーツァルトとサリエリのやりとりを思い出させますね。男同士のマウンティングですよ。おれの方がお前より実力が上。だから女はおれがもらう。そんな感じです。

天童も悔しいけれど、たしかに三神が主催している音楽専門のアカデミーで勉強するほうが、花音のためにはなるんですねぇ。天童は花音のことを愛していたけれど、いや、愛していたからこそこの状況は決して花音のためにはなるまいと思って花音を手放す。

まぁ、そして花音は三神の庇護のもと、自分の才能を伸ばしつつ、父親さがしをするのです。

まぁ父親と目された人に当たるのですが、中には結構危ない両刀使い男もいたりして、助けに行ったはずの三神もターゲットにされたりしてなかなか大変だったりするんですよね。

一緒に協力して危機から脱した男女って仲良くなりやすい、とは「スピード」のセリフですが、うん、三神も花音もだんだんお互いを理解していくようになるんです。

三神がなぜあんなにも、利己的なのか。
それは父親がコンツェルンを経営している大変裕福な家に生まれながら、実は三神はその家の嫡出子ではなく、美貌の愛人の間の子に過ぎず、音楽でもやらせておけば、世間に対して見栄がはれるじゃないか、という冷たい計算のもとに教育されたにすぎないのです。

三神はぜいたくは知っているけれど、人の情けっていうものを全然知らない。
愛し方を知らないから、人は愛せないのです。

ですが、そういう心の凍った部分は花音の天真爛漫さ、天衣無縫さによって、少しずつ解かされていくんですね。

そして三番目のアメリカ人の作曲家が結局、花音の本当の父親じゃないかとほぼ確定されたところで、ふたりは幸せに酔いながら、結ばれる―。

ここまで読んで、「ああ、良かったなぁ」って読者は思うのね。
だけど、ここからがちほ先生の真骨頂ですよ。

実は、実は三神は多感な14歳のとき、憧れていた女性がいたのです。音楽ジャーナリストで、ずっと年上の大人の女のひと。

まだ世間ってものを知らず、才能は美貌はあるけれど、いや、あるからこそ、孤独な少年の三神を初めて愛してくれて、男女の道を教えてくれたのがその女性だったのです。まさかそのとき、彼女が自分の子を妊娠するとは夢にも思わなかった―。


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そうなんですよ、花音は三神の娘だったのです。
なぜこんなにも自分が花音に惹かれるのか。
それは、彼女が自分の面影を濃く、濃く映し出していたからなのです。
初めて会った時、弾いていたあの曲―。普段なら足を止めることもないはずなのに、
あまつさえ彼女に声を掛けたのは、自分の影をそこにみたのだと―。

う~ん、この奈落に落ちてしまうようなカタルシスはちほ先生ならではですねぇ。


禁忌を犯したふたりは、宿命に引き裂かれるのです。



ですが、それで終わらなかった。
三神は自分と花音のためにある交響曲を作曲します。

知らなかったとはいえ、花音とのことは「間違いでした」で終わらせたくない。
自分が生まれて来た意味、花音が生まれて来た意味があるはずだ。
二人の間には「男女の愛」ではなく、もっと密接に繋がれるものがあるはず。

三神のことばが読むものの心を刺します。
「また再び抱き合えば、一時は酔えるのかもしれない。歳をとって挫折を味わったおれにはおまえはなぐさめだ。だがそれだけじゃダメなんだ! お前も音楽家なら、わかるだろう? おれたちはそんなことよりもっと陶酔して没頭できるものがあるじゃないか!」と。

それが音楽。

音楽こそ、自分たちが生まれて来た理由。自分たちを繋ぐ橋。


再会したふたりは渾身の力を込めて共演するのですよ。
そのシーンは本当に圧巻です。
ふたりは苦しかった思いのたけをすべて音楽に昇華するべく、懸命に力を合わせるのです。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今の『とりかえ・ばや』の絵も端正でいいのですが、『花音』のときの絵のほうが
自分としては好きなのですね。

絵に勢いがあるの。

この頃はまだまだ、PCも今みたいではなく、せんせいは本当に努力、努力の人で
三神が指揮をしている姿をちょっとでも美しく描きたいってことで、
当時、指揮者として立ち姿が美しくてセクシーと言われていた人、うろ覚えなんで間違っているかもしれないんだけど、たしか、リッカルト・ムーティーの録画の「ここだ!」と思ったところを静止させ、それを出力させて、三神を描いたということです。

さいとう先生は常々「わたしは才能に恵まれていなくて、努力することしか能がなかったので」っておっしゃっておられますが、そういうひたむきさが、現役の最前線を今でも走っておられる第一の理由だと思いますね~。本当に尊敬いたします。







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できました! アンサンブル [雑文]

わたしには、とりあえず目標があります。
死ぬまでになるべく自分のやりたいことをやって悔いが残らない生き方をしたいっていうこと。

まぁ細かいことをいえばきりがないけど、
今年の目標は編み物でいえば、できるだけ多様なパターンのアラン編みの作品を作ること。

今年は必ずひとつ、文芸のほうで作品を作ること。
 ちょっと前までは、パワハラをネタにした作品を作る、と燃えていたのですが、これはもうちょっと客観的に俯瞰して見られるようにならないと書けないかも…と寝かすことにして
前々から幽玄能を下敷きにした作品を書いてみたいと思っていました。
 そしてできることなら、長編・中編じゃなくてぴりっと絞りに絞った短編にしたいと思うのですね。
 今までのようにダラダラ書くんじゃなくて、短歌のように言葉を選んで…。そして白黒だけのモノトーンというか水墨画みたいな印象の作品を作ってみたい…。
 うわ~、ここで今宣言した以上、やらなければならなくなってしまった…。がんばります。

そして、できるだけ名作というわれる文学作品を読むこと。
もしかしたら私ってすごく本を読んでいるんじゃないかと思われるだろうけど、実はそうでもないのです。若い頃って半村良みたいな本ばっかり読んでいて、俗に言われる名作なんてこれっぽっちも読まなかったの。で、なんでそういうのに目覚めたのかっていうと、『マダムX』を書いたとき、自分の教養のなさっていうのを痛感したのよね。実際に物語に関係なかったとしても、物語には骨子に当たる作者の視線というか、人生観みたいなものは必要なんだって…。

しかし、歳をとって来ると、たしかに若い頃さっぱりわからなかった感情も読めばしみじみわかるというような「理解力」はついてきているような気がするけど、いかんせん読む速度は遅くなったかなぁ~、あと集中力もないかも。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まぁ、こまごまと書いていてもきりがないので、先日、アンサンブルができましたので
ここにUPすることに致します。

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これは娘がイギリスにいる自分のハズバンドに会うために、今月渡英するんですよね。1週間だけなんだけど。それがイギリスって未だに氷点下らしい。すごく寒いらしいの。で、気分は春なんだけど、やっぱりごっつくがっしりした毛糸であったかい、というのがコンセプトです。

娘はそれが業なのかもしれないけど、お金があったら、ほとんど絵の具とか、自分の画業に使っちゃっていい洋服なんてもってないのです。

ま、かーちゃんの手作りなんかたかが知れているんだけど、ちょっとは向こうで一人寂しく暮らしているお婿さんにも可愛くみえるようにという親心でした(笑)
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春の花の到来 [雑文]

去年の秋に植えた白い西洋水仙がちらほらと開花しています。

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日本水仙とくらべるとちょっと肉厚な感じですが、それでも大変繊細で楚々とした素晴らしい花です。

こういう白い花って本当に穢れが無くて、透明感に溢れています。
エーデルワイスにもありますね、「クリーン&ブライト」と。
水仙やスズランもそうです。

香りも春の花特有の少しクールな香りです。

早春の花は本当にどれもどれも素晴らしい。

季節の中でわたしは早春が一番好きかな。
とても幸せを感じる季節です。

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なぜに、「ニセアカシア」? [雑文]

みなさま、こんにちは。日ごとに春めいております。

花壇に植えた西洋水仙がまさに咲こうとしております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、先日『ビガイルド』のトピを書いていたとき、
映画の冒頭に大きな木々のトンネルのシーンがあったのです。

それを「ニセアカシア」と書いて、ふっと手が止まったのでした。
「あれって本当にニセアカシア?」

いつもは読書感想でもきちんと本を見ないでいい加減に本文を書いているだらしない性格なのですが、時々はこんなふうにきっちりたしかめたくなることもあるんですね。

検索してみると、たしかにあの木は「ニセアカシア」のようだ。

このニセアカシアですが、いろんな種類があるのだけれど、紫色ではないけれど藤のような房があって、梅雨前の五月ぐらいに咲いています。街中でよく見かけるのは白い花を咲かせるもので、地味なんだけど、とてもいい香りがして、特に夜気によく香るような気がします。

アカシア2013-006.jpg

(たしかに葉っぱを見ているとマメ科の植物といわれるのがわかる。藤もマメ科らしいし、親戚っぽいよね)



で、ここですごい疑問を感じたのですよ。
なぜ、ニセアカシア?

偽物のアカシアってことだよね。
なんだかとってもニセアカシアと呼ばれているその木に対して失礼なネーミングだと思いませんか?

「なによ! わたしってニセモノなの?」
とニセアカシアが怒っているような気がする…。
なぜ、「ニセ」という不名誉な言葉がこの植物に使用されているのか?

これはどうも明治期に西洋から渡って来た植物らしく、はじめ「アカシア」と思われていたらしいんだよね。しかし、本当はアカシアではない、ということがわかって「ニセアカシア」となったとか。


なんだよ! 自分たちが間違っていたからって訂正した名前に「ニセ」なんてつけんじゃねーや!

じゃあじゃあってことで、いわゆる「アカシア」って本当はどんな植物なのよ?

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これですよ。
って確かめると、現在わたしたちが「ミモザ」と認識しているのがいわゆる本当の「アカシア」らしい。

たしかにね、葉っぱをみるとギザギザの葉っぱなので、「ああ、違う植物なのだな」ってわかる。だけどこの写真をみると考えさせられる。これって「ミモザ」の木の葉っぱと違うよね。黄色いのはミモザっぽいけど、葉っぱは「ニセアカシア」っぽい。ここらへんが混乱する大元だったような気がする…。この木は本来いうところのアカシアなのか、それともニセアカシアなのか…。

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(花はともかく、葉っぱはニセアカシアに似ているので、明治の学者が間違えたのもなんだかわかるような…?)



じゃあってことで、アカシア=ミモザなのかしら?
と思っていると、実はそうではなく、イギリスが南フランスからアカシアを輸入したときに、
「アカシア」と言う名前ではなく「ミモザ」として取り扱っていたんだとさ! 本当のミモザといわれる植物は実は他にあって、「オジギソウ」なのだそうです。

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オジギソウってピンク色なんだよね~。やっぱり葉っぱが、現在ミモザと呼ばれているものに似ている。ギザギザの葉っぱなんだね~。オジギソウってなんで「お辞儀」っていうのかっていうと、触るとこの葉っぱが閉じるんだよね。
で、「ミモザ」って言葉はどうも古代ギリシャのパントマイム「ミモス」から来ているんだとか。なるほど。語源でたどるとオジギソウはミモザっていうのはわかるよね。


なるほど~。昔、オランダのヒンデローペンっていう絵付けの習い事しているときに、なぜかミモザはピンク色で描き入れていたので「なんでだろ~」って疑問だったのよね。本来ミモザはピンク色だったんだ!疑問がひとつ解けたよ。

本来ミモザがピンクだったとしたらミモザサラダなんかはどうすればいいの!




…なんじゃこりゃ?

みんなボタンの掛け違いのように、間違っておるじゃないか?



じゃあじゃあ、本来ミモザと呼ばれていたオジギソウはオジギソウで、
本来アカシアなはずのミモザはミモザで、
そしてニセアカシアはアカシアにすればいいのですよね~。
(ニセアカシアは本当はハリエンジュというらしいけど、誰もそんな名前知らね~)

…みんなもとには戻れない(笑)


よく街で売られている「アカシア」のはちみつは、実は「ニセアカシア」のはちみつなんだって。
ニセアカシアのはちみつっていうと、なんだかイメージ悪いってわかってるんじゃん。


あの木が「ニセ」と呼ばれる理由はなくなりました。「ニセ」ということばはこの植物を不当に貶めている。単に「アカシア」って読んであげてください。



植物には罪はない。




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『ビガイルド ~欲望のめざめ~』 [読書・映画感想]

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みなさま、こんにちは。
今日の京都は本当に日差しが明るいです。

こんなふうに日差しが明るいだけでも心が明るくなる、
人の気持ちってそんなもんなのですね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、昨日、映画を観て参りました。
タイトルは『ビガイルド 欲望のめざめ』です。

これ、タイトルだけみたら昔の日活のロマンポルノみたいです(古いね~)
そもそも、ビガイルドって何よ?
beguile は動詞のようです。
欺く、だますという意味が第一義で、それでもって魅了する、楽しませるという意味もあるらしい。

タイトルは beguile の過去分詞 beguiled ですね。

和訳すると「欺かれた人」になるのかもしれないけど、前述のとおり、欺かれたんだけど楽しませてももらうっていう意味です。

訳しようがないのかもしれないけど、ビガイルドだけじゃなぁ~。



この映画をみて改めて思ったんだけど、人間は男も女も両方いて初めて精神の均衡が保てるんですよ。
男ばっかり、女ばっかりという環境がいかに不健全か。


おしゃれも、ごちそうも異性がいてこそ、なんですねぇ。
そして、「性的欲望」というか欲求というものも、人間にとっては
非常に大事な生きるツールなんだってことです。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

冒頭は黄金色の房がいくつも重なったニセアカシアのトンネルから始まるんですよね。
そこにまだ十歳ぐらいの女の子がひとり。

ときどき地面にしゃがんでなにかを引っこぬいて、立ち上がり、しばらく歩いてまたしゃがんで、を繰り返しているのです。

そんな夢のような美しい光景から始まるのですが、なんとなく不穏な空気も隠れているのでした。
女の子は何をしているのかというと、キノコを採っていたのですね。

時代は1860年代、アメリカ。そう、南北戦争の真っ最中なのでした。
場所は南部。男たちはほとんど戦争へ駆り出され、女だけでその銃後を守っているのです。

キノコ採りの女の子はそうやってひとつ、またひとつ、とキノコを採っているうち、気の根本に負傷して動けなくなっている男を発見したのです。

服装をみれば、男は北軍。敵です。
しかし、南部はカトリック信仰の篤いところ。たとえ敵であっても負傷している男を見殺しにしてはいけないと少女は思いました。

それで、学園長のマーサ先生とエドゥイナ先生、そして自分を含め五人の生徒ばかりが残っている女学校へと男を連れて行くのです。

初め、女たちの負傷兵に対する態度は冷ややかなものでした。
「はっきり言って、あなたは敵です。キリスト教徒としての温情でもって、傷が快復するまでおいてあげますが、とっとと出て行ってほしい」とマーサ学園長はいうのですね。

マーサ学園長はニコール・キッドマン。この人って不思議な人で若い時より、どんどん綺麗になっていく女優さんです。結構身長も180センチと大きいけど、外人特有のゴツさというものを感じさせない。きゅっと細いウエスト。まっすぐに伸びた背筋がなんとも美しい。それに声もかわいい。彼女の映画を観るたびに思うんだけど、声の調子とかが松嶋菜々子を思い出させるんだなぁ。


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毅然とした態度を崩さないマーサ先生。

そして、生真面目なエドウィナ先生。「ものごとはすべて美しくあれかし」を地で生きているような先生。筆記体の e の文字ですら、なおざりに書くことを許さない。

そして一番年長で早熟な美少女アリシアをエル・ファニングが。
平和な世の中だったら、すぐに男の子と仲良くなってできちゃった結婚するようなタイプかな。
まぁ、こういうタイプの女の子はいつの世にもいるかなぁ。そうは珍しくない。


ですが…、この北軍の敵兵、マクバニー伍長にコリン・ファレル。
コリン・ファースと違うのか…。紛らわしいです。この人の映画、以前見たことあるかなぁと思って調べてみたら、見事に全く見たことがありませんでした(爆)

ハンサムなんだろうけど~、なんていうのかなぁ、いわゆるサルっぽい顔っていうのか、ちょっとわたしの苦手なタイプのハンサムさんでして、みているうちにかっこよく見えてくる、ってことはまったくなく、初めから最後まで「は、猿がお」だと思っていました。

このマクバニーがなんというか、したたかというか、よくわかっているんですよ、この状況を。
普段だったら、自分なんて洟も引っ掛けられない人間であることを。

しかし今は非常事態です。彼女たちはある意味で「男」に飢えている。
飢えているのだから、満たされれば多少味が悪くてもいいのですよ。
そういう状況であることを理解しているんですよ。

で、そういう彼女たちの「飢えた」状態を利用するんですね。
優しい感謝のことばとか、男らしい振舞いみたいなもんで。

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そして最初はそういう気持ちじゃなかったんだろうけど、伍長はだんだんとそういう女たちより心理的に有利な立場に立つと増上慢になって、彼女たちを支配する楽しみを覚えるようになるんです。

なんていうのかな、そういうプロセスがこの映画の一番の見どころなんじゃないかなって思うんですよ。揺さぶりをかけられるっていうのかな。

しかし…、そうやって増上慢になった伍長は、とうとう限界を越してしまうんです。

あんまり説明しすぎるとネタばれになっちゃうんだけど、伍長が豹変するサマが本当に恐く、『シャイニング』に出て来るジャック・ニコルソンばりなんですよ。
見ていて、ひぃ~ってなります。

しかし女性軍もさるもの。泣かされて怯えているばっかりが能じゃないのですね!
そして、そのとき、女七人が結束してとったある作戦とは…。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これってかの有名な『風と共に去りぬ』と同時代を描いた映画なんですね。
風はひたすら、ゴージャスなスカーレットの人生でしたが、
この映画ってもっと繊細。

主要な女性三人がみんな金髪で、それでもってみな白い服を着ているんですね。
ちょっと、昔のオーストラリアの映画の『ピクニック・アト・ハンギングロック』に通じる雰囲気もあります。

これね、はっきりって映画のスクリーンじゃないと面白くもなんともない映画だと思う。本当に微細な心の表現をついた作品だと思うし。


ぜひぜひ、スクリーンで…。






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もし、孤島に本を一冊だけ持って行くとすれば…。 [雑文]

と標題のようなことを誰かに訊ねられたすれば、あなたはどんな本を持って行きますか?

まぁ、いろんな答えがあると思います。

ですが、わたしが思うに、小説だったらどんなすごい作品だったとしても、
十年も読んでりゃ飽きると思うんですよね。

ですが、これはどうかなと思うのですよ。
高校の古典の教科書。

高校の現国の教科書も、なかなか捨てがたいもんがあるのね。

どの教科書にも言えるのだけれど、ぎゅ~っと美しさのエッセンスだけが詰まっているというか。
もうこれ以上削ぎようがないというか。

ですが、現国よりさらに昔の銘文ばかりが選りすぐって載せられているってところに、
僅差で古典の教科書が勝っているかなぁ。

一冊だったら、古典にするけど、何冊かだったら、
高校の現国、古典、漢文にするなぁ。

数1の教科書なんかも捨てがたいんだけど、(演習問題解いてるのは結構な時間つぶしになると思うし)

だけど美しさという点においては一頭地抜き出ているんじゃないかな。

たとえ、どんなに田舎で、めぐまれない環境に住んでいても、少なくともこの古典を理解して諳んじられるようになれば、きっと世の中に出たとしても無知だということで、軽んじられることはないだろう、という教科書を作った人の愛すら感じられる。

さほど厚くはない一冊。兼好法師の徒然草の、平家物語の冒頭、宇治拾遺物語、大鏡、江戸時代に書かれた評論、世阿弥の風姿花伝、などなどなど。これを若い時代に意味はわからなくても、何度も音読して自身の身体に身に着けていたなら、生涯の宝を持っているのと同じことになるだろうなぁとも。

しかし、そういうことはたいていの人はしないで、
通り過ぎていっちゃうもんなんですね。

「少年老い易く学成り難し」

まさしく、このことばをかみしめるのです。





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子供のトラウマとなった『ノートルダムの鐘』 [読書・映画感想]

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さて…かなり日も長くなり、
気温も三寒四温を繰り返しながら少しずつ春の気配も濃くなりましたね。

わたしは一年中で今の季節が一番好き。
楽しいことが待っている、待っていてくれている、そう遠くない未来に。
そういう気分が日差しにも吹く風にもはっきりとわかるからです。

春の野の花はピンク色と思われるかもしれませんが、
それは櫻の影響が強いからでありまして、実は野には黄色や紫の花のほうが多い。

黄色と紫色の組み合わせのフラワーアレンジメントを見ると
「ああ、春の色だなぁ」と嬉しく思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、先日、いつものごとく編み物をしていました。
編み物は結構複雑な模様を編んでいることが多いので、専らヒマな耳に
楽しんでもらおうということで、
たいていはyoutubeでラジオの収録の再生とかあるいは、音楽を聴いています。

この間、夫が思い出したようにディズニーアニメのサントラを次々とかけていました。
初めは『美女と野獣」そして『リトル・マーメイド』
アラン・メンケンの曲が非常にハッピーな気持ちにさせてくれます。
サントラですので、一応全部のシーンが収録されておりまして、
闘いのシーンもきちんと聞いていてわかるのですね。
勇ましいのです。でもそうはいってもおとぎ話の闘いですので
コミカルでもあるのです。(まぁ、タコのアースラのうたなんかは、ちょっと怖いけど)

そして…三番目に夫は、大コケにコケた『ノートルダムの鐘』のCDをかけました。




やっぱり前の二作とは明らかに曲のトーンが違うんですよ。

グレゴリアン・チャントっぽい歌声に始まりどんどん聞いていると
「これは…オーメンか?」みたいなおどろおどろしい音楽に変わっていくのですね。
今まで何度となく聞いてきて別に違和感も覚えなかったのですが、
改めて「この映画はちょっと…かもしれないなぁ」

狂言まわしのクロパンの歌が本当にすごくて、いい声なんですよ。
そして表現力もある。そして声量もあるんですよね。
まぁ、ディズニーの声で下手な人は一人もいませんが。


音楽はともかく、話がね、すごくブラックなんですよ。


時代はまだ中世なのかな。
パリに住んでいるジプシー軍団と、パリの判事フロロー。

ひょんなことで判事フロローは街中でジプシー女を見つけるのです。
彼女は胸に大事そうになにかを抱えていました。

強欲なフロローは、高価な何かだと思い、その女を追い詰めるのです。
ですが、フロローはセーヌ川の中州にあるノートルダム寺院の前でその女を殺し、
抱えていたなにかを取り上げて中身を確かめます。

それは、赤ん坊でした。しかも、その子は健常児ではありませんでした。
「なんだ、こんなもの。ジプシー女のかたわものの赤ん坊など!」
フロローは迷うことなくその赤ん坊を近くの井戸に捨てようとするのですが、
そのとき、寺院からひとりの僧が出てきてこういいます。

「おまえがしていたことは全部神さまが見ておられたのだぞ。はずかしいとは思わないのか。
畏れ多いとは思わないのか。神の家の前でおまえは、また人殺しを重ねようというのか?」
と詰め寄るのです。

しかたなく、フロローはその赤ん坊を引き取り、このノートルダム寺院の中で育てるのです。
(なんで引き取りながら、ノートルダム寺院で育てるのかがイマイチ解らないのだけれど、そこは深く追求しないでおきます)


時代が経ち、赤ん坊も青年となりました。そしてノートルダムの鐘を毎日撞いているのです。
ある日、パリの街はお祭りです。トプシー・ダービーデー(さかさまの日)
一番身分が低い人間が敬われる日なのです。

いつもはひっそりと暮らしているジプシーたちはこの日とばかりにはしゃいでいます。

みんなきらきらした美しい衣裳を着て踊っていました。
その中に目も覚めるような美少女がいたのです。
彼女の名はエスメラルダ。
その名の通りにその瞳はまるでエメラルドがはめ込まれたように、輝いていました。

ですが、せむしの赤子を殺めかけたフロローが彼女の魅力的な姿を見て、よこしまな思いを抱くのです。

で、なんていうのかな、ここが非常に中世的な観念だと思うんだけど、
フロローって自分が常に正しいと思っていて、その信念がいつも揺らがないのですね。

美しいジプシーの少女に肉欲を抱いて、それをセーブしきれずに強姦しようとするのは、
それはフロローの精神力が弱いからであってエスメラルダのせいではないはずです。

ですが、フロローって自分の立場が悪くなると、「ジプシー女こそが自分を罪に陥れようとする勧誘者であり、彼女の存在こそが罪」というのです。
まぁ、中世ってそういう時代だよね。


で、エスメラルダはたちまちおたずねものとなり、逃げ惑うのですが、最後にはノートルダム寺院に逃げ込むのです。

教会は当時は一種の治外法権の場といいましょうか、アジールですので、ここで「サンクチュアリ(ここは聖域)」と言えば、法の手は及ぶことはありませんでした。


まぁ、話は非常に複雑で込み入っているので、これぐらいにして
私、この話非常に好きだったんですよね。
絵柄もわりとシリアスでエスメラルダも非常にきれいに描かれていた。

ですがね、このアニメ大コケにコケてディズニー存続の危機に陥れた、という作品だったらしいです。

なんでだろ、と思っていたら子供たちが
「いや~、あれは子供が見て非常に恐ろしいアニメだったよ!」
「そうやで。カジモド(主人公の鐘つき男)がトプシーダービーデーに、「醜い人間コンテスト」で一位になって、皆から称賛されていたかと思ったら、急に憎悪の対象となって、公開リンチみたいになる場面なんか見ていて背筋凍ったわw」
「そうや、あれはトラウマやったな~」
「そうやで、あんなん親だったら子供に見せるべき作品ちゃうやろ」

…すみません。わたしは個人的にこの話好きだったので、劇場でも見たし、LD(当時はレーザーディスク)も買ってみていたのだけどなぁ…。

「それにね、陽気に歌を歌っている狂言回しのクロパンもさ、いい人そうにはじめは見えるけど、実は残忍な性格やってことがわかってくるねん。こんなん子供には理解できないよ」

う~ん、それはそうかなぁ。

でも、わたしはこういったアウトカーストのお話はみょうに魅かれるんですよね。

興味を持たれた方はぜひご覧になってください!




劇団四季ミュージカル「ノートルダムの鐘」オリジナル・サウンドトラック

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  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: WALT DISNEY RECORDS
  • 発売日: 2017/03/15
  • メディア: CD



ノートルダムの鐘 [DVD]

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あたまの老化 [雑文]

最近、めっきりと自分のあらゆる面で劣化というか、老化が進んでいるなぁ~と
感じることが多いです。

ま、外見もそうですが
アタマのほうね、これが最近すごくダメになってきた。

わたしはもともと結構集中力があるほうなんだけど、
最近、ある一定の時間を過ぎると、
頭にバグが出まくって、ミスしまくるということがわかりました。

かつては編み物をしていても、いつまでも編めそうな感じだったのに、
最近は、「ああ、疲れたな」と思うと
もう駄目。

なんだか頭がさえているときには、考えられないようなミスをするんですねぇ。

表か裏かも間違えているときあるし~。

そういうときは本当に愕然とする。



まぁ、それでも若い時には培うことが出来なかった
要領のよさとか、「まぁ、いいんでないの。そんなんで」みたいにフレキシブルに
考えることもできるようになったんで、一概に歳をとるのが全部が全部悪いわけではないのですが、
なんか考えさせらられます。
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『とりかえ・ばや』完結! [読書・映画感想]

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素晴らしいです!

昨日とうとう、さいとうちほさんの『とりかえ・ばや』の完結を読みました。


とりかえ・ばや 13 (フラワーコミックスアルファ)

とりかえ・ばや 13 (フラワーコミックスアルファ)

  • 作者: さいとう ちほ
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/02/09
  • メディア: コミック




このお話はね、古典から来ておりまして、原作っていうものがちゃんとあるのですよ。
ですが、さいとうさんにかかるとこんなに乙女心がキュンキュンするお話しに変わってしまう。


つまりですね、あらすじはみんな知っているような話でも、見方や演出などで
個性が違えば、全然感触の違うお話になってしまうということです。


左大臣の若君と姫君が男と女という立場を入れ替わるのだけど、
最後はまた元の通りになり、

若君は内大臣となって、姫君は女御から皇子を産み参らせて中宮として立つという
出世物語なんですよね。

さいとうさんにかかると、どんな人物もそれぞれの人生があって
それぞれの悩みがあって、それぞれの夢があって、正義もある。

というふうにトルストイもびっくりの群像劇になってしまうのです。

主軸は姫君と主上の恋なんだけども、
その次に若君と女東宮の恋がきて、
ほかにもいろいろと小さな輪がくるくると回っているような感じ。

男装した姫君に懸想して孕ませた男で、石蕗(つわぶき)っていうのが出て来るのですが、
彼でさえ、憎めない男に描かれている。
こういうの、すきだなぁ。勧善懲悪ではなく、それぞれ短所も長所もあるように
描かれているのがとても惹かれます。


途中から主上が姫君を寵愛されて、「ああ、このふたりは結ばれるんだろうな」ってことは
結構早い段階でわかるわけよ。

わかるんだけど、どういうからくりを経て、御上はこのふたりの「とりかえ・ばや」を
納得されるのだろう、というところが肝だったと思うわけですね。


うん、こうきたか!さすがさいとうちほさんだなぁ、ととても感心してしまいました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

わたし、最近しんどいと小説の世界に入っていけないことがあるのよね。
そして、漫画も読めないときもある。

しかし、そういうときでもさいとうちほさんだけは別!


もうどれだけさいとうさんの漫画に人生を応援してもらったことか。

本当に大・大・大好きな漫画家さんです。

また、胸きゅんきゅんする作品をたくさん描いて欲しいです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以前の感想はこちらから。

その1
http://sadafusa.blog.so-net.ne.jp/2014-06-21

その2
http://sadafusa.blog.so-net.ne.jp/2015-10-01-1
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注文していたバラが全部到着しました。 [雑文]

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秋に注文していたバラが、ばらばらばらと、
最後にドッカンと三つまとめてやってきました。

初めは、ルシファー、
次はオルフェオ、
そしてオスカル、

最後は、ステファニー・グッゲンハイムとベラドンナとガブリエルです。

最後の三つなんて何を頼んでいたのか忘れていて、
夫に「何が来たの?」と訊かれても、
「え~と、名前難しいから忘れた」
とほほ~、歳はとりたくないですねぇ。

ほとんど日本の薔薇なのですが、ステファニー・グッゲンハイムだけはドイツの薔薇かな。
ドイツの薔薇も結構端正でいいです。

最近の日本の薔薇は、昭和の頃の薔薇と違い、結構センスがいいんですよ。
色や形も成金ぽくなくっていいです。

「わぁ~、たくさん来たなぁ」と喜んでいると、
同梱していある明細書と共に、河本バラ園の新作の薔薇のちらしが入っていました。
これがまた、めっちゃくちゃかわいいのです。

ローズ・ド・メルスリー・シリーズだそうです。
意味は「手芸屋さんのばら」なんだそうです。
パリにあるような手芸屋さんのアンティークなレースや綺麗な色のリボン・糸・ボタン・ビーズなどを
イメージしたバラ」なんだそうです。
フィレール、ブロドリー、クロッシェ、モチーフの四つ。

わたしはクロッシェとブロドリーがいいなぁ~と思いつつ、
ああ、もう場所がないかも…。


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でもね~、
河本バラ園のバラさんたちは、とっても繊細で育てるのが難しいんです…。

秋にお嫁に来たルシファーちゃんもちょっと剪定で失敗したかも(汗)
寒いのでなかなか芽吹かなくて…。

ここのところ、新しく来た人たちは寒さになれてないかもしれないから
昼間のあったかい時だけお外にだして、寒くなると玄関に新聞紙をしいて
避難してもらっています。

とはいえ、こういう悩みって悩み自体が贅沢なもので、
幸せを感じる一瞬でもあるのですねぇ。


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