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ouge de Sang12 [マダムXの肖像]

今、この小説、よく読んだら、すごい場面ですね。笑

当時はね、こんな恥ずかしい文章書いていて、犯罪やわ~~っていうか
親が見たらなんていいうか、って思っていたのを記憶してます。

自分が妄想していることを、そのまま妄想の形のまま文章に表すと
ものすごく恥ずかしいけれど、そこに客観的な思考を入れて
書くのが、ちゃんとした作品なんだなってこのとき、思い知らされました。

でも、やっぱり今でも、ラヴシーンというか官能的な描写は
ものすごく緊張するし、ことばを選びますね。


漢字の語源事典なんかよんでう~んと考えていたりします。


よろこび、は悦び、喜び、歓び(慶びはこの際置いておく)
と漢字に置き換えられますが、



悦と歓はどう違うのか、とか
いろいろ思いますよ。

だからといって、難しい漢字をやたらと使うと読みにくいし、
(自分ですらあとになって読むと読めなかったりするし… 笑)

本当にきれいな文章っていうのは、目標だけれど、ものすごく難しい、
それだけに、自分で納得できる文章が書けたと思えたときは、
天にも昇るほどうれしいものです。
Sargent-reading-book.jpg








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ouge de Sang12 [マダムXの肖像]

昔の自分の小説を読んでいると、
このときはこのときで
大変だったなぁと
ふと懐かしく思い出します。

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歴史的ことば遣い [インスピレーションのみなもと]

18世紀のフランスの物語を書いているといっても、
それは日本語で書いてあるのであって、

フランス語と日本語はその文化的背景も
言語としての組成もまったく別のものですね。

ですから、日本語=フランス語にはなりえないのです。

ま、わたしフランス語ほとんどしらないから
あんまり偉そうなことは言えないんだけど…。

で、思うこと。

まだ自分が小さい時、ベルばらのオスカルさまの話ことばを
読んでいた時は
「あ、この人は男のふりしているから男ことばなんだな」
であっさり了解していたのね。

でもさ、アニメの田島令子さんの話すことばを聞いていると
「それはもしかしたら、間違った解釈かもしれんなぁ…」とね。

というのも、アニメのオスカルさまって
たしかに「ナントカだわ」とか「ナントカね」みたいなことばは使わないけど、
でもね、よく考えてみたら、江戸時代には「女ことば」って存在してなかったのね。

で、オスカルさまってフランスの大貴族っていう設定じゃない?
ってことはさ、オスカルさまって日本の江戸時代に置き換えると
まあ、近衛隊の将軍の家の娘じゃない?
ということはね。旗本の娘でさ、たくさん家臣がいましてね、
「おひぃさま」って呼ばれる存在とまったく変わらないわけですよ。

でさ、そういう家格の高い権門の家の姫君は、まぁ、武家の娘なので
ことばは、
「そうか、ではそちの思うところはっきりと申せ」
とかさ、
「あい解った」
とかさ
「なんじゃ?」
とかさ、
「左様か」
とか
まぁ、田島令子さんがお話しになるセリフとあんまり変わらないわけですよ。


でさぁ、それはまぁ、家臣に姫君として使うことばだけど、
目上の父君の将軍だったりすると

「父上、かしこまりましてでございまする」
とか
「おおせのこと、しかと承りました」
とか
「お気をつけていってらっしゃいませ」
とか
「ただいま、まかり越してでございます」

とかさ…。こんな感じだよね。




「なんじゃ?」とは言わないけどさ。「なんだ?」じゃん。
だからね、これがことさらに男を装ってしゃべっているんだと
解釈すると、なんか足元すくわれて、転んじゃうことになるんよね

「男装の麗人だから男ことばなんだ!」
って思うこともあながち間違いじゃないけど、
でも、こういうふうに武家の姫君だったら、男女差のあることばを
使わなかったと、考えてみるのも物語を深める上では結構役に立つ。


わたし今回、劇中の終盤で、オスカルさまが旅のロマと出会う場面がある。
ロマは最初、オスカルを男だと思っているので、
「お殿さま」って呼び掛けているの。で、ふと女であることに気づいて
呼びかたを変えるのね、「奥さま」って。

これね~、結構考えたんよ。

というのは、そもそも「奥さま」というのは 家の奥深くにいる貴い人って意味じゃん。

で、既婚か未婚かってそういう問題じゃないと思うんですよね。

いくら、オスカルさまが30過ぎて未婚であっても、
ふつうの人はオスカルさまに「マドモアゼル」って呼び掛けたら、
半殺しの刑だと思う。

身分が重々しい人だったら、未婚だろうが着こんだろうが、「マダム ma dame]
英語でいいうところの「ミレディ mi lady」すなわち「わが君さま」でしょうよ。
ダームというのも、もともと貴婦人っていう意味だし、
ほら、「椿姫」っていうのも「ダーム・カメリア」であって
日本だと「姫」って言葉じたいが「未婚=若い娘」って連想しがちだろうけど、
それってちょっと違うんじゃないかと思ったりするんだよね。



フランス王室もたしかめんどくさいしきたりがあって、
未婚であっても内親王さまだったらマダムなんとかって呼ぶみたいだし。

時代によって違うのかもしれないけど、宮廷でふつう「マダム、ムッシュー」と呼ばれるのは
オルレアン公夫妻だけとかさ…。(これはよく調べてみないと、断定できないです)



ジェローデルが「マドモアゼル」と呼びかけるのは、
自分と同等の身分であって、しかも相手が恋愛の對象として見ているから
「マドモアゼル」なんだと思う。


なんというか、語源を探っていくと一筋縄ではいかないことが
多々あって、それはそれで結構悩むんだけど、それだけに面白い、と思う。



ouge de Sang11 [マダムXの肖像]

「前回」はあまりにレスポンスが少なくて
かなりおちこんでいたのですが、
それでも7人の人がカキコミしてくれました。

カキコミしてくれた人、本当にどうもありがとうございました。

みなさん、それぞれ立派な文章をお書きになるのに、
「文章がそれほどうまくないので」と但し書きをつけておられました。

いえいえ、みなさんすごく上手でそれも、結構長い文章を書いてくださいました。

よく考えたら、あそこに書いてくださった方たちは
そうはいいながらも文章がみなさん上手だったので、
それほど文章を書くことに抵抗がない人たちだったのだろうな、
という気がしました。

でも、やっぱりもっと苦手な方もいらっしゃって
どうもああいうところで書くのは苦手でという
人もいるかもしれないなぁと思ったわけです。


世の中、文を書くのが苦手でああいうカキコミが残る場に
書くことがどうしても抵抗がある、という人も
いるんだな、ってことに気がついたからです。

ここってメッセージ機能がないんですね…。


でも、承認しなければ画面に表示されない、という機能があるんで
そこに、よろしければ画面に表示しないでください、とかいてくだされば
公に表示しませんので、要望を書いてくださってOKです。



やはりこれらの勇気ある人たちの好意に応えなければなぁと
いう気になってきました。

でも、やってみて良かったです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

話は変わる

最近、「最後の秘境 東京芸大」って本が流行っているのだそうですね。
わたしの娘夫婦もふたりとも芸術家で
娘は日本画家、義理の息子はイラストレーターなんです。
義理の息子はここのOAの絵も描いてくれました。

たしかに、この人たちは絵でご飯食べているだけあって、
根性が並みじゃないです。

美大を出るくらいなら、まぁ出来るんですけど、
これをメシの種にしてるんだから、まぁすごいすごい。

娘はデパートを中心に巡回するユニットに参加していますが、
もう作らねばならない作品の数の多さとか、半端じゃないし、
こんなことするくらいなら、ふつうにバイトしているほうが
どれだけ楽かって思います。

でも、めげないんですよね~。
一緒にユニットしている方は、その方なんかは本当に東京芸大卒ですが、
ものすごい美人さんなのに、ある人を好きになって
そんな人なんか好きになっている場合じゃない!とかいって
自分の頭をバリカンで剃って気合入れなおして絵を描いていたっていうから

ま、そういうこと考えて読むと、
サージェントもなかなか苦労してますよね。
この人、このマダムXさえ、描かなきゃ、フランス画壇で
楽々と暮らしていけたのに、って思いますよ。




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ちょっと寂しいかな…。 [雑文]

という心境なんですね。
季節的に気持ちが不安定ということもあるんだけど…。

わたしは、基本的には行動はひとりでしかしません。
なんでかっていうと、自己肯定力がものすごく低いので、
他人といるといつ自分が否定されるんじゃないかと
ひやひやしているので、リラックスできないからです。

だから、結局「ぼっち」が基本なのよね。

趣味も、ひとりでできることしかしたくないんですねぇ。

わたし、趣味のひとつに「編み物」っていうのもあるんだけど、
この間、そのニットの先生とふたりで話し合っていて、
「結局のところ、編み物っていうのもどこか心が病んでいる人がすることよね」
っていうのにひどく納得してしまった。

そう、そういう意味では「小説を書く」っていうのも
どこか心が病んでいる証拠だと思うんだよね。

だってさ、リア充できている人だったら、
小説なんかバカらしくて書いてられないと思うのね。

ま、小説もいろんな小説があるから、一概にこうとは言えないけど、
わたしは自分の作った世界に逃げ込んでいると思う。



小説を書いているときは、ものすごく辛くて
「これを最後まで書き上げられなかったらどうしよう…」とか
「あしたPCに向かって、一行も思いつかなかったらどうしよう…」って
いつも冷や汗たらしてるんですよね。
(お金もらっているわけでも、誰に制約されているわけでもないのにね…。
 まぁ、いわば自分を裏切るのが一番イヤだからなんだと思うんだけど…)

そうやって書いてもダサすぎて
「こんなん誰が読んでくれるねんな!」と思って
一万字一瞬にしてデリートなんてのは、日常茶飯事でしたが…。

でも、いつも「書き上げるまでは!」と思って頑張ることができるのよね、
どういうわけか…。

途中で放棄しようとは思わないもんで…。



書いているときは、本当にアドレナリンがたぎっているっていうか
自分の作った世界でありながら、自分でどっぷり浸かって抜け出せないことがあるんよね。
永井豪先生が「デビルマン」を書き終えたのに、
そのあと、毎日毎日、世界が崩壊する夢から離れられなくて
非常に苦しかった、っていうのを読んで、「さもありなん」って思うもの。

わたしなんか二次小説のくせに、自分が何度オスカルさまになりきって
もうすぐ自分が死んでしまうと思って、
アンドレが…アンドレが…。って夢の中で泣いてるのよね…。笑
どうしよう、なんて言おう、もうすぐ死んでしまうのに…。
って悩んでいるのよ。りある~っ!!


小林真央ちゃんとかさ、可哀そうな記事読んでいると、
さぞかし、真央ちゃんはエビさまを残していかなきゃならない苦しさっていうのが
あるだろうなぁ、ってものすごく思う。
自分が死んでしまったら、どれだけあとに残された人間の心に癒えない傷が残るかって
思うと死ぬに死ねない気持ちになるだろうなって思うよね。


それくらい、同化していたってことよ。






でもさ、昨日、『期間限定』でUPしたけど、
あまりにレスポンスの無さに、なんだか非常に寂しくなったのは確かなのね…。


なんだか、UPしなきゃよかったかなぁとか感じて…。

ロムして読んでいる人は多いみたいだけど、
だからと言って、面白いと思って読んでるんだか、
「なに言ってんの~、アホか~」と読んでいるのか
そりゃ、こっちにはわかんないもんね。

なんかさぁ、何億光年も離れた明るい星雲を見て、
「これは、何億光年も前に爆発した光が、今わたしたちの目に見えるんだよ」
みたいな、なんかひどく覚束ない気持ちになるんですねぇ。

レスがあったとしても、
「あっという間に読めてしまいました、次読みたいです…」とかさぁ。

そりゃ、次があれば読みたいのはわかるよ。
だけどさ、せめて内容に触れてくれてもいいような気もするんだけど…。

ま、なんていうのか、わたしは普通の方の感性とはかなり違うようなんで
読み手もそれは解ってらっしゃって、言いにくいっていうのがあるかも。


なんか新しく書いたはいいけど、UPするの、やめようかなぁと考えたりしてます。


とりあえず、今は保留ってところかな。

っていうか、このブログ自体、最近、嫌になってきてたりするんですよね。
なんていいうの、ほかの創作二次の方のブログとかさぁ
和気あいあいとやっておられるのを見ると
いいなぁ~ってマジ思っちゃう。

でも、こういう寂しいブログになっている一因というのは
絶対にわたしのこの性格にあるっていうのは解りすぎるくらい、解っちゃいるんですが!


あとさ、すご~~いベルばらファンの方が二次創作を書かれているサイトでよくあるのが、
小説読むのに、鍵をもらったり、その際にその方への(三行ではなくかなり長い)メッセージを
いれなきゃなんないとかさ、あと、入るのにクイズにこたえなきゃなんないとかさ、
なんか入るのに結構ラビリンスみたいになっているのにもちょくちょくお目にかかります。
(これを悪口と解釈しないでください。あくまでもネットという性質上、
 悪意ある方から身を護る一方法だと 当方は認識しておりますので…)


わたしの小説なんていってみりゃ、三文小説もいいところなんで、
読んでくださってありがとうございます、くらいなもんなんで
そういうゲートみたいなもの、一切つけてませんが…。

でも、そういうゲートをつけたくなる気持ちも、ま、わからないでもない。



それでも…どこかさぁ、こうなんていいうの?
報われないっていうか…。


いや、妙に期待したい、と思うのは私の気持ちが弱っているんでしょうか???

月蝕1 [月蝕]

サージェントの小説を連載中なのに突然で申し訳ないのですが…。



バリバリのR18です…。

描写も暴力的ですし、内容も相当に陰惨です。

しかし私としては「禁断の純愛(笑)」を書いたつもりです。

しかも甘くなく、ビターですねぇ。

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月蝕2 [月蝕]

バリバリ18禁、第二弾です。

読んで「え?」となられたでしょうか?

それとも「な~んだ…」と思われたでしょうか。

出来事は凄惨で暴力に満ちていますが、

結構、心理的には深いところを狙ったつもりなのです。

私は自分のテーマにcompassion っていうのと

それに共感してくれる、運命のパートナーっていうのを

常に考えてしまいます。

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月蝕3 [月蝕]

あ~、遂に来た!

月蝕3のタイトルは「サキュバス」ですよ!

どんなシーンが展開されるのでしょうか…。

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月蝕4 [月蝕]

さあ、だんだんラストに向かって

加速していきました。

誰がどこまで真実を語っているのか…。


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月蝕5 [月蝕]

とうとうラストです。

私のセクシャルディレクションは

ヘテロですが、

ホモセクシュアルの方は辛いな、

とこの小説を書いていて思いました。

禁断の恋…。

さあ、どう最後はどうなるのでしょう!

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『月蝕』あとがきのようなもの [あとがき]

art_po07.jpg





ここにいきつくまでに、

他のところでさまざまなことを語っているので、

もうあんまり目新しいことは言えないような気がしますが、

まぁ、それでも気を取り直して書きます。


『月蝕』というのは実は娘がつけてくれたタイトルでして、

初めはくるっているという意味で『ルナティック』ってつけていたのです。

しかし、作品を読んで、「それはちょっとこの作品に合わないんじゃないか」

とアドバイスしてくれたのですねぇ。

月の光に当たると人間の精神はおかしくなる、と西洋では言われているみたいですが、

その月の光もあたらない真っ暗な夜は、人はさらにヤバいんじゃないか…

和泉式部の「暗きより暗き道にぞ入りぬべき はるかに照らせ山の端の月」

というように、月の光があればまだ救いもあるものを

この小説は真っ暗なので、もう救いようがないのです。



う~~ん、書きたかったのは

実は「人を愛する」などというのは、実は「自己愛」の反映で

気のせいなんじゃないのか…と疑ったところにあります。

己がかわいいだけで、ひとりでいると孤独だから

恋愛しているように錯覚しているだけなんじゃないか…。

実際、恋愛関係の男女が同衾していたとしても、

それって心が繋がっているようでいて、

実は繋がってないんじゃないか、と疑ったのです。

まぁ、それがリブシェに成りすまして、男のリビーがフランツと寝ていた

って告白に出ているんですが…。う、暗いですね(笑)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この小説の主人公は、フランツとリビーとリブシェの三人ですが、

実はリビーとリブシェというのは、フランツが生み出した妄想かもしれないし、

本当かどうかもあやしい。

フランツが統合失調症だった可能性もあるし、

最後はそれが治って、リビーというパーソナリティに収まった、という

考え方もあるかな、と思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ただ、双子といっても、

女性のリブシェには、日本でいうところの「荒魂」と「和魂」のふたつに別れるのです。

書いていて私は、イザナギノミコトを連想してしまいました。

ナギミタマ(和魂)のときは、本当に優しくて、おしとやかでって

なんだか大和なでしこみたいな(いや、チェコ人だけど)女性だけど、

一度狂ってアラミタマ(荒魂)の状態になると、

男の生気を全部吸い取って殺してしまうのですねぇ。

う~ん、ちょっとここら辺、幽玄能を意識しているかもしれません。

要するに、リブシェはユングのいうところのグレートマザー型の女なのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そこへ、双子の兄のリビーが同じ身体に同居しているという、

ちょっとめんどくさい設定なのですが、

まぁ、この人の精神はまともなのですかねぇ。

ゲイ、というところで考えてみたのですが、

こういうセクシャルディレクションなんて

その人がある程度大きくなって、実際、好きになった人が男だった!っていう

事実があって初めてわかるものだし、なかなか厄介なものなのでしょうね。

ゲイの人の恋は、相手もゲイでなければおそらく成立しないだろうし、

だからと言って、ゲイ同士恋に落ちればいいじゃないのといっても

恋なんてそんなに都合よく人を好きになれるものでもなし、

リビーの「恋は過去になってこそ、本当に成就する」ってなのは

私の信念でして、

現在進行形の恋っていうのは、今の時点でうまくいっていたとしても

未来はどうなるかわからない。

やはり終わってみて、偲んでこそ恋、と思うのです。

恋愛は美しいばかりじゃないからねぇ…。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
書いたものを読み返してみてふと思ったのですが、

わたし自身、大人数でワイワイと騒ぐのが苦手な性格なので、

出て来る登場人物もみな、孤独ですね。


特にリビー。


まぁ、実にドライというか、割り切っているというか…。

好きな人でも手段を選ばす殺すんですよね、


ただものすごく自分に正直だし、善人ぶってないところが

唯一の救いではありますが…。

基本的にこの人は誰も信用なんかしてないんでしょうね。

おそらく唯一愛したフランツでさえも。



二転、三転と事実が変わっていて

本当のところは解らない小説ですが、

でも実際のところ、人間ってとらえ方によって、

事実の認識というものは多少ずつ変わっていくものなんじゃないかとも思っていました。

結構凄惨で暗い小説ですが、

結構書いたあとの充実感というものはありました。

ouge de Sang10 [マダムXの肖像]

だんだんとこっちの連載のほうも抜き差しならぬ状態に追い込まれてきました。




昨日、ついに!わたしは小説を(一応)完成いたしました!

…とはいえ、この先地味な推敲・構成作業があるのですが、
それでも!

一応全部かけたのは良かった!

これまで書いたヤツの中でもかなり長いほうでありまして、

テーマは「ラグジェリアスの追求」と「両性具有」と「間接表現による官能性の表現」
また、「視点の推移によるブレを効果的に使った二重写し的表現」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

オスカルさまは、自分の中でどういうふうに描くと魅力的になるか…。

それはね、オスカルさまは他人視線で描かれるほうが
断然光って見えるのですねぇ。

そういうわけでいろんな人にオスカルさまを語ってもらうことにしました。

でも、それだけじゃちょっと寂しいので、最後にびっくりを用意して…。

この間、身体は男で内面は女の方とお話しする機会があったんですけど、
こういう方ってわたしにとっては非常に魅力的。

まぁ、人によってはいろいろと好みは別れるんだろうけど、
こういう方ってわたしには「ヘルマフロディトス」つまり神さまっぽく映るんです。

だってね、神さまは完全無欠だから、両性兼ね備えているのよね。
だから件の男性も、どこか女性的な嫋やかさを備えていながらも、
男らしい力強さっていうのも同時に感じさせられて
非常に素敵なんだよねぇ~~~。

わたしもオスカルさまに、男性的な判断力、武人としての力強さ、包容力がありながら、
女性としての繊細さ、傷つきやすさ、また女性ならではの辛抱強さみたいなのも表現したかったかな。

オスカルさまはなんにつけ、魅力的なキャラクターですよね。

書いてて飽きないです。





とか、まぁ、自分の中でいろいろとチャレンジしたところがあったんです。

前の「秘められた名前」なんて二週間ぐらいでさささと書けちゃったのに、
(あれはもともと軽いノリの小説だったし…)

これははっきり言って、毎日書いてて三か月以上は優にかかっていた!
あ~。

本当はもっとさっと書いてオリジナルにがっつり時間かけるつもりだったんだけど…。
話がすでに決まっているはずなのに、どうしてこうも時間がかかるのか…。

やっぱり文章の表現って難しいですね!


でも楽しかった(苦しかった)

また表現力を養いたいので、文章のきれいな日本文学をまたたくさん読んで、
資料も読んで、精神的に充実したら、次のにとりかかりたいな、と思ってます。

あ、でもこれはたぶんどっかの公募にトライしてみたいので、
ここにはたぶん上梓しないと思います…。

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ouge de Sang9 [マダムXの肖像]

最近、不思議に思っていることがあって、
オモテ(旧)ブログのほうに、それもだいぶ前に書いた
「最後の愛人」っていうのが異様にアクセス数が多いのです。

波があって、たぶんどこかのテレビ局なんかで放映されたりすると
ドン、とアクセス数が増えるものなのですが、
これって、セカンドウェーブなのですねぇ。

特に思い入れを込めて書いたというわけでもないので???と思っているのですが…

誰か原因がわかっている方がいらっしゃったらこっそりでもいいので
教えてください…。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ああ、ベルばらの二次、全部じゃないけど、だいたい書けましたよ。
もう、気分は真っ白な灰です!

燃え尽きた気分~~。

難しかった~~。

新たにチャレンジした領域もあったし…。

でも、これから7000~8000字の最後の最後の部分を書いて、
しばらく放置したら、また推敲せなあかんのだけれど、
まぁ、今の状態でだいぶ安心して、全部かけたら、もう廃人やろうなぁ。

あ~、疲れた!

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京都高島屋にて『ベルサイユのばら』展へ [雑文]

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昨日、京都高島屋で開催されていた
『ベルサイユのばら』展へ行ってきました。

いや~、なんか恥ずかしくて、かなり行くのに勇気がいったんですが
ま、エイヤ!って感じで…笑

こういう展覧会初めてで~。

初めに歴代のマーガレットなど、池田先生が描かれた表紙が
ずらっと飾ってあったのですが、

わたしはべるばらを週刊マーガレットで読む世代ではありません。
(小さすぎてわからなかった)

オルフェウスの窓はばっちり全部わかりました。

なつかしー、ユリウス!
ああ~、ユリウス大好きだったなぁ。今でもユリウス大好きです。
あのユリウスのゲルマン的硬質な美しさ・気質というのと、
ドイツのレーゲンスブルクっていうのは
ぴったり来るんですよねぇ。


あとスラヴ人のクラウスとの恋がすごく好きだったなぁ。
生きているときには、実際彼がそこで済んでいるロシアへと向かうんだけど、
すべてを失ったら、ユリウスの壊れちゃった心は再び、自分が昔彼と愛し合っていた
青春の街であるレーゲンスブルクへと回帰していくのね、
そこらへんも深くって好きだった…。

ああ、毎週ワクワクして読んでたなぁと。


こんなにかわいい人はいない、と今でもじいんとくるわぁ。
オル窓の表紙は全部わかりましたね。そのとき、自分がどんな気持ちになったかも…。

ほとんどがナマの原稿の展示だったのですが、
そうね、やっぱり本物は迫力があったかなぁ~って感じです。

物品コーナーでわたしは、ツタヤでレンタルコミック借りるお金がもったいないがゆえに
このときとばかり「ナポレオン」を読んでアランのその後の立ち位置を抑えているのに
余念がなかったのですが(爆!)

不思議なことに学者風のおっさんふたり組がこられまして
「いや~、一枚一枚、丹念に描いておられますなぁ、いやいやスゴイすごい」
とかおっしゃりながら、ベルばらの全巻のボックス入りみたいなんを2セットご購入
されていきました…。

あの方たちってなんだったんだろう?

あ、わたしそういうば、最近バスのなかで荒俣宏さんをお見掛けしたんですよ。

京都には漫画ミュージアムがあって、意外とそういうことに通じているインテリさんは
多いものです!

以前、漫画ミュージアムでもベルばら展があって、そのときは結構面白い展示だった、
と娘が言っていたのを思い出しました。

(…その後、perfume・フェチのわたしは
Guerlain へ行ってエクスシヴ・ラインであるところの
シプレー・ファタルを受け取り、
またその後海北友松展を見るため、京博へ行きました 笑)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話は変わる。

今書いている終盤に四苦八苦しています。

いろんな書物では革命の「自由・平等:博愛」っていうのは
当たり前のように書かれて、解説されてはいますが、
でも、貴族側のそうです、アンシャン・レジーム側の気持ちというか
大義っていうのも、当然あったはずなので、
それを解説している文献ってないんかなぁと探していました。


今の間隔でいえば、平民にばっかり税金を課して(平民は課税率80パーセント
自分たちは特権を楽しんでいて、ものすごく業突張りの人非人に思えるじゃない?

でもお茶の水の先生の論文発見したんだ!

するとね、当時の貴族っていうのは、まず自分が貴族である、っていうことを
つよく意識させるものは「品位」「品格」なんですってねぇ。

そして貴族同士の「差異」っていうのもものすごく気にしていた。
ちょっとでも自分より劣ると感じた人間には「侮蔑」をもって答える。

だから貴族同士の水平的な友情というか友愛の紐帯など結びようもなく
そこにあるのはドミノ倒しの「侮蔑の滝」的連鎖だったとか…。


こういうと、なんだか壮絶な感じするけど、でも日本でも例えば平安貴族の
源氏の君と頭中将なんかも生涯ライヴァルで
友愛の紐帯っていうのもあったけどさ、(須磨に中将が訪ねて来てくれたり)
でも、なんとなく友情っていうより、よきライヴァルだからお互いを牽制している
行動も多かったような…。兄弟であってもライヴァルだったから、
気を許していないと思うところ多いしね…

要するに貴族っていう人たちは、おのれの拠って立つところはおのれのみであって
それゆえに孤高の存在でもあるし、矜持っていうものもすごいものがあるんだろうな、
って思うんだな。

でもやはりそれは、近代の感覚じゃないんだろうねぇ。






わたしはオスカルのお父さんはそういう貴族感覚ど真ん中の人だったと思う。

じゃあ、オスカルさまはどうだったのか?

もし、オスカルさまがまともに男だったら、そういう貴族感覚は損なわれなかっただろうけど
女でもあり、男でもある、というそういう難しい立場にいて、
すべての場面で一歩引いたオブザーバー的立場だったから、
開明貴族に変わっていったのだと思います。

また、本来なら従者のアンドレとは濃い友情の紐帯は結びようもなかったはずなんんだけど、
やはりね、女性と男性、心理的に助けてもらわなければならなかったから
身分差を越えて、お互い深い理解というものができたんだと思います。

この水平的な二者間の同調というのが意外と大切なアイテムだと思っています。

オスカルはアンドレは自分と比較してみて、なんら能力的にも、身体的にも劣っているところは
ない、と認めているのね、
だからふたりを隔てているのは、社会的な制約、つまり身分差だけなんだと…



あと、フランス革命における経済史みたいなのも読んでいると
ものすごく面白かった。

当時、フランスはヨーロッパの中でもダントツに人口の多い国でありまして
ざっと2000万人以上。

ナポレオン時代にあれだけフランスが強かったのは、人口が圧倒的に多かったからというのも
ひとつの理由にあげられるくらいです。

ですが、ナントの勅令っていう、馬鹿なかことをしてしまったお蔭で
フランスは優秀の頭脳を国外に出してしまったんですね。
(カトリック以外は追放ってことなんてしちゃだだめだと思います。)

ですから、フランスはイギリスなんかよりよほど人口が多かったのに、
国内総生産といいますか、国全体で稼ぐ量がかなり下回っていたらしい…。

このとき、フランスの歳出ってどうしていたのか、というと
一年間分を国民を担保にして、外の銀行家などから借り入れていたのです。

また、この金利がすごくて10パーセントだったりする。

で、今までの歴代の王さまはやっぱり戦争が好きだったので、
お金を借り入れて来たんですが、徳政令みたいなの突然だして、
「あの借財はナシってことで…!」
てやってたんです。

でもルイ16世は「こんごそういうのは絶対にやらないからね!」って
約束してたんですが、でも王さまの気持ちってコロコロ変わるから
みんなおっかなびっくりで、株式が降下していくんですよ~。

イギリスは議会ってものがあって、議会が必ずそういうのの、
保証を明文化していたから、株式の暴落などあり得なかった。

だからフランスはミラボーあたりが
「一刻も早く、議会と憲法を作って、安定した経済力を取り戻そう」と躍起になっていた、
という話…。

ちょっと違った側面から見るとフランス革命も面白い。

あと、これは陰謀説なのですが、フランス国外の武器商人たちが
「ハプスブルグ家とフランス・ブルボン家」とのつながりを喜ばなかったっていうのも
あります。
だって、今まで犬猿の中で覇権争いをしていてくれたからこそ、
戦争が起こってしかるべきところはもうかっていたのに、

このふたつが結束するとヨーロッパは平和、
つまり平和になると不景気になる、と踏んでいた人がいっぱいたらしい、

だから、どうしてもフランス革命を引き起こしたかった、っていう力も働いていたそうです。

なるほど!

いつの世にも、明石元二郎みたいな人(ロシア革命を先導した日本陸軍のスパイ)って
いたんですね!


こう考えてみるとオスカルさまの立ち位置はどうなんだろう…?

彼女は絶対に開明派貴族です。
絶対王政から立憲君主国の移行を望んだに違いないし、議会と憲法を作ることにも
賛成だったに違いない。

だけど、インテリでエリートだから、秩序のないエベールみたいな暴民を先導するような輩は
嫌いだったと思う。

そこらへんは暴民大嫌いのナポレオンと感覚が似ているんだよね。
とはいえ、ナポレオンのように権力が集中することも嫌いだったに違いない。
意外とロベスピエールなんかと感覚が似ているんかもしれない。

やはり、彼女はあの日、花のように散っていくのが正解だったのかもね。





フーガ(遁走曲)Ⅰ   [『ベルサイユのばら』Prequel]

 身の上話が聞きたいって? よせよせ、面白いことなんぞ何もありゃしないって。 
 ええ? きっかけが何だったのかって? さあ、そりゃあ、おれにもわからない。知らないうちに落ちているのが、恋なんじゃないか。ああ、だから順を追って生い立ちを話せっていうのか。そうだな、話していくうちに何かが分かってくるってかい? ははは、おい、おまえも案外物好きだな。いいのか? 話しだしたらきっと長いぜ―。

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 実はパリの生まれなんだ。父親はほんのガキの頃に亡くなったんで、ほとんど覚えちゃいないが、それでも、肩車してもらったことは、かすかに記憶にある。大きな人だなって思ったよ。
 おやじは弁護士で、ジャルジェ家に出入りしていた。聞くところによれば、なんでも旦那さまは、たまたま仕事がらみである裁判を傍聴していたそうなんだ。そのときおやじは、ある男の国選弁護人だった。被告は貧しい男で、いい加減な告発で罪を着せられそうになっていた。まだ大学を出て日も浅いおやじは正義感が強く、弁舌の巧みさ、切り返しのうまさでその男を護った。旦那さまは、おやじの才能と人柄を見込んで、ご自分の顧問弁護士にされたのだとか。
  そうやっておやじは、何年かお屋敷に通っているうちに、旦那さまに、おふくろと添うよう勧められたらしい。おふくろはおれに、よくおやじのことを自慢してた、背が高くて男ぶりがよかったと。実際おれも上背があるから、そこは納得できる。だがどうなんだろう、惚れれば岡目八目だろ。まあ、おふくろはかなりお熱だったのさ。だけどそれを、口に出せるような娘じゃなかったってことさ。はにかみ屋だったんだ。おやじもおやじで、朴念仁だったんで、そういうのにはまるで疎くて、全然気づかない。奥さまは傍でご覧になって、おふくろ以上にやきもきされた。だからある日、思い切って旦那さまに口添えされ、旦那さまが仲を取り持ってくださったらしいぜ。
だが両親の幸せな時代も、そう長くは続かなかった。おれが生まれてすぐに、父親は胸を患ったんだ。それでパリのようなごみごみした都会じゃなくて、もっと空気のいい田舎で療養したほうがいいってことになった。それで旦那さまのご領地であるアラスから、少し離れた村に落ち着いたんだ。
おふくろの懸命の看病も空しく、おやじはおれが三つのとき亡くなった。そんときゃおやじは、まだ三十にもならなかった。おふくろはそれから、魂が抜けたみたいになっちまってな。うん、そういうのは小さい子供にもなんとなくわかるもんだぜ。おれじゃ、慰めにもならなかったんだな、ちくしょう、おふくろのやつ。で、おれが八つのときにちょっとした風邪をこじらせて、おふくろもあっけなく逝ってしまったのさ。二十六歳になったばっかりだった。ふたりとも若い盛りで、まだまだやりたいこともいっぱいあっただろうにな。さぞかし無念だったろうと思うぜ。
おれの身寄りは、ヴェルサイユのお屋敷に奉公しているおばあちゃんしかいない。
 孤児になったおれは、おばあちゃんが引き取りついでに、お嬢さまの御守り役に宛がわれたわけじゃない。あのグランディエの息子ならってことで、見込まれたってことだ。おやじは確かに優秀だったんだろうけど、さあ、おれはどうだかねぇ。
 こっちに来るまで、お貴族さまの世界にはとんと縁がなかった。時々、村にはふんぞり返った役人がやってきたから、貴族ってのは、ああいう尊大な連中なんだろうと思っていたさ。しかも、お仕えするのが男ならまだしも、一つ年下のお嬢さまっていうのが、またちょっと厄介な気がしてなぁ。昔から女の子が苦手だったんだよ。嘘つけだって? ああ、あいつはそういう類の範疇には入らないさ。まあ聞け。だってな、女ってのは、自分の思い通りにならないと、すぐにぴぃぴぃ泣くだろ? そこは察しろってことなんだろうけど。奉公先のお嬢さまもきっとわがままで甘ったれていて、おれのことを召使と下に見て、さんざんに八つ当たりとか、まあ、いいようにされちゃうんだろうなぁと暗澹たる気持ちになったのを覚えているよ。

 おれは物心がついてからこっち、村から一歩も出たことがなかったから、貴族の街、ヴェルサイユへ行くのはちょっとおっかなかったかな。初めてここに来て、まず壮麗な街のたたずまいに驚かされた。もちろん宮殿の前も通った。あそこに王さまが住んでいるんだって聞かされたときは、想像することすら憚られた。
  お屋敷もお屋敷で、入ったとたんにその豪奢さに度肝を抜かれたよ。門をくぐってから延々と続く馬車道。広大でうっそうと木々が茂る庭。吹き抜けのある高い天井。光を受けて輝くシャンデリア。金色の縁取りが入った精緻な透かし模様のある階段の手すり。大理石で覆われた床、階段。ふんだんな彫刻やら磁器やら。土間と藁葺き屋根しか知らなかったんだから当然だろ。もう、すでに気後れしていた。
おばあちゃんは馬車の中でおれに言い含めた。
「それはもう、天使のようにおきれいなお嬢さまなのだからして、そのおきれいなお顔に傷なんかつけるんじゃないよ。そんなことをしたら承知しないからね!」
 いやいや、俺だってそんな恐ろしいことはなるべくなら避けたいよ。こんなところに住む貴族のお嬢さまのお相手なんぞ、田舎者のおれには手に余る。不安が心の中を占める一方で、期待する心もあった。天使のようにおきれいってのは、あながち誇張ではないのかも。ちょっと怖いもの見たさみたいな気持ちもあった。それなら願わくば、その姿にふさわしく心根のほうも天使のようであってほしい。ここが一番肝心なところだろ?
時間はすでに昼を回っていた。ぼやぼやしているとすぐに夕餉の時間が来ちまう。おばあちゃんは女中頭だから、実際に一からするわけじゃなかったけれど、なんでも人任せにすることが嫌いな性分だった。通用門をくぐるやいなやそそくさと前掛けをつけて台所へ向かった。
「ここで待っておいで。もうじきお嬢さまがいらっしゃるから」
 所在なくそわそわしながら、玄関先のホールで待っていると、二階から小さな子供が降りてきた。そのときのおれの心を走った衝撃といったら、どう説明していいものやら。
 とにかく最初、頭に浮かんだのは「こいつ、本当に人間なのか」ってこと。もう頭のてっぺんから足の先まで、真っ白に見えた。唯一、色がついているのは瞳だったが、それにしたってガラス玉みたいに真っ青で、到底その肌の下に生きた人間の赤い血が流れているとは思えなかった。まるで精巧に作られた人形だ。そうだ、たしかにおばあちゃんが言ったとおり、天使に見えたよ。しかしそれは、存在しえないものがここにいるっていう薄気味悪さが勝っている点でだがな。実際、整った容貌をしていたけど、子供にしては大人の顔そのままを小さくしたみたいでなんだか気味が悪い。え? 酷いことをいうって? ははは、申し訳ないけど、それがおれの偽らざる気持ちさ。
 だいぶ経って、おばあちゃんの機嫌のよさそうなときに、こっそり聞いてみたんだよ。なんでお嬢さまはあんなにまっちろけなのかって。おれの問いにおばあちゃんが怒ること、怒るまいことか。気絶しそうなほど背中をぶちのめされたあと、すごい剣幕でどやされた。
「この大馬鹿ものっ! おまえなんぞに、お嬢さまの何がわかるっていうんだい、ええ? おまえには日焼けした乳しぼり娘ぐらいが相応だよ。おまえなんかに、高貴な方々の美しさなんて解ろうはずもないよ、この下種が! お嬢さまの髪はね、ブロンドっていうんだ。おまえやおまえの仲間には絶対にない、高貴な青い血が流れなすってんだよっ! この唐変木っ。二度とお嬢さまを侮辱したら承知しないよっ。覚えておおき!」
 おばあちゃんは怒りながらも、貴族の血筋の何たるかを教えてくれた。貴族には青い血が流れているとはよく言ったもんで、連中は色素がすごく薄いんだ。奥さまはロレーヌ出身なもんで、ドイツのほうの血が濃くて、旦那さま自身も、もともとノルマン貴族の末裔ってことで金髪でいらした。だからあいつときたら、フランスで生まれたっていうのに、ガリア人の血なんてほとんど引いてないんだな。
ところでおれは、それまで仰天したあまり、こいつの顔しか見ていなかった。だが改めて全身を眺めると、このチビはキュロットを履いていて、手にはサーベルを二本抱えていた。こいつもしばらく、おれの顔をじっと観察するのに余念がなかった。おれがどんなやつなのか戦々恐々だったんだろう。だがおれを見て、安心したみたいだった。まゆげなんかも色がないから、初めは無表情で冷酷そうに映ったんだが、あいつの瞳がね、なんというのかな、だんだんと緊張から解放されて快活そうな光を帯びてきたんだ。
あいつも、もう黙ってなんていられなくて、興味津々でおれに向かって口を開いた。
「君…、名前は?」 
「あ…、アンドレ。アンドレ・グランディエ」
 気圧されながらもなんとか答えたんだ。
「ああ、君なんだね。ぼくの遊び相手に引き取られた子っていうのは」
 努めて平静を装っているみたいだったけど、すごく嬉しそうなのがこっちにも伝わって来た。だがおれは、やっぱりこいつの正体がわからなくて警戒していた。おれはお嬢さまのお相手のはず…。なんでこのガキなんだ? なんでおばあちゃんは、「お嬢さま」なんて嘘をつく? 戸惑っていると、そいつはおれの返事を待たずに続けた。
「だけど、ぼくがほしいのは遊び相手じゃなくて、剣の相手だ。さあ、庭に出て。行くよ」
 親しげだが、小さいくせに妙にしゃっちょこばって居丈高なんだ。新参者の家来に命令してみたくて仕方なかったらしい、ふふふ。
 そいつはおれの襟首をひょいとつまんで、チビのくせにすごい力で引っ張っていくんだ。
 おれはたまりかねてつい傍にいたおばあちゃんに向かって、本音を叫んでしまった。
「おばあちゃんの嘘つき! お嬢さまだなんていって、男の子じゃないか」
「何言ってるんだい。お嬢さまのオスカルさまだよ。しっかりお守りするんだよ!」
 なぜこいつがお嬢さまなんだ? おれはどうすべきなのか測りかねて混乱していた。庭に出ると、薄気味わるい天使はおれに自己紹介した。
「ぼくの名前は、オスカル・フランソワだ。これから君とは長いつきあいになりそうだね」
 オスカルと名乗ったチビは、屈託なくおれに言った。貴族ってもっと尊大に構えているのかと思いきや、案外サバサバしている。おれにふたつ持っていた剣の一本を差し出した。
「若さま、おれ、あ、いえ、わたくしは一度も剣なんて持ったことがないんです…けど」
 屈辱的だったが本当のことを白状した。
「うーん、ああ、そうなのか。それじゃますます稽古に励んでもらわないといけないな。なんにせよ、君がいずれぼくの相手をすることになるんだし。一刻も早く巧くなってもらわないと。だがやはり一番最初が何事も肝心だから、先生にきてもらうことになるかな。変な癖がつくとあとが厄介だし」
 チビのくせに理路整然とこまっしゃくれた口を叩く。こいつは生意気に、しばらく手を顎に充てて思案顔だった。だがそこは何といってもまだ子供、どうしても遊びたかったんだ。
「きょうのところはぼくといっしょにちゃんばらをしよう、アンドレ。なあに、無手勝流で結構だ。手加減してやる。向こうの小屋に木刀もあるからそこまで行こう」
「若さま…」
 チビはおれが「若さま」っていうのを聞くと、ちょっと眉をしかめた。
「若さまと呼ばれるのは好きではない」
「え? で、ではどうお呼びすれば? オスカルさまでしょうか?」
「ああ、そういうふうに呼ばれるのも好きじゃないな」
 もしかしてやっぱりお嬢さまなのか? でもそれを言うと、このチビは激昂しそうに思われた。また訳が分からなくなって、答えに窮していると、チビも神妙な顔つきで、まじまじとおれのほうを見たあと、急に相好を崩した。
「ぼくはね、友達がいないんだよ、今のところはね。だから、君がぼくの最初の友達になってくれたらいいと思っている。だから、ぼくのことは単にオスカル、って呼んでくれたまえ」
「え、ええ? そんな畏れ多い…」
 あいつがちょっとイラっとしたのがわかった。意外と短気なんだな。
「君も解らないヤツだね。ぼくはね、貴族だからっていって人に変にへつらわれるのは窮屈で不愉快なんだ。いつもいつも下々の人間から粗相がないようにって気を遣われていると意識していたら、弾む会話も弾まないだろう? だからこれからは、アンドレ。ぼくと君の間には、上下の隔たりはなしにしよう」
オスカルは物怖じせずに、こう言った。これが七つになるかならずのガキが言うセリフかと呆れたよ。

 おれは環境の急激な変化と、この不可解な若さまがショックだった。そのせいでその晩から三日ほど熱を出して寝込んでしまった。おばあちゃんはそういうおれに、不甲斐なさを感じたらしく、あまり構ってはくれなかった。それというのも、こんなふうに寝込んだこと自体、自分が誠心誠意心を込めてお仕えしている「お嬢さま」に対する侮辱と受け止めていたからだ。とにかくどんなときでも、おばあちゃんにはお嬢さまが一番なんだよ。
寝床で熱に浮かされて、うつらうつらしていると、戸口が開いてサラサラという衣擦れの音がした。音がするほうへ目をむけると、背のすらりとした、いかにも貴婦人然とした女の人が、心配そうにおれのほうを伺っていた。おれが今まで見たこともないような上等なドレスを着ていた。きれいな人だったがすでに若くはない感じがした。
おれが目を覚ましているのがわかると、その人は足音をたてずに近づいてきた。枕元にあるスツールに腰を下ろすと、辺り一面にふわっとよい香りが漂った。
「少し熱がさがったようね…、アンドレ。気分はいかが。おそらく旅の疲れがでたのでしょう。ゆっくり寝ていらっしゃい。そのうちじきによくなりますよ」
 この人が誰なのか、そして何と答えていいのかもわからず口籠っていると、貴婦人はそれを悟ったらしく、にっこり微笑んだ。
「ああ、ごめんなさいね。おまえにわたくしが誰だか、まだ言ってなかったのですね。わたくしはこの屋敷の女主人。ジャルジェ伯爵夫人、ジョルジェットです。まあ、なんてアンドレに生きうつしなんでしょう」
ああ、お屋敷の奥さまだったのか。奥さまがおっしゃっているアンドレとは、おやじのことだと一瞬遅れて悟った。おれは父親と同じ名前を授かっていたからな。
「おまえのお父さんのアンドレとお母さんのオランプとは、わたくしがここにお嫁入りして以来の古いつきあいなのです。おまえのお母さんはね、わたくしの小間使いでばあやに似て働きものでね。よく尽くしてくれました。結婚が決まったときは本当にうれしかったものですよ。アンドレはとても立派な人でしたから。ふたりはね、この屋敷で結婚式を挙げたのです。薔薇の花の時期でね。わたくしと夫のレニエが仲人になったのです。屋敷の人間全員式が、立ち会って…。あれが十年以上も前のことだなんて…。時が過ぎるのは早いものだこと。ほほ」
 奥さまは昔を思い出して懐かしそうに、だが亡くなったものを偲んでか、少し寂しそうに笑った。
「わたくしはね、出身がロレーヌの田舎貴族なものだから、こちらの門地高い方々のお付き合いが、ちょっと苦手なのです。旦那さまにはもっと社交上手にならなければと叱られるのですけれどね。でもわたくしは、こんなふうに屋敷の使用人たちと一緒に過ごすほうが好みなのです。だって一度奉公に赴いた人間はすでに家族。だから、おまえもそうなのですよ。何か困ったことが今後起きれば、遠慮なく言ってほしいのです」
 奥さまは、お優しい人柄のようだった。
「ところで、アンドレ。おまえには言っておかなければならないことがあるのです。大事なことだから、よくお聞きなさい」
 奥さまはちょっと居住まいを正し、真面目な顔をして話を変えた。
「おまえが今、戸惑っているのはオスカルのことでしょう? ばあやは本当のことをきちんとおまえに話さないから…。いえ、ばあやを責める筋ではありませんね。母親であるわたくしが、はっきりおまえに説明しなければ。あの子はね、あんななりをしているけれど、本当は女の子なのですよ」
 びっくりして目を瞠っているおれに、奥さまは気遣われたのか優しく笑いかけて下さった。
「それというのも、わたくしが旦那さまに男の子を生んで差し上げられなかったのが、一番の原因なのですよ。わたくしと夫の間には、残念なことに女の子しか儲けられなかった。オスカルは六人目の子供で、こんどこそ男子をという、旦那さまの悲願だったの。それなのに…」
奥さまの目には涙が浮かんでいた。
「このジャルジェ家はね、代々軍功で名をあげ国王陛下にお仕えしてきた家なのです。ですが、頼みの綱である男子が生まれないのでは。もちろん、つてを頼って養子をとるという方法もあるにはあります。でもそんなことより、旦那さまには息子をこの手で育ててみたいという夢がありました。だから末娘のあの子に男の子の名前を付けて…。夫はその夢を今も諦めきれないのです。未だにオスカルを男として育てているの。本来なら、神さまがお決めになった運命をそのまま受け入れるべきなのは、わたくしもわかっているのですけれど…」
 おれはずっと気になっていた疑問を口にしてしまった。
「あの…奥さま、オスカルさま…いえ、お嬢さまは、ご自分のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
「ああ、オスカルはね…。あの子は自分を男だと信じ切っているのですよ。ええ、自分が男じゃないなんてつゆ疑ったことがないのです。まだ六つですもの、まだ男も女もない年齢です。ばあやがいくらお嬢さまと呼んでも、それは自分の容貌が女の子っぽいから、からかわれているんだとしか思っていないのです」
 ですからアンドレ、と奥さまは続けた。
「あの賢くて勇敢なアンドレの息子であるおまえしかいないと思ったのです。オスカルを委ねて護ってくれるのは」
 おまえもまだ幼いから、理解できないかもしれないけど、あの子だっていつまでもこのままではいられないのですよ。いつかは自分が本当は男じゃないって思い知らされるときがくるはず。そしてねぇ、と続けた奥さまの声には苦しみが混じっていた。
「これは一番難しいことなのだけれど、たぶんこの男の子ごっこは、旦那さまがもう止しにしようというまで続けられるということなのですよ。あの人がどんなに男のように育てても、しょせんあの子が女でしかないってことに心から納得するまでは。それに対してわたくしたちに否と答えることは許されていないの。それがたとえ当人のオスカルでさえも―」
ですから、アンドレ。奥さまは、再びおれの名前を呼んだ。
「おまえには常に機転が求められる。旦那さまの前では、誰もオスカルのことを決してお嬢さまと呼ぶことは許されていません、わかるわね。だけどいつかオスカルが、おまえの助けが必要になる日がきっと来る。その日のためにおまえは備えておいてほしいのです。予測できるすべてのトラブルから。それだけは覚えておいてちょうだい」
 奥さまの抱えている苦しみは理屈ではなく、感覚として理解できた。それが男子を産めなかった女として夫に対する罪悪感と、娘の人生を犠牲にしているというジレンマから来ているものだと理解するまで、おれはもう少し大人にならなければならなかったけどな。



 それから体調が回復して元気になると、オスカルと生活を共にする日々が始まった。しばらくすると、なるほどと思えることが日々のくらしを通して感じられた。確かにオスカルは、代々が王家に仕える将軍家の子なだけあって、身体能力は抜群に優れていた。おれは走るとか、跳ぶとかにかけては、そこら辺のガキには決して負けていない自信があったが、本気で取り組まないと本当の男のおれでさえ負けそうになるほど、あいつはその面でも秀でていた。
対しておれはどうも武芸はなじめず苦手だった。特に剣術だが、このチビがなんというか、ちょこまかと機敏な動きをして、どうしても勝てない。おれも負けん気は強かったんで、剣術の先生にはかなりみっちりと稽古をつけてもらったんだが、それでも全然敵わなかった。まあ、これはジャルジェ家の血筋なんだろうな。だがこれは、オスカルに毎回勝ちを譲ってもそれほど悔しくなかった。
 しかし実際問題として、向後おれはあいつの護衛の役目を授けられた。それにいくら武芸は達者でも、お嬢さまには膂力ってものがない。組み伏せられてしまえば、それまでだ。だからまさかの場面を想定し、わざわざパリまで出向いてサバット(フランス式ボクシング)を習得した。達人の領域に達したと確信できるまで、相当な時間と情熱を費やし、念入りに仕込んでもらった。それに実戦という意味では、こっちのほうが断然役に立つはずだからだ。襲って来るのが必ずしも、お行儀のいい連中とは限らない。それにもともとが町方の出だから、こんなふうに足技を利かせたストリート・ファイトのほうが自分の性に合っていたんだ。
 勉強も一緒にさせられた。それにしても、よくまぁここまでやらせるよな、っていうくらいスパルタ式に詰め込まれたよ。ここまでしなきゃならないんなら、上流貴族の矜持とやらを保つってのも、楽ではないな、ふふふ。
それもこれも、旦那さまの深謀遠慮があってのことなんだ。旦那さまとて、オスカルが紛い物の男ということは、痛感しておられたはずだ。いくらあいつが大貴族の子弟であったとしても、人の上に立つものとして、誰よりも全ての面で一頭地秀でて、なおかつ周囲を納得させるパワーがなければ、女の後塵を拝するなどという酔狂におよぶ人間など誰もいないからな。貴族はなによりも、自分が滑稽に見えることを嫌うのさ。だからオスカルは、誰にも文句つけられないほど、完璧じゃなきゃいけなかった。
まあ、あいつもそれなりに頭は悪くなかった。親の期待に応えるくらいには優秀だった。あいつは語学の才能があって、古典としてのラテン語はもとより、ドイツ語、イタリア語、イギリス語、いくらでも覚えられるんだ。そこはうらやましかった。だが数学は、おれのほうが得意だったかもな。あいつは空間を把握する力がちょっと弱い。それに直観力はあるんだが、論理的に理屈を展開させるのはあんまり上手くなかった。そこは徹底的に先生に何度も何度もやり直しさせられていたよ。あとは修辞学、歴史、地理、政治学、哲学、化学、自然科学、だとか。まあ、新聞の評論を使って論考の著述みたいなのもさせられたかなぁ。
あいつがパリの士官学校に通うようになるまで、おれたちは毎日毎日、日の出と共に起きて、午前中いっぱいほっと息もつく間もなく、パリで一流といわれる先生が入れ替わり、立ち代わり現れる中で勉強していた。
町方の人間は、ふつう自分の名前が書ければそれで上等、ほとんどが文盲だ。読み書きできるだけでも御の字なのに、競わせて学力を向上させるのが目的とはいえ、親もいない町方出のおれにまで、こんなに上等な教育を授けてくださった旦那さまや奥さまには、本当に感謝しているよ。それに何といっても、やっぱり学ぶことが楽しかったんだ。そうさ、おれは学問が好きなんだよ。
ああ、ぜひ言っておきたいことを思い出したよ。あいつが今でも気づいていない最大の天分がある。それは芸術的才能だ。これはたぶん、奥さまのほうのお血筋なんじゃないか。あいつは男のなりをして武人なんかなるより、こっちの道に進むほうが、よっぽど似つかわしいと何度思ったかわかりゃしない…。あいつは楽器はヴァイオリン、クラブサンをやっていたが、あっという間に上達してしまう。それも何の努力もなく、楽しみながらだ。とにかく耳がいいんだ。あいつの体の中には、持ちまえの一定のリズムが備わっていた。だから、それがたとえダンスだろうが、乗馬だろうが、剣術だろうが、あるいは単に歩く、座るという日常の動きですら、どこか舞うように軽やかなんだ。
そういえば、ダンスのレッスンのとき、あんまりおればっかりが女のステップを踏まされるんで、閉口して文句を言ったことがあった。
「おい、ズルいぞ。なんでおればっかり女のステップなんだ? たまには交代しろ」
「はは、だってわたしよりおまえのほうが、女のステップ踏むのが上手いじゃないか」
「はん。それはな、回数の問題なんだよ。いつもおれが女役だろ?」
あいつは、ああだ、こうだとごねていたが、結局しぶしぶ交代したんだ。
初めのうちこそ、不貞腐れてブスっと踊っていたんだ。それがなぁ、だんだんあいつも興に乗ってきたんだな。 やっぱり本物の女の子が軽やかにステップ踏むのは、眼に心地よいもんなんだ。ステップに乗って金色の髪が、ふわりと揺れる。伸ばした足先、かざした指先のしなやかさ。それに生来のリズム感の良さだろ。思わず見とれてしまったなぁ。いや抜かりなくそこはホントにポーカー・フェイスさ。だがあいつは、おれのことなんか気にもしていなかった。
それからこんなこともあったな。奥さまがお召し物を新しく新調なさるとき、たいていあいつはお傍にいて、この生地にはこの色のリボンがいい、こんな襞飾りがいい、こんな髪飾りが似合う、と事細かに口出ししていた。奥さまはわかっていらしたに違いない。これも本来なら自分がその衣装を身にまとうはずのオスカルの、装う楽しみの代償なんだってね。オスカルがこうこうと指図して仕立屋に作らせた衣装は、いつも抜群にセンスが良かった。奥さまは本当に似合っていらしたよ。

 こんなふうにおれたちは、それなりに幸せな子供時代を過ごした。おれたちのやっていることが、人から見てどんなに馬鹿げていると思われようと、いわゆるそこは、人の目の届かぬ閉じた世界だったからだ。誰もそのことに対して口を挟む者はいない。閉じた世界にいる限り、おれたちは安全だった。
逆風が吹いてきたのは、旦那さまがオスカルをパリにある王立陸軍士官学校に入れようと決心なさったときからだったよ。旦那さまはオスカルのことを、決して諦めなかった。
 もともとこの士官学校は、ルイ十五世陛下の先の寵姫であられたポンパドゥール侯爵夫人が建てられたものだ。だから設立してから十五年と、まだ歴史も浅かった。この学校は確かに貴族の子弟のためのものだが、だいたいが下級貴族の次男坊あたりが行くものと、相場が決まっていた。
ジャルジェ家ぐらいの大貴族なら、どんなボンクラでもまっとうに男だったら―、そう、ただ単に男でさえあったら、士官学校なんぞに行かなくても、士官した時点で、すでに高位の役職が与えられるのが常だったんだ。鉄砲の打ち方すら知らなくたって、すぐに大尉になれた。
しかし旦那さまはオスカルに、全く大貴族としては当たり前の特典を付与することなく、実力で勝ち取らせる道を選ばせた。ああ、その考え方に間違いはない。確かに軍隊は、統率力が求められる。指揮を執ることで、全体の士気が下がってしまったら、進退窮まってしまう。だから士官学校出って事実は、オスカルにとって、周囲を納得させる拠り所でもあるんだ。それも解る。だがこれは、あいつにはかなりきつい挑戦だった。
こうした努力で、果たして女という壁を乗り越えられるのか、まわりがオスカルを認めるのか、それはおれには、かなり疑問だった。なぜなら教会が教える神の、そしてこの世の掟は、女が男の中に立ち混じることを許さないからだ。世の中の男どもは、あいつが女だってことを決して忘れず、許しはしないのではないかと危ぶんでいた―。
オスカルは十一歳。本来ならもう二三歳年長で、入学させるところなのだが、それだと体力の差が歴然としてくる。去年まであいつは、かなり身体が小さかった。しかしあいつはわりに早熟で、このひと夏で身長が六プースも伸び、この時点で五ピエ二プースもあった。オスカルの身体に流れるゲルマン的かつ、ノルマン的な血統が功を奏したというわけだ。町方の男は、だいたいがみな短躯で、これぐらいあれば、世間じゃ十分に男として通用する。
 ぐんと背が伸びたオスカルに対して、同じ年ごろの男子はまだ二次性徴が始まっていない者も多かった。それを考えれば、今こそ男子より体力が上回れる唯一のチャンスなんだ。
 とはいえ、大貴族で名誉を重んじる出自であるなら、決してオスカルには失敗は許されなかった。

さて旦那さまは、次なる野望に向けて、更なる策を練っていた。というのも、おれと同い年で十二歳になられる王太子殿下にご結婚の話が、しばらく前から浮上していたからだ。お相手はオーストリア・ハプスブルグ家の大公女、マリア・アントニア姫。
御歳数えて十一。
それが近い将来、このフランスへお輿入れなさるというのだ。きらびやかで華やかなことがお好きな国王ルイ十五世陛下は、宮廷に伺候した旦那さまにおっしゃったそうだ。
「おお、ジャルジェか。近う参れ。苦しゅうない。許す」
「陛下、身に余る光栄にございます」
「ジャルジェよ、そちの娘、ほれ、何といったか、何やら奇妙な噂を聞いたぞ」
「は、陛下。畏れ多いことでございます。オスカル・フランソワでございます」
「おお、そうであったな。そこもとは娘を男として育てていると聞いたが…。これはまた、酔狂なことだの。いやいや、そちを責めておるのではない。してそれは今、どのようになっておるのだ」
「は、陛下。恐れながら申し上げます。陛下の御前で、親のそれがしがいうのも憚れるものの、その、案外娘は出来がよいのでございます」
「ほう、それは楽しみじゃな。朕は少し考えておることがあるのだ。孫嫁のな、ほれ、そちも知っておるであろう、オーストリアから嫁いでくる姫がおるじゃろう?」
「マリア・アントニア姫さまでございますな、陛下」
「そうじゃ、それそれ。のう、ジャルジェ。朕はやはり、この宮廷をさらに華やかなものにしたいと考えておる。そちの娘を、王太子妃づきの近衛士官として出仕させてはいかがか。そちの娘なら、きっと美しいのであろう。それに姫の警護をさせれば、さらに姫に箔が付くではないか。朕は何事においてもオーストリアの連中に、これぞフランスと瞠目させてやりたいと思うておる」
「は、陛下。それはさだめしご慧眼と心得まする。陛下が治めておられますわがフランスこそ、ヨーロッパ一の粋の中心でございます。その一端としてわが娘が少しでもお役に立ちますのなら、身に余る光栄の極みでございます。しかしそれがしに、しばし時間をお与えくださいませ。仕上げが何事も肝心でございますゆえ。このジャルジェ、陛下の御心に叶うよう、懸命に努めていく所存でございます」
「ジャルジェ、よくぞ申した。ではしばしの猶予を与えよう。しかし、なるべく早くじゃ。急げよ」
「御意」
 いかにも派手ごのみの王さまの考えることだ。忠義者の旦那さまは、これを非常に名誉なことと考えてありがたくお受けした。
だがもしかしたら、旦那さまは初めて聞いたようなふりをし、女のオスカルがすんなり近衛隊に入るための布石として、それとなく噂が王さまのお耳に届くように仕組んだ気がするんだ。旦那さまも、とんだ食わせ物だよな。
 憶測はともかく、すでに国王のお耳までオスカルのことが達しているのなら、事はもうすでに及んでいる。もうオスカルに、否やの選択は許されなくなった。どうでも士官学校入学は果たさなければならない。マリア・アントニア姫がお輿入れする前に、できるだけ速やかに士官学校を終えて、近衛隊に入隊させたいと旦那さまはお考えのようだった。

 それからのあいつの頑張りようといったら、悲壮の一言に尽きたよ。とにかく毎日、毎日、体力をつけるための鍛錬ばっかりしていた。腹筋に、腕立て伏せに、懸垂に。まあ、こうなりゃ、おれも運命共同体だからな、とことん付き合ってやったよ。あのときはとにかく、毎日何時間も走ってばっかりいた。まあ軍隊ってところは、土台行軍が基礎だからな。おれも付き合っているうちに、体が鍛えられてきて、持久力がついてくるだろ? そうすると今度はあいつが、おれについてくるのがしんどくなってくるんだ。だからって手加減してやるのは、あいつを軽んじているみたいで嫌だった。だからあいつも必死だった。
 思ってみれば、あいつもかなり思い詰めていたんだろうな。できることはなんでもするって感じだった。もともとあいつには、小さいときから礼儀作法の先生がつけられていて、貴族の子弟に求められる作法はすでに躾けられていたんだ。それでも不十分だと思ったんだろう。ある日とうとう、演劇の先生について、男として自然に見える見せ方を特訓していた。視線の向け方とか、話し方とかをな…。もう痛々しくて見ていられないんだ。だって考えてもみろよ。実際まだ十一の子供なんだぜ。しかも本当は女。そいつがピシっと背筋を伸ばして、ぐっと脚をふんばって開いて。辺りを睥睨するように立ったり座ったりしているのって、かなり無理があるんだよ。なんでここまでしなきゃならないんだ? しかしこのときの訓練が、それからの武人としてのオスカルを助けていくんだから、皮肉なもんだよ。
 そうだ、改めて考えてみれば、オスカルはいつ自分のことを女だと知ったんだろうな。たぶんうんと背が伸びたとき、二次性徴が始まったときだったんだと思う。きっとあいつは真実を知って、ひとりっきりで泣いたんだろうぜ。
あいつは出会ったころは、わりと無邪気というか天真爛漫な子供だったんだ。まぁ貴族は喜怒哀楽を簡単に顔にだしちゃいけないって仕込まれるから、いつもはポーカー・フェイスだったけど、おれとふたりだけのときは、あいつは楽しいことは素直に喜んだし、悲しいときは涙を浮かべた。
だが士官学校に入学する前後あたりから、おれの前ですら無表情になって、ひどく扱いづらい難しいところができちまったんだよなぁ。あいつもきっと、おれのことが煩わしかったに違いないぜ。まあおれたちは、いわば思春期の真っただ中にいたはずからな。
それでも一つ所で過ごしながら、昔のようにお互いの心が分かり合えなくなったのは寂しいことだな。その寂しさの空隙を満たすように、あのときは、よくふたりで暇さえあればジュー・ド・ポームをしていた。それこそ何時間も。ふたりともひとっことも話さずに。何も考えないで球だけを追いかけて、それを返して。今思えばそれが唯一のおれたちの会話の手段だったのかもしれない。

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 あれだけ心配していた士官学校入学も、努力の結果が功を奏して、難なく上位の成績で突破しオスカルは無事入学が許可された。まあ、当然といえば当然の結果だったんだが。五十六人中、四位となかなかの好成績だった。
士官学校は騎兵科、歩兵科、砲兵科の三つに分かれていた。大貴族の子弟であるオスカルはここを卒業すればすぐに上級将校となって人の上に立つ身だったから、当然軍隊の花形でもある騎兵科に進んだ。
しかも旦那さまは、在学中はオスカルを男で通しておくようにと、おれたちや周りの使用人に緘口令を敷いた。
オスカルが実は女だということは、ヴェルサイユの上流貴族の間では知らぬものとてない公然の秘密だったが、しかしここはパリ。しかも士官学校の連中は、ヴェルサイユの貴族とはほとんど交流のない下級貴族ばかりだ。周囲の人間が知らないのであれば、もっけの幸い。バレないで済むなら、男で通したほうがオスカルも、いらぬ軋轢やら面倒に煩わされなくて済む。だがそれだけに、秘密を守り通すのは、至難の業のような気もした。

 王立パリ陸軍士官学校は、シャン・ド・マルスと廃兵院に隣接したパリの西側にあった。ヴェルサイユからパリまでは、馬車でざっと二時間もかかるんで、毎日お屋敷から通うには、無理がある。それでおれたちは、シテ島をサン・ドニ通り沿いに少し抜けた界隈にある、ジャルジェ家の別宅に住むことになった。
おばあちゃんもオスカルのことが心配で、付いていくと言い張っていたけれど、お屋敷で内向きのことすべてを差配している女中頭が抜けるのは困ると奥さまに言われて、泣く泣く引き下がった。そこでパリのお屋敷には、大もとを取り締まる副執事、女中頭のおばあちゃんの代わりに、中堅のメイドを頭として、その妹分のメイドたち、そして力仕事をする作男たち数人が組んで、詰めることになった。まあ、お仕えするのが、まだ学生の若さまのオスカルひとりとあって、要人がしょっちゅう出入りするヴェルサイユのお屋敷と違い、めったと人は訪ねてこないし、パリのお屋敷はわりとお気楽で、のんびりとした雰囲気があった。  
 九月になって新学期が始まると、あいつも腰にサーベルを吊り下げ、士官学校の制服を颯爽と着て、学校へ通うようになった。それが今までの努力の賜物なのか、おれが見ても違和感なく、しごくまっとうな士官候補生に見えるんだ。それこそ事情を知らない第三者が見ても、その姿から、あいつが本当は男じゃないなんて勘ぐることさえできないはずだ。そう、自然なんだよ。しかしそのさりげなさの下に、実はとてつもない人為的な努力が隠されていたんだが。

パリにいると、おれの仕事はオスカルの登下校の供ぐらいしかすることがなくて、その間は士官学校の控室で本を読んだり、空いた時間を使ってサバットの道場へ通ったりした。
最初のうちは、ヴェルサイユのお屋敷にいたころのように、勉強漬けの毎日から解放されて嬉しかったんだが、そのうち焦燥感に駆られてきたんだ。このままぼんやりとにオスカルの従者だけを務めることに、いらだちを感じるようになったんだ。
これまでは、あいつが士官学校へ入学することが、おれにとっても当面の目的だった。それが結構高く思われたハードルだったんで、他のことを考える暇もなかった。だがこのままではオスカルだけが前を進み、おれは取り残されていってしまう。後れを取ることはたまらなく嫌だった。

夏の終わりに十三を迎えたおれは、真剣に自分の将来を考えなければならないと思うようになった。
それというのも、オスカル抜きでパリのお屋敷の使用人と近しく過ごして―もちろん彼らは、大変に気持ちのいい人たちではあるんだ―それでもどこか、噛み合わない居心地悪さに気づかされた。別にお高く止まっているつもりはない。だが使用人として下働きをするには、おれはあまりに教養が付きすぎちまった。
そんな思いと共に、もともと自分の中にあった独立不羈の精神が、むくむくともたげてきたのを感じた。やっぱりおれはおばあちゃんのように、お仕えしている主のために、自分の人生のすべてを捧げる生き方はできない。もっと自分の力を試してみたい、自分だけの力で世の中を渡っていきたいと感じるようになったのさ。
一方外では、学友たちと楽しそうにふるまっているオスカルも、一度学校の門を出て、馬車にたどり着くと、もはやおれの前では芝居する必要もないせいか、ぐったりしているんだな。外では常に緊張しているんだろう。それも無理もないと思うものの、あいつときたら、家ではむっつりと押し黙って、以前のように快活に話しかけてくることもめったとなくなった。
そのとき、言いようのない虚しさや孤独を感じたんだよ。すでに自分の役目は終わったような気がした。
で、おれはおやじのようにとりあえず弁護士かあるいは官吏を目指して、勉学の道を志そうかとぼんやり考えていた。そのためにパリにあるルイ・ル・グラン学院か、フランス学院へ通うのもいい。あるいはヴェルサイユへ戻って、これまた名門校と誉れ高いサント・ジュヌヴィエーヴ学院へ編入する手もある。今までオスカルと一緒に猛勉強をしてきたおれだ、別に編入試験なんて屁とも思わなかった。
それにこれまで五年間オスカルのそば近くに仕えてきて、一年間になんと二千リーブルという破格の俸給を頂いていたので、おれはすでに、ひと財産というものができていた。だから学費や寮費の工面も問題なくできそうだった。

どこかで予感していた通り、それまで温めていた自分の選択の決意を迫られるできごとに、ついに遭遇してしまったんだ。
それは秋も深まり、あいつも学校にだいぶ慣れたころだった。そのときもおれは、いつもと同じように学校へ向かう馬車に同乗していた。たぶんオスカルは、身体そのものができておらず、自分の身体のサイクルを掴み切れていなかったのだと思う。だって、まだ十二にもなっていなかったんだから。
おれの向かい側に腰を掛けているオスカルのキュロットに、わずかな染みが広がりつつあるのを見つけてしまった。 
ああ、これはどう伝えたらいい? おれは思わず、顔に焦りの色を出してしまったんだな。これがまずかった。オスカルにそれを気取られてしまったんだ。
「どうした、アンドレ」
オスカルは訝しんでおれに声をかけた。
おれはひどく決まり悪くて、心の中で煩悶したのだが、オスカルのこの姿を他人に見られてはならないという義務感のほうが、かろうじて羞恥心に勝ったんだ。
「あ、いや…オスカル、今一度、おまえはお屋敷に戻る必要がありそうだぜ」
 おれはとっさだったが、それでも慎重にことばを選んだつもりだった。オスカルはぴくりと片方の眉だけを動かし、一瞬だが顔に熱がよぎった。それを見て、ああ、オスカル。かわいそうだな、こんなことを、おれに言われてしまうなんてと、心から同情した。
だがあいつは慌てず騒がず、つとめて鷹揚に構えて、御者にとまれと合図した。
「アンドレ、おまえはここから出ろ」
物静かだが、その口調には有無を言わさないものがあった。
「学校へはわたしが二、三日欠席することを伝えて、それから帰ってこい」
ぴしゃりと言い放って、ここからおれを追い出した。あいつだって、おれとこれ以上同じ空間にいることに耐えられなかったんだろう。それは理屈として解るんだ。だけど自分の存在を拒絶された鋭い痛みが胸に走った。
お屋敷に戻ると、使用人たちは、登校されたはずの若さまがすぐさま戻ってこられて、さあ、これから部屋を掃除しようというときに、部屋に鍵を掛けてこもってしまわれたので困っていた。
おれが悪いせいではなかったが、オスカルに朝のことを詫びて、機嫌を直してもらわねばならない。かなり気の重いことだったが、やらなければならないことだった。おれはあいつの部屋の戸をノックし、返事を待った。
「アンドレか? 入れ」
 部屋に足を入れると、窓際でオスカルが椅子に腰を掛けて本を読んでいた。ブラウスの上から丈の長い、綿の詰まった藍の色が濃いシノワズリ風のガウンを引っ掛けていた。それは、不躾な視線を向けたおれに対するひそかな抗議に感じられた。
「どうした、アンドレ? 学校へは行ってきてくれたのか」
 本から目も上げずにおれに訊いた。さっきのできごとはなかったかのように、淡々としていた。
「ああ。オスカル。おれは…」
 オスカルは手を挙げておれを制した。
「ああ、それ以上言うな。おまえは自分の職務上当然のことを果たした。ああ、わかっているとも」
 だがな、とオスカルは最近とみに鋭くなった目を、こちらにひたと据えて続けた。
「こういうことがあるたびに、わたしはこの自分のどうにもならない身体を持て余して、うんざりさせられるのだ。わかるはずだろう、おまえなら」
「オスカル…」
「アンドレ、すまないが他に用がないのなら、もうわたしをひとりにしておいてくれないか」
 もはや何を言っても無駄だった。全くもって取り付く島なしといったところだな。
 冬にはまだ少し間があるのに、真昼間から暖炉には薪がくべられていた。はっとして気づかれぬよう、目を走らせると、今朝オスカルが来ていたはずの制服の燃えた残骸があった。
 おれはことばにできないオスカルの苛立ちを、そこに見た気がした。

それから間もなく、ヴェルサイユのお屋敷からお呼びがかかった。お屋敷では旦那さまと奥さまがお待ちだった。奥さまはおれにこう言った。
「実はね、オスカルからわたくしに、もうおまえの護衛は必要がないといってきたのです…」
「さようでございましたか…申し訳ございません。覚悟はしておりました」
「何かあったのか?」
旦那さまが、せっつくようにお尋ねになった。
「いえ、ただ…これは単なる推測ですが、オスカルさまはわたくしのことを、疎ましく思っておられるように感じられるのです」
「なぜなのです?」
「それは…」
 おれはことばに詰まった。
「それは?」
「それは…わたくしが粗忽ものに他ならないので、オスカルさまはわたくしを頼りなく思し召しになられたのでございましょう」
「そんなはずないでしょう! おまえに限って。本当のことをおっしゃいな!」
 奥さまはおれの弁解を、端から信じなかった。奥さまに嘘は通じない。
「あ…。申し訳ございません。旦那さま。奥さま。なんとお話していいものか…」 
「アンドレ、構わぬ。話せ」
 旦那さまは軍人だけに癇性なので、てきぱきと要領よく話を先に進めたがられた。
「オスカルさまは、わたくしと一緒に過ごすことが耐えがたいと思っていらっしゃるのだと思います。重々失礼とは心得ておりますが、是非とも申し上げなければなりません。お判りとは存じますが、オスカルさまとわたくしとは同じ性ではございません。ですから、わたくしという存在自体が、すでにオスカルさまのお心を傷付けてしまうのです。たとえ男のわたくしが、オスカルさまのお為と思ってやったことでも、侮辱していることになるのです…さりとて…わたくしがオスカルさまにご指摘申し上げないのでは、結局オスカルさまに、恥をかかせることにもなり…」
「ええい。はっきり申せ。おまえの言っていることは要領が得んわ!」
 旦那さまは苛立って声を荒げられたが、奥さまは、ピンと心に響くものがあったようだ。
「アンドレ、もうお下がりなさい。言わんとしていることはわかりました」

 こうやっておれは、あっけなくお払い箱になっちまった。まあ、あいつに未練がないといえば嘘になるかな。何といっても八つから一緒に苦難を乗り切った同志だったんだから。しかしあいつの壊れ物のような繊細さには、いささか参っていたんだ。おれだってそれなりに、あいつの仕打ちはこたえていた。要するにもう限界だったのさ。
 結局周囲の大人には、おれには荷が勝ちすぎると判断され、おばあちゃんとお屋敷の執事が当面の間、あいつの面倒を見ることになった。やっぱりあいつが赤ん坊の頃から知っている人間のほうがいいってことでね。いつもおれをどやしつけてばかりいたおばあちゃんでさえ、このときばかりは慰めてくれた。
「アンドレ、やっぱりおまえとお嬢さまとじゃ、歳が近すぎるんだよ。何といってもおまえは男、オスカルさまは女なんだよ。旦那さまが認めようと認めまいとね! ふたりともこれから大人になろうしているんだ、難しい年頃さ。無理に決まってらぁね! お嬢さまだって、自分の粗相を男のおまえに指摘されてしまうなんざ、死にたくなるほど恥ずかしいことだった違いあるまいよ。まあね、おまえはおまえなりに一生懸命頑張ったのは、あたしだってわかっているさ。仕方なかったんだよ」
 だがこう言ったあと、急に肩を落としてしょんぼりしてしまった。大事な大事なお嬢さまの先行きが心配でならないんだろう。
「全く旦那さまも、早く目を覚ましてほしいもんさ。お嬢さまももう年頃だっていうのに。お嬢さまのお幸せを考えたら、一刻も早くあんな男ばっかりの軍隊の学校なんて、お止めになるのが一番だってのにさ。あたしはこの家の六人のお嬢さますべて、手塩にかけてお育てしてきたんだよ。だけど掛け値なしに言わせてもらえば、一番出来のいいのはオスカルさまさ! だけど旦那さまがあんなだろ? お嬢さまだって、そりゃ言えやしないよ、本当の気持ちなんか! あたしゃもう、切なくて見てらりゃしないんだよ」

 とりあえずおれは、ジャルジェ家から出ることにした。奥さまはおれのことを気の毒がって、ヴェルサイユに戻って、お屋敷からサント・ジュヌヴィエーヴ学院へ通ったらいいとまでおっしゃって下さった。本当にありがたい思し召しだったが、辞退した。
奥さまには、オスカルに仕えるのを辞めた代わりに、学を修めればまた、おやじのように別な形でお仕えすることもできるからと、納得してもらった。
一奉公人のおれに、ここまでよくしてくださったご夫妻へ、恩をあだで返すようで心苦しかった。だがこのままでいられないのは、自分で一番よくわかっていた。
結局おれは、フランス学院を受験して合格した。それで学校の近くにある、まかないつきの下宿を借り、そこから通うことにした。学校はパリのジェルジェ家のお屋敷からシテ島を挟んで、サン・ドニ通りを反対側の南方向へ突っ切った、カルチャ・ラタン地区にあった。リュクサンブール宮殿も近い。ここにはほかにもルイ・ル・グラン学院をはじめ、パリ大学などがひしめき合っている学生街で、街自体が若者で溢れ、独特の活気があった。
 初め、なかなかおばあちゃんは、一人暮らしをするのを賛成してくれなかったが、おれはもうオスカルと一緒にいることに、耐えられなくなっていた。だからどうでもここを出ていく決心だった。おばあちゃんもそんなおれを見て、とうとう折れた。
「まあ、一人暮らしをするっていっても、そんなに離れちゃいないんだし、ちょくちょく顔を見せにくるんだよ」
「うん」
「お嬢さまにはごあいさつしていかないのかい?」
「うん…。まあ、今あいつは、おれの顔なんか見たくないはずだろうし。そっとしておいてやって。別にこれが永の別れってことでもないから。また今度にするよ。おばあちゃん、オスカルによろしく。オスカルの面倒をよくみてやってくれ」
 冬の夕方、薄暮が周りを包み込む中、おれはパリのお屋敷を後にした。裏口からオスカルの部屋の辺りを、ふと見上げると、ぼうっと灯った窓際に、白っぽい人影が動いた気がした。だが未練を断ち切るべく、くるり窓から背を向け、新たな人生が待つ場所へと出発した。



新しい生活が始まった。おれとって学校は初めてでもあり、同級生とうまくやっていけるのか、勉学についていけるのか、ちょっと心配だった。
だがそれは、全くの杞憂に終わった。いざ蓋を開けてみると、あまりにも初歩的な授業ばかりだったので、気が抜けてしまった。おれの周りの生徒が、えっちら、おっちらと読んでいる古典の必須科目であるカエサルの『ガリア戦記』なんか、とっくの昔に暗記できるほど、読み込んでいた。
ほどなくあまりに授業が簡単すぎるので、二学年飛び級を命じられた。目立つことは極力避けたい思いがあったのだが、ここでは飛び級も留年も別段珍しくないらしく、誰も頓着するヤツなどいなかった。
このフランス学院の生徒は、主にパリとその近郊に住む貴族かブルジョワの子弟がほとんどだ。生徒には、おれやオスカルのように、実家でばっちり家庭教師について鍛えられたものもいたが、中には勉強嫌いなのに、親にせっつかれて仕方なく来ているブルジョワのドラ息子という手合いも、少なくなかった。
優秀なヤツとは、知的好奇心を満足させる会話ができて、それはそれで面白いんだが、ドラ息子というのも別な意味で面白い。あいつらは勉強はてんでダメかもしれないが、世間ってものをよく知っていて、その手の知識は豊富だった。おれは今まで、ジャルジェ家っていう超お堅い家で育ったもんだから、そういうちょっと羽目を外したヤツのほうが、より新鮮で魅力的に映ったもんさ。ここには、ヴェルサイユでオスカルと一緒に机を並べて学んでいたのとはまた別な、自由さ、気楽さがあった。
いったん卒業して外の世界に出てしまえば、それぞれの身分に応じた付き合い方しかできなくなるものの、学校という聖域の中では、どんな生徒もみんな一様に平等だった。同じ年頃の少年たちと、なんの遠慮もなく、くだらないバカ話で盛り上がるのは楽しかった。やはりここにきたのは正解だった。
なぜならおれにとって、あいつと過ごした時間は、かけがえがないものだったからだ。おれは一旦、それを忘れてしまう必要があった。うまく言えないけど、あのときのおれたちは、ふたりでひとつだった。
今から思えば実に不思議なことなんだが、瞬時にお互いの気持ちが分かり合えるんだ。ふたりの間にはどこからおれで、どこまでがあいつという境界なんて存在しなかった。おれたちはそのことをごく当たり前のこととして別段疑問も持たなかった。あいつが怪我をすれば、おれも瞬時にその痛みを感じたし、おれが風邪をひいて具合が悪くなれば、あいつも同時に寝込んだ。ことばにせずとも傍にいるだけで、直に心の中へあいつが感じるものが流れて込んでくるんだ。それほどまで近く、魂が寄り添えていたんだ、無垢な子供の時代には! 
成長することで、魂は引き裂かれ、おれたちは昔のように魂を通わせられなくなった。そして魂は別々の肉体に閉じ込められ、遠く隔てられて、別の人格になってしまった。大人になるって、そういうことだ。それが一層おれの心に癒せない傷として残ってしまった。
だがこのときのおれは、そんな悲しみの中に身を浸しているより、それを忘れてしまえるほど、快活な少年と交わることで、救われていたんだ。

学校に通ってまだ日も浅い時分、おれは図書室でデカルトの『方法序説』を読んでいた。そこに顔だけは知っている少年が傍を通った。そいつは行きしなに、おれの読んでいるページを目に留めると、読んでいる本の片側を断りもなくひょいと持ち上げ、タイトルを確かめた。そしておれの顔をまじまじと見て、にかっと笑った。
「よお、えらく難しいものを読んでいるんだな。君、確か、最近うちのクラスに飛び級してきた子だね。名前はなんていうんだい?」
「あ、ぼくですか? アンドレ・グランディエといいます。よろしくお願いします」
 おれは新参者なんで、とりあえず自分から頭を下げた。
「あはは、別にぼくが年上だからって、そんなに硬くならないでいいよ、アンドレ…だっけ? 歳がすこしぐらい上だろうと下だろうと、なに、かまやしないさ。背が高いな。本当の歳はいくつなんだ?」
「ええ、十三です」
「へぇ、そうなのか。ふうん。だが同級生は、同級生だよ。アントワーヌ・ジョゼフ・サンテールだ。よろしく。ジョゼフと呼んでくれ」
 人の温かさに飢えていたこともあって、おれは彼とたちまち意気投合した。ジョゼフは二歳年長の十五歳で、ビエール醸造業を営んでいる家の三男坊だった。パリっ子ならジョゼフの家の工場で作っているビエールの「ブラスリー・ド・マグドレーヌ」の商標は、なじみ深いものだった。
ジョゼフの家は、裕福なブルジョワ階級だった。貴族階級の人間と違い、ざっくばらんでくだけたところが庶民的で話しやすかった。え? 貴族が苦手だったのかって? そりゃそうだよ。だってあいつとは、たとえ「おれ、おまえ」の会話をしていても、それはしょせん、おれたちだけのうちわの会話の中だけで許されていることで、外では許されていない。厳然たる身分差が横たわっていたのさ。
そういえば同級に、シャルル・ド・タレイラン・ペリゴールってヤツがいた。ヤツもおれと一緒で、二学年飛び級していた。すごい大貴族の息子で、聞くところによると、タレイラン家というのは王さまより古い家系なんだそうだ。苗字にペリゴールなんて地名がついているくらいだからな。その古さが推し量られるよ。学生らしく地味な装いながら、いつも絹でできた上等な服を着ていたので、すぐにその出自のよさはわかった。
タレイランも、オスカルのような典型的な貴族的容貌の持ち主で、女かと見紛うほどの美貌を持ち、しかもすらり背も高く、身体の均整も取れていた。本来は家督を継ぐ身だったんだが、生まれつき片足が悪くてね。内反足だったんだ。じっと立っていれば、美しさが際立つその姿も、歩く時は山が揺れるようにぎったん、ばったんと身体を揺らさずには歩けなかった。そのせいで長男であるにもかかわらず、家督は弟に譲らされることになり、自分は聖職者の道を否応なく歩まされることになっていた。貴族にとって滑稽に映るってことは、何よりも許しがたい罪悪なんだ。 
だからなのか、生まれたときから、長らく親に一顧だにされず、長いこと里子に出されてまま、放っておかれたんだそうだ。察するにまっとうな人間には、当たり前に持ち合わせているはずの親子間の情愛を知ることがなかった。タレイランは一見、とても物腰が柔らかかった。だけどそれだけに、何かの拍子に垣間見える冷酷な表情といったらなかった。しかしそれも、うなずけないわけじゃない。小さいときに愛情をかけてもらえない人間は、そんなふうになったっておかしくないさ。貴族なんてヤツは、みなどこか不自然な矯正を受けているもんなんだろうな。タレイランもどこかオスカルに重なって見えて、哀れに思えたな。

 まあ、とにかくこのジョゼフが、この新しい生活での最初の友となり、また次々と彼自身の友人をおれに紹介してくれた。ジョゼフがこのフランス学院時代に、陰になり日向になっておれを支えてくれたんだ。今でもそのことはすごく感謝しているよ。
彼はおれと一緒で、理科系の科目が得意だったんだ。あいつはその後、大学に進んで物理学を専攻したんだ。大学で学んだことが、家業にも生かされたって話だ。
 おれがビエールの味の善し悪しがわかるようになったのは、ひとえにジョゼフのお蔭さ。おれに浴びるようにビエールを飲ませてくれたからだ。彼の両親はすでに亡くなっていて、たくさんの兄弟姉妹を一番上のお兄さんとお姉さんが、親代わりになって面倒を見ていた。
ジョゼフはおれがひとりで下宿しているのを知ると、よく自分の家に招待してくれた。彼も両親を亡くしているから、おれがひとりでいることに、たぶん他の人間より気を遣ってくれたんだろう。それに彼はおれの出自を、あれこれ詮索する人間じゃないってのも、ありがたかった。おれはこれまで育ったジャルジェ家のことやオスカルのことは、決して他言するつもりがなかったからだ。

 
 おれは新しい環境に慣れるのに必死で、冬の陰気さなどまったく気にならなかった。
気が付けば春が到来していた。それは六月にふさわしく、さわやかな日だった。
ジョゼフの実家であるサンテール家は、パリのブルジョワの出入りが非常に多く、一種の社交場となっていた。庭にあるリラの花が見ごろだっていうんで、たくさんの家族が招待されていた。ジョゼフはおれを含めて、日ごろ親しい学友どもを何人かを招待してくれたんだ。木漏れ日がさす木々の間に紫色の濃いうすい、それぞれ微妙に色合いの違う花が咲き誇っていた。庭はかぐわしい香りに包まれて、なんとも気持ちがよかった。
おれはその時まで知らされていなかったんだが、その日はジョゼフと幼なじみのマリー・フランソワーズとの婚約式でもあった。今やいいなづけとなったふたりは、たくさんの人に祝福されて本当に幸せそうだった。おれもこんなふうに身近な友人の婚約式に出席したことがなかったんで、初々しいふたりを見ていると自分の中にあるなにかを触発されたような気がした。
その席でジョセフは知り合いの女の子たちを次々と紹介してくれた。
そのとき女の子たちたちは五、六人で集まって、おしゃべりに夢中だった。やはりきれいに着飾った年頃の娘がいるっていうのは、場を華やかにするもんだな。おれたちが紹介に与ろうと近づくと、一層きゃあっと歓声が響く。女の子っていつもきゃあきゃあ言わないと気が済まないもんなのかな? でも悪い気はしないよ。かん高い笑い声でさえ、その場を明るくする。その子たちは親同士が親密にしているので、たびたびこんな社交場に来ているうちに、仲が良くなったということだった。
おれたちはひとりひとり紹介しあった。その中にひとり、とても目立つ子がいた。その子は町方の出とあって、おれと同様、黒い目に黒い髪をしていた。髪や目の色同様、鼻のかたち、唇なんかは、言っちゃ悪いけど、特にこれといって目立つところもなく凡庸なんだ。だけどきめ細かい肌の色合い、生き生きとした聡明な表情、声やしぐさのかわいらしさ、センスのよい身なりなど、それらが相まって、とても魅力的なんだな。彼女のほうでも、どうやらおれにちょっと興味を持ったらしく、ジョゼフに紹介するようしきりにせっついていた。ジョゼフも苦笑しながら、おれにそっちへ来るように手招きした。
「アンドレ、秀才の誉れ高いおまえにぴったりの、すばらしい女の子を紹介してやるよ。こちらは才媛のマリー・ジャンヌ・フィリポン嬢。マノン、こっちはぼくの学友でアンドレ・グランディエだ」
「いやあねぇ、ジョゼフ。才媛だなんてとんでもないことよ」
 女の子はころころと笑いながらジョゼフに文句言っていた。彼女はおれとそういくつも歳は違わないようだった。なんでもシテ島近くの宝石細工師の娘だということだった。
マリー・ジャンヌと紹介された女の子は、おれに挨拶した。
「はじめまして、アンドレさん。わたしのことはマリー・ジャンヌじゃなくて、マノンと呼んでくださいね」
 にっこりと微笑みながら、落ち着いた感じのいい声であいさつしてくれた。
「あ、はじめまして、マノンさん。アンドレです」
 年頃の魅力的な女の子と初めて会話したので、どきまぎしてしまった。あ、あいつも一応年頃の女の子の範疇に入るだろうって? いやぁ、あはは。ちょっと違う気がするぞ。
 とにかくマノンは他の男にもモテモテで、若い医学生やら、法律士やらがしきりと気を引こうと話しかけていた。
 庭で宴もたけなわになったころ、興に乗じてダンスが始まった。庭には軽快な音が響いた。おれはヴェルサイユにいたころは一応、踊るには踊っていたが、それはオスカルの教育一環だから、義務で踊っていたので、本来一向にそういうのに興味がなく、みんなが踊っているのを、ぼうっと眺めていただけだった。だが女の子のひとりは、パートナーが見つからなくて、マノンに心当りがないか打診していた。ジョゼフをはじめ、ほかの学友すべて、みんな女の子のお相手をするために、駆り出されていた。マノンは隣のおれに尋ねた。
「ね、アンドレ。あなた、ミュゼットって踊れるかしら? あらら、オーギュスティーヌが泣きそうになってるわ」
 マノンは別段、自分が踊れないのは構わないらしく、あぶれてしまった女の子の心配をして、世話を焼いていた。おれは確かに踊れるが、それは宮廷で主に踊られるベル・ダンスと呼ばれる格式ばったもので、こんなふうにくだけた場所で踊られるものは知らなかった。が、ミュゼットはミュゼットだ。踊れないと言ってしまうと、オーギュスティーヌが踊りの輪に入ることができない。ちょっとかわいそうになった。
「うーん、あんまりうまくないかもしれないけど、それでよかったら」
 おれは一曲だけならとオーギュスティーヌに念を押して、本当に一曲だけ付き合った。それでやめて戻ろうとしたんだが、いきなり周りの女の子たちがおれを捕まえて、「今度はわたしと」「じゃあ、次はわたしと」とか言って迫って来るもんだから、なんだかんだで十曲ぐらい踊らされる羽目になっちまった。やっと解放されて戻ってくると、マノンは、おれのほうをびっくりしたように見ていた。
「アンドレ、あなたどこでダンス習ったの?」
「え? いや。どこでだったかな。どうして?」
 詮索されるのは嫌なので、とぼけてみた。
「だってあなたのは、ちょっと今まで見たこともないというか。まるで貴族の舞踏会のようなステップだったもの。これはもう、ダンスの名手と呼ばれるレベルね。アンドレ、あなた一体なにものなの?」
「一体どういう意味だい? わからないな」
 マノンは鋭かった。そして一度疑いだすと、なかなかその追及は厳しいものだった。このときから彼女は、おれの育ちにがぜん興味を持ったようだった。
 それからジョゼフの家に行くと、マノンと仲間の女の子たちに、必ずといってもいいほど遭遇した。女の子たちは、おれに興味があるようで、友達同士でこそこそ話しているふりをして扇をかざしながら、チラチラとおれを盗み見してた。なんでまた、おれみたいのに興味があるのか不思議でしょうがなかったけど、さすがに悪い気はしなかった。まあ、かわいい子たちとたわいない話をするのも、それなりに楽しいことには違いなかった。だがそれが長時間に及ぶと、ひたすらファッションか、人の噂ばかりになってくるので、正直退屈だなと思わないでもない。だがこのマノンに関していえば、その教養は一目置くほど並外れたものだった。
 おれは全く知らなかったのだが、マノンはつとに近所でも、才色兼備で有名な少女だった。とにかく、文才があり流麗な文章をあっという間に書けてしまう。おれの同級の秀才と呼ばれる男子も、こんな立派な文章が書けるだろうか? 文を読めば、男並みに知識も豊富なのが判った。しかも筆跡が抜群に美しい。そして文学少女でもあって、いろいろな本をバリバリ読破していた。
 マノンは、事あるごとに、ヴェルサイユのお屋敷では絶対に読むことを禁じられていた、啓蒙思想の本を、ずいぶんと貸してくれた。ルソー、ヴォルテール、ディドロ、ダランベール…。世の中には、町方出身でも、こんなに教養の深い女の子もいるんだなと心底驚嘆した。それらの本について感想を聞くのは、とても興味深かった。彼女の考え方は、ジョゼフやほかの学友と違う女の子ならではのユニークな視点だったので、それもまた面白かった。
 あるときマノンは、ちょっと得意そうに手提げからごぞごそと一冊の本を取り出した。それはいつもとは少し毛色の違う本だった。
「アンドレ、たまにはこういう軽いものもどう?」
 貸してくれたのは、ルソーの『ヌーベル・エロイーズ』だった。
「あなた、恋愛小説なんて読んだことないんじゃなくて? うふふ、あなたったら素敵なのに、全然それに気が付いてないでしょ? とにかくお堅いんですもの。これでも読んで少しは男女の機微ってものを少しは学んでみるのはどうかしら?」 
 それはラヴ・ストーリーで、身分違いの男女の悲恋だった。

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 目覚めた寝床の中で、もうすぐ降誕節に入るからじきに十三になるはずだと、久しぶりにあいつのことを考えていた。
 結局その間、一度もパリのお屋敷には戻らなかった。
 最初のうちは、体の一部をお屋敷に置き去りにしてきたようで、妙に落ち着かなかった。生活の習慣というのはそんなにすぐに変われるものではないんだよ。しばらくはなにか事あるごとに、あいつを思い出した。眠れば眠ったで、夢に現れた。情が移っちまったんだな、間違った身体を授かって生まれてきた幼なじみに。
だが時間が経つごとに、あいつの影はじょじょに薄らいでいった。今の生活の充実感が、傷ついたおれを救ってくれたんだな。
 一向にお屋敷に来ようとしないおれにしびれを切らし、何度かおばあちゃんが食べ物を携えて、下宿を訪ねてきた。おばあちゃんの話によると、あいつはちゃんと学校へ通っているし、それなりにそつなくなんでもこなしているけれど、どことなく元気がないとか。
 チクリと心が痛んだけれど、それでもおれは思い直した。だけどオスカル。おまえがおれをあの家から居られないようにしたんだぜ。追い出したのは、おまえじゃないか。こうなった以上、おれたちの関係はもう過去のものなんだ。おれはおまえには縛られたくない。だからもう、戻るべきじゃない。
 その日はたしか木曜日で学校も休みだった。もとより寝坊するつもりで、いつもよりも遅く目を覚ました。ずぼらを決めて二度寝しようと目を閉じかけたが、ふと窓を見ると、外が朝にしては妙に明るかった。不思議に思って寝床を立ち、窓の側に寄って外をみると、雪が降っていた。地面はうっすらと雪が積もっていた。
 うう、寒い。外に出れば雪のせいで道がぬかるんでいるはずだ。ああ、外出なんかしたら、こないだ誂えたばかりの靴がダメになっちゃうぜ。今日は一日中、本でも読んですごそうかなぁと、外を見ながらぼんやりと考えていた。だがふいに、ここらには場違いなほど、立派な馬車が目に飛び込んできた。しかも扉には一年前まで当たり前のように接していた紋章が付いていた。御者もよく見れば、顔なじみの人間だ。
「え?」
 どきっとして、一瞬、目を疑った
 あれこれと気を揉んでいると、門番の娘がおれの部屋まで駆け上がってきてノックした。
「グランディエさん。下の馬車のかたが、あなたをお待ちだそうですよ。なんでも是非にも、お会いしたいそうです。馬車の中で待っていると伝えてくれとおっしゃいましたけど」
 おれは門番の娘に尋ねた。
「訪ねてきた人の名前は? どんな感じの人でした?」
「えっと、すみません…。それがわからないんです。中には目隠しが引かれていましたし…。御者がそうグランディエさんにお伝えしてくれればわかるからとしか、おっしゃらなかったので…」
 急いで着替え足がもつれるように階下へ降りた。馬車に近づくと、御者がおれに気づいて、あいさつをくれた。
「やあ、アンドレ。久しいな、達者だったか、あん? まぁ中に入んな。お待ちだぜ」
 昂る気持ちを抑えながら、馬車の取っ手の中を開くと、そこに今まで自分に無理にでも言い聞かせて、会うまいと決心していた人間が待っていた。
オスカル…!
「やあ、アンドレ」
 あいつは眩しいものでも見るかのように目を細め、口許をほころばせておれを見た。
「アンドレ、本当に久しぶりだな。乗ってくれ」
 だめじゃないかと内なる自分が叱咤しているのに、しばらくあいつから目を逸らせなかった。大人でもなく子供でもない、男でもなければ女でもない、オスカルはこの年齢に特有の透明感のある不思議な輝きを放っていた。
 だがあいつが今見せている笑顔は、さっき一瞬見せたものとは違い、どこかひんやりと冷たく、作為的なものが感じられた。このやけに他人行儀な表情に、正直ムカッと来た。久しぶりに幼なじみに会った感動も冷め、こいつ、一体何の用でここまで来た? と心の中で悪態をついていた。
「アンドレ、今日は雪が降った。せっかくだからふたりで雪見としゃれて、パリの街を馬車で散策しないか? 時間はあるのだろう?」
 何を言い出すのかと思えば、唐突にそんなことをうそぶいた。
「あ、ああ」
 車内は轍のガラガラという音だけが響いてゆく。ふたりで黙って車窓に流れる風景を見ていた。雪が降ったというだけで、いつものごみごみとした埃っぽい通りも雪に覆われて清浄に見える…。鉛色の空から降ってくる雪だけが、音もなく車窓のガラスに吹き付けてくる。
 ついに沈黙に耐えきれなくなって、おれのほうから口を切った。
「背がまた高くなったみたいだな、オスカル」
「ふふ。そうなのだ。つぎつぎと制服がきつくなってしまってな。これも作り直して三回目なのだよ。なんだ、そういうおまえもずいぶん背が伸びたじゃないか」
「そうだな…。おれたちはどういうわけか、並外れてでかいよな」
「まあわたしには北方の血が入っているからな。それにしても、おまえがそれほどでかくなるとは意外だったな」
「知ってるか? おれのおやじにはクロアチア人の傭兵の血が流れていたんだとよ。本当かどうかは知らないが」
「そうか、クロアチアの人間は大きいからな。それを聞いて納得したぞ」
 他愛もない話をしていたが、あいつは突然話をおれのほうに振ってきた。
「フランス学院に通っているそうだな、ばあやから聞いた」
「ああ、そうなんだ。ここがまた、おれに合っていて、ひどく毎日が楽しくってな。愉快にやってるぜ、お蔭さまでな」
 少しとげの含んだ言い方をした。
「ああ、おまえは昔からデキたからな、わかるぞ」
「で、どうなんだ、オスカル? おまえのほうは?」
 今度はあいつのほうに水を向けてみた。
「ああ、わたしか。うん、今のところ順調だ。うまくやっている、それなりにだが」
 順調か、ふうん、順調ねぇ。
「へぇ、そうか。じゃあお互いに万々歳というわけだ」
 おれは不機嫌を隠さなかった。オスカルの瞳の色が少し陰った。
 また会話が途切れ、静寂だけが時間の中を通り過ぎていく。ああ、おれはあいつとこんな話をしたいわけじゃない。もっとほかの……。だが時間だけが、おれたちの間を容赦なく過ぎていく。
やがて馬車は、パリの街を一巡してカルチェ・ラタン地区にあるおれの下宿の前で止まった。
 ちがう、こんなふうにオスカルとは別れたくない。でもしかたがないんだ。
「ああ、アンドレ。また会おう」
 オスカルはよそいきの顔をして社交辞令を言った。
「今日はどうも。じゃあな」
 いや、会うんじゃなかった…。おれはすでに後悔していた。
やるせない気持ちを心の中でなだめながら、ノブを押して外に出ようとした。だが突然背後から白い手が伸び、おれの右手に重なった。

 久しぶりにジョゼフの家を訪ねた。すると案の定、長い間おれが来ないんで気を揉んでいたにちがいないマノンが待ち構えていた。みなにあいさつする暇もあればこそ、彼女はつかつかと近寄ってきた。
「ねぇ、アンドレ。外を散歩しないこと? ここは火を焚きすぎるから暑くて。外の冷たい風がきっと気持ちいいわ。だからつきあってほしいの。ジョゼフ、ちょっとアンドレをお借りしてもいいわよね。大丈夫。ほんの少しの間だけだから」
 マノンは、誰にでもそれがすぐに口実とわかるような言い訳をして、ふたりきりになりたがった。ジョゼフは苦笑した。
「マノン、しょうがないな。アンドレは初心なんだから、ちょっとは手加減してやれよ」
 サンテール家は大きい敷地が必要とする醸造所をいくつも建てた関係で、パリの西のはずれにあった。ちょうど対岸からシャン・ド・マルスが望めた。おれたちはセーヌが大きく蛇行する川沿いの通りを歩いた。外気のほうが冷たいので、川から靄が立ち登っている。ブルーグレイの雲が低く立ち込めている空は、雲の切れ間からうっすらと黄色っぽい日が射していたんで、いつもよりは明るく感じられた。
 すると、どこからかこの寒空にぼろをまとった幼い少女がやってきた。満足に食べていないらしく痩せこけて、足も裸足であかぎれだらけだ。
「ムッシュウ、お願いです。どうぞお恵みを」
 おれの前にこれまたぼろきれをつなぎ合わせた袋を開いて差し出した。おれはあわれに思って、財布を取り出そうとした。するとマノンはおれの手を押さえた。
「だめよ、こんなのにお金をやっちゃ。向こうで親が見てて、子供にやらせているのよ」
「でも親がやらせていようが、この子が自分の意志でやろうが、おなかが空いているのには違いないだろう?」
「だめだめ。あっちにおいき! 薄汚いグルヌイユが!」
 マノンはすげなく子供を追い返そうとした。
「待てよ!」
 子供は立ち止まっておれをじっと見つめた。
「いいから、こっちに来い」
「どうするの?」
 マノンは苛立ちを含んだ声で尋ねた。
「子供は親を選べないんだ。今日一日くらいひもじい思いをさせなくてもいいだろう?」
 おれは子供の手にいくらか小銭を手渡した。
「これだけあれば、パンの一個か二個は買えるだろう。店が閉まる前に買いに行け。そら」
 おれは軽く子供のお尻をパンと叩いて、ここから立ち退かせた。
「アンドレ、お人よしね。考えてもごらんなさい。いくらわたしたちがお金持ちだったって、こんな連中全員に毎日お腹いっぱいに食べさせようとしたら破産しちゃうわ。これはね、情けをかけてやったからって、解決する問題じゃないのよ」
「かわいそうだろ、腹を空かしていそうだったし。もうすぐ日も暮れるのに…」
「だめよ、意味がないことだわ。ああいう連中はいったんお金をくれてやると、味をしめて毎回せしめようとするのよ。くれるのが当たり前になると、今度はだんだん増長してきて、与えられないことを恨むようになる。かかわらないほうがいいの。悪い癖がつくわ。それにね、たしかにこの子たちの環境は確かに劣悪よ。親はなんの頼りにもならず、子供を産みっぱなし。子供は親を見ながら育つから、大人になったらやっぱりろくでなしの人非人になって、また子供を放置するのよ。そうやって親子代々、負の連鎖は引き継がれていくの。こういう人間たちは、まず自分の尊厳ってものに気が付いて、その乞食根性をとことん叩き直して、自力で立ち上がる決意をしなければ決して救われないの。そのためには、こうやって施し物をやるってことも十分に弊害になりうるのよ」
「そうかなぁ。厳しいなぁ」
「そうよ、情だけに流されても、解決しない問題もあるわ。時には心を鬼にすることも必要よ」
「まあ、今日のところはいいじゃないか。おれがそうしたかったんだよ」
「アンドレは優しいものねぇ。そこがいいところでもあるんだけれど。うふふ」
マノンの態度はきっぱりしていた。マノンは頭が切れるだけあって、情より理性が勝るタイプなのだろう。それはそれで間違いじゃない。おれはこんなに自分の考えを理路整然と語れるマノンに、心底驚嘆し、尊敬した。だがいつもものすごく気働きができて、誰にでも親切なマノンの、この冷徹な態度は意外だった。
たしかに今、浮浪児に金を恵んでやっても、根本的な解決にはならない。だからといって腹をすかせたガキをそのまま放置しておくには、忍びない気がした。負の連鎖を解くには時間がかかるし、それまでにあのガキが果たして生きおおせるのか、そこが問題だ。
 なにか割り切れない思いをしながら歩いていたが、おれたちは、ほどなく歩道のベンチに腰掛けた。だがとりあえず気を取り直して、『ヌーベル・エロイーズ』をマノンに手渡しした。
「マノン、これありがとう。長らく借りたままだったね」
 この本は、あまりにリアルすぎて、読むのが苦痛だったんだ。だから本当は途中までしか読んでいない。おれはサン・プルーのようにオスカルに恋してるわけじゃなかったが、ふたりの間の密接な関係が壊れたことに苦しんでいた。壊れた原因は必ずしも身分のせいだけじゃなかったが、それでもこの本はあのときの苦しさをありありと思い出させるのに十分だったからだ。だが何も知らないマノンは、お気楽な調子で感想を求めてきた、
「どうだった? お気に召して?」
「う、うん。まあね。面白かったよ。どうもありがとう」
「とてもロマンティックだったでしょう? 平民のサン・プルーと貴族の令嬢ジュリーの悲恋よ。お互い相思相愛なのに、ジュリーはサン・プルーと引き裂かれて結婚させられて。そのうえ、サン・プルーは家庭教師としてジュリーの夫に雇われるのよ。どんなにか苦しいでしょうね、そんな恋って…。今でも実際、身分違いの恋で胸を焦がしている人って、きっと周りにもいるんでしょうね。わたしが単に知らないというだけで」
 マノンはそんなおれの顔を、探るように、そしてどこかコケッテッシュな表情をのぞかせながら尋ねた。
「ね、アンドレ。灯台もと暗しっていうじゃない? あなたみたいな人が、案外そうなんじゃじゃなくて? 好きな人がいるんじゃないかしらね。それも貴族の令嬢…とか?」

 背後から身を乗り出して、おれの手に重ねられた白い手。オスカル、どうして?
「…!」
 肩越しに後ろをゆっくりと振り返った。
「オスカル…」
 さっきまでのオスカルの傲慢なほどの冷静さは、どこかへ霧散していた。
「行くな…」
 それは自分に向けてのつぶやきなのかと思うくらい、その声はひそやかだった。
「オスカル、どうした?」 
お互い見つめあったまま、氷のような時が流れていく。
「アンドレ、行くな…行かないでくれ」
 青い瞳の中に、たぎるように渦巻くなにかが浮かび上がった。
「オスカル…」
「アンドレ、アンドレ! どうしてそんなふうに、あっさりわたしを捨てていってしまえるのだ? もうわたしの気持ちはおまえに通じないのか? もうわたしを赦してくれないのか? もうそばに戻ってきてはくれないのか?」
 堰を切ったようにことばを重ね、オスカルはおれを激しくなじった。
「出ていけと言ったのはおまえのほうじゃないか! オスカル。おまえが…」
おれはいつになく気持ちが昂って、ことばがふるえた。
「そうだ、わたしはたしかにそう言った。悪かった。謝る、アンドレ。赦してくれ。だがおまえは、わかっているのか?」
「わかっているって何を?」
「今のおまえには、たくさんの友人がいるのだろう?」 
 まるで咎めるような口ぶりだ。オスカルの表情に、なにか危うい影が走った。
「いるよ、オスカル。だけどおまえだって、たくさん友人ができたろう?」
「ああ、懇意にしている学友はいる、表面的には、だが」
「オスカル、なんでそういう言い方をする? 友達は自分から心を開かなきゃ、相手だって開いてくれないもんだぞ」
 おれは努めてゆっくりと、聞き分けのない子供を諭すように話した。
「…おまえはおめでたいな、アンドレ」
 大きく見開かれた瞳は潤んでいた。
「オスカル…」
「真の友人など本当にできると思っているのか、アンドレ? 自分を男と偽って生きている、今のこのわたしに?」
 自分をさげすむように、オスカルは口をゆがめて笑った
「アンドレ、おまえは常に愛される側の人間なのだ。周囲に愛され、学友にも恵まれて、…そしていずれ愛する人を見つけて結婚するのだろうな。そんなことはまっとうに生きている人間には当たり前のことだが…。おまえにはそれが許されている…。だが、おまえにはわかるまい。それを黙って、ただ見ているしかすべがない、わたしの気持ちなど…」
 言うべきことばが見つからなくて、おれはあいつの顔を凝視していた。
オスカルは、しばらくじっとうつむいていた。はらりと落ちた色の薄い髪がほほに繊細な翳を作った。
「だってそうではないか。わたしは…、わたしには…、そんな当たり前のことが許されていない。過去も、今も、そしてこれからも!」
 いつものような冷静な仮面ははぎ取られ、オスカルは激情に駆られていた。
「オスカル…」
涙が金色の長いまつ毛に絡みとられ、大きな珠を作って光っている…。
「わたしは…、わたしには、なにもない…。いつもひとりだ…」
 あいつの唇がわなないて、ことばが続かない。
「…アンドレ」
 いきなり、おれの胸にむしゃぶりつくと、顔をぎゅっとその中に押し当ててきた。そのとたん、幼いころのようにあいつの苦しみがどっと流れ込んで、体中を駆け巡った。怒りの赤と悲しみの青が混じってできた、深い紫色。その色が荒れ狂った奔流のように心に押し寄せる。
 オスカルは肩を震わせ、おれにすがって子供のように泣きじゃくった。
「そばにいてくれ…アンドレ」

フーガ(遁走曲)Ⅱ   [『ベルサイユのばら』Prequel]

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 マノンの問いかけを聞いて、瞬間的におれは彼女を睨んでいたかもしれない。
「どうしてそんなことを訊く?」
 マノンはおれの剣呑な表情に気圧されたが、おどけた調子で軽く肩をすくめた。
「なんとなくそう思っただけよ。あなたならそんな恋人がいても、おかしくないような気がして。気を悪くしたの? ごめんなさい。謝るわ」
 おれに責められてちょっと傷ついた表情を作ってみせた。
「アンドレ、わたしね、どうぞ笑わないでちょうだい。実をいうとね、ずっとあなたのことが気になってしょうがないの。あなたが好きになったのかも…」
 うふふと笑いながら、マノンは本気とも嘘ともつかないことを言う。
「え? 好き? ぼくのどこに?」
「なんて野暮な問いかしら? あなたがハンサムで魅力的だからに決まってるでしょ?」
「ええっ? ぼくが? 冗談だろ」
「不思議ねぇ、あなたぐらい眉目秀麗だったら、絶対に自意識過剰になる男がほとんどだっていうのに」
「褒められるのは嬉しいけど…。正直そんなふうに自分を思ったことはないな」
「変わった人ねぇ。自分の容貌によくもそこまで無頓着でいられるわね。でもそこがまた魅力的でもあるけど…。でもね、わたしは単に見栄えがいいだけの人なんかは好きにならないのよ、アンドレ。あなた、最初からわたしに興味持たれているってうすうす気づいていたでしょ? なんでだと思って? あなたはたしかに生まれは平民なのかもしれない。でもね、あなたにはどこか貴族の香りがするのよ、何代にも亘って、最良なものだけに囲まれ続け、それを当たり前のように甘受して無造作に扱ってきた、貴族ならではの洗練味があると感じるの。わたしはそういう文化の厚さを知っている人にとても惹かれるのよ」
「まあ随分と買いかぶってくれたもんだなぁ。ああ、それならね、簡単に理由がつくよ。ぼくはここに来る前、ある貴族のお屋敷に奉公していたから。貴族の屋敷で本物を目にしていたら、誰だってある程度目利きになれると思うけどな」
「奉公人がみな、あなたみたいじゃなくてよ」
「それはどういう意味?」
「あなたはなぜか審美眼が備わっている。昨日や今日お金を手にした成金趣味のブルジョワには、決して身に着けられない本物の趣味のよさがね…。貴族に仕えていた奉公人というだけでは、理由が付かないわ。それってどうやって身に着いたものなのかしら」
「なにか色眼鏡でぼくのことを見ているんじゃないかな。ぼくはきみが思っているような、そんな大それた男じゃないよ、マノン。」
「アンドレ、まあそれは詮索しないことにするわ。だけどね、わたしは文化的で美しい、豊かな生活がしたいの。音楽や絵画、演劇や文学なんかに造詣の深い教養のある人とくらして、一緒に語り合えたらどんなにすばらしいかしら」
「ふふっ、マノン。早計だね。ぼくみたいな男と結婚したって、君のいう幸せは掴めないよ。ぼくは文化的造詣なんか深くないし。なにより第一ぼくは、財産ってものを持ってないしな」
「あら、それならいいのよ、お金はわたしの父がたくさん持っているわよ。結婚すればお金はわたしが父から譲りうける持参金でなんとかなる。だけどわたしの家には文化がないの。わたしが相手に求めるものは文化よ。理想を分かち合って、夢を共に語り合えるような人よ」
「……」
「わたしはね、結婚する相手にも私と同等の価値観を求めるわ。芸術の道のディレッタントであることをね。それにね、わたしは今の自分の境遇がいやなの。わたしは今のように一生職人の娘で終わるのはごめんだわ。そして職人の妻になるのもよ! いくらお金が稼げても、あんな汚らしい橋の上のごたごたしたところに工房を持って、あくせく日柄一日汗まみれになって働くような人生は、もうたくさんだわ」
「それだったら、ぼくみたいな平民と結婚するより、貴族と結婚するほうが確実なんじゃないの? 最近はそりゃ貴族さまだって、お金のためにブルジョワの娘と結婚する人も多いと聞くよ」
マノンはいつものもの柔らかな態度を、少し硬化させた。
「でもね、アンドレ。わたしは実は貴族って人たちは、あんまり好きじゃないのよ」
「貴族にあこがれているんじゃなかったのかい?」
「違うわ、貴族的趣味は好きだけど、貴族そのものは嫌いよ。だって貴族はね、自分たちの祖先が築きあげた遺産の上にどっかり胡坐をかいて、努力することを忘れてしまった。もはやこの国を代表する知識階層ではなくなりつつあるの。もうすぐわたしやあなたのような中流階級が知識を担う時代が到来するわ。それにね、貴族って、なんだかおかしいと思わない?」
「おかしい?」
「そうよ。だって変じゃないの。あの人たちがあんなに贅沢できるのは、わたしたち平民があくせく稼いだお金を使っているからよ。アンドレ。例えばよ、貴族に生まれたというだけで、リヨンで織られたものすごく贅沢な絹の布に、ベルギーの職人が何年もかけて作ったレースのドレスを、あの人たちはなんの疑いもなく、当然のように着ているのよ。わたしならそれだけでも嬉しくて、ずっと一生大事にして着るわ。だけど貴族の女は、そんな高価なものを無造作に次々とこしらえては着て、こしらえてはまた着て、あげくにぞんざいにポイとそれを捨てるのよ」 
 よく考えてみれば、その通りなのかもしれない。ヴェルサイユのお屋敷では、奥さまやオスカルの姉君たちは、みな絹のドレスをお召しになっていた。
「マノン、君の気持ちもわからないでもないけど、それが貴族の貴族たる所以じゃないのかなぁ。ふつうの貴族は下々のことなんて、考えたこともないよ、おそらく」
「あの人たちは与えられた特権を享受しているだけ。しかも特権階級ってことで、あんなにお金持ちのくせに、税金を免除されているのよ。こんな不公平が許されると思う? わたしとあの人たちとじゃ一体どこが違うのっていうの? 違うのは生まれだけよ! しかもその身分というのは…」
 マノンはバリバリの啓蒙思想にかぶれていた。しゃべっているうちに興奮してきたのか、舌鋒が鋭くなっていた。
「もういい。やめろ、マノン。やめてくれ」
 おれはマノンの話を聞いているうちに、自然とオスカルのことが思い出された。あいつは貴族の娘だけど、自分からは何も望んじゃいない。しかも、自分の気持ちを口にすることはおろか、表現することもないし、許されていない。こんなふうに、自分の正直な心のうちを堂々と他人に言えてしまうマノンは、ある意味幸せなんじゃないかと思ったんだ。
「君の言っていることは理解できる。でもな、そんなことを大きな声で言っていると不敬罪で捕まりかねないぞ。というか、そんなこと、若い娘が口に出して言うべきじゃない。それこそ行きたくても嫁に行けなくなるぞ」
 マノンはおれが少し不機嫌になりかかっているのを察して、あわてて謝った。
「ごめんなさい、ちょっと口が過ぎたわね」
おれたち平民は、昔から物事には秩序があり、平民なら平民らしく、自分の分をわきまえて、つつましく暮らしていくことが肝要なのだと繰り返し繰り返し、親であれ教会であれ、教えられてきた。
 マノンのいうことは、ある意味で正しいのかもしれない。
 だがマノンは、きっとこれからも知ることがないだろう。貴族には貴族にしか知りえない苦しみや悲しみが存在することを。一見冷たく傲慢そうにふるまっている彼らの取り繕った表情からは、伺い知ることもできない痛みが存在することを。
「あ、そうそう、それよりわたしまだ、あなたの答えをお聞きしていなかったわ!」
「答え?」
「そうよ、あなたはわたしのこと、どうお思いになって?」 
 マノンは自分から尋ねたくせに、ちょっとわざとらしく声高に笑って、おれの答えをうやむやにしようとした。

 不器用なオスカル…。
 どうしてそこまで我慢する?
 どうにもならなくなるまで、おまえは自分を押さえつけるんだな。
 極限まで抑えていた感情が爆発した。オスカルは身を乗り出し、おれの首に両腕を回し、胸に顔をぎゅっと押し当て声を詰まらせて泣いた。―いつものあいつなら、絶対にありえないことだよな―。あまりに感情が高ぶりすぎて嗚咽が止まらないので、おれはしばらく抱きしめてやりながら、小さい子供にするように、背中をたたいてなだめてやらなければならなかった。
「ああ、よしよし。オスカル、もう泣くな。もう大丈夫だ」
 眼のふちが真っ赤になるまで、泣いて、泣いて、おれの服は涙で大きなシミができた。いつも毅然とこうべを挙げているのに、今はしおれた花のように首をうなだれていた。無防備なあいつは、なにかひどく弱々しく見えて、哀れだった。
 こんな姿を、他に誰が知るだろう?
 ―守ってやらなければならない― それがこのときのおれの偽らざる気持ちだった。
 とにかくこれでは、オスカルひとりを残して帰れない。おれはそのまま一緒に馬車に乗ってお屋敷に向かった。
 こんなあいつの姿を誰にも見られたくなかった、誰にも。
 到着すると、おれは御者の男に声をかけた。
「申し訳ないんですが、ビュゾーさん。中に入っておばあちゃんに声をかけて来てくれませんか? 若さまのお加減が、お悪くなられたようなので、横になれるようにしてほしいと。ぼくがお部屋にお連れしますから」
 男が御者席から離れたところで、おれはオスカルに声をかけた。
「オスカル、今はどうでも、自分で立って部屋までとにかく歩いてくれ。頼む」
 抱えて部屋まで運んでやりたかったのだが、そういう不用意な姿を使用人であっても見られたくない。オスカルの脆い部分を、おれ以外の人の眼にさらしたくなかった。
 オスカルは泣き疲れて虚脱していた。とりあえずなんとか歩かせて部屋までたどり着くと、おばあちゃんが中で待っていた。
「まあ、オスカルさま、そんなになって。おかわいそうに。おまえの前でお泣きになったんだね。そんなこったろうと思ったよ。でも泣けて良かったってもんさ。オスカルさまは言いたいことがあっても、呑み込んでしまうたちだから。少し気持ちも楽になりなさったろうよ。あ、アンドレ、オスカルさまを寝台までお運びして」
 見ているものはおばあちゃんしかいないので、安心してオスカルを抱きかかえた。驚くほど軽い。いつも酔いつぶれた学友の介抱で、ずっしりした重みに慣れていたおれは、びっくりした。
「えらく軽いな」
「そりゃそうだよ。お嬢さまだもの」
「ふうん、結構がっしりして見えたのに」
 寝台に寝かせると、オスカルは信頼しているのか、おれたちの会話など頓着していなかった。うつろな目でおれをぼんやり眺めていたが、やがて安心したのか、そのまま目を閉じた。興奮しすぎて疲れてしまったんだろう。
「あ、アンドレ。オスカルさまがお召しになっている上着を、お脱がせするから手伝っておくれ」
「ああ」
 おれがあいつの上半身を支えている間、おばあちゃんはボタンを外し、両腕を服からするすると引き離した。軍服を脱がせるとやはり女の子だ。男のような体の厚みもない。二の腕も細い。身体の輪郭すべてがしなやかな曲線を描いている。脱いだ制服を見るともなく見ると、制服の裏地に、見たこともないような細工が施されているのに気が付いた。
「え? これって裏地の中に、こんなに詰め物が入っているのかい?」
「そうだよ、だってね、オスカルさまはそりゃあ、男並みに上背もあるから、軍服さえ着れば、男に見えると思ってるんだろ? だけど実際は、全然そんなわけにはいかないね。普通に採寸して服を作らせちまうと、どうしたって身体の線が出てしまうからね。もうそれだけで、女だってわかっちまうのさ」
 おばあちゃんは、オスカルの制服をトルソーに掛けながらぼやいた。
「おまえの言う通り、この制服は詰め物が入っていて、肩とか胸とか腰にね、上半身が大きく見えるように作ってあるのさ。オスカルさまは、男並みに運動をされるから、肩幅なんかは女にしてはあるけど、そのほかは華奢だからね。とにかく女だってわかる曲線は極力隠して、直線に見えるよう念入りに計算されて作られてるんだよ。まったくもう、なんだろうね。ここまでしなくちゃならないなんて。せっかく神さまから美しい身体を与えられているっていうのに」
 そういわれて、改めて眠っているオスカルを見ると、おばあちゃんのいっていることも、なるほどと頷かされる。
「かわいい顔して眠ってら。眠っていると昔のまんまだよなぁ、おまえはさぁ」
 おれは眠っているオスカルのほっぺたを突きながら、話しかけていると、おばあちゃんが怒った。
「オスカルさまに向かってなんて口を利くんだい。ちょっとは口を慎みな!」
「あー、ハイハイ」
 そのあとおれはおばあちゃんから、最近オスカルの身に起こったことを聞いた。
「あれから、いろいろとあったんだよ、アンドレ。やっぱりね、どうしたって貴族だもの、付き添う従者はいるんだよ。で、奥さまと相談して、やっぱり小僧っ子じゃオスカルさまのお気には、到底召さないだろうって結論に至ったのさ。で結局、それなりに歳も近いけれど、ある程度男性の経験のある女の人がいいんじゃないかってことになって、さる軍人さんの未亡人に目星をつけたまで良かったんだけどね」
「へえ、若い未亡人か。うん、考えたね」
「そうだろう? 一番話しやすいんじゃないかと思ったんだよ、オスカルさまにとってね。未亡人なら男を知らないわけでもないし、かといって身の回りに男の気配がするわけでもない」
「うん、そうかもしれないな」
「だけどね、それが旦那さまに知れるところとなって、激怒させちまったんだよ」
 おばあちゃんはやれやれという顔をした。
「オスカルさまはヴェルサイユに呼ばれて、旦那さまから大目玉を喰らっちまったのさ」
「旦那さまはなんて?」
「なぜ従者が女なのか、わがままは許さんってね。人が見て何と思う? と仰せられて」
 確かに。世間では男で通しているのに、士官学校へ通う生徒に女性のつきそいなんて奇妙だし、変に勘ぐられてしまう。
「従者というのは、ただの下働きにすぎない。身分も違う。貴族が平民に頓着していてはいかん。おまえが気を遣わねばならぬのは、貴族の人間だけだとおっしゃられて」
「うん、それで?」
「従僕をと自分を同等の人間とみなして、恥ずかしいと感じるほうが、そもそもどうかしておる! 仕える者の前ではたとえおまえが素っ裸であろうと、また相手がたとえ男であれ、女であれ、恥ずかしいという感情を抱いてはならん! 月のものが予兆もなく始まったなら、なおのこと従者に頼らねばならぬ。たかがアンドレに、それを指摘されたぐらいなんだ、アンドレは当たり前のことをしただけだろうが! これは避けては通れぬ道だ、となじられなさったそうだよ」
 旦那さまならいいそうなことだ。
「ああ、そうなのか。オスカルも災難だったな」
 しかしおれは、旦那さまがおっしゃったことに対して、なにか言いようのない不快感を覚えた。ああ、貴族にとって、平民は人間じゃないのか、同じ感情が備わっていないとでもいうのか?
「アンドレ、オスカルさまはね、後悔なさってるんだ。だって考えてもごらん。オスカルさまにはおまえ以外に、心を打ち明けられる人間なんていないんだよ。たまにあんなふうに心の持って行き場所がなくて、おまえに当たることもあるかもしれないけど、オスカルさまにはそれぐらいしか許されていないんだよ。おまえはそれを受け止めてやるだけの度量もないのかえ? そんなことはないだろう? 受け止めてこそ本当の男ってもんだよ。もう一度ここへ戻ってくることを、考え直してみちゃくれないかね? オスカルさまはおまえが従者としてでなくとも、お屋敷に一緒に住むだけでもいいとすら思っておられるんだよ」
 おばあちゃんは、深いため息をついた。



 あれから、おばあちゃんの申し出を考えてみた。たしかにオスカルのことは気にかかるんだが、それはそれとして、自分の将来や勉学も諦めきれない。何か権威にすがって生きるのは、気概がなくて嫌だと思っていた。だから申し出に対して、はい、そうですかと二つ返事で素直に従う気持ちには、到底なれなかった。
 ところが急に、話の風向きが変わった。その後すぐにオスカルの護衛をしてくれる人間が、ひょんなことから見つかり、パリのお屋敷に住むことになったと聞いたからだ。
 結構きついことを言って、オスカルを叱った旦那さまだったが、内心は娘のことを不憫に思われたんだろう。おれのような下僕もだめ、お目付役のような未亡人も当然だめ、となるとどうしたらいいのか、旦那さまも頭をかかえてしまわれたんだが、ここで瓢箪から駒のように、思いがけない人物に出会われたのだった。
そのことでオスカルがどうしているのか確かめずにはいられなくなり、それほど日を置かずにお屋敷を訪ねた。そりゃ気にならないほうがどうかしている。もちろんオスカルが一番なのはもちろんだ。が、新参者の男とやらにも興味はあった。しかも会う前から、その男に少し嫉妬していたような気がするなぁ。
 お屋敷の裏口から入ると、台所で働いているおばあちゃんに声をかけた。
「やあ、おばあちゃん、来たよ」
「ああ、アンドレ。おまえかい」
「おばあちゃん、聞いたよ、オスカルのこと」
「ああ、新しくおいでになった人のことだろう?」
「どんな人なんだい?」
「うん、なんでもオスカルさまと一緒で士官学校の候補生だということだから、一応貴族だよ。押し出しもよし、ソツもなくて、立派な方なんだけどねぇ」
 おばあちゃんはどこか歯切れが悪かった。
「なにか不都合でもあるの?」
「いいや、そうじゃない、そうじゃないけど、どうもオスカルさまがね」
「気に入らないんだ?」
「ぱっと見た目には、仲良くしていらっしゃるよ。でもね、本音はどうもそうじゃないような気がするよ。まぁ長年オスカルさまの傍でお仕えしてきた、あたしの勘だけどね」
「オスカルはいまどこにいるの?」
「ああ、オスカルさまなら、図書室で本を読んでいらっしゃるんじゃないかね」
 部屋をのぞくとなぜかオスカルはおらず、知らない若者が本を読んでいた。たぶん彼が件のオスカルの新しい護衛なんだろう。もう少年というより、青年といったほうがふさわしかった。
「あ、申し訳ございません。ノックもせずに失礼いたしました」
「いや、君。ちょっと待ってくれ。君はもしかしたら」
「あ、はい。何か?」
 これはしまった、と思った。
「君がオスカルさまの前任者だったんだね」
「前任者?」
 ああ、前任者か、前任者ねぇ。そういうことにされてしまっていたわけだ。
「そう、ぼくが今度オスカルさまの新しい護衛を任されたんです」
声をかけてきた青年は、士官候補生らしく、精悍で冴えた面立ちをしていた。
「ああ、さようでございましたか。失礼しました、ご挨拶が遅れてしまいまして。初めまして。わたくしが以前このお屋敷でオスカルさまにお仕えしておりました、アンドレ・グランディエでございます。以後どうぞお見知りおきください」
「グランディエ君ですね。ぼくはクロード・オーギュスタン・シャルル・ド・ランベールです。よろしく」
 ランベールと名乗った青年は、貴族にしては気さくそうで、なかなか人当たりも良かった。
「グランディエ君、オスカルさまから聞いたんだが、君は今、フランス学院にいるんだって? なかなか優秀なんだな。オスカルさまも聡明な方だから、君みたいな人間じゃないとお相手は務まらないんだろう。ちゃんとぼくもお役目を果たせるのか、ちょっと心配だ」
「あ、いえ、そんなことは…」
「いやいや、本当のことだよ」
「ランベールさまはどうして、若さまの護衛に?」
「グランディエ君、いや、アンドレと呼ばせてもらってもいいかな? 使用人の前ではともかく、ぼくらのうちでは『若さま』は止そう。オスカルさまは、なんといっても女性だからね」
「ええ、ですが…」
「いや、ぼくも初めて知ったときはびっくりした。とはいえ、男性だと信じ込んでいたときでさえ、ひとめ見るなり、あまりの美しさに魅了されてしまってね。だから改めて女性と判って、実際にあの方に間近で接すると、何というか…気後れがしてね。ここにきて一週間は経ったんだが。まだまともにお顔を見ることすらできないでいる」
 ランベールが話すのを聞いていると、誰か別の人間のことのようで不思議な気がした。オスカルは確かに端正な顔立ちだが、血色をまるで感じさせない冷めた容貌で、正直言っておれの好みのタイプではなかったんだ。だから油断していた。オスカルを好きになる男なんていないと。だがランベールはオスカルに惹かれているのが、傍目にもはっきりわかった。あいつに惑わせられる男がいたなんて…。おれの心は妙に騒いだ。
「ランベールさまは、どのようなご縁で、こちらにいらっしゃることになったのですか?」
「ああ、ぼくはね、ピカルディ州のアミアン出身なんだ。貴族といっても、うちはしがない田舎貴族で、こちらの旦那さまのように、宮廷に伺候できるような大貴族の家柄とは違う。しかもぼくは三男。軍人になるしか道はない。父も昔、旦那さまの部下だった。今は引退しているがね。旦那さまがたまたま、士官学校の学籍名簿の中にあるぼくの名前をご覧になって、もしやあのランベールの息子なのかと、かつての部下を思い出されたらしい。で、父に問い合わせになられたと。こういうわけだ。こんな些細な縁で、ぼくを信用して選んで下り、本当に名誉なことなのだが…。ただこんな大変な秘密を知ることとなって、オスカルさまをしっかりお支えできるのか、正直心もとない。アンドレ、ぼくは知らないことがいっぱいある。これからもぼくの力になってほしい。頼む」
 ランベールは、おれに頭を下げた。
「そんなとんでもないことです。わたくしもできる限りランベールさまにご協力いたしますので」
 複雑な気持ちだったが、とりあえずソツのない返事はしておいた。
「ところで…。オスカルさまはまだ、十三なんだって? それなのにもう、あんなに﨟たけておられる」
 ランベールはオスカルに興味津々といったところだ。大丈夫なんだろうか、この男?
「ランベールさまはおいくつでいらっしゃるのですか?」
「ぼくか? ぼくは十七だ」
 ふうん、もう立派に一人前の男だよなぁ。
「ではオスカルさまの上級生に当たられるのですね?」
「ああ、そうなんだ」
 話の途中でオスカルが部屋に入って来た。
「ああ、アンドレ。来ていたのか?」
 オスカルはおれを見ると、あからさまなくらい、ぱっと顔色を輝かせた。
「クロード、紹介しましょう、彼はわたしの幼なじみのアンドレ・グランディエ…」
「オスカルさま、さきほどわたくしはアンドレ君に自己紹介を受けました」
「ああ、そうなのか、アンドレ? それではクロード、あなたも自己紹介済ですか?」
「ええ」
 オスカルはランベールとふたりっきりではなく、おれがそこに来たのでほっとしているのがありありと分かった。四つも年上の、それも女としての自分に、露骨な興味を示す男と、四六時中一緒なのは、かなり気詰まりなんだろう。だからおれに早々と下宿に帰らせたくなくて、言質をおれから取ろうと躍起になった。
「アンドレ、おまえ、どうせ帰ってもひとりなんだろ? たまには泊まっていけ。夕食も一緒に食べろ。学校は明日ここから行けばいい。馬車の支度をさせる。なあ、それでいいだろう?」
「ふふ、ああ。別におれなら構わないぜ」
 オスカルは急に思いついたように、おれを誘った。
「ああ、アンドレ。そういえばな、馬のノアールのことなのだが、どうも蹄鉄の具合がよくないらしい。ちょっとおまえ、見てくれないか?」
「ああ、わかった」
「そうか、じゃあ来た早々で悪いが、今から厩舎へ一緒に行こう」
 それを聞いてランベールも立ち上がった。
「ではぼくも…」
「いいえクロード。アンドレは馬に詳しいのです。別に大したことではないから、来ていただくには及びません。あなたはそこで読書をお続けください。たしか今週中に出された課題を仕上げなければならないのでは? どうぞわたしどもにお構いなく。帰ってきたら、サロンでお茶にいたします。では失敬」
 オスカルはここぞとばかりに、おれを外へ連れ出した。やっとふたりきりになると、オスカルは大きなため息をついた。
「はぁ、やっと息ができるって感じだ、やれやれ」
「あれ? ランベールはお気に召さないのかい?」
 おれはわざと嫌味を言ってやった。
「馬鹿をいえ。もうやりにくくて仕様がない。とにかく、わたしを放って置いてくれないんだ。まったく赤子じゃあるまいし、あれではな」
「過保護なんだ?」
「うーん、過保護? まあそうとも言えるかもしれないが…。何というのか、彼には偏見があるのだ、アンドレ」
「どんな?」
「彼はな、わたしが女ということに囚われ過ぎている。というのはな、人間の能力は男とか女を超えて、まず個人の資質ってものが先にくるはずだろう? 例えばだが、思考力とか、判断力とか、決断力とか」
 オスカルは腕組みして空を見上げ、考えながらつぶやいた。
「しかし、クロードにはどんな場合であれ、女は男と同等ではないということが大前提なのだな」
「それは大変だ」
「クロードにとってわたしは、もはや同じ士官学校に通う学友ではなくなっているのだ。彼は昔の騎士道ロマンスを地で行くような感じだ。さしずめわたしは、愛を捧げられる男装の貴婦人というところか…とすれば彼は貴婦人に仕える騎士だな。どうでも女は、男に守られなければならないものらしい。まあ、だから父上に護衛役として見込まれたのだろうが…。それにしても、これからずっと一緒にいなければならないと思うと、気が滅入る」
「ふうん、それはそうだな」
 オスカルは空に顔を向け、目を閉じ、日の光に顔をさらしていた。天啓に導かれるかのように。しばらくそうしていたかと思うと、こちらにくるりとまわっておもむろに話し始めた。
「だがクロードのものの見方は、別に珍しいわけではない。普通の男なら、彼のような反応をするのは当たり前だと思う」
 オスカルのいうことも一理あるとおれも思った。ランベールにとってオスカルのような生き方は理解の範疇外だからだ。ランベールの思う女とは、男の隷属物だ。すなわち、母であり、妻であり、娘なんだなぁ。つまり男に従って生き、家庭を守り、子供を育てる存在でしかないんだ。とすれば、ランベールはオスカルをジャルジェ将軍の娘、きわめて特殊な将軍の意向を体現した娘と映っているんだろうな。
「父上はわたしが生まれ、女だと分かったとき、それでも天命に抗って、男として育てようと決意された。だから教会の教籍簿はわたしを男と記してある。つまりわたしは戸籍上、男なのだ。ゆえにわたしは、ジャルジェ家の正統な跡取りだ。みな、わたしを呼びかけるときは、ムッシュウと呼ぶ。つまりオスカル・フランソワは男でしかありえない。実際はどうであろうと」
 フランスはサリカ法が上は国王から下々に至るまで浸透している国だ。王は絶対に男子しかなれない。だからとなりの国のイングランドやスコットランドのように王女が女王になることは決してない。それと同じように、世襲の財産を継げるのも男子のみだ。だから万が一、オスカルを女として届け出るとジャルジェ家の財産は、オスカルに行くのではなく、ジャルジェ家の傍流にあたる男子が継ぐことになるのだ。たぶん旦那さまはオスカルを男として育てようと決心なさったときにオスカルが一生独身であっても困らないように、教籍簿に男子として届け出をしたのだと思う。それは旦那さまが亡きあと、ひとり残されるオスカルへのせめてもの配慮だったとおれは思っている。
 突然あいつは調子を変えて、おれに問いかけてきた。
「アンドレ。お前は百年戦争の救国の聖女、ラ・ピュセルを知っているだろう?」
「ああ、ドンレミ村のジャンヌ・ダルクのことだな。百年戦争でフランス軍を勝利に導いた…」
「そうだ。ジャンヌ・ダルクだ。彼女はイギリス軍に押され気味だったフランス軍を鼓舞し、王太子だったシャルル七世を王位に着けるために、力を尽くした。フランスを救えという神の声に従ってな。一時は憂国の聖女と祭り上げられたのだが、最後は邪魔者扱いされ、結局異端審問に掛けられ、火刑に処せられた」
「わたしは自分をいつも、ラ・ピュセルの上に重ねてしまう。神の教えでは、女が男の恰好をして、男の領域に入るのは罪なのだ。とすればわたしは生まれながらに罪びとなのか? アンドレ、どう思う?」
「罪というなら、それはおまえに罪があるというより、むしろ旦那さまに罪があるのではないか?」
 オスカルはおれの答えには否定も肯定もせず、さびしげに微笑んだ。
「またこうも考えた。もしわたしが教会で定められている通り、男として生きるのが罪であるなら、神はわたしを生かしてはおかなかったのではないか。わたしはとっくの昔に滅ばされていたはずだ」
 オスカルは人知れず悩んで、自分のことを責めていたんだな。男として生きているのは、オスカルのせいじゃないのに。
「オスカル…」
 おれはまたしても、言うべきことばを見つけられないでいた。
「わたしはつい最近まで、自分を男だと信じてきた」
オスカルは独り言のように、自分の考えをおれに言って聞かせた。
「長らくわたしは、おまえと精神的にも肉体的にも、なんら変わるところがないと信じていたのだ。だが実際はそうでなかった。わたしは女の身体を授かって生まれてきた。だが、心はどうなのだろう? わたしには人の心が透けてみえるわけではないから、本当の男の気持ちなどわからない。だがだからといって、五人の姉君たちと接してきて、その言動がすんなりと腑に落ちるわけでもなかった。つまりわたしは、男でも女でもない。わたしはわたしという個性なのだ。わたしに先達はいない」
 そこでオスカルは一旦ことばを切って、おれの眼をじっと見つめた。
「だからわたしは、自己の真実に従ってのみ生きようと思う。これはわたしの意志で下した決断だ。身体は女でありながら、男として、いや男も女も超えて、ひとりの人間として生きることこそ、神がわたしに課した宿命だ。この生き方を選択したことを、決して後悔はしないし、これからもしないだろう」
 おれにはオスカルが内側から光が点ったように、神々しく輝いて見えた。
「ああ、オスカル。わかるよ、わかるとも」
 どうしたっていうんだ。おれはなにか胸に熱いものがこみあげてくるのを感じた。
 だが言いたいことをいってしまうと、オスカルはまたもとのホーカー・フェイスに戻った。
「さあ、アンドレ、そろそろサロンのほうへ戻ろう。クロードがわたしたちを待って、きっとイライラしているだろうからな」
 
 いっときはあまりに気難しくてオスカルの扱いに困り果て、しかもおれ自身がかなり傷ついて二度と会わないと心に誓ったはずだったが、あんなふうにあいつが恥も外聞もなくおれに弱みを見せて赦しを乞うた以上、無下に断ることなんかできるはずなかった。それになにより、冷静に自分の気持ちに正直になってみれば、よりを戻したかったのはおれのほうだったんだ。誓いなんか簡単に破られてしまった。それに新参者のランベールのことも気になる。だから最近は週に二、三度、学校の帰りにお屋敷のほうへ向かって、オスカルの様子に異常がないか確かめることが日常となった。そんなある日、まずおばあちゃんに顔を見せに裏口に回ると、若いメイドがまだ幼い浮浪児に何やら紙切れを渡されていたところだった。
「なあに、これ? なにか書いてあるけど…」
 子供は追い出されるのではないかとすこしおびえながら訴えた。
「なにかあったら、ジャルジェ家のオスカル・フランソワに頼れって言われたんだよ」
「ま、若さまのことを呼び捨てにするなんて!」
 メイドはおれに気が付いた。
「あら、アンドレ。いいところに来たわね。この子がね、こんなものをよこしたのよ。読んでもらえる?」
 このメイドは字が読めなかったので、その紙をおれに渡した。
「ああ、これはオスカルが書いたものだな。食事を与えろだと? ああ、これはね、一種のあいつの道楽なんだよ」
 オスカルは幼い子供や若い母親に弱い。この子もたぶん、オスカルが見るに見かねて、この紙きれに自分の名前を書きつけて渡したにちがいない。
 そんな子供がここしばらくは屋敷に何人も訪れるようになった。そこにおばあちゃんがやってきた。
「ああ、またオスカルさまがよこしだんだろうよ。まあまあ、薄汚い子だこと。まず、その体を洗ってやるからこっちにおいで。え? おなかが空いて死にそうだって? ああ、たんと食べさせてやるから」
 おばあちゃんは手慣れた調子で子供をむこうへ引っ張っていった。
 オスカルはときどき気まぐれからなのか、家に帰る途中で馬車から降りて、ぶらぶらとセーヌ岸に添って歩いて帰ることがあったんだ。そんなとき、ふいにこんな小さい物乞いに出くわした。
「ムッシュウ、どうぞお慈悲を」
 やはり以前にマノンとおれが出会ったのとそっくりの、薄いボロきれをまとった子供が近づいてきた。そのボロきれは、スカスカに使い古されて透けて見えそうなほど傷んでいた。髪の毛もぼうぼうで、櫛を入れた様子もなく、顔も洗ったことがないのか、すすけて真っ黒。オスカルはその子供に気が付くと、しゃがみこんで子供の目の高さに自分の顔を合わせた。
「どうした? お腹が空いているのか?」
 子供がおびえないように、ゆっくりと優しい声で尋ねた。
「うん。もうずっと食べてないよ」
「どのくらい?」
 オスカルは子供の目をじっと見つめながら、少し顔をかしげて訊いた。
「うんと、最後に食べてから、朝が来て、夜が来て、寝て、また朝が来て、夜が来たんだけど、お腹が減って眠れなかった」
「そうか、そんなに。ひもじい思いをしたのだな。かわいそうに」
「名前は何という?」
「マリー」
「そうか、マリーか。聖母さまのお名をいただいたのだな。マリーはいくつだ?」
「六つ」
「そうか、六つか」
オスカルはにっこり笑った。いつもの無表情からは想像できないほど、それこそ本当に天上から羽根のはえた天使が降りてきたかのような、それは慈愛に満ちた、優しい笑顔だった。それから懐から財布を出して、子供に与えた。
「では、マリー。これを」
 見れば金貨だ。
「おい、オスカル。金貨なんてそんな大金なんか! おまえ、この子が盗んだと思われるぞ? 第一このままじゃ使えない。両替商に持って行かなければ」
「だがこれしか持っていないからな」
「もうこれだからおまえは。金銭感覚ってものがないんだからな。よし、おれが代わりにやる」
 おれが財布から小銭をいくつか取り出した。
 オスカルはおれの言うことに、頓着した様子なんかなかった。子供にさらに尋ねた。
「マリー、お父さんやお母さんは?」
「かあちゃんはだいぶ前にお産したとき、赤ちゃんと一緒に死んだよ。とうちゃんだけだ」
「そうか…。お父さんは今どうしている?」
「うん、たいていお酒飲んで酔っ払っている」
「そうか。いつもここで物乞いをしているのか?」
「うん…。だけどお金を恵んでもらっても、たいていとうちゃんがあたいから取り上げて、飲みに行っちゃうんだ。だからあたいと弟は、たいていおなかが空いてる…。となりのおばさんがたまに恵んでくれるけど、いつもってわけじゃないから…」
「そうか、弟がいるのか」
 オスカルは少し考えていた。そしておれに尋ねた。
「アンドレ、おまえもう少し小銭を持っているか?」
「ああ」
 おれはオスカルにさらに小銭を何枚か渡した。オスカルはそれを受け取ると、浮浪児に言い聞かせた。
「いいか、マリー。よくお聞き」
「このお金はな、全部お父さんに渡さないようにしなさい。ぜんぶ飲まれちゃったら困るだろう? だからおまえと弟がひもじくてならないとき、パンを買うために取っておくのだよ。で、お父さんにはわたしがおまえにあげた半分だけ渡すんだ。いいか、わかったか?」
 オスカルは子供に噛んで含めるように、教えていた。
「それから、もし何日も食事が食べられなくなって、誰にも助けてもらえなかったら、わたしのところへ来るがいい。シテ島を北に渡ったら、ジャルジェ家の屋敷はどこと人に尋ねてごらん。きっと訪ね当てられる。わたしの名前はオスカル・フランソワ。いいか、ジャルジェ家のオスカル・フランソワ。言ってごらん」
「ジャルジェ家のオスカル・フランソワ…?」
「そうだ。ああそれから、これを」
オスカルは懐から紙を取り出すと、この子が家に尋ねて来たら、食事を与えるようにと書きつけ、自分の名前をサインした。
「屋敷に来たら、これを誰かに見せなさい。きっと食事を出してくれる。これをなくさないようにな、大事にしまっておくのだよ」
 紙を四つ折りにして子供の手の上に紙載せ、その上から自分の手を重ねて、しっかりと握った。
「いいか、もしものことがあったら、わたしのことをきっと思い出すのだぞ」
 オスカルは、本当にわかっているのか確かめるように、マリーの目をじっと見つめながら頷いた。マリーはオスカルに親近感を抱いたのだろう、傍に駆け寄って抱き着き、その頬に頬刷りした。
「わかったよ、ありがとう。おねえちゃん」
「マリー、聖母さまがおまえをお守りくださいますように。わたしもおまえのことを祈っている」
 オスカルもマリーをぎゅっと抱きしめた。
「じゃあね、おねえちゃん!」
 子供は本当にうれしそうににこっと笑うと、紙をもったまま駆けていった。
「あいつ、おまえのこと、おねえちゃんといったぞ? 子供って鋭いな。恰好は男なのにな。きっと本質を見極めているんだろうな」
「わたしが男だろうと女だろうと、そんなことはどうでもいいことだ」
 再び歩きながら、オスカルはつぶやいた。
「このパリ住みだしてから、たびたびああいう子供を見かけるようになった。ヴェルサイユに住んでいたときは、こんな子供がいるとは想像すらしなかった。あんな罪もない幼い子なのに、親の庇護も与えられず、寒さや飢えにおびえて毎日を送っているとはな。心が痛む」
「おまえ、お金まで恵んでやって、そのうえ、書き付けまで与えてやったんだ。ちょっと同情しすぎなのと違うか?
そのうちパリのお屋敷は、浮浪児でいっぱいになるんじゃないか」
「いいのだ、それぐらいなんということもない」
 オスカルは遠い目をして、どんよりとした曇った空が、ゆっくりと鈍色に代わっていくのを見つめていた。
「あの子たちはな、単に空腹だから不幸なんじゃない。そしてまた、その空腹が満たされれば、不幸でなくなるわけでもない。あの子たちが不幸なのは、飢えようと病気になろうと、そのことに誰も、一辺の同情すら与えられないからなのだ。守られてしかるべき子供のよるべのなさを知ろうともしない人々の無関心さが、あの子たちを不幸にする。アンドレ。あの子たちは愛にかつえている。わたしにはわかる、人は愛がなければ生きていけないものなのだ」
「愛がなければ?」
「アンドレ。わたしには、あの子たちの感じる孤独が少しわかるような気がするのだ…」
「おまえに? なぜ?」
「そうだ、アンドレ。わたしは貴族で何不自由ないくらしをしているが、どこにも行きようのない、よるべのなさはあの子たちと同じだった」
 そして頬にわずかながらも、含羞の色を浮かべながら、おれに打ち明けてくれたんだよ。
「だかな、あの雪の日、わたしは解ったのだ。あのときおまえの大らかで優しい気持ちが、身体を伝って流れてきた…。わたしにはおまえがいる。あの日、おまえはわたしに寄り添って共に苦しんでくれた。それだけでわたしは救われた…」
 それからオスカルは、四旬節であるとか、金曜日であるとか、とにかくなにかの折につけ、食事の回数を減らし、質素なものを食べるようになったんだ。
「ばあや、今日は何もいらない。このお皿は下げてくれ」
「そんな。またですか? オスカルさま、お身体に毒でございますよ。せめてミルクだけでもお召し上がりになってくださいまし」
「いや、ばあや。心配してくれて申し訳ないが、決めたのだ」
「はあ、ですがオスカルさま、そこまでせずとも、およろしいじゃございませんか」
 しかしオスカルは、きっぱりと顔を横に振った。
「せめてあの子たちの幸せを祈るのなら、少しは己が身にも、あの子たちのような痛みを伴わなければ、神はとうていわたしなどの祈りをお聞き入れくださるまい。祈りとは本来そういうものであるべきだ。口先だけなら、どんなきれいごとでも言えるものだからな」
 オスカルは深くこうべを垂れ、指を組み、祈りを唱え始めたのさ。

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 新たにランベールを交えたおれたち三人は、それぞれがどこかで折り合いをつけて、それなりにうまくやっていた。オスカルはあからさまな恋心を隠そうともしないランベールに、表立っては露骨に嫌な顔もせず、いつものポーカー・フェイスで押し通した。ランベールも、おれとオスカルの間に漂う単なる幼なじみでだけでは説明できない雰囲気に、やっかみらしきものを感じていたらしいが、それを口に出さなかった。とりあえず傍からはジャルジェ家は、穏やかな日々が続いているかに見えた。
 最近ここにきてまたオスカルが、あまりにもおれにしつこく屋敷にいろというものだから、おれは逆らうのも面倒くさくなってしばらくここに居を定めた。ここから学校に通うようになり、長らく下宿にも帰らない日が続いた。
 そんなある日、おれは授業で出された課題のレポートを提出するため、屋敷内の図書室で調べものをしていた。そこにランベールがひとりで入って来た。
「ああ、アンドレ」
「ランベールさま、オスカルと一緒ではなかったのですか?」
「ああ、そうなんだ。ひとりで馬に乗りたいとおっしゃるのでね。本当は万が一のことを考えて、少し離れてついていったほうがいいとも思うのだが、あまりしつこくして、うるさいと思われてもね」
「ああ、わかります。難しいところですよね」
「オスカルさまは、いつまでたってもぼくには打ち解けて下さらないな」
「いえ、そんなことはないでしょう」
 あ、また面倒くさいことを言いだしたな、とおれは身構えた。
「オスカルさまは、君とぼくとでは、あからさまにとる態度が違うからね」
 あまりにランベールが情けない顔をするので同情を禁じえず、申し訳ないとは思ったんだが、思わず笑ってしまった。
「それはそうでしょう。わたしは何といっても召使ですから。ご学友というあなたの立場とは、おのずから違います」
「いや、アンドレ、君はいつもそんなふうに、はぐらかしてばかりだね」
「いえ、はぐらかすなんて。わたしは幼なじみだから、単にものを言いやすいんですよ、たぶんそれだけです」
「それよりも…」
 おれはランベールに、かねてから訊いてみたいことがあったんだ。
「オスカルは士官学校ではどうなのですか? わたしは士官学校へはオスカルの送り迎えはしていましたが、実際にあいつが学校でどうすごして、人とどのように付き合っているのかは皆目知らないんですよ」
「ああ、彼女の学校での生活態度か? はっきりいって彼女は地味だ。決して目立とうとはしない。どんなときでも。それは確かだよ」
「本当ですか?」
 意外だった。オスカルは勝気で、何事にも一頭地抜きんでいなければ気が済まなかったのに。
「だが、アンドレ。それが一番賢明な身の処し方だと思う。オスカルさまも大貴族の子弟だから、ここを出ればおそらく、すでに卒業した上級生の上官に配属される。士官学校出は、普通少尉からスタートする。だが、オスカルさまはたぶん大尉以上に任官されるはずだ。しかしそれは飽くまでも、ここを出られてからの話だ。士官学校に在籍する間は、どんなにほかの者が卑しい下級貴族の生まれであれ、同等の扱いなんだ。オスカルさまが特別扱いされるわけではない。ただ、これが案外曲者なんだ」
 それはおれにもわかる理屈だ。万が一、女だとわかったらどんな災難に巻き込まれるかと思うから、旦那さまが一策を講じて、男として通すことに決めたんだからな。
「彼女は自分が女であることを、ほかの人間が見破るのを恐れるがゆえに、決して目立とうとはしない。彼女はもともとそこにいるだけで非常に目立つ存在だ。だいたいあのブロンド。あの髪だけでも、そうとうに周囲の耳目を集めてしまう。人間は美しいものが好きだからね」
「上級生の稚児愛の標的になるということですか?」
「あはは、アンドレ。うん、それもたぶんにある。しかし、稚児愛というのはいわゆる男ばっかりの空間にあって、女性がいないゆえの代替行為なんだよ。だから、男ばかりの空間に女性がいたら…。たぶん凌辱の対象になってしまうだろう。それも恐ろしいが、もっと恐ろしいものがある。それは男の嫉妬だよ」
「嫉妬?」
「そうさ、男の嫉妬ほど恐ろしいものはないぞ、アンドレ。ただでさえ男は、自分よりできる人間への嫉妬は、厄介で熾烈な感情さ。もし自分よりできる人間が、女だとしたら…。そのときの女性へと向けられる男の怒りというものは、半端なものではないよ」
 ランベールはやや、憂鬱そうな顔をしておれを見た。
「オスカルさまはそれを直観で悟っておられる。だから自分の能力を隠しておられるんだ。いつでもひっそりと気配を消し、周りの雰囲気に溶け込んで、自分を出さないようにしておられるよ。そんなオスカルさまを見ると、ぼくは胸が痛む」
 それは士官学校へ入ってから、常に緊張しているオスカルを見ていれば、容易に想像がつくことだった。
「というのはな、アンドレ。オスカルさまはここを出れば、王宮の近衛士官として王太子妃殿下をお守りする。そして美貌の彼女が、近衛士官としてお仕えすれば、それは王太子妃殿下のご威光を高めるのかもしれない。さらに彼女の存在が宮廷を荘厳するだろう。称賛の的にもなるだろう。それはたしかにお父上のジャルジェ将軍にとっては、鼻の高いことに違いない。だがそれは、傍から見た武人のほんの側面であって、軍隊は本来、極めて特殊な男原理の集団だ。みな力こそがすべてと考えて、しのぎを削っているんだ。そんな暴力が幅を利かせるあの場所に、オスカルさまは身を置いている。そしてなおかつ、軍隊の存在理由とは戦争することだ。人殺しだよ。どう考えても、一番女には不向きな場所だ。そんな猛々しい空間に、オスカルさまみたいな人がいるべきではないよ」
 クロードの声は徐々に激昂していった。
「女性は子供を産み育てる性だ。男はどんなに頑張っても、子供を産むことが出来ない。女はもともと、命を生み出し愛をはぐくむ性なんだ。家族には、いや男には、世塵に染まらない聖なる存在が必要なんだ。それが妻であり母だよ。男と女は違うんだ、アンドレ。ぼくはもうここらでオスカルさまを解放して差し上げたい気がする。彼女は勇敢で気丈な人だが、しかし本来の彼女には、もっとふさわしい場所があるはずだ。男のふりをして努力している彼女は痛々しすぎて、見ているのに忍びない」
なるほど、おれはランベールの言っていることを聞きながら、案外彼も、ただの能天気な馬鹿でないとわかった。ランベールはランベールなりにオスカルのことを心配している。
 だがオスカルは、世間にいる普通の女のように、恋や結婚に憧れているわけじゃない。ランベールは女をすべてこういうものだという既成概念に当てはめようとする傾向がある。だからあいつに嫌がられるんだよ、と言ってやりたかった。
「アンドレ、君にひとつ訊きたいのだが、ジャルジェ将軍はこの先、オスカルさまをどうなさるおつもりなのだろう?
つまり、このままオスカルさまを一生武人にしておかれるおつもりなのだろうか」
「さあ、わたしもそこまでは…」
 ランベールなんぞに教えるつもりは毛頭なかったんだが、オスカルの行く末ってのは、おれの中でも長らく疑問だったことだ。
 これは飽くまでも推測なんだが、旦那さまであるジャルジェ将軍はそのとき、近衛司令官として国王ルイ十五世陛下にお仕えしていただろ? 将軍は武人としてはもちろんのこと、政治家としてもなかなか才能のある方で、これまで幾度も諸外国との交渉に応じてこられたんだ。
 ただ旦那さまにも不倶戴天の敵がいて、それは先の寵姫ポンパドゥール夫人の引き立てでのし上がって来たショワズール公爵だったんだ。宰相である公爵は軍人でもあったが、先の七年戦争のとき、旦那さまの立てた戦術を蹴って、自分のまずい戦術を主張したため、クレフェルトの戦いをはじめ緒戦でことごとく敗れた。それが直接の原因ではないとしても、軍全体の士気が下がり、結果としてフランスが獲得した北アメリカの植民地を失い、インドからも撤退を余儀なくされ、大いにフランスの国益を損ねた。
「ピュタンのスカートの陰に隠れてのし上がった陪臣のくせに、ぬけぬけと増長しおって」
そのことに対して将軍は公爵の無能さを呪い、お怒りになっておられた。
 公爵も公爵で、このフランス宮廷にあってはロレーヌ出身の新参者の口であって、フランスきっての名家であるジャルジェ家の出自を誇りにしていた旦那さまには、好意を持っていなかったのさ。当然だな。
 その一方でマリア・アントニア姫が嫁いでくることも、この七年戦争で長年の仇敵だったフランスとオーストリアが同盟を結ぶという外交革命の結果であって、それはとりもなおさず、ポンパドゥール夫人がオーストリア相手に画策した結果だった。
 もっとも公爵は、自分を取り立ててくれたポンパドゥール夫人自身が、今は泉下の人となっていたので、以前のような威光は望むべくもない。だが公爵には、ほかにも一族には従兄でショワズール・プラスランなど要職についている人間も多かった。だからいつ巻き返しを図るともしれず、旦那さまは警戒を、おさおさ怠らなかったということさ。
 本来なら嫡出子を得られれば、何の問題もなかったのだが、不運なことに旦那さまは六人も子供がいても、娘しか得られなかった。たぶんオスカルを男として育てることは、はじめのうちは旦那さまだって躊躇しなかったはずがない。だから幼少期を過ぎれば、「ああ、やっぱり無理だった」で諦められるはずだった。しかし幸か不幸か、オスカルは旦那さまの期待に応えてしまったんだな。  
 娘が使えると判った旦那さまは、とりあえず対ショワズールの陣営の駒のひとつとして、オスカルを他に子飼いの部下と共に自分の手元に置いておきたいと思ったに違いないよ。何といっても女といえ、あいつは紛れもなく自身の血を分けた旦那さまの実の娘。ことわざの通り、血は水よりも濃いはずだ。少なくともジャルジェ家の傍系の家へ嫁がれた姉君から生まれた孫である男子がある程度育つまで、オスカルは中継ぎの存在だとしても、このまま武人として将軍の補佐をさせるつもりなんだろう。旦那さまは、どうしてもショワズールの息のかかった連中だけに、権力を集中させたくなかったのに違いないな。
 旦那さまとしては、オーストリアの姫のもとにオスカルを送り込むことで、ショワズール陣を牽制しておきたかったんだろう。それが功を奏して、オスカルが未来の王妃を手なずけることが出来たとしたら…。旦那さまの目論見は見事達成したことになるかな。ともかくショワズール勢は多勢だったんだ。オスカルはその反勢力と互角に戦うための布石なんだとおれは睨んでいた。
「あんな美しい人なのに、恋も知らず、むざむざとあたら花の命を散らすなんて…なんてもったいない」
ランベールは腕を組んで、いかにも無念そうにうめいた。
 おれはこれを聞いて少し気抜けがした。結局ランベールは、オスカルを心配しているようでいて、実は自分の気持ちが一番だってことだよ。
 ともあれオスカルは、ランベールが危惧するように、これからずっと男として生きていかねばならないんだ。


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さて来年王太子殿下のご成婚を控えて、オスカルもそろそろ貴族の子弟としてのたしなみをつけるべく、社交界の見聞を深めるようにしておくべきだ、という旦那さまの意向が伝えられた。おれたちはそれまで成人とみなされていなかったので、社交界に出入りを許されていなかったのさ。 
 最初はオペラ観劇をせよってことだった。オスカルはランベールとふたりだけになるのは嫌だとごねた。
「別にいいじゃないか、観劇ぐらい。ランベールと観たって。一緒にいってやれよ、喜ぶぜ?」
「いや、平土間ならともかく、仕切られた桟敷席というのは…」
 オスカルはふたりきりになるのが嫌なのだ。生真面目なこいつは内心、ランベールに愛をささやかれたらどうしようと気を揉んでいるのに違いない。他の女みたいに、男にささやかせて楽しむなどという余裕なんて、これっぽっちもないんだ。いつもは、憎たらしいくらい泰然としているのにな。だからちょっとからかってやった。
「…おれはおまえに随行する理由がない。もはやおれは、おまえの護衛じゃないからな」
「アンドレ。クロードはな、自分の考えていることがすぐに顔に出てしまうたちなんだ、わかるだろう?」
「いや、わからないねぇ。おれのことじゃないもんな、オスカル」
「アンドレ…。お願いだ。頼む」
普段は絶対にこんなふうに下手に出て、おれに頼み事をしないオスカルなんだが、こう素直に言われてしまうと断りにくいんだよな。結局オスカルはランベールになんだかんだと言いくるめたらしく、おれたちふたりだけで行くことに決まった。
 意外なことにランベールは音痴で、オペラは苦痛以外の何物でもなかった。で、却っておれたちふたりで行ってくれるほうが、都合がよかったらしい。久しぶりにランベールのおだやかな顔をみた。
初めて劇場で観たオペラ自体は、豪華絢爛で楽しかった。オスカルはもともと音楽が大好きだったから、ランベール抜きでリラックスして、心から喜んでいたようだった。そんな嬉しそうな顔を見られて、おれも久々にほっとしたさ。それはよかったんだが、そのあと、思いがけない事件が起きた。
 幕間にホワィエの向こうから、どこかで見たことがある人間が、何人かの取り巻きに囲まれて、おれたちのほうに近づいてきた。
「これはこれは、アンドレ・グランディエ。妙なところで会うものだね」
 おれに声をかけた男は誰あろう、まさかのシャルル・ド・タレイランだった。普段と雰囲気が違っていたんで、すぐに誰だかわからなかったんだ。いつもなら学校という場所柄、比較的地味な恰好をしていたが、今宵は大貴族の子弟という身分にふさわしく、美しい縫い取りのある凝った宮廷服を着ていた。そしていささか酒が入っているようにも見受けられた。
タレイランの取り巻きは、おれの学校の人間も何人か混じっていた。だがおれは、こういう尊大で傲慢そうな貴族の輩には、日ごろからあえて近づかないように、心がけていたんだよ。なぜって? そんなの、いやに決まってるからだろ?
「アンドレ・グランディエ。平民の君が、オペラ鑑賞が趣味だったとは…。いやもしかして、そちらの方の付き添いかな?」
 タレイランはゆっくりとオスカルのほうへと視線を移した。
「失礼、ムッシュウ…。わたしはあなたを知っているような気がする…さて、それはどこだったか…」
 タレイランは考えているふりをしながら、オスカルの顔を値踏みするようにしげしげと眺めた。
「おお、もしかしたらあなたは、かの有名なジャルジェ家のオスカル・フランソワさまなのでは?」
 取り巻きのひとりがタレイランに訊いた。
「シャルル、有名って? こちらの方が?」
「知らないのか! おまえはこのオスカル・フランソワを? この比類なき勇猛果敢なアマゾーヌを! なんとあわれなことだ。ヴェルサイユでは知らぬものとてないというのに! やはりここはパリだな。この方はな、ふふん、こう見えて歴とした女性なのだ! こんな麗しい人を見間違えるわけがない」
 芝居がかかった調子でゲラゲラ笑いながら、タレイランは得々と仲間に語った。
「ええっ? そうなのですか? シャルルさま。こちらのお方はどうみても男性じゃないですか。お身の丈もあられますし、しかも勇ましく軍服もお召しになって、帯剣までしていらっしゃるのに?」
 タレイランと取り巻きが大げさに驚いたふりをしているのをみて、オスカルは気色ばんだが、それも一瞬だった。 そしてその言葉を引き取った。
「仰せの通り、わたくしはオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェでございます。タレイラン殿、あなたとは昔、拙宅でお会いしたことが一度ございます。わたくしもあなたのことは存じ上げている」
 タレイランはちょっと白けた顔をしたが、今度はこっちに顔を向けてきた。
「アンドレ・グランディエ。君がこちらのマドモアゼルの番犬だったとはね。さすがにジャルジェ家、趣味がいい。たかが番犬とて、最高の教育を施すわけですね。たいした念の入れようだ。しかもわたしともあろう人間が、番犬と同級生とは、ちとショックですが…」
 オスカルはその言葉をぴしゃっと遮った。
「何をおっしゃる、タレイラン殿。アンドレはわたくしの幼なじみであり大切な友人です。番犬とは彼に対する侮辱ですぞ。ここは是非にも、彼に詫びていただきたい」
 オスカルの青い炎が燃えるような気迫に押され、タレイランも瞬間的にたじろいだんだが、すぐにいつもの不遜な調子に戻った。
「おやおや、大変なことをしてしまった! どうやらマドモアゼルのご機嫌を損ねたようだ。手袋を投げ付けられたらひとたまりもない。なんせそちらは女だてらに立派な武人。決闘などで敵う相手でもなし。まぁ、わたしの場合は、体がこの通りなので代理を立てるしかないが…」
タレイランは知と痴が混じった慇懃さで、オスカルに謝ってきた。
「失礼いたしました、グランディエ君、そしてマドモアゼル。どうかお許しあれ」
 タレイランは派手な羽飾りのついた帽子を、くるくると大仰に振ってお辞儀をすると、薄笑いを浮かべた。
「さてと、これでよろしいかな? それではオスカルさま、ごきげんよう。ではまた」
 やはり仲間とへらへら笑いながらタレイランは行ってしまった。
「なんだ、あいつは?」
 おれは呆れてタレイランを見送った。おれはこのふたりが顔見知りとは知らなかった。しかしオスカルとタレイランは、いずれもお互い張り合うような権門なのだから、面識があってもおかしくないよな。
「アンドレ、おまえタレイランと学友だったのだな」
「ああ。そうなんだ。タレイランはいつも傲岸不遜だな。なんだ、あの人を喰ったような態度は…」
「タレイランか。うーん。少し面倒なことになったな…」
 オスカルは眉をひそめた。
「オスカル?」
「ああ、アンドレ。あいつ、タレイランだがな、あいつの父親も軍人だ。しかも父上とは敵対しているショワズール側のな。あいつに知られたとなると、これは少し荒れるかもしれぬな。おまえもわたしも」
 
 オスカルが久しぶりにランベールと三人で遠乗りに出かけようと誘ってきたので、おれは準備を整えたあと、オスカルを呼びに行った。
 部屋の前でノックすると、入れという声がした。
 オスカルは机の上に地図を広げ、作られた陣形の前に腕組み、あごに手をあててじっと考え込みながら立っていた。だが、傍に来たおれに気づくと質問した。
「これはなんの陣形かわかるか? アンドレ」
「ん…。これは。ああ。ハンニバルの立てた『カンナエの戦い』の包囲殲滅戦のものだな。歴史上最高傑作といわれている…。これならおれにだって解るぜ、有名だからな」
「そうだ。カルタゴの名将ハンニバルの立てたこの戦術は、紀元前の戦いであるにもかかわらず、十分に今でも通用する。そして未だに戦術研究において研究対象になりえるほど、洗練されたものなんだ」
「今でも? それはすごいな。オスカル」
「ああ、これを見ろ、アンドレ」
 オスカルは陣形を組みなおした。
「カルタゴ軍は騎兵を除いてあとは、ほとんどローマ軍より劣勢だった。普通戦争は数で勝っていたもののほうが有利なのだがな」
「それはそうだ。それは戦術の基本だもんな」
「ローマ軍は、右手を川にして、オーソドックスな陣を作っていた。すなわち中央におよそ六万強の重装歩兵を横陣にして立深に深く、その左右に騎兵を三千ずつ配した」
「七万の軍勢か、すごいな。想像もつかない」
 おれも陣形を一緒に作りながら相槌を打った。
「それに対して、ハンニバルの歩兵はローマ軍より二万も少ない四万だ。で、まっすぐ横陣を張るのではなく、くさび型に陣形を敷いた。しかも重装歩兵は両翼だけ。そして騎兵を両翼に配するのはローマ軍と一緒なんだが、なぜか均等に騎兵を配さず、川沿いの側にだけ、騎兵一万のうちの七千を置いたんだな」
「反対側は三千か。それで?」
「ローマ側の騎兵はどちらも三千だ。当然カルタゴの左翼の七千の騎兵には負ける」
「ああ、それじゃあ、川側のローマ騎兵は後退して、戦わず、逃げながらカルタゴ軍を追わせて時間稼ぎをしようとしたんだな」
「アンドレ、そうだ。しかしカルタゴはローマの挑発に乗らなかった。そして、カルタゴ軍の騎兵は、全軍集結してローマの重装歩兵の背後に着いたんだ」
 オスカルは騎兵の駒をローマ軍の後ろに置いた。それを見ておれはオスカルの意図を理解した。
「気が付いたときにはローマ軍はすべてカルタゴ軍に包囲されてしまっていたと」
「そうだ。ローマ軍は歩兵だけをみればカルタゴ軍に勝っていた。ローマ軍は数の多さのみを恃みにして、カルタゴを見くびっていた。だがそこがハンニバルのねらい目だったのだ。ローマ軍は中央を突破することしか頭になく、自分の背後には気を配っていなかった」
「あえなくローマ軍は殲滅か」
「結局、カルタゴ軍は二万も敵に差をつけられていたにもかかわらず、ローマ軍七万のうち、六万まで壊滅させた。しかもふたりの執政官のうちひとりは戦死。参加していた元元老院も八十人が戦死。ローマにとって最悪の結果だ」
「さすがに語り継がれるだけあって、なんとも鮮やかな手際だな。戦争芸術の粋だ」
「まあ、しかしこれほどまでに洗練された戦術は、誰にでもできるものではない。こう言ってしまえば簡単に聞こえるが、いつ陣形を変えるか、いつ奇襲するか、そのタイミングが絶妙なのだ。早すぎても遅すぎてもいかん」
「まさに天才のなせる技か…」
 おれは結論づけた。オスカルは横にあった指揮棒をぱたぱたと左手に打ち付けた。そして突然その指揮棒をおれに突き付けてきた。
「アンドレ、戦争で勝利を得るには、何を一番先に考えなければならないか解るか」
「勝利への一般的な原理はと言えば、一に兵力じゃないのか、次に地の利かな。兵站の確保も当然大事だろうな」
「そうだな、基本的にはそうだ。ただし巨大な兵力は、糧秣の問題を含めて、兵力を長時間拘束して、一点に収斂することは難しい」
「確かに。大人数の糧秣を確保するのは容易なことではないものな。どうしたって巨大な軍は拡散しがちだろうな」
「そうだ。勝利を得るためには、まずスピードがなにより大事なのだ。それには高度な機動力がものをいう。指揮官が命令を下し、それをただちに実行できる命令系統を作ること。ここぞという時間と場所に、拡散した兵力を一つの地点にいかに早く集結できるか、それが勝利を左右する」
「なるほどな、確かにそうだ」
「だがな…事前に作戦を立てたとしても、実際に現地に行ってみなければわからない、予想もつかない問題が発生するのは当たり前のことだ。だから常に代替案を二つ、三つ用意しておくことも大事だな。しかし、それだけ用意しても予測不可能な事態は、必ずといっていいほど起こり得る。そのときは、やはり柔軟な思考力がものを言う」
「柔軟な思考力か…」
「アンドレ、わたしは父上と違って、こういった作戦を立てるのが得意ではない。一瞬のひらめきがなかなか沸いてこない。たぶん凡庸な将校にしかなれないだろうな。おまえも長い付き合いだし、わたしのお粗末な頭は知っているとは思うがな。しかしお粗末ならお粗末なりに、常に備えだけはしておかないとな」
「オスカル、慎重なのは認めるが、武官としておまえに欠けているものは、楽観的な思考だと思うぜ」
「そうか? しかし逆説的なようだが、またこうも言える。一見独創的とも思える柔軟な思考力とは、その実、常に先達の戦史の事例から知恵と経験を学ぶことで得られるものだ。後世に生きるわれらは、先達が残してくれたこれらの戦術をひとつひとつ紐解き、しっかりと読み解いていく義務がある。そしてそれを頭に刻み付け自分の血肉と化して初めて、実戦でそれを応用することができ、いざというとき瞬発力として発揮されるものだ」
「ふふっ、無謀な戦いをしているのに、時の運だけで勝てることはないということだな」
「その通りだ。戦術とはきわめて合理的なものだ」
 オスカルはそれを引き取って続けた。
「無能な指揮官は勝負に敗れるだけでなく、部下の命も危うくする。上に立つものとして、部下の命には責任がある。いかに死なせるかを決めるのは指揮官の務めだ。たとえ死なせるとしても、無駄な死に方はさせられない」
 オスカルは作っていた陣形を、握っていた指揮棒でぞんざいにざざざとはらって崩した。
「上に立つ指揮官の資質も大事ということだな、オスカル」
「まあ、そういうことだ。武人に大事なのは決断力だよ。戦争はきれいごとだけを言っていてすませられない。つまりは肚を括るということだ」
 オスカルは時間があれば、サックス元帥やブールセなど、フランスの歴代の戦術家の著作を読みふけっていた。机には自分なりに考えた詳細な戦術のメモが積んであった。
最近オスカルは、旦那さまに特別に頼んで、七年戦争に参加していたギベールの近々出版される予定の『戦争汎論』の草稿も待ち切れずに、コネを使って取り寄せて読んでいた。それは武官としての義務だから必要に迫られてやっているというより、むしろそれを楽しんでやっているように見えた。実際あいつは、ちょっとしたチェスのような遊びでも抜群に強かった。
おれは、オスカルが凡庸な指揮官にしかなれないとは思わなかった。ここまで根を詰め、それこそ寝る間も惜しんでのめり込んで戦術を考察できるのも、それなりの素養がなければできないことだからだ。やはりこいつには根性と度胸と才能があった。それはランベールが言うように、決して悲愴な決意をした結果でなく、これはこれでオスカルに備わった天賦の才能だったのさ。

フーガ(遁走曲)Ⅲ   [『ベルサイユのばら』Prequel]

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情にほだされ、ずるずるとお屋敷のほうに居座ってしまった。だが、学校で入用なノートや本などが下宿に置きっぱなしになっていた。それに家賃も払う必要がある。だからなんとしても一度下宿のほうへ戻る必要があった。それにおれもお屋敷を離れてまったくのひとりきりで考えてみたいこともあった。
そう思いながら、学校で帰る支度をしていると、ジョゼフが声をかけてきた。
「アンドレ、最近忙しいのかい? ここんとこしばらく、ぼくのところにもとんと寄り付かなくなったじゃないか?」
「ああ、本当にそうだよな。すまない、ジョゼフ。不義理をして。あんなに世話になったのに」
「何かあったのかい?」
「いや…、うん。…実はそうなんだ」
「立ち入ったことを訊いてしまったのかな?」
 おれが答えにくそうにしているのを見て、ジョゼフは気を遣ってくれた。
「ああ、ごめんよ、ジョゼフ。ぼくの祖母がさる貴族さまの屋敷の女中頭をしていてね。その関係で、ぼくもそこに長らく世話になっていたんだ。けど、そこで問題というか、ちょっと厄介なことが起こってね。悪いんだけどお屋敷の中のことは他言無用なんだよ」
「ああ、別にいいよ、そんなこと。君さえ元気でいればね」
「ジョゼフ、ありがとう。そういってくれると助かるよ」
 ジョゼフはちょっと言いにくそうに、言おうかどうか逡巡していたようだった。
「あのな、アンドレ。マノンのことだけど…」
「あ、ああ。マノン? マノンがどうかしたのか?」
「君に会いたがってる。こないだもぼくの家に来て、アンドレはどうしているのかって尋ねていたよ」
「ああ、そういえばここしばらくは彼女とも会っていなかったなぁ。いろいろ親切にしてもらったのに、申し訳ないよ」
「彼女と何かあったのか?」
 ジョゼフは用心深く探りをいれるように訊いていた。おれは今思えばまったくうかつで可哀想なことをしたんだが、マノンとはただの友達だと思っていたんで、ジョゼフの真意が見抜けなかったんだよ。
「いや? 何もないけど。というより彼女とは最近まったく会ってないんだ」
「あ、そうか。それならいいんだ。うん…。時間を見つけてまた、ぼくのところへ遊びに来てくれ」
「ああ、ジョセフ。ぜひまた行かせてもらうよ」
「いや、つまらないことで引き留めてごめんよ。少し不安になったんだ。いや、ぼくは変なことを言ってるよな」
 ジョゼフの気遣いが心に染みた。
「ジョゼフ、心配かけてすまない。言えるときがきたら、またちゃんと言うよ」
「うん、わかっているさ」
 ジョゼフはおれが心のうちをすべてさらけ出さないのは知っていた。だがあえてそれを訊かないという度量の深さがあった。今まで裏表なく接してくれた彼に対し、隠し事をするのは不誠実に感じるが、うっかりしたことを言って、隠していることが外に漏れるとも限らない。今は慎重に越したことはない。
 下宿に戻ると、門番のおやじが目くばせしておれに知らせた。辺りを見回すと入り口から少し離れたところに、下女を連れてマノンが立っていた。おれを待っていたにちがいない。
「マノン…どうしたんだい?」
「アンドレ、やっと会えた。ここで待っていれば、会えるって思っていたわ」
 マノンは女中に話が終わるまで少し離れたところで待つように命じた。横目で女中が離れるのを確かめると、もどかしそうに駆け寄ってきた。
「アンドレ!」
「毎日ここで待っていたのかい、マノン?」
「ええ、そうよ。わたし、あなたとはただの友達でしかないし…付きまとって悪いとも思ったんだけど…」
「マノン、君は大事な友達だよ、言いたいことがあったら、はっきりいってくれて構わないんだよ」
「わたし、わたし…。こんなことをいう資格もないのは判ってる。だけど…あなたにどうしても確かめたいことがあって…」
 マノンはいつもと違って落ち着きなく目が泳ぎ、話すことばも歯切れが悪かった。
「どうした? なにがあった、マノン?」
 マノンはしばらくためらっていたが、心を決めたようだった。
「わたし、わたしね、知っているの。知っているのよ、あなたのこと。アンドレ」
「何を?」
「あなたがどうして何度も水を向けても、絶対に自分のことを話してくれないのか…」
 マノンは何かオスカルのことを嗅ぎ付けたのだろうか。おれは身構えた。
「ほらね、あなたはすぐにそうやって逃げようとする」
「何だよ? 何を知っているって言うんだ?」
 マノンはおれの剣幕にちょっと気圧されて一歩下がった。
「あなたのこと、こんなふうに詮索するのはよくないってわかっているのよ。わたしね、自分でもちょっとおかしくなってるってわかっているわ。でもね、見たのよ、あなたがブロンドの男の子といるところを」
「ブロンドの? それで?」
「何度も見たわ。一緒に歩いているところも見たし、馬車に一緒に乗っているのも見たわ。それもお仕着せを着た御者がいる貴族の馬車にね」
マノンはオスカルを女と見抜いたんではなかった。おれは少しほっとした。
「そいつとぼくが一緒にいたからって、それがどうだっていうんだい?」 
「ものすごくきれいな子だったわ。男性的な偉丈夫っていうんじゃない。とにかく女と見紛うほどきれいな子なのよ。すらりと背が高くて。士官学校の生徒よね。空色の軍服が凛然として…だけど何か妙な色気があるの」
 だがマノンはそれとは知らずに、オスカルの知られたくない痛いところを突いていた。
「ね、アンドレ。あの子ってあなたの友達なの?」
「ん…。まあね。そんなところだな」
 マノンは疑い深そうに、おれの目をじっと見つめていた。
「…。あなたのあの子をみる態度、尋常じゃない。初めて見たわ、あなたのあんなとろけるように優しい笑顔。まるで、そうよ! まるで恋人に微笑みかけているようだった」
 マノンの指摘に、言いようのない恥ずかしさを覚え、赤面したかもしれない。
「マノン、いいがかりは止めてくれ。それに、それが君に一体なんの関係がある?」
「アンドレ、酷いわ、そんなふうに言わないで。わたしの気持ちを知っているんでしょう。わたし、わたし…。すごく醜いことだけど、正直に言うわ。わたし、あの金髪の子に妬いているのよ」
「マノン…妬くってのは一体なんのことだい?」
「あなたが女の子に心が動かされないのは、あの子がいるからなのね。あなたは今まで私が見る限り、好意を寄せたどの女の子にも、当たり前の男なら抱くはずの一片の関心すら、示さなかった。わたしは以前、あなたは美術品でも本物と偽物をきちんと見分けられる鑑識眼があるっていったわよね。何が一番赦せないっていってあなたの場合、それは人間でも同じことが言えるからよ。傍目にも解るくらいあの少年にのめり込んでいるのは、女の子だって敵わないほど美しいからなんだわ」
 マノンはボロボロと涙を流していた。
「マノン。君にそんなふうになじられるぼくの気持ちも考えてみろよ」
 マノンはおれへの恋に身を焦がしていた。いじらしいと思ったが、今のおれにマノンの気持ちを受け入れる余裕はなかった。
「もしぼくが、誰かを愛するんだったら、誓って言うけど、君がいうように外見だけを見て愛したりしない。何より大事なのは心だってわかっているから。ぼくは、君に言ったことがあっただろう? この学校に入る前に、貴族のお屋敷で奉公していたって。君がみた男は、ぼくの仕えていた若さまなんだよ。ぼくの主なんだ。幼なじみで…。だから身分の上下はあるけれど、率直にものが言える間柄で…。もし君がぼくらを見て何か感じたんなら、それはただの親愛の情だよ」
「アンドレ! ごまかさないで!」
 マノンは声を荒げた。
「マノン、どういったら信じてもらえるんだ。つまりぼくが唯美主義者だから美しければ男も女も見境なく、恋愛の対象にする、って君はそう言いたいんだね。失礼だな、まったく。そんなの君の思い込みにすぎない。あいつの美貌に魅せられているなんてよくいうよ。第一、君はあいつの何を知っているというんだ、ろくすっぽ知りもしないじゃないか」
「嘘よ! 言い逃れは止して! そうよ、あれはどうみたって恋人同士だった!」
 マノンの眼はみるみる憎悪の炎が燃え広がった。
「貴族って腐ってる。望めば何もかも手に入るくせに! いえ、だからこそ飽き足らないのね、通常の男女の恋愛なんかでは。男のあなたにまで手を出すなんて…。どんなに一生懸命あなたに振り向いてもらおうと努力しても無理なのが判ったわ。天使みたいに清らかな顔をして! とんだ堕天使だわ!」
「マノン、なにを言う! これには深いわけがあって」
「じゃあ、話してよ!」
「今は言えないんだ、マノン。もう少し時が来れば…」
「ほら! やっぱり。あなたは不道徳な愛に身を焦がしているのよ。退廃的な貴族の悪習に染まってるんだわ!」
 マノンは涙を拭きながらおれから離れて駆け出して行った。
 


 士官学校では、全校で夏の行軍訓練がなされようとしていた。歩兵、騎兵、砲兵、そして補給係を含む、三兵混合の師団形式で、パリ郊外の山地の頂点を目指す。いわゆる山岳における戦いを予想した訓練だった。師団形式といってもごく小規模で、一つの隊が百人程度のものだった。それを麓のいくつか違う出発点から、円の中心に向かって進むように、目的地を目指して行軍するんだ。
 行軍にはトップとして指揮官ひとり、その下に副官として三人を、それぞれの科から選出することになった。
グループ内から副官が三人選ばれた。歩兵科からは最終学年で十六歳のシャルル・デュポン、砲兵科からも最終学年の十八歳のギュスターヴ・グロ。そしてオスカルと同じ騎兵科からは、オスカルより一年年長のアントワーヌ・ギィ・ド・ショーソンが選ばれた。
だが、行軍のトップである指揮官は別個に教官が指名する。教官は皆の前で言った。
「いろいろと熟慮したのだが、今回、指揮官はジャルジェが適任であると判断した」
 みなの間からええ? という驚きの声が発せられた。だがこの中で誰よりもオスカル自身が一番、今回の決定に驚いていた。普通なら士官学校の最終学年の生徒は十六歳から十八歳ぐらいだ。成人した人間と違い、この時期の少年の一年差というのは大きな隔たりがあるからな。
「教官。たしかにジャルジェは優秀ですが、まだ経験が浅い。彼にはこの任務は少し荷が重いのでは? ここは何年も行軍に参加した上級生がやるべきだと思います」
 一番年長のグロが言った。
「いや、ジャルジェは、この隊の中ですべての科目の中でトップの成績だ。この人選は妥当なものだよ」
「しかし教官、履修学科の成績と、実際の統率力とはあまり関係がないのでは? ジャルジェはまだ子供ですよ、年長の人間が言うことを聞きません。これではかえってジャルジェが可哀想です」
「そう思うのだったら、君たちが副官として、彼の手足になってしっかり支えてやってくれ」
 教官は頑として譲らなかった。
「お待ちください、教官。お言葉を返すようですが、わたくしも自分が選ばれる理由がわかりません」
 オスカルも必死になって、発言を覆すように教官に求めた。
「ジャルジェ、きさまも気骨がないな。自分の力を試してみたいと思わないのか。もっと根性を見せろ! 行軍訓練は百人の人間を率いるのだ、おまえにとっても、それなりにいい経験になるはずだ」
「ですが…」
「この任は、ぜひともわたくし三人の中からお選びください! 教官!」
 ほかの三人も口をそろえて自薦した。
「いや、この決定は覆さない。以上だ」
 何とも言えない嫌な沈黙が辺りを包んだ。教官の命令は絶対服従なので、あえてみなこれ以上反対の意を唱えるものはいなかったんだが、しかしこの人選は承服しかねた。ショーソンは下級貴族出身だが、かなり優秀な生徒で、オスカルとはいつも成績の上位を競い合い、当然オスカルのことをライヴァル視していた。だがそれ以上に、オスカルの大貴族という出自を憎んでいた。
今回の決定に一番我慢ならなかったのはショーソンかもしれない。みなが解散したあと、ショーソンはつかつかとオスカルのもとへやって来た。
「ジャルジェ、おまえ、うしろでこそこそとなにかやっただろ?」
「は? わたしが? 一体なにをだ?」
「白ばっくれるな。きさまのお偉いおやじに、自分が選ばれるように手を回してもらったんだろう? え?」
「ショーソン、ことばを慎め。聞き苦しいぞ。わたしはこんな下らないことで父に頼み事などしない。少し頭を冷やしたらどうだ?」
「なんだ? 喧嘩を売ろうってのか? 上等だ。来い!」
「バカバカしい…。ここは軍隊だ。わたしは無駄な争いなどしない。それに今回の決定に、わたしが喜んでいるとでも思うのか?」
 オスカルはショーソンにきつい一瞥をくれるとその場を去った。

 おれが学校からお屋敷にもどると、サロンでランベールが所在なげに新聞を読んでいた。どことなく困惑気味の様子が伺えたので、話を聞いてみることにした。
「ランベールさま、何かあったのですか?」
「いや、ちょっと学校で困ったことが起こってな」
 ランベールは学校で起こった仔細をおれに教えてくれた。
 廊下に出ると、オスカルがクラブサンを弾いている音が響いていた。音を聞けば、どれだけあいつが頭に来ているか手に取るように判る。おれはあいつの部屋に向かった。
「オスカル…」
 呼びかけてもあいつはしばらく返事もせずに、手を鍵盤に叩きつけていた。
「おい、そういうふうに弾いちゃダメだろ? おまえのかわいいクラブサンに八つ当たりするな。もっと冷静になれよ。聞いたぜ、ランベールから。だいたいのことはな」
「知っているんだったら、そんなふうにわたしに小言を言うのをやめろ」
「うん…。ただな、少し腑に落ちないことがある。これは最初から仕組まれているような気がする。そんな人選を行うこと自体裏になにかあるぜ」
「そうだ、ただでさえ士官学校の生徒は闘争心が強い。だのに、わたしをトップに据えるなど、最初から士気を下げようとしているとしか思えん」
「うん、教官がどうも怪しいな。なんてやつだ?」
「最近赴任してきた男で、たしか、ジャド…。そう、ジャン・バティスト・ジャドとか言ったな。身分は少佐だ」
「ふうん、もしかしたら旦那さまに敵対しているショワズールの一派の人間かもな。来年は近衛に入隊だし、入る前におまえの評判を少しでも下げようって肚なのかもな」
「ああ、また父上がらみか? もうっ、止してくれ! 父上は戦術家かもしれんが、戦略家ではないな! もっと人たらしにならないと…。とてもじゃないが元帥など狙えないぞ」
「いやいや、そう辛辣なことを言うなよ…オスカル」
「言いたくもなるだろう? どうせ学校なんて、単なる通過点だ。さっさと終わらせてしまいたいのに、こんな横並びのところで競ってみても仕方がないだろう。しかもあんな理屈も通らない、頭の悪いクソガキどもを相手にするなんて! まったく」
 
 しかし、すでに決定してしまったことについて、ごちゃごちゃ文句ばかり言っていても始まらない。何事も綿密な調査を怠らないオスカルは、どんなことにも準備に余念がなかった。まず現場の詳細な地図を用意し、誤差がないか確認した。そして、おれを連れて現地に行き、案内人を請い、目的ルートを確認した。
「ここは、そう高い山ではないんですが、やはりね、山の天気は変わりやすいんでさ。すぐに霧が出るからね。素人は霧の中を歩くのは厳禁ですぜ。あと気温の変化にも気を付けないといけねぇ。夜はかなり冷えますからね。それだけでもかなり体力は消耗しやすからね」
 案内人はおれたちに助言した。
「夏でも?」
「夏だからこそでさあ。それにここらは、扇状地の地層がぶつかり合っているんで、山に降った雪どけ水がしみ込んで、あちこちから湧き出しているんですよ。その水がまた、冷たくてね。のどが渇いてちょっと飲むには旨いが、これがかなり厄介なんでさあ…」
 案内人は傍に流れている川を指差した。
「ほれ、この川の水、さわってみなせぇ」
 男に乞われるまま、ふたりして川に手を突っ込んでみた。
「うわっ、冷たい! 手がちぎれそうだ!」
「坊ちゃんがた、こりゃな、雪解け水だ! 氷より冷たいですぜ」
 改めて考えてみれば、おれたちはパリとヴェルサイユしか知らない。つまり、経験というものが全くない。やはり行軍には予想を上回る未知の事柄がいっぱいだった。結局、実際当日行軍するにあたり、現地に詳しい案内人を雇うのは必須だという結論に達した。
「たかが行軍訓練だけとはいえ、行って帰ってくるのが、案外難しいのかもしれんな」
 オスカルは思案顔でつぶやいた。
「うん、たしかにな」
 おれも同意した。何となく嫌な予感がしてオスカルに申し出てみた。
「おれは部外者だけど、同行していいかな? 補給係の一員として」
「ああ、それは助かる。ぜひそうしてもらうとありがたいな」
 久しぶりにあいつの晴れ上がった空のような笑顔を見た気がしたな。
 
 いよいよ行軍訓練の当日となった。この日は晴れて訓練日和だと言いたいところだが、残念なことに、前日山に雨が降っていた。
 オスカルが親の七光りで自分たちは出し抜ぬかれたと思っている上級生の、デュポン、グロ、ショーソンは実力行使に出ることにしたらしい。教官が同行しないことをいいことに、オスカルを端から無視して、自分たち三人が指揮を執っていた。今は下級生を前に訓示を垂れていた。
「われわれA小隊百人は今、パリより十リュー離れた現地点、プレルから出発、なお他のB小隊はサン・マルタン・デュー・テルトル、C小隊はボーモン・シュルオワーズから各々目的地に向かう。今から各員は隊伍を組んだのち、点呼を取る」
オスカルは大勢に影響が出ない限り、上級生のやりたいようにさせておくつもりで、黙って看過した。いつも何かしら嫌がらせを受けているのに慣れていたからか、オスカルはひとりで超然としていた。
おれはひそっと声をかけた。
「いいのか? 勝手にさせて?」
 オスカルはしれっと答えた。
「したいようにさせておくさ。何事も起こらないうちはな。言うだけ無駄だ」
 天気は晴れでも、行軍訓練には最悪な日だったかもしれない。とにかく足場が悪い。昨日降った雨のせいで、道がぬかるんでおり、いちいち足が取られるんだ。日ごろ長距離を速足で移動しなれていない生徒たちには、赤子ほどの重さがある行軍用のリュックを担いでいくのは辛いものがあった。そしてその上、昼近くになると雲ひとつない快晴だ。だが知っての通り、カンカン照りというのも、かなりのスピードで行軍している人間を疲弊させるもんだからな。
 半日行軍したところで、小隊は川にさしかかった。以前下見にいったときには、簡単に渡河できる程度の浅瀬だったが、雨のせいで増水している。
 グロたちは、この川を渡ろうとして号令をかけていた。今まで殿について三人の様子を見ていたオスカルは、突然馬を先のほうに走らせて、それを制止した。
「待て!」
 三人は一斉にオスカルのほうへ振り返った。
「渡河はしない!」
ショーソンは喰ってかかった。
「なぜだ? ジャルジェ、ここはプラン通り、ここを渡河すべきだろう?」
「ショーソン。たしかに計画書にはここを渡河すると書いてある。しかし、それは川が増水していないときに限っての話だ」
「は? ここはもともと浅瀬だぞ? たかが増水がどうした? この臆病者めが」
 ショーソンが罵倒したが、オスカルは取り合わなかった。
「ここから二リューほど下流に橋がある。われわれは迂回して、このルートを通る」
「二リューも歩く? それでは行軍が遅れるではないか?」
 最年長のグロがオスカルに尋ねた。
「しかし、今回は迂回したほうが、結局は早く着くはずです」
「なぜ確信もってそう言える?」
「はい、今、見えている川の真ん中にある、あの岩が見えますか?」
 オスカルは川の中の大岩を指差した。
「ああ、見える。それがどうした?」
「あの岩は水面に出ている部分が今のところ一ピエほどですが、増水していなかったときは、岩の全体が水面より見えていました。つまり、今われわれがここを渡河すると、腰まで水に浸すことになります」
「腰まで水が漬かるだと? それぐらいどうだというのだ? そんなことは、行軍にはよくあることだろう」
 グロはオスカルに反論した。
「はい、確かに。グロ上級生、あなたのおっしゃる通りです。実際、戦闘時ならそんなことは構っていられないでしょう。場合によっては行軍に際して死人が出ても、あえて前に進まなければならないときもあります。そんなことぐらい、わたしにもよくわかっています。だが今は行軍訓練。この訓練の目的は、時間通りに全員無事に目的地に着くことだけです」
 オスカルは続けて自論を展開した。
「この川の水は雪解け水も混じっていて、水温が異様に低いのです。それに流れも早い。そんなところを渡ったらどうなるか。しかも人だけではなく、馬も大砲も渡すとすれば…。たかだか二リューを迂回するより、このほうがとてつもなく労力がかかる。考えても見てください。加えて今日は暑い。ということは寒暖差が激しいということだ。つまり野営するときは、うんと気温が下がるということです。ただでさえ疲弊しているのに、濡れた服を着ながら野営ですか? それでしっかり睡眠がとれるとは思えない。そしてそれと同時に、著しく体力が奪われてしまう。あしたも強行軍です。これを考慮に入れれば、今ここで渡河することは、賢明とは言えない」
「ジャルジェ、おまえ。利いたふうな口を。誰に向かってものを言っている?」
「やめてください。果敢さは常に軍隊にとっては必要なものですが、しかし蛮勇は命取りになるのです。何事も舐めてかかってはいけない。われわれは今回、軽装しかしていない。なにも無理にトラブルに巻き込まれることはないと申し上げているのです」
 オスカルはそれ以上反論を続けさせなかった。ぴしゃりと言い放った。
「とにかく、あなたたちにどう思われようと、今はこの小隊の中では、わたしが最高責任者です。ここはどうでも、わたしの意見を通してもらう」
 そして口許を片方だけ挙げてニッと不遜な笑みを漏らした。
「船頭多くして船が山に登るというでしょう?」
 オスカルは馬の向きを変え、全員に声をかけた。
「さあ、全員、隊伍を整えろ! 五人ごとの縦列で前進する。出発!」
 オスカルは馬に軽く拍車をかけ、一番先頭へと進んでいった。

 結局オスカルの適切な指揮のお蔭で、A小隊は無事に目的地へ時間通りに着いた。他のB小隊、C小隊は、行軍訓練を甘く見、指揮官の生徒が下準備をせずぶっつけ本番で行軍したため、かなり苦戦を強いられていたようだった。実際に霧が発生して、道に迷った隊もあったらしく、最後は収拾がつかなくなり、教官の指導が入ったとも聞いた。
 どうして士官学校の生徒はこんなにも行軍訓練に消極的なのかといえば、大きな理由一つとして挙げられるなら、戦闘を想定した実習ならまだしも、土台が歩くことに終始する単調な訓練で、面白味がないからだ。またもう一つ挙げられる理由として、士官学校まで出た人間は卒業したあと、一介の歩兵になどならないからだ。彼らは少なくとも少尉からスタートする。将校ならばこの訓練のように歩きはしない。
だがオスカルは、もともと上級将校になるために、士官学校卒であることすら求められない大貴族の出だった。だからここを出た後は、あっという間に大佐まで一気に昇進してしまうだろう。とはいえ大佐とは痩せても枯れても一国一城の主。一番上に立場に立つ人間は一兵卒の気持ちまで把握できないと軍を統率できない。だからこそ経験を積むよう、旦那さまに求められてこの士官学校に入学したのだし、またこういった行軍訓練も貴重な体験だったんだ。しかしそういったあいつの思惑を理解できる人間は、同世代の少年の中ではほとんどいなかった。
 行軍訓練のあと、オスカルはますます孤立を深めていったような気がしたな。このあと、最上級生は少尉任官試験を受け、ここを卒業していった。こうやって、グロとデュポンのふたりも、新しい赴任地で少尉としてスタートを切ることになった。
後に残された在校生たち、とりわけショーソンは、それから何かとオスカルを目の敵にすることが多くなった。事あるごとに「親の七光り」呼ばわりし、決してその実力を認めようとしなかった。オスカルは、この狂犬のような男とかかわりあうのは危険だと察知して、なるべく避けていた。だが初めは聞き流していたショーソンの揶揄は執拗で、日に日に強まっていき、そのうち目に余るような状態になっていったんだ。
 まあショーソンがそうなる遠因の一つには、オスカルが剣技も銃も乗馬も飛び切りの腕前だったのに、ほとんど人前で、それを見せなかったこともあるんだが…。もっと早い段階でショーソンにそれを解らせてやるべきだった。こういう闘争心の強い人間には、自分の実力を見せつけてやることも大事なんだ。だがオスカルは、それをあえてしようとはしなかった。あいつは妙に早熟だから、そんなガキっぽいことを人に誇示することを嫌がったんだな。
 それだけにおれは、どうしてもオスカルの身が心配で、学校はしばらく休学することにし、ランベールと供にオスカルに随行するようになっていた。
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後から聞いたところによると、ランベールが帰り支度をしてオスカルを探しに行こうしていたときのことだったらしい。廊下に出ると、ある男がランベールとすれ違いざまに肩をぶつけてきたということだった。
「あ、失敬した」
 人のいいランベールは相手の悪意を察知することもなく、素直に相手に謝ったらしいぜ。
「ああ、おまえはジャルジェにすり寄っているワン公だな」
 相手はいきなり敵意をむき出しにして、ランベールに突っかかって来た。犬呼ばわりされて、ランベールもカチンときたんだろうな。
「何だと? おれが犬? 突っかかるのは止せ」
「あ? 犬を犬といって何が悪い? 何度でも言ってやるぜ、ワン公!」
「言わせておけば…きさま」
「おもしれえ、言わせてもらったらどうなるんだ?」
「おい、やる気なのか?」
「ああ、おまえさえ良ければ」
「よし、決まりだな」
「だが、ここではなんだ、人目がある。場所を変えようぜ。もっと気持ちよく体が動かせる場所へな」
 男とランベールが赴いた先は、ひとけのない校舎の裏側の空き地だった。ふと気が付けば、ランベールの周りは男たち五六人に囲まれていたんだ。
仲間のうちのひとりはパンチをくらわそうとしたが、その前にランベールの右足がその男の腹に蹴りを入れた。
「おっと、悪いな。だけどそっちからやってきたんだぜ」
 ランベールは澄ました顔でうそぶいた。こいつも腕っぷしには自信があったんだろうな。
「甘い顔を見せたらつけあがりやがって」
 仲間のひとりは激昂した。
「躾のなっていない犬はどうするんだ、おい?」
 男のうちのふたりはランベールの背後に廻って、羽交い絞めにした。
「へへへ。そりゃ、誰にでも噛みつかないように躾が必要だろう?」
「そうだ、きちんとおれたちが教えてやる」
 ショーソンは無抵抗にならざるを得ないランベールめがけて拳を顔に一発喰らわせた。
「ちくしょう、おまえら卑怯だぞ!」
 ランベールはショーソンとその仲間に、一方的に殴る蹴るの暴行を受けた。
 なにか周囲が騒がしいと異変を感じていたオスカルとおれは、講堂に駆けつけてきた学友の知らせを聞いた。
「おい、ジャルジェ! ランベールが大変だ!」
「どうした? なにかあったのか?」
「ランベールがショーソンたちにやられてる」
 おれたちは走ってランベールのもとへ向かった。
 ランベールはすでに失神しかけていたが、まだ男たちの暴力は続いていた。
「やめろ!」
 おれは中に入った。
「おやおや、今度は本物の番犬がやって来たぞ」
 男たちは笑いながら、オスカルに向かって叫んだ。
「ジャルジェ、おまえいくら怖いからって、何匹番犬を傍に置いているんだ、え?」
 おれはまずその男の顎をめがけてすばやくシャッセの一撃を加えた。技はまともに的中して、男は受けた瞬間に三ピエほど後ろに吹っ飛んだ。
「こいつ、小賢しいまねをしやがって」
 ひとりは顔をめがけて殴りかかってきたが、おれは軽くそれをかわし、連続してジャブからクロスし、フィッテで相手の股関節を先制攻撃して一瞬動きを封じた。十分に間合いが取れたところで回転をつけて相手の腹に重たい蹴りの一撃を加えた。男はグウっと息とも声ともわからない音を鳴らしたきり、昏倒しちまった。
「おい、おまえら! かかって来い!」
 久々に腕が奮えて気分がよかった。くそ生意気なショーソンを早くぶちのめしてやりたい。
 しかしオスカルは、前に立っておれを牽制した。
「もういいだろう、やめろ、アンドレ。おまえがやるとシャレにならない。死人が出る」
 オスカルは男たちが群れる中心に立って言った。
「おい、ショーソン。おまえ、何が気に入らないのか知らないが、怒りのはけ口をわたしに向かわせないで、クロードを攻撃するのは感心しないな。言いたいことがあるのなら、はっきり言え!」
「それ、それだよ。ジャルジェ。おまえのその面、自分だけが正しいって面だぜ。正論ばかり吐くおまえを見ていると、こっちは胸糞悪くなるんだよ!」
 ショーソンはぺっとつばを吐いた。
「だからといって仲間を使って、クロードをリンチとはどうなのだ? 多勢に無勢だ。それは武人がすることではなく、ならず者がやることだ」
「なんだと…?」
「ショーソン、やるのだったら男らしく一対一で、正々堂々と勝負したらどうだ? それならわたしも、受けてやらんこともない」
「ジャルジェ、言ったな!」
「ああ、言ったとも!」
「吠え面かかせてやる!」
 ショーソンは腰に帯びていた剣を抜いた。
「さあ、ジャルジェ。かかってこい!」
 ショーソンはオスカルに突っかかってきた。
「ふ、なんと短気な男だな。こっちはまだ、剣も抜いていないぞ」
 ショーソンの剣を、さっと身体を引いて軽くかわすと、オスカルは自分の剣を抜いた。
「おまえの突きはなかなかだ、ショーソン。しかも体がでかい分、相手に加える殺傷力も強い」
 オスカルは自分の剣で空にびゅんびゅんと鋭く斜めに十字を切り、そしてやおら重心を低く落として、構えのポーズをとった。
「とはいえ、改善の余地は、まだまだあるようだがな」
「ぬかせ!」
 オスカルはぐっと前足を踏み込み、素早い足捌きでショーソンのとの間合いを詰めた。そして手首の回転を利かせて鮮やかな一閃を切った。それは首のぎりぎり手前で一瞬止まった。そしてオスカルの冷ややかな一瞥をくれた次の瞬間、切っ先は真横にびゅっと音を立て、すごい勢いで宙を切った。あと一プースショーソンに近づいていたら、間違いなく首が掻き切られて鮮血が飛び散っていただろうな。
「うわっ」
 ショーソンは思わず声を上げた。オスカルはそれを見て、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「わきが甘い! もっと俊敏じゃないと、わたしに勝てないぞ、そらっ」
 オスカルはまた攻撃に廻った。攻撃は、熾烈で執拗だった。まるでオスカルには空間にその軌道が見えてでもいるかのように、ショーソンを的確に、しかも容赦なく突いていく。
 オスカルの剣はとにかく早い。閃光のように突いたと思えば、次の瞬間もうすでにさっと後ろに下がって、ポジションをキープした。そしてショーソンが、もとの体勢に戻る前に、別の方向へ攻撃を仕掛けてくる。ショーソンは右へ左へと、攻撃をかわすのに精いっぱいだった。ひらり、ひらりと一定のリズムで舞うように動くオスカル。しかし決して無駄な動きをして、体力をすり減らすことはしなかった。上半身もわずかなりともぶれもしない。
ショーソンはその一撃、一撃を繰り出すごとに、体力を消耗して動きが鈍くなっているのが、見ていてもはっきり判った。
オスカルはまるでネズミをいたぶる猫のように、じわじわと追い詰めていく。少し離れたところで、息が切れてきたショーソンが荒い息を吐きながら体勢を立て直して攻撃してくるのを、ことさらに貴族的な尊大さで、じっと見つめながら待っていた。
「ほらほら、ショーソン。何をしている。早く攻撃して来い!」
 オスカルは勝負しているとはとても思えない人を喰ったような、それでいてひどく優雅な口調で言った。この態度がまたショーソンの逆鱗に触れた。
「なんだと! 言わせておけば…! このクソガキが!」
 ショーソンは猛り狂って相手に向かって行き、満身の力を込めて剣を振り下ろした。オスカルは、今度はその打ち下ろされた剣を受け、力を受けた方向に逆らわず流れるようにかわし、それから体を回転させ、相手が剣を振り払う前に己が剣を相手の脛に強打させた。どっと膝をつき、ショーソンは完膚なきまでに叩きのめされた。
「相手の挑発に乗って、見境なく敵に猛進するなど、一番やってはいけないことだ、ショーソン。どんな場合でもな」
 オスカルは、落とされたショーソンの剣の柄を片足でポンと目の高さまで蹴り上げ、それを片手でさっと捕らえた。
「ふふっ、勝負は決まりだな…」
文句なく圧勝だった。オスカルは剣をショーソンのほうへ投げてよこした。
「ショーソン、たしかにわたしはおまえが嫌っている大貴族の出身だ。だがここでこんなことをして、鬱憤を晴らしていても仕方あるまい? たとえわたしをここでやっつけたとしても、新たに第二、第三の貴族がおまえの前に立ちはだかるだろう。それでは切りがない。怒りで心を占めていると肝心なことを見失うぞ…。とにかく今のおまえは実力をつけることだ」
 オスカルはショーソンを見遣ってから、おれに言った。
「アンドレ、クロードを馬車のところまで担いでやってくれ。今日のところはこれまでだ」
 オスカルはその場を立ち去ろうとした。しかしこれでは収まらないショーソンはオスカルの背後から、切りつけようと跳びかかって来た。瞬時にそれを察知したオスカルは、剣の鞘でショーソンの鳩尾をしたたかに突いた。
「わたしの言ったことを、今一度とっくりと考えてみるのだな、ショーソン」
 後ろ向きにどっと倒れたショーソンに向かって、あいつはそうつぶやいた。



 今までひっそりとなりを潜めていたオスカルだったが、このことがあった後、急に士官学校で注目を浴びるようになった。まだわずかに十四歳に満たないながらも、早熟で老成している思考力、判断力、行動力。いざとなれば上級生も有無を言わせぬような圧倒的なカリスマ性。鮮やかすぎるほどの剣の達人。しかも誰しもがほれぼれとするような冴えた容姿。これらは決してオスカルにとってマイナスになるものではなかった。ただしオスカルが本当の男であればの話だが。
「ああ、こんなことになるのだったら、いくら意気地なしといわれようと、ショーソンの剣など受けるのではなかった!」
 オスカルは頭を抱えていた。
「オスカル。ああいう事件は結局のところ、避けられるものじゃない、いつかはこんな日が来るはずだったんだ。それにおまえは、卑怯なことに耐えられるほど、人が卑しくできてないからな。ま、無理だ。諦めろ」
「ああ、そうかもしれないな」
「まあ、多少窮屈な思いはするかもしれんが、あともう少しの我慢じゃないか」
「そうだな。五月にはオーストリアからマリア・アントニア姫がお輿入れになる。おっと、もうマリー・アントワネットさまとお呼びしたほうがいいのか?」
「さあな。そんなことどうでもいいだろ? どうするつもりなんだ?」
「うん…。やはりな、人間関係は難しいところはあるものの、ここでの時間は、わたしにとっては有意義なのだ。身分の隔たりなくわたしの提出した課題をきちんと誠実に添削してくれるところは、今後もここにおいて他にはない。一歩外に出てしまうと、素直に本音を聞かせてくれるというわけにもいくまい。なにしろヴェルサイユは権謀術数の砦だからな。そういう意味では、ぎりぎりまでここで学びたい」
「とすると? 旦那さまはどうおっしゃっておられるのだ?」
「うん、そうだな。四月の頭にはここを出て、近衛連隊に入隊するつもりでいる。ただ…」
「あと半年足らずか…」
「父上はどうも、わたしがここを出る前に、また何かを画策しているようなのだな…」
「旦那さまが?」
「うん。父上もご苦労なことだ。そっとしておいて欲しいと切に願っているのだがな。そうもいかないらしい。女のわたしを近衛に据えるにあたり、いろいろと根回しが必要らしいな。というのも大きな声では言えないが、実のところ陛下はいくさ音痴なのだ。実際、戦争が行われていても、味方が勝っているのか、負けているのか、それすらもご判断がおできにならない。ただし陛下は、華やかなことがお好きだ。そこを見越して…」
「うん、見越して…?」
 おれは先を促した。オスカルは、ふーっと長い吐息をついた。
「御前試合をするおつもりらしい」
「御前試合? それなら別に問題ないじゃないか」
「ただの模擬戦だと、陛下が飽きてしまわれる懸念があるそうだ」
「そこでだ、いにしえのアンリ四世時代の古式ゆかしい騎馬戦をする計画があるらしい。槍を持ってな」
「へぇ。アンリ四世か。ブルボン王朝の始祖だな。そうしたら、金ぴかの鎧を着るのか? あはは」
「笑いごとではない、アンドレ」
 オスカルの三白眼がおれを睨んだ。
「すまん…」
「いくら派手好みの陛下のお好みとは言え、鎧やくさび帷子なんぞを着て戦うのはまっぴらだ。あれは全部装着すれば、優に大人ひとりぐらいの重量を軽く超すらしいからな。昔、兵士がこれを着て戦って、酸欠死した例もあるそうだ。だいたいそんな重いものを着て、機敏に動けるはずもないだろ?」
「それもそうだな」
「まあそれでも、重装騎兵と軽装騎兵がいるな…」
「重装騎兵は敵に向かって突撃を喰らわすためのものだから、速さよりもパワーだな。反対に軽装騎兵は、パワーよりも速さか」
「その通りだ。戦いは二つに分かれて、おのおの敵の陣地に入り、相手側の軍旗を先に奪った方が勝ちだ」
「いたってシンプルな戦いだな」
「まあ、言ってみればそうだ。いや、待てよ。案外騎馬戦は面白いかもしれないな。現代の戦いの基本は歩兵が真ん中に立って集団縦列や方陣を作るのだが、戦いが入り乱れて来ると、歩兵は散り散りばらばらの散兵と化す。そうした場合に昔ながらの槍騎兵が案外役に立つかもしれん。これは一戦交えるだけの価値はある」
オスカルはポツリとつぶやき、ふと顔を挙げた。
「おまえたちは騎兵科じゃないか。そんなもの朝飯前なんじゃないのか?」
「さあ? それはどうだかな。何事もやってみなければわからないものだ。だが一番わたしが心配しているのは、そんなことじゃない」
「ああ、なんかわかった気がした」
「ふふん、そうだろ? おまえもやっと、わたしという人間を理解できるようになったらしいな」
「つまりは今度も大将に据えられるんじゃないかと心配しているんだろ」
「ああ、そしたら、また荒れるな。ショーソンが絶対に黙ってなどいないだろう?」
「ショーソンか。口ほどにもないくせに…なにかとおまえを目の敵にする…」
 オスカルはじっとおれの瞳に目を注いだ。
「それじゃなくてもわたしは年上の人間から睨まれているからな。アンドレ、教えてくれ。わたしには理解できない。男はそんなにメンツやら沽券が大事なものなのか? 幼年学校に通うほうがふさわしい子供に従わなきゃならないのは、あいつら男どもにとってはこの上なく屈辱らしい。その上、もしわたしが女だとバレでもしたら…」
 あいつはおどけて、おれの前でブルっと身体を震わせて見せた。

 ランベールはおれとオスカルに窮地を救われたこともあって、以前のようにあからさまにはおれたちの関係を妬かなくなった。ことオペラ行に関しては、オスカルとふたりで行くことに異を唱えなくなった。ランベールが見せた態度はそれなりに評価できた。
 オスカルは楽しんで舞台に見入っているように見えて、だが心がここにあらずっていうことが多かった。音楽に身を傾けながら、実は他のことを考えていたのかもしれない。でもあえてそれをあいつに指摘しなかった。おれといるときぐらい緊張してほしくなかったんだ。完全に脱力しているのか、ときどきおれにもたれて目を閉じていることもあった。どうしたのかな、と思ってよくよく観察すると、これが眠っていたりするんだなぁ。
あいつはすごく老獪な面を見せる一方で、妙に幼くていじらしい一面があった。そういう絶妙なアンバランスさにおれは惹かれたのかもしれない、今にして思えば。
その晩もいつものように、オペラを聞きに行った。演目が終わり、おれたちが階段口に差し掛かると、オスカルはふと言った。
「あ、いけない。席にオペラグラスを置いてきたままにしたな。母上からいただいた…」
「ああ、象嵌細工のやつだな」
 それはあいつが大事にしていたものだと知っていた。
「ああ、じゃあおれが取ってきてやろう」
「いや、アンドレ。わたしが自分でいく。おまえはここで待っていてくれ」
 オスカルはさっきまでいた桟敷席へと引き返して行った。
 おれが何を待つともなく、ぼんやり階段のそばでたたずんでいると、またもや見知った顔に出くわした。それは盛装したマノンとジョゼフの幼なじみであり、いいなずけのマリー・フランソワ―ズだった。おれが誰だかを悟ったマノンは、顔をこわばらせたが、それもほんの一瞬で、いつものエレガントな笑顔に戻った。何も事情を知らないマリー・フランソワーズがおれに気づいた。
「あら、アンドレ。本当にお久しぶり。こんなところでお目にかかるなんて。もしかしたら半年以上はお会いしてなかったのではないかしら? 一時期は毎日のようにお会いしていたのにね。お元気でした?」
「マリー・フランソワーズ。本当にお久しぶりです。お元気そうで何よりです。ジョゼフも元気にしているんでしょうか」
「アンドレ、ありがとう。ええ、ジョゼフも元気にしています。だけどあなたに会いたがっているわ。ときどきは会ってあげてね」
「本当にご無沙汰してしまって、申し訳なく思っているんです。あ、マノン。久しぶり。君も元気にしていたのかい?」
「ええ、アンドレ。ありがとう」
 ふたりとも、これまでのことが何もなかったかのように振る舞った。にっこり微笑むと、本当にマノンは見惚れるほど美しい。くっきりとした大きな双眸はシャンデリアを映しているのか、キラキラと輝いていた。今晩は特に装いを凝らしているので、いつもより華やかで大人っぽく見えた。大きく空いたデコルテの若々しい胸元も実に魅力的だった。
「ね、マリー・フランソワーズ。わたしちょっとアンドレにお話しがあるの。少し待っていてくださらない?」
「ええ、いいわ。じゃあわたし、クロークに行って、預けていたケープを取りに行っていますね。あなたのも取って置いてあげるから。じゃあ下の入口付近で待っているわね。アンドレ、この次はゆっくりお話ししましょうね」
 察しのいいマリー・フランソワーズは、おれたちふたりの間でなにか深刻な話があるのだろうと、気を利かせてさっさと下に降りて行った。それを見てマノンはおれに言った。
「この間のことはごめんなさい、アンドレ」
「いや」
「怒っているのね…」
「うん、怒っているというか…。あのとき君は、ぼくが何を言っても、弁解を言ってるようにしか受け取らなかっただろうし…」
「あのあと、わたしも苦しんだのよ…。あなたのことを想っているんじゃなかったら、ああはならなかった」
 そのときちょうどオスカルが戻って来た。
「アンドレ、待たせたな」
 そのとき、マノンがくるっと振り返って、オスカルをまじまじと見た。
「あら、アンドレ。こちらの方はどなた? お友達? ご紹介くださるわよね?」
 マノンは白々しく、初めてオスカルに会ったかでもあるように振る舞った。
「あ、オスカル。こちらはぼくの友人で…。マノン・フィリポン嬢。マノン、こっちがぼくの…」
 その言葉を遮ってオスカルは自分で言った。
「いや、アンドレ。おまえからだとわたしを紹介しにくいだろう? フィリポン嬢、初めまして。わたしはオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェと申します」
「ジャルジェさま…。もしかして大貴族で伯爵さまが将軍をなさっている、あのご高名なジャルジェさまで?」
「ええ。父は近衛の師団長です…。どうぞ今後とも、お見知りおきを」
「じゃあ、それでその制服は…士官学校の?」
 マノンが訊いた。
「ええ、わたしは今、陸軍士官学校に通っています。」
「あなたはジャルジェさまとおっしゃるのですね。あなたでしたのね、アンドレがわたしに絶対に教えてくれなかった大事な方というのは」
 マノンの声には、どこかしらとげがあった。
「え?」
 オスカルの声には初対面の人間にこんなふうになじられ、困惑の色が混じっていた。
「ジャルジェさまはご存知かしら? アンドレはね、フランス学院きっての秀才と、それはそれは校内でも評判でした。それがこの頃は、どこぞの貴族の若さまにかかずらって、長いこと学校をお休みになっているのです。これほどの才能があり、みなに将来を嘱望されていながら、聞けば、そのわがままな若さまのもとで、下僕まがいのことをしているとか。わたくし、これほど残念なことはないと嘆いておりますの」
「フィリポン嬢。それは…?」
 さすがのオスカルも二の句が継げなかった。
「オスカル。マノンは誤解しているんだ。気にするな」
「アンドレ…」
 オスカルの声は少し震えていた。
 それを観察していたマノンは、オスカルをじっとねめつけて言った。
「あなた…。あなた、ジャルジェさま。何か最初に見たときからおかしい、どこか不自然と思っておりましたのよ。本当は殿方じゃございませんでしょう? 今判りましたわ」
 オスカルは初対面の人間に、いきなり正体を見破られて、びくっと体を硬直させた。
「アンドレ、これはどういうこと? どうしてこの方は男装などしてらっしゃるの?」
「マノン、いきなりそれはないだろう?」
 オスカルに対するマノンの口調をいきなり辛辣になった。
「ふふふっ。これは面白いですわね。わたしは、あなたとアンドレがソドミィな関係だと疑っておりましたのよ! それが! 男装の女性の方の従者とはね。とんだヌーヴェル・エロイーズもあったものね、アンドレ?」
「やめろよ、マノン。憶測でものを言うな!」
「こんな陳腐な真実を知るくらいなら、まだしもあなたとジャルジェさまが、ソドミィの関係だと思いながら嫉妬しているほうが、どれだけましだったことか…」
 マノンは、オスカルに喰ってかかった。
「これだからお貴族さまは。まったくもって度し難い種族ですことね」
それから延々とマノンの憎しみのこもった罵倒が続いた。
「あなたがた貴族は傲慢で尊大で、踏みつけにされる下々の気持ちにまではとうてい思いが及ばない…。あなたがこんな男の子ごっこに興じているなら、なるほどアンドレはあなたにつきっきりにならなければならないはずですわね」
「一体それは…どういう意味で…す?」
 マノンはオスカルに口を挟ませなかった。
「だからアンドレは自分の道すら歩けないんですわ。それにね、こんなふうに女が男の恰好をしているなんて茶番だわ! いくら女が殿方の真似をしたって、男になどなれるはずがないのです。ジャルジェさま。自分が傍から見てどれだけ滑稽に映るかわかっていらっしゃらないのね。自分を過大評価して本当の姿が見えていない人間ほどあわれな者はいないわ」
「マノン、やめろ! オスカルを傷つけるようなことを言ったら、いくら君でも赦さない!」
 おれは止めさせようと大声で彼女の名前を呼んだ。だが、マノンはやめようとしなかった。
「それにね、あなた、オスカルさま。あなたはどんなに周りの人間を傷つけているか解っていらっしゃいまして? アンドレを解放してさしあげて! アンドレはあなたのものじゃないわ!」
 だが、もはやオスカルは何も聞こえてなかったらしい。虚ろな目でおれをすがるように見ると、おれの名前を呼ぼうとしたんだろうか。
「こ…この人の言うことは本当か? ア…」
 オスカルの声は少しうわずっていた。マノンの罵倒に耐えられなくなって真っ青になり、崩れるように気を失ってしまった。
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 真夜中にふと人の気配を感じて目が覚めた。たしかに寝台の足元に、人が灯りを持って立っていた。
「!」
 おれはびっくりして、がばっと寝台から身を起こした。そこに立っていたのはオスカルだった。
「どうした、オスカル? こんな夜更けに。何の用だ?」
 尋ねたことばとはうらはらに、オスカルの気配にただならぬものを感じていた。
「アンドレ…。アンドレ。教えてほしい、本当のことを」
「本当のこと?」
 オスカルは灯りを傍の小机に置いて、おれの傍にやって来た。
「わたしは以前、おまえに言ったな。わたしが罪びとであるなら、天に滅ばされてしかるべきだと」
「おまえは何も悪いことなんかしてないよ」
 オスカルは真剣な目をしておれのそばに腰を下ろした。
「わたしはもうすぐ、士官学校のやつらに女であることを見破られてしまうだろう。あいつらはきっと私が女であることを赦さない。そしてわたしはきっと…」
 そこからオスカルは恐ろしすぎる自分の未来を口に出すことが出来なかった。そして、おれに向かって大きく目を見開いた。
「そうなる前に、アンドレ。どうせなら、せめておまえに…」
 思い詰めたオスカルは、思いがけないことばを吐いた。おれはあいつの抱いている不安と真意が、はっきりと解った。
「オスカル…。そんなこと言うな。そんなふうにおまえを傷つけたくない。そんなこと、おれにさせるな」
 だがオスカルは、黙っておれの胸に抱き着いてきた。なぜかおれはそれをきっぱりと拒否することができず、そのまま身を硬直させていた。異様な緊張の中で、おれとあいつの呼吸する音だけが、暗いしじまの中に響く。あいつの少し乱れた息がおれの首筋にかかる。おれはもうその緊張に耐えられなくなって、声を荒げた。
「オスカル、もうやめてくれ! おれから離れろ!」
 おれはオスカルを突き飛ばした。寝台に放り投げられたオスカルは、一瞬なにが起こったのかわからなくて、投げ出されたままじっとしていたが、いきなりむくっと起き上がると、おれの身体にまたがり、起こしていたおれの上半身を突き倒した。
「そんなにわたしのことが嫌いか、アンドレ」
ぽろぽろと涙をこぼしてオスカルは、おれの身体の上にがむしゃらに自分の身体を重ねてきた。
「やめろ、やめろ! やめてくれ、オスカル!」
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その瞬間、おれたちは雷に打たれたように発光して、気が付いたときには夜の空の中にふたり浮かんでいた。
おれたちは夜空の中で、一緒に遥かに遠くなったパリの街を、静かに見下ろしていた。
理屈では納得できないことだったが、そのとき手をつないでいるおれたちには、この世のすべて神秘のことわりが何もかも瞬時に理解できた。高次元の空間に立つと、さっきまでの諍いなどきれいさっぱりと忘れ去っていた。
「アンドレ」
 オスカルはにっこりと笑いかけてきた。それはいつもは絶対に見せない、飾らない心からでた笑みだった。妙にかわいくて素直だなと思っていると、いつの間にかおれが初めてであったころの、小さな子供のオスカルに変わっていた。
「ここを降りてみよう、アンドレ。ほらあそこに」
 無邪気な天使は子供らしいぷっくりした指を射すと、向こうにスペイン風の修道院のような大きな四角形の回廊が見えた。
 おれたちはその回廊へ降り立った。
「ほら、見て。アンドレ」
 天使の見ている視線を自分もたどると、回廊の中庭にあたる広い空間は、下のほうが中空になっていた。
そこには大きく金色に輝く薔薇が、ゆっくりと光を放ちながら回転していた。
 漆黒の闇に浮かぶ薔薇の花は回転しながら、ときおりつけている花びらを一枚ずつ散らした。一枚散るたびに何とも言えない、歓喜の感情が自分の中に沸き起こった。この世のことわり、この世のなりたちを、この薔薇の花びらがことばよりももっと雄弁なイメージで、おれたちの心の中に直に語りかけてきたからだ。
その歓喜は何に例えればいいだろう。真理と一体になる喜びとでもいおうか。肉体という鈍くて厚い檻から、魂が解放され、全宇宙のすべての存在と感応できる喜び―。今、自分が覚えるこの感覚のためなら、自分の命や、世の中のすべてを引き換えにしてもいいとすら思えた。そして薔薇の花びらがまた一枚、一枚と下界に散っていくたび、ますます得も言われぬ歓喜の念に包まれ、おれたちは陶然としていた。
 薔薇の花びらが、あとわずかに一枚だけ残され、おれたちは事が完全に成就され、大いなるものと一体になるのを、今か今かと目を凝らし、息をひそめて待っていた。だが、ちょうど上のほうからごーん、ごーん、ごーんという荘厳な時計の音が大きく辺りに響き渡った。おれたちは音のするほうへ体を向けた。
 それまでまったく気が付かなかったが、目を上げると、金色の大きな振り子とダイヤモンドが集められたように、きらきらと輝く文字盤が、星を散りばめた天空に浮かんでいた。振り子は黒い闇の中をゆっくりゆっくりと振動していた。時計の音は十一鳴った。それなのに文字盤は十二時を示していた。
「あと一つ、鐘が鳴らないね。鳴らないのはどうしてだろう?」
 小さな天使は、不思議そうに首をかしげていた。
 どこからか、声が聞こえた。
―今はまだ、そのときではない―
今はまだそのときではない? なんのことだろう。またもや天使が軽くおれの身体をたたいて、注意を促した。
「ほら、アンドレ。あそこを見て」
 金髪の天使が指し示したところをみると、長く続く廊下の先に、中世風の石造りの入り口から灯りが漏れている。
「アンドレ、ほらあそこ。行ってみよう」
オスカルは眩しいものでも見るかのように、目を細めておれを見た。そして幼児が自分の親や兄弟によくするように甘えて、両手を高く差し出した。そのとき、この小さい胸を痛めさせている心細さが痛いほどおれに伝わってきて、目の前の幼い天使を、胸が締め付けられるほど愛しく思った。
おれはその両腕の下に手を差し入れて幼い天使を自分の胸に抱きあげると、そのまま先だって先の尖ったリヴ・ヴォールトが続くゴシックふうの長い廊下を歩いて行った。
石造りの中世風の入口をくぐり抜けると、部屋の中央に大きな暖炉があり、そこに赤々と火がくべられていた。石造りの側面は寒さを防ぐためと、装飾を兼ねて赤色が際立つタベストリーが幾重にもずらりと掛けられていた。
「ここ、面白いね。昔のお城のようだね」
オスカルはおれの胸から身をよじって、地面にすとんと降りた。そしてタベストリーの下をやんちゃ坊主がするように、くすくす笑いながらひとりでくぐっていった。だが、しばらくすると、何かに怯えているように、おれのほうに駆け寄って来た。
「どうしたんだ? オスカル」
 おれは尋ねたが、天使は首を振ったきり、答えなかった。緊張したように、ぎゅっと力を込めて手を握ってくる。並みの男よりずっと大きく成長して、さすがに子供のようにそんな狭い空間をくぐりぬけられなかったおれは、小さなオスカルの手を引いて、迷路のようにややこしいタペストリーの間を行きつ戻りつしながら、次第にその中心へと向かって行った。
 中心に着いてみると、中世風の彫刻が天蓋柱に施されている寝台がひとつ、部屋の真ん中にぽつんと置かれてあった。
天蓋は四方に薄い帳が下ろされており、中からはうっすらと光が漏れていた。なぜか怖気づいて足が進まないオスカルを促して、おれたちはその寝台の中を見た。
 張り巡らされた薄衣ごしに除くと、中は一組の男女が愛し合っていた。ふたりともすでに分別をわきまえている完全に成熟した大人だった。
こんなふうに間近で男女の歓会を見たことがなかったが、当のふたりはおれたちの存在には気づいていないようだった。ふたりの間には、ただ欲情に任せて抱き合っているにしては、妙に真剣で、どこかその行為には切実な祈りのようなものがあった。男は黒髪で片目を失っていた。対して女は輝くような豊かなブロンドの髪の持ち主だった。男は後ろから女の細い腰をしっかりと両手で掴んでいた。女は手を前につき、男のなすがままに身を任せていた。けぶるような面差しをした女は、露を含んだ花を思わせる唇から、ときおりあえぎ声を漏らした。男の愛撫に反応して身体を弓の弦のようにしならせ、なにか痛みにでも耐えるかのように、眉を寄せて目を閉じていた。
女には恥じらいを捨て、今は果敢に男の要求に応えなければならないという決意を、男のほうは男のほうで、相手を頂きまでどうでも導いてやらなければならないという使命を、見る者に感じさせた。
 おれはなぜか、このふたりのひそやかな歓会はこの世においてたったの一度きりであって、二度とまみえるものではないことを知っていた。
 ふたりの間に漂うただならぬ緊張感は、このことからくるものだったに違いない。
 天使はそれを見ていて、こわごわおれに尋ねた。
「アンドレ。この人たち、なにをしているの?」
「愛し合っているんだよ」
「愛し合っている? これが? 本当に?」
 確かめるように金髪の子供はおれを見上げた。
「うん。大人になると、愛を互いに確かめあうには、こんなふうにするもんなんだよ、オスカル」
「なぜ?」
「うん…。さっき薔薇の花が散華するのを見たとき、すべてと一体になっていると感じなかったか?」
「うん。感じた。ひとりじゃない、つながっているって感じたよ」
「大人になると、ああいう多幸感は、普通に生きていたら到底味わうことができないんだよ。これはあの感覚をお互いに分かち合うこの世で唯一の手段なんだろうな」
「なんだか怖いね…」
「怖い?」
「うん…。怖い」
 幼い天使はよほど男女の抱擁が獣じみて恐ろしいものに思えたのか、おれにひしとしがみついてきた。おれは安心させるために、小さい背中に手を廻してしっかりと抱き締めた。あいつは顔の半分をおれの身体に隠し、後ろで繰り広げられている光景を横目で見ながら、ささやいてきた。  
「大人ってこんなことをしないと、愛し合っているってわからないものなの?」
「えっ?」
 オスカルはぎゅっとおれの上着の端をつかんだ。
「ぼくはおまえを愛している、こんなことしなくても…」
「オスカル…」
「アンドレ、ぼくたちはいつも一緒だ。それをわざわざことばにしなくってもわかっているのに…」
 青い瞳は潤んでいた。 
「そうじゃなくなるのなら、大人になんかなりたくない…」
 天使は大きな涙をぽろぽろとこぼして泣いていた。だがおれ自身は、腕の中の天使とはまた違った感慨をもってこのふたりを見ていた。
そしておれは、ふたたび寝台の女に目を移した。すんなりと引き締まった身体は、なんとも言えない目に心地よい曲線にかたどられていた。白い肌は昂奮のためか紅潮して薔薇色に染まり、抱擁の喜びに輝いて見えた。おれは女の恍惚とした艶めかしい表情に、知らず知らず引き込まれていた。
美しい…! これが女という性の凄味なのか。これほどまでに男を惑溺させて離さないものなのか―。顔色の中に秘められた、切なくなるほどの甘い哀愁。それに見惚れているうちに、いつしか身体の底の方からとろけるほどやるせない疼きが生まれ、自分が昂っているのに気が付いた。
ふたりはさらに高みを目指して、防波堤を打つ波のように激しく身体の動きを速め、やがて甘美な死を迎えると、ふたりは寝台の上に崩れるように折り重なって、しばらくぐったりと身体を動かさなかった。そのあと男は、女の上半身を優しくそっと抱き起こし、自分の近くに引き寄せ、ふたたびふたりは、木が絡み合うように抱き合い、深くくちづけをかわした。決して離れないと誓いあうかのように…。
天使は金色の髪を震わせて嗚咽しながら、それでも自分を主張した。
「アンドレ。ぼくは大人になっても、決してこんなふうに人を愛したりしない」
「どうして?」
「ぼくは男だけど、アンドレだけを愛しているから。だから生涯、他の女なんかとこんなふうにはならない」
ふと女は閉じていた目をうっすらと開き、気怠いながらも、どこか満足げな微笑を口許に浮かべた。
女は初めて気が付いたかのように、その瞳をすぐ傍にいたおれたちふたりにゆっくりと向けた。すこしの間、不思議そうにおれたちにじっと目を注いでいた。しかし突然、思いがけないところで古い友人にでも出くわしたような、なんとも言えない懐かしさと嬉しさが入り混じった表情をして、優しく顔がほころんだ。
今までおれはその女の横顔しか見ていなかったが、初めてその顔を真正面に見て、はっとなった。もしかしてこれは…?
ぎょっとしてもう一度確かめるように、隻眼の男のほうに目を向けた。黒い髪、黒い瞳…。がっしりとした精悍な体躯に、まだ青年の面影が十分に残る面差し…。見ているうちにおれは総身に身の毛がよだった。
これは…! 
―今はまだ、そのときではない―
―今はまだ、そのときではない! ―
 ひとつの成就の先には、またひとつの新たな因縁が生まれる。これはそのための先ぶれ―。
 どこからか啓示のような声が響いた。だがおれには何のことかわからなかった。
 思わず宙を仰げば、そこは再び目も眩むような満天の星空が無限に広がっていた。

 気が付くと、おれはいつのまにか寝台に寝かされていて、おばあちゃんが傍にいた。
「アンドレ、ああ、やっと気が付いておくれかい?」
「え? おれはどうしていたんだ?」
「おまえはね、オペラ座でオスカルさまが気を失われて階段から落ちられたときに、かばってオスカルさまを抱きながら一緒に下まで落ちたんだよ。落ちたときに頭を強く打ったんで、まる二日意識不明だったのさ」
「ええっ、本当に? おばあちゃん」
「そうとも。目を開けなかったらどうしようって本当に心配したよ」
「あの日、おれはオスカルと一緒に、パリのお屋敷に帰ったと思ったんだけどな」
 ではあの晩、夜中にオスカルが部屋を訪ねてきたのは夢だったとでもいうのか? あのやけに生々しい感触は夢の仕業だったとでもいうのか? おれは信じられない思いでいた。
「意識が混濁しているんだね、きっと。あのときはお嬢さまとおまえは、意識がなかったんだよ」
「それでオスカルは?」
「オスカルさまかい? おまえとオスカルさまは不思議だねぇ。オスカルさまはおまえがかばったお蔭でほとんど無傷だったのに、おまえが意識を失ってしまうと、おんなじように意識がなくなってしまわれたんだよ」
 おばあちゃんは立ち上がって、畳まれて横に置かれた前掛けを付け始めた。
「今、ヴェルサイユから奥さまがいらっしゃって、オスカルさまを看ていらっしゃるけれど、たぶんすでに、お目覚めなのではないかねぇ。だっておまえが目が覚めたんだから。どれ、行って確かめてくるよ。おまえはもう少し、寝ておいで。今あったかいスープを持ってきてやるから。そうそう、オスカルさまにはショコラをこさえて、お持ちするとしようかね」
 おばあちゃんが部屋を出ていくと、ほどなく入れ違いに部屋にオスカルが入って来た。
「アンドレ…」
 オスカルはおずおずとおれの寝ている寝台に近づいてきた。
「具合はどうだ? わたしもついさっき目が覚めたのだ。母上からおまえがわたしをかばって一緒に階段を転がり落ちたと聞いた」
「そうなんだってな。おれはそこらへんの記憶がさっぱりないんだ」
「そうか…」
「おれは結構長い夢を見ていたような気がする。おまえは?」
 オスカルはおれの問いを聞いて、一瞬だけピクリと身体を震わせた。だがいつものとおりのポーカー・フェイスになった。
「いや、わたしは特になにも覚えていない」


フーガ(遁走曲)Ⅳ   [『ベルサイユのばら』Prequel]

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風はそれなりにまだ冷たかったけれど、復活祭も過ぎ、春らしく柔らかい日差しの日だった。
シャン・ド・マルスの練兵場の周囲には、特設された見物席ができていた。美しく着飾った貴婦人や貴紳らがこぞって詰めかけている。
会場の見物席の真ん中の一段高く組まれた場所は、赤絹に房飾りの付いた幕で荘厳され、国王陛下と公式寵姫であるデュ・バリー夫人が臨席されていた。陛下は満足そうに、華やかに盛装し騎乗していた生徒たちを眺めていらした。上機嫌で傍らに座る寵姫の扇の下で、なにやらひそひそと会話しておられるようだった。
陛下の席のそばには陸軍幹部の席も用意されていた。そこには旦那さまや奥さまが腰をおかけになっているのが、こちらからでも判った。
 生徒たちは、国王陛下の趣味に合わせて今日のために用意された、色鮮やかで金モールの装飾がふんだんに施された胸甲騎兵の装束、―一方は緋色、もう一方は濃い青色―に身を固めていた。浮彫の金の装飾、房飾りがついたヘルメットをかぶり、軍衣の上にやはり金色の装飾の胸当てを装着し、サッシュをたすき掛けし、腰には軍刀を帯びていた。両軍ともに模擬槍を持っていた。二百人の金モールが日差しを浴びて、シャン・ド・マルスのコートはきらきらと眩しいくらい輝いていた。
戦いが始まろうとしていた。
楽師たちが一斉にトランペットでファンファーレを吹いた。それまでざわざわしていた周囲は、潮が引いたように静まりかえった。
練兵場の真ん中に、男がフランス王家の紋章であるフラダリが施されている旗を持って立ち、みなに大きな声で告げた。
「パリ陸軍士官学校の諸君。ただいまより、国王陛下の御前で模擬戦を行う。われわれは陛下の臣下として、この身を陛下とわがフランスに捧げ、この国を護りぬくことをこの場で誓う。陛下のご臨席を賜った栄誉を祝して、一同国王ルイ十五陛下を称え、祝砲せよ!」
 大空に向かって二百人の空砲が、いっせいにダーンという音を放った。
国王陛下、ルイ十五世は厳かに立ち上がられると、みなに向かって手を挙げられた。同じ場に介している人間は男も女も国王に向かって低頭し、騎兵たちは額に手をかざし、一斉に敬礼した。
紅軍と蒼軍の敵と味方に分かれた生徒たち騎兵は、百人ずつ。それぞれがすでに騎乗し、方陣を固め、お互いに自分たちの陣の中で敵に向かって対峙し、戦いの火蓋が落とされるのをじりじりして待っていた。
「これより前哨戦を行う!」
 さきほどの男が続いて叫んだ。
「両軍より、さきがけとして中央へ十騎出馬せしめよ!」
 それを受けて緋色の装束の大将が、抜き身にしたサーベルを天に向けて凛と叫んだ。
「わが軍より選ばれし十騎、中央へ進め!」
 紅軍の総大将はオスカルだった。この日の総大将であるオスカルは、他の騎兵たちのように胸に甲を着けていなかった。一軍の将にふさわしく東欧のユサールのように金モールが張り巡らされたきらびやかな肋骨飾りの黒地の上着の左肩に、さらに黒テンで縁取りされ、ドルマン飾りの華やかな緋色プリスをはすかいにまとっていた。
 対して蒼軍の総大将は、思った通り、ショーソンだった。彼も色は違えど、オスカルと同じ総大将の装束を着、こちらも白地の肋骨飾りの上着の上に白テンで縁取りされたロイヤルブルーのプリスを着込んでいた。ショーソンは実に男らしい巨漢で武官としての風格もあり、こういったきらびやかな軍服をそれなりに着こなして、オスカルとはまた違う精彩を放っていた。そして自分の威信にかけてこの間の惨めな決闘の雪辱を晴らすべく、捲土重来のためこの場に立っていた。
「よし! おまえたち先鋒は、思う存分力をふるえ! あの鼻もちならないうらなりのジャルジェの軍など何ほどのものでもない! 尊大なやつらの鼻を明かしてやる絶好の機会だ! 勝機はわれらにある! やつらの前に神の鉄槌を下すのだ! わかったか!」
ショーソンは太くて低い声で、さかんに檄を飛ばしていた。
「おおおっ!」
 蒼軍は鬨の声をあげた。
 それを遠目ながら不敵な笑みを浮かべて、オスカルは見ていた。
「ふふっ、戦う前から熱いな…」
 赤と青の騎兵は十騎ずつ、対峙した。
 中央の男は、旗を振った。
「始め!」
 ショーソンの十騎は、すべて重装して力に訴えるらしい。端から中央突破の構えらしく、横に一列になって突進してきた。
「やはりそうきたか…。ショーソンのやつらしいな」
 オスカルはひとりごちた。
「しかしな、そんな戦い方はもはや古いぞ、ショーソン」
 紅軍はかねてオスカルが指示していた通り、最初対峙していた横列から変形して、両端から縦二列になり、ショーソンの横列を回り込むように背後へ回り、後ろから突いた。蒼軍はバタバタと何人かが馬から突き落とされていく。
この模擬戦のルールは、馬から突き落とされたものは負け、練兵場から去らなくてはならない。そして最後はお互い敵陣のゴールを突破して、敵の軍旗を奪ったものが勝ちとなる。
「戦闘の原則は、主動、機動、集中、奇襲だからな。その根幹を成すのはいずれにせよ、速さだ」
 オスカルはショーソンの先鋒の人間が落馬するのを見て、ほくそ笑みながらつぶやいた。
「とはいえ、まだ戦いは始まったばかりだからな。とくとお手並み拝見といこうじゃないか…」
 オスカルの冷徹なまなざしは強い光を放っていた。

 しばらく前から、士官学校内では不穏な噂が飛び交っていた。それは表立っては口にはされなかったが、ひそひそと静かに生徒たちの間に伝搬していた。しかし噂というものは、一度俎上されてしまったら打つ手がない。
「あのオスカル・フランソワだがな」
「ああ、ジャルジェか。あの切れるように鋭いやつだろう? しかも、女と見紛うほどの、男にしておくにはもったいない美形だ」
「そう、まさにおれの言いたかったことはそこだよ!」
「えっ?」
「実はな、噂ではあいつは男じゃないってことらしいんだな」
「え? まさか? じゃあ、男じゃないってことは、当然女ってことか?」
「どうもそうらしい。ヴェルサイユでは、あいつのことはもはや公然の秘密であってだな、誰も知らないものはいないということらしいぜ」
「ええっ? 確かにあいつは声変わりもしてないし、ひげも生えてないよなぁ。まあ、たしかに男にしては線が細とは思っていたが…。だが信じられない。頭脳明晰で、あの決断力だぜ」
「だから、驚きだ、というんだ」
「しかしだ。もし女だったんなら、おれはちょっと嫌かもな、女の下で働くのは。男の沽券に係る問題だ」
「とはいえ、おまえ、こんど模擬戦でオスカル・フランソワの指揮する紅軍なんだろ?」
「そうだな…」
 噂はタレイランあたりがばらまいたのかもしれない。あれだけ巧妙に男としてふるまっていたオスカルだったが、上手の手からも水は漏れてしまうものだ。おれはオスカルにそのことを告げた。
「知れてしまったものは仕方がない。が、この模擬戦は陛下もご臨席される。戦いは実際やってみなければ最後までその勝敗は判らないものだが、やはりやるからには、お互いに死力を尽くして戦いたい。だが始まる前から、実力も発揮できずに無様な姿を陛下にお見せするのは、臣下としてあるまじき姿だ。そんなことは許されない」
 オスカルはきっぱりと言い切った。
「じゃあどうする、オスカル?」
「アンドレ、どうするっておまえ、そんなこと、どうもこうもないだろう?」
 オスカルは呆れたような顔をしておれを見た。
「えっ?」
「他の人間に、正直に、わたしは女です、と言って矛を収めてもらえるわけがないだろう? そんなことで収まるくらいなら、わたしも苦労はしない」
「ここはどうでも、男で通すしかあるまい。つまりな、ハッタリをかますんだ。否定するしか道はない。ひとつの軍の将となるからには、周囲を欺くことも時には必要だからな」
「だがオスカル。もし…」
 オスカルはおれをギロッと上目遣いに睨んだ。
「アンドレ、もし、なんだ? もし負けたら? もしわたしが女だとバレたら? 怯懦はもっとも武人の嫌うところだ。武人は戦いを前にして、決して負けることを考えてはならん。もし女だとバレて、あいつらが決してわたしを赦さないとすれば、それはもう、肚を括るしかないだろう? そのときは制裁を受け入れる。はん、戦いには昔から凌辱と略奪は付きものだ。あいつらの気が済むまで、抱かれてやるしかあるまいよ、わかったか!」
 怒気を含んだオスカルの放言は、どこか鬼気迫るものがあった。

 おれたちのこんなやりとりからほどなく、下級生が模擬戦の作戦を立てる場で、紅軍全員を前にしてオスカルに質問した。
「ジャルジェ上級生、あなたについて不穏な噂を耳にしたのですが…」
「ほう、どんな? 言ってみろ」
 集まった人間は、誰しも噂の真相を知りたくてうずうずしていた。固唾を飲んでオスカルの一挙一動に女と思われるふしはないかと観察している中、あいつは顔色ひとつ変えず、下級生に質した。
「う、噂ではあなたが、実は女性なのではないかと…」
 下級生は非常に言いにくそうに、もじもじしながら言った。
「ほう、これは面白いな。わたしが女だと? ブラゾー君、君はどう思っているんだ?」
「わかりません…。でもここで、その疑いを晴らして頂かないと、戦いの士気が下がってしまいます」
「言うに事を欠いて、わからんだと? なるほどな。君はわたしに対して、どれだけ失敬なことをいっているか自覚しているのか?」
「は…い」
「じゃあ君たちは、わたしが万にひとつでも女である可能性を捨てきれないわけだな…」
「いえ…いや、…は…い」
「よろしい、判った。ではここでわたしが、君たちの疑いをはっきりと晴らしてやろう!」
オスカルは目を上げ、みなに向かって宣言した。
「いいか、よく聞け。言うまでもないことだが、宣言する! わたしは男だ!」
 オスカルは鋭い目であたりを威圧するように睥睨した。怒髪天を衝くようなあいつの迫力に、みなたじたじとなった。
「わたしが女だと? くくっ、笑わせる。ふざけるな! わたしの教籍簿を調べてみろ! わたしはジャルジェ家の長男と記されているわ! ここにわたしは誓う。神にかけてわたしは男だ。みんな冷静になってよく考えてみろ! 何人たりとも、模擬戦の前にこんな下らぬ噂で軍紀を乱すことは許さんぞ!」
いつもは寡黙なオスカルが、いつになく饒舌になって、皆の前で自分が侮辱されたことを激怒していた。そして少し茶目っ気を出してこう言い添えた。
「おおかた敵軍の下らぬ一派が、われわれに一杯喰わそうと、こんな下卑たマネをしでかしたのではないか? あはははは」
 その場が一斉にわっと沸いた。
 だがおれは、オスカルの傍で複雑な思いでそれを聞いていたんだ。

 オスカルは着々と模擬戦の準備を進めていた。模擬戦は学校のカリキュラム外の行事であり、また教官たちも管轄外の分野なので、あいつは放課後、ほとんどその準備をひとりでやっていた。戦術はもちろんのこと、事務的な手続きも人に頼むこともなく、当たり前のように淡々とこなした。もともと小さいころから英才教育を施されてきた人間の常として、非常に勤勉なのだ。
それに土台があいつはもともとがしゃべる人間でなく、公的な場では特に必要なとき以外自分から話さない。話すとなれば、要点のみを的確に抑え、手短にしゃべった。その代わり人の言うことは、それがたとえ要領が得ない話でも、相手の言わんとしているところを理解しようとする辛抱強さがあった。
そしてあいつにはなにより独特の勘が働いた。というのもこういうタイプの人間は本来、偶然や時の運を当てにしない。あらかじめ事前に想定しうる限りの、ありとあらゆる事故に対して、善後策を何重にも考えていた。そんな用意周到なところが、人をして勘がいいと思わせるんだろうな。
あいつはいつも堂々としてたじろがず、誰に対しても寛大な態度で臨むので、先輩には煙たがられたが、意外と後輩には、頼れる兄貴的存在として慕われはじめていた。
オスカルは模擬戦の作戦会議を開くため、自分の部下になる百人を招集した。
「まずわが紅軍百人の構成だが、そうだな、四十人を重装騎兵として、わが陣地防衛する。陣地防衛の司令官は、アルノー、君にお願いする。どうせショーソンは力で押してくるだろうからな。一応こちらもパワーはそれなりに備えたほうがいい。そして、四十人を攻撃の要とし、あと二十人を遊撃に回す。攻撃の司令官はバラティエ、君だ。そして遊撃の司令官はベルトン。君は騎兵科の生徒の中でも、抜群に速く走ることができるからな。そして私が倒れたときのことを考慮して、副官はクロード・ランベール、あなたに願いしよう。あと、アルノー、バラティエ、ベルトンも万が一、自分が倒れたときのことを考慮し、サブのリーダーを各自選んでおいてくれ。ここまではみんないいか?」
「ああ、了解した」
「攻撃なら任せておけ!」
 みな快諾した。それぞれの反応を冷静に伺いながら、オスカルは話を進めた。
「今度の模擬戦は、人数も同数、潜在的な力もまず同等とみていいだろう。それに実践と違い、地形に対する強みや不利もない。だから勝負するとすれば、どのように戦うか、その作戦にのみ差がでるということだ」
 オスカルは全軍を前にして、自分の考えを述べた。
「この試合は長丁場だ。最初は全軍入り乱れて戦うことになるだろう。さっきも言った通り、向こうは力で対抗してくるはずだ。くれぐれも挑発に乗ってはいかん。そこが敵の狙い目なのだ。わかるか? われわれはなるべく、体力を温存して、無駄なことをしない。いいか、この戦いは、昔のような騎士道精神に基づいた一騎打ちとは全く別の次元のものだ。従って個々の名誉も不名誉もない。私怨を理由に深追いは禁物だ。いいか、大事なのは効率よく敵を倒していくことだ」
 オスカルは力より速さで勝負することが好きだった。
「わたしが得意とするのは、速さを旨とした奇襲だ。まずわれわれは、味方の重装騎兵を盾にしてその背後につき、いかに早く敵の背後や側面に回り込み、敵のふいをついて奇襲をかけて攪乱するかだ。敵は必ず重装騎兵で壁をつくり、われわれの攻撃を抑えようとするだろう。だからそれを見越して、ぎりぎりまで敵を誘導し、その隊形を崩すことが肝心なのだ。わかるか? だから結構訓練はきついぞ、みな心してくれ」
 オスカルのことばに、一同は一斉にうなずいた。
「諸君、とりあえず重装騎兵を除いて、騎乗する馬は、身体の大きさよりも脚が早いほうがありがたい。理想をいえばアラブ馬だ。とにかく俊足だから容易に敵を振り切れる。自分が騎乗する馬について相談したいものがいれば、後で申し出てくれ」
 紅軍の戦士たちは信頼できる智将のオスカルの攻略を、熱心に耳を傾けていた。
それから試合の日まで、毎日過酷な訓練が続いた。すこしでもぼやっとしている人間がいると、とたんに容赦ないオスカルの怒号が辺りに響いた。
「優顔のくせに、ありゃ鬼だな…!」
「誰だ、女だなんていったヤツは。あんなおっかねぇ女なんかいねぇよ」
 オスカルの激しいしごきを体験して、もはや誰もあいつを女だと疑うヤツはいなくなった。
「だな」
 オスカルは耳ざとく、しゃべっていた人間を見逃さなかった。
「そこ! おまえらだ! なにをくっちゃべっているんだ! 弛んでいるぞ、気を抜くな!」
「うへぇ、す、すいません!」
 怒鳴られた生徒たちは、血相を変えて自分のポジションに戻っていった。
「よし! これが終わったら、散騎の状態から集中して、二列縦隊になり、斜め右方向へ前進する。敵に悟られる前にすばやく機動し、攪乱して殲滅させるのだ。主動たる騎兵は速さがなにより肝心だ! なのに、おまえたちは遅い! さあ、もう一度やるぞ! 全員配置につけ!」
 オスカルの檄が飛んだ。

両軍は一進一退で、なかなか勝敗がつかなかったが、徐々に重い装備で戦場に臨んだ蒼軍のほうに、疲れが見えてきた。
 オスカルは味方の軍勢を鼓舞した。
「そら、敵に疲れが見え始めたぞ、遊撃隊、奇襲へ回れ。敵の背後につけ!」
 ベルトン率いる遊撃隊は軽い足回りを生かして、縦横無尽に敵の背後に廻って攻め落としてきた。こうしてしばらくは紅軍の快進撃が続いた。しかしショーソン率いる蒼軍も、このままむざむざと引き下がらなかなかった。渾身の力で反撃してくる。
 一方ショーソンは、劣勢気味の味方の軍勢に檄を飛ばした。
「勝負はまだまだこれからだ! 敵の遊撃隊はかならずわれわれの背後を突いてくる。しかしその前に必ず殲滅させろ、侮れないのは遊撃隊だけだ! まず遊撃隊を壊滅させるのだ! 敵を容赦なく叩きのめせ!」
 なんと驚いたことに大将のショーソン自らが先頭に立って、紅軍を迎撃してきた。
 ショーソン率いる重装騎兵のあまりの勢いに紅軍の士気が乱れた。ショーソンは獅子奮迅の体で、怯んだ紅軍の将であるベントンを、馬から叩き落した。敵は気勢を上げた。ここまでくるのに、ショーソンもショーソンなりに努力してきたに違いない。
 オスカルはそれを見て、うなった。
「ショーソンめ、なかなかやるな。しかしこのままやられているわたしではない。目にものを見せてくれる」
 オスカルは手を挙げて、周りのものに告げた。
「今からわたしが、倒されたベントンの代わりに遊撃隊を率いる。紅軍の陣の守りは、アルノーおまえに任せる。クロード、わたしについて来い!」
 それを聞いてアルノーは反論した。
「総大将自らが出撃ですか? それではいざというとき、指令を出す人間がいなくなります」
「今がまさに、そのいざというときだろう、違うか、アルノー? 今ここを食い止めなければ遊撃隊は壊滅だ。遊撃隊が壊滅してしまっては総大将が残っても意味がない」
 オスカルは言い放った。
「さあっ! 出撃するぞ!」
 黒いアラブ馬に乗ったオスカルは矢のように走り、味方の遊撃隊のほうへ突っ込んで行った。
「さあ、諸君。今こそ士気を高く持て! 今までの訓練を思い出せ。われわれはきっと勝つ! さあ、わたしに続け!」
 遊撃隊はオスカルが先頭に立ったことで、味方の士気もぐっと高まり雰囲気も明るくなった。オスカルは敵の騎兵の背後を突き、つぎつぎと襲って馬から突き落としていく。走りながら、ものすごい速度で隊形を変形させていくので、敵はあっという間に攪乱させられてしまっていた。
「ふふ、どうだ? ショーソン。おまえはわたしを見切れるか?」
 オスカルはひとりごちた。
 そしてとうとうオスカルの勝機が訪れたように思えた。敵の陣地の軍旗のまわりのは二、三騎ほどしかいない。オスカルは味方に命令した。
「集中し、一列縦隊! 続け!」
 オスカルは中央から迂回するように斜め左方向へ向かって行った。そこに向こうから対峙する形でショーソンが向かってきた。
「ショーソンのやつ、一対一でわたしと真っ向から勝負するつもりか? ふっ、戦いでは、すぐに頭に血を上らせるのは禁物だと忠告したはずだぞ」
 ショーソンは突撃の構えで手に模擬槍を持っていた。オスカルは力で向かってくる敵を、まともに正面から相手にするつもりはさらさらなく、それをかわそうとしていた。しかし振り返ると、後ろから付いてきているはずのクロードが、どういうわけかオスカルの馬の行く手の外側を走っている。
「クロード! 隊を乱すな!」
 しかしクロードはオスカルをショーソンとの退路を断つかかのように、なおも距離の幅を縮めて来る。
「ランベールはどういうつもりだ…?」
このままでいくと、オスカルは敵と味方に挟まれて、身動きが取れなくなる。おれは遠くで見ながら焦った。
 しかし、すでにオスカルは躊躇している暇はなかった。
どんどんショーソンが加速をつけ、ものすごい勢いで反対方向から突進してきた。
 こうなってしまったからには、どうしようもない。オスカルも勝負の瀬戸際に立たされ、ショーソンと一騎打ちする覚悟を決めたらしい。あいつも模擬棒を手に構えた。だがオスカルは一騎打ちをするように見せかけ、後ろからくるクロードをぎりぎりに引きつけたその瞬間、さっと消え去るような全速力で、その場所から一気に駆け抜けていった。
 オスカルの馬がその場に急に消えたせいで、誘導された格好のショーソンとクロードは激突し、オスカルを倒すために構えられたショーソンの一撃はクロードにまともに当たり、馬から吹っ飛ばされてしまった。
おれはオスカルの姿を探したが馬に乗っていない。どこにもいない。もといた場所にはあいつが手にしていた模擬棒と、紅軍の総大将が被る軍帽が転がっていた。
さては突き落とされたのかと思いきや、オスカルはショーソンの強烈な一撃を一瞬でかわすため、なんとコサック兵の曲乗りのように片側の脚を鐙から外し鞍に引っ掛け、外周する側に身を乗り出して走っていた。そのポジションのまま、敵の陣地へ大きな円を描きながら馬を全速力で走らせ、気が付いたときには、すでに軍旗を奪い去り、その竿の部分で向かってきた敵の騎兵どもを薙ぎ払い、馬から叩き落して、今は自分の陣地へ駆け戻ってきた。あっという間の出来事だった。
なんとも冴えて鮮やかな手際だった。味方からも見物席からも、地鳴りのようなものすごい歓声が聞こえてきた。
 空砲が鳴り、フラダリの旗が振られた。
「紅軍の勝利!」
 味方の陣地へ引き返してきたオスカルにおれは声を掛けた。
「やったな! オスカル」
「ああ」
 しかし、オスカルはなぜか勝利の歓びで輝いておらず、心なしか曇っていた。
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 オスカルのもとに、紅軍の総大将として国王陛下の御前に拝謁せよ、とのお達しがあった。それを聞くとオスカルの全身に緊張が走った。そして思わず、あいつはおれのほうを振り返った。
「アンドレ…」
 おれは目顔でうなずいた。
オスカルが陛下の御前に進み出、ひざまずいて恭しく口上を述べ挨拶した。
「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しいこととお慶び申し上げます。そしてまた、このオスカル・フランソワ、陛下のご尊顔の栄に浴しましたこと、誠に恐悦至極に存じまする」
「おお、そちがジャルジェ将軍の自慢のオスカル・フランソワか! 見事じゃ、ようやった!」
「は、ありがたき幸せと心得まする」
「苦しゅうない、面を上げよ」
「はっ」
「まぁ、なんという凛々しい少年でしょう、ねぇ、国王陛下」
 隣に座っていたデュ・バリー夫人は、紅軍を勝利に導いた総大将のあまりの美少年ぶりにびっくりして、国王陛下に思わずそう申し上げておられた。
「はは、デュ・バリー。そちも見事に騙されおって。これはの、ジャルジェの秘蔵っ子じゃ。驚くなよ、実はな、このオスカル・フランソワはのジャルジェの六番目の姫なのじゃ」
「え? なんと仰せになられました? 姫でございますか、陛下。ということは…」
「そうじゃ、このオスカル・フランソワは、実は女なのじゃ」
「まさか? 本当なのですか、オスカル・フランソワ」
 デュ・バリー夫人は信じられない面持でオスカルに尋ねた。
「はい、さようでございます、奥さま。わたくしは女でございます」
 国王陛下は上機嫌で豪快に笑いながら仰せになられた。
「しかしまぁ、オスカル・フランソワ。猛々しいことを好むわりには、これはなんとも愛らしくも整った容貌じゃの。しかしさすがに、利かぬ顔をしておるわい。ジャルジェものう、若いころは女と見紛うほどの美丈夫だったゆえに。まあこれは血筋じゃの。だがのうオスカル・フランソワのような、一風変わった勇ましい麗人を手元に置いて調教するのも、案外楽しいことかもしれんのぉ…」
陛下はオスカルをご覧になって相合を崩された。陛下が艶福家であられるのは有名なことで、これまで数え切れないほどの愛人が陛下の間を去就していた。オスカルを見て、陛下の好き心がまたぞろ動かされたのではないかと思い、おれは気が気ではなかった。
「まあ、陛下、お戯れはお止し遊ばせ」
 デュ・バリー夫人はきつい一瞥を国王陛下に加え、牽制してくれた。
「冗談じゃ、デュ・バリー」
それを聞いてほっと胸をなでおろした。いくら陛下とはいえ、大事なオスカルをこんな狒々爺の喰いものにはされたくないからな。
「まぁ…それにしても。女の身でありながら、あのように荒々しい戦いに挑んで勝つなどとは。わたくしと本当に同じ女性でありましょうか」
 旦那さまがデュ・バリー夫人のことばを引き取った。
「わが娘、オスカル・フランソワはこの世に生まれたそのときから、男子としてわたくしが手塩にかけて育てて参りました。決して男どもにひけをとらぬこと、国王陛下におわかりいただけたかと存じます」
「いやいや、見事であった、ジャルジェよ。そしてオスカル・フランソワ。朕は満足である」
 陛下はふと思いついたように言った。
「そちは少尉任官試験は受けたのか?」
「はい、陛下。去年の卒業生にあたる者たちと共に受けて資格はすでに取ってございます」
「ふうむ、抜け目ないことよ」
「はっ。恐れ入りましてでございます、陛下」
「さてそちは、いつ近衛隊に参る?」
「はい、できる限り早く参じるつもりでございます」
「そうか、苦しゅうない、このたびの働きにより大尉に任官する。オスカル・フランソワ、大尉として出仕せよ」
「はっ。身に余る光栄でございます、陛下」
 陛下は嬉しそうに仰った。
「もうすぐオーストリアの姫が来る。そちが姫をエスコートするのであるな。まさしく一幅の絵じゃ。さても楽しみなことよの」

 紅軍の陣中に戻って来たときには、すでにそこいら中に、国王陛下とオスカルのやりとりが浸透していた。
みんなは一様にオスカルが女ということに驚愕していた。それはそうだな。以前あんなにもはっきりと女だということを否定していたんだから。
 一緒に参謀として戦ってきたアルノーが、オスカルを質した。
「オスカル・フランソワ。これは一体どういうことだ?」
 オスカルは少しの間沈黙し、みんなの顔を一巡したあと、切り出した。
「諸君、すまない。わたしは嘘をついた。たしかにわたしは男ではない」
「だが作戦会議のとき、君はあんなにはっきりと、自分は男だと断言したではないか。ましてや神にまで誓ったのだぞ」
「では改めてこちらから問う。諸君はたとえあの時点で真実を知らされていたとしても、わたしに付き従うことが、果たしてできただろうか? 軍の士気を下がらせずに、今日の日を迎えることができたと思うか?」
「いや、知っていれば、われわれは絶対に君を総大将に据えたりはしなかった」
「総大将になったのは、もともとわたしが望むところではない。これは陛下のご意向だったのだ。臣下であるからには、それを拒むことはできない。そしてその命を一旦受けたからには、わたしには責任があった」
 オスカルのことばに、みなは一瞬押し黙った。
「それゆえに、畏れ多いことだが、わたしは神にまで虚偽の誓いをした。もっともそれが赦されることだとは思っていない…。だがあのときはわたし自身のことより、紅軍の勝利のほうが先決だったのだ。総大将になったときから、わたしはこの勝負が終わるまで、どんなに疑われようが男で通すつもりだった」
戦勝気分から一変して、総大将が女だと知れたとたん、一同は口々にあいつを尋問口調で責めていた。おれは腹が立った。みなで寄ってたかってオスカルをなじっている。だがあいつは、ひとりで耐えていた。
おれは黙っていられなくて、その中へ割って入った。
「みなさん、わたしは部外者ですが、ひとつ言わせてください! たしかにオスカル・フランソワさまは女性です。わたしはオスカルさまの従者ですから、もちろん最初から女だと知っていました。そしてそのことで、どれだけオスカルさまが苦しんできたのかも、傍近くに仕えてきて知っております。ですが彼女は、みなさんと同じ気持ちで戦ってきたのです。彼女なりに自分のできる最善を、その場その場で尽くしてきたのです。そのことにどうぞ思いを馳せてみてください。あなたがたは彼女が、男に従属させられる性であっただけで、そんなに怒りに駆られるのですか? 教えてください! あなたがたは、男も女もなく、単に優れた資質を認めることができないのですか? オスカルさまが女であることは、それほどまでに罪深いことなのですか?」
 勝利に導いたのは他ならぬあいつだというのに、あまりにもみんなが身勝手なので憤っていた。だがオスカルがなだめるように、おれの前に立って止めた。
「やめろ、アンドレ。もういいのだ」
「諸君、すまない。諸君が女のわたしを不快に思い、その統率の下で働けないと感じるのは当然だ。軍隊という男同士が真剣な命のやりとりをしている神聖な場所に、本来女は立ち入るべきじゃない。女がいるだけでこの場を穢している。そのことは女であるわたし自身が充分すぎるほど痛感している。なぜならわたしの存在は、軍隊の中にあって、道化でしかありえないからだ。女のわたしが男の恰好をして、懸命に男のふりをすればするほど、かえってその違いがはっきりと際立つのだ。それはしょせん、猿真似だし、なにより滑稽でしかない。だからこそわたしは、今日の日まで女であることを隠す必要があった」
「それがわかっているなら、なぜ軍隊へなど入った?」
 オスカルは自嘲気味に自分の立場を語った。
「わたしの近衛隊入隊は、オーストリアから輿入れになる王太子妃殿下付きの近衛隊士が女性であれば一興だという、極めて気まぐれな思いつきによるものだ。それがいかに不条理で馬鹿げていると周囲に思われようと、それが陛下の思し召しならば、臣下たるわたしは否と申し上げる筋にはない。陛下はわたしに道化であることを望まれるのだ。だからわたしはたとえ自分が道化と解っていても、道化なりの道を貫くため、ここに来た。諸君に理解してもらえるとは思わない。このわたしという矛盾した存在を…」
 オスカルの態度は一種の清らかな威厳に包まれていた。淡々と自分を国王の道化であるとすら宣言するのを聞くと、その場は水を打ったように、しんと静まり返った。
「もういい、ジャルジェ。自分ばかりを責めるな」
「ジャルジェ、おまえは道化なんかじゃないぞ!」
 アルノーが再び、口を開いた。
「たしかにオスカル・フランソワばかりが責められるべきではない」
 遊撃隊の司令官だったベルトンが、反省するようにぼそりと言った。
「男とか女とかを別にして、わたしは騎兵科でずっとオスカル・フランソワと一緒だったが、こいつには敵わないとよく思ったものだ。特に今回のこの作戦の密なこと、そして指揮の見事なこと。彼…、いや彼女だからこそ、やりおおせたことだ」
「まさしくな。今日の勝利は、男だからだれが総大将についても、もたらされるといったような、そんなたやすいものではなかった」
攻撃の司令官を務めたバラティエがそれに賛同した。
「そうだ。誰でもこんなふうにできるもんじゃない。われらは彼女を赦すことができないほど、そんな料簡が狭いわけでないぞ」
そしてバラティエはオスカルに向かって言った。
「オスカル・フランソワ。君はわれら紅軍を率いて、全員に離脱させることなく厳しい訓練を施し、軍全体の士気を高揚させ、そしていざとなれば、誰よりも前に出て勇猛果敢に戦いに挑んだ。よほどの覚悟と気概がなければできることではない。そして最後のあの快挙。まさに鬼神のごとき働きだった。弱冠十四歳にしてこの風格、もうここまできたら、男も女もない。まさに将の器だ」
「そうだ、おれたちだって、そんな器量の小さい人間じゃないねぇ! 男を見損なってもらっては困るぞ、オスカル・フランソワ!」
「何事も公平に見ることができる視野をもってこそ、一人前の男だろうが!」
「そうだ、そうだ!」
 ひとりが皆に向かって叫んだ。それに応えてそこにいる全員が、はじかれたように異口同音に唱和した。
「おれたちは今まで女性というものを、見くびっていたのかもしれんな。女だって世の中には男以上に切れる人間もいるってことを、われわれはオスカル・フランソワという存在を通じて思い知ったのだからな」
「オスカル・フランソワは、勝利の女神たるニケだ! おれたちには女神が付いていたんだ! おれたちの紅軍は神々に祝福されていたんだ!」
「そうだ、オスカル・フランソワに万歳!」
「勝利の女神に万歳!」
 みんな歓呼してオスカルを讃えた。オスカルの眼に涙がうっすらと滲んでいたのを、おれは見逃さなかった。

 紅軍が勝利の感動に沸き立っているところへ、敗軍の将であるショーソンがこちらに近づいてきた。オスカルはそれに気づいて、皆の中をすり抜けて、ちょっと離れたところに立っているショーソンのところへ向かった。
「ショーソン…」
「ジャルジェ、おれは思い違いをしていた。おれはおまえが単なる苦労知らずの大貴族のぼんぼんだと思い込んで、たぶん嫉妬していたんだろうな。だがさっき、おまえのことをみんなから聞いた」
「そうか…」
「おれは想像することすらできなかった、おまえがその淡々として落ち着き払った表情の中に、並々ならぬ苦悩を隠していたことなど。すまん。おれは、おまえになにかと突っかかっていったが、考えてみれば、おまえはどんなときでも、誠実な態度で臨んでくれていたんだな」
「いや、わたしは単に当たり前のことをしただけだ」
「ジャルジェ、いや、今はもうオスカル・フランソワと呼ばせてくれ。オスカル・フランソワ。おまえは女ながら実にあっぱれなヤツだな。おまえは男以上に男だよ。おまえのその胆力におれは心底敬服している。そして最後におまえとは本当にいい勝負ができた」
「ショーソン。いや、今からわたしも、おまえをアントワーヌと呼ぼう」
「おれもこの秋にはここを卒業する。いつかどこかでまた会えるといいな」
「ああ、すぐ再会できるさ」
 だが、ショーソンはぼそりと言った。
「だが、オスカル・フランソワ。おまえは本当にこれで構わないのか?」
「うん? 何のことだ?」
「おれはおまえと今まで戦ってきておまえが本当に実力のある勇士だということは誰よりもわかっているつもりだ。だがまた反対に、こういっては何だが、おまえには男には決して真似できない細やかな配慮というものがあるのもわかるのだ。女性にしかできないたおやかさというものがな…。おれは心の底からおまえが本来の性である女に戻らないのは惜しい気がするのだ。いや、悪く取らないでほしい。女性としてそれだけの美質を持ちながら…」
 オスカルはショーソンをじっと見つめた。
「アントワーヌ、わたしを心配してくれるのだな。その気持ちこそが天がわたしに与えてくれた真のいさおしだろう。今のことば生涯大切にして決して忘れない。だが心配ご無用だ。わたしにはアンドレが付いていてくれる。世の中にはひとりぐらいわたしのような変わり種がいてもいいだろう?」
 ふふふとオスカルは笑った。
「オスカル・フランソワ…。決心は固いのだな。よしわかった。では元気で!」
「アントワーヌ、ありがとう。またいつかきっと会おう!」
 オスカルとショーソンはお互いに固い握手をした。
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おれたちは家路に着こうと準備していたとき、向こうからランベールがやって来た。
 オスカルはランベールを見て、急に気色ばみ、態度を硬化させた。
「クロード! あなたに訊きたいことがある。試合のときのあなたの行動は一体なんだったのです? あなたは味方だろう? 理解不能だ」
 いつもポーカー・フェイスで押し通しているオスカルとは思えないほど、怒りを満面に露わにしていた。だが一方のランベールは、そんなオスカルの怒りなど柳に風と受け流した。
「ああ、オスカル。申し訳ない。あれは単にぼくのミスだった。ちょっとぼくも、どうかしていたとしか思えないんだが、実戦ではああいうことは付き物だろう? しかし、結果的にあれが功を奏して、戦いを勝利に導いたんだから許してはもらえないだろうか?」
「今なんと言われた? 単なるミスだと? あれだけのことをしておきながら?」
 オスカルはランベールの態度に呆然としてしまった。そりゃそうだ。あいつはショーソンとランベールに挟み込まれ、打ち取られるところだった。下手をすれば、前と後ろの両方から模擬棒で突かれ、大ケガをすることだってあり得た。しかも、敵同士で挟み込まれるのならまだしも、味方が自分の大将の退路を断つなど、決して判断ミスだけで言い逃れできるものではなかった。
だがランベールは、努めてなんでもないような素振りをしていた。そしておれに向かって言った。
「あ、アンドレ。旦那さまが君に用があるそうだ。探しておられたぞ?」
「え? 旦那さまが?」
 それからランベールはオスカルに言った。
「それとオスカル、ジャド教官が近衛隊に入隊する手続きの書類の不備とかで、君に話があるそうだぞ」
「不備だと? おかしいな。いや、そうか…。クロード、ここで立ち話もなんです、歩きながら話しませんか。とりあえずあなたの言い分を聞きたい」
 このふたりの会話に、いや、ランベールの行動になにか不審なものを感じたんだが、旦那さまのお召しとあれば、応じないわけにはいかない。気になりつつも、おれはその場を離れた。
 試合が終わってしばらくは、興奮冷めやなかったシャン・ド・マルスの見物客も、夕方になり次第に三々五々と引き上げていくところだった。ところが旦那さまを捕まえようとしても、なかなか見つからない。やっと探し出したときは、旦那さまは奥さまと一緒に馬車に乗りこまれる寸前だった。遠くに見える旦那さまのところへ全速力で赴いた時には、おれは息を切らしていた。
「旦那さま、間に合ってよろしゅうございました。ところでわたくしに御用とは? 一体なんだったのでございましょう?」
 おれは旦那さまに尋ねた。旦那さまはおれが息せき切ってきたことが分かると、一旦乗りかけようとした馬車のステップから降りられ、おれの肩を両の手でばんばんと叩いて激賞された。
「おお、アンドレ。オスカルはやりおったな! おまえはあれの傍にずっとついていてくれていたのだな? 見ていればすぐにわかるぞ。気持ちが安定していたようだからな。陛下も大変お喜びだったぞ。実にめでたい
「あ、はい…。それで、旦那さま、わたくしはお召しと伺ってここに参ったのですが…?」
 旦那さまは怪訝な顔をなさった。
「わたしが、おまえに? いや、わたしは特におまえを呼んではいないが…おかしいな」
「あ、さようでございましたか。失礼しました」
 奥さまが、にこにこしながらおれにおっしゃった。
「アンドレ、本当にご苦労さまでした。大変だったでしょう、オスカルのお守りは。とにかく一度、おまえもオスカルもヴェルサイユに戻っていらっしゃい。一度みなで食事をしましょう。ああ、そのときは、ばあやに腕をふるってもらってとっておきのご馳走にしましょう、ね」
「はい…奥さま」
 狐につままれたような気持で、もといた場所に戻ろうと歩いていると、向こうの方からショーソンがやって来た。
「あれっ? おまえはオスカルの従者の…おまえ、たしかアンドレといったな?」
「はい、さようでございますが。なにか?」
「おまえにひとつ忠告がある。オスカル・フランソワと親しくしていたランベールという男、なにか怪しいぞ。味方のくせにオスカル・フランソワの行く手を阻もうとしていた」
「はあ、ですがあれは、単なる判断ミスだったとのことですが…」
「いや、そんなはずはない。おれはランベールを真っ向から見ていたから判ったのだが、あいつがオスカル・フランソワを見るときのあの目。ものすごい敵意を感じたぞ。あれは絶対にワザとだ。きっとなにかあるぞ。気を付けてやってくれ、オスカルに」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
 そう言われて、おれはハッと気づいた。
 オスカルは今、どこにいる? そういえばジャド教官の名前をランベールは口にしていたような…。おれはすばやく頭を巡らせた。ランベールは一体オスカルをどこへ連れて行った? 気が付けばおれは駆けだしていた。
 それに旦那さまがおれに用があるといって、オスカルから引き離したのも、ランベールだ。なにか変だ! おかしい。
「まずい! これは罠だ!」
 シャン・ド・マルスから離れて、急いで士官学校の本館のほうへ走った。ああ、なにかとてつもなく胸騒ぎがする。間に合ってくれ! おれはジャド教官の執務室へ向かった。
執務室の扉の取っ手を音を立てないように、そっと握ってみると、中から鍵が掛かっていた。おれは扉に耳を当てて、部屋の様子を伺ってみた。するとぼそぼそとした声が聞こえる。絶対にこの中に、オスカルはいると確信した。
ドアから少し離れて勢いをつけドアを蹴破り、部屋に踏み込んだ。すると中には、気を失ってぐったりと床に横になっているオスカルの肢体の上に男がふたり、圧し掛かっていた。
それは案の定、ランベールと教官のジャドだった。
「おっと、おっと。そこまでだ。アンドレ。これが見えないか?」
 ランベールは青ざめて目を閉じているオスカルの頬に、ナイフを当てた。
「下手に動くと、このナイフがオスカルさまのおきれいな顔を傷付けちまうぜ」
ジャドはオスカルを人質に取られて身動きができないおれの手と脚を縄で縛った。そして、おれの背中に蹴りを入れて床に転がせた。おれはだが、尋ねずにはいられなかった。
「ランベール! オスカルになにをした?」
「ふふん、ちょっと眠ってもらおうと思って、後ろから銃床で、思い切り頭を殴ってやったのさ」
「酷いことを。なぜだ? どうしてこんな裏切るようなマネをする?」
「おれはとっくの昔に、ジャルジェ家を見限っていた」
「ははは、気づくのが遅すぎるんだよ、おまえは。そうだ、ランベールにはジャルジェ将軍のスパイをしてもらっていたのだ」
 横から教官のジャドが割って入り、ほくそ笑みながら言った。
「われわれはこれまでなにかとジャルジェ将軍には、煮え湯を飲まされてきたからな。ここらできっちり落とし前をつけてもらわないとね。わたしがお仕えするショワズール公爵の邪魔をされてはかなわない。こいつが王太子妃付きの近衛士官になって、またぞろそこらを嗅ぎまわられると、公爵さまの計画が台無しになってしまう。もう国王陛下もいいお歳だからな。今は次期国王になられる王太子夫妻を、なんとしても手懐けておく必要がある」
重ねてランベールはおれに言った。
「ジャルジェ家はな、もともと男子が生まれたかった時点でついえる運命だったんだ。それを女を男と偽って育てるなど小賢しい真似を。おれが天誅を神に代わって下してやる」
「なんだと? 勝手なことをほざくな、ランベール!」
 おれは怒鳴った。
「オスカルも最初はおれが手なずけて、一気にベッドへと誘惑してやろうとしたのだが、こいつは小娘のくせにいっかな隙を見せない。ふつうの女のように男に対する好奇心もない。乗ってこないんだ。これまでおれにかかると、どんな女でも陥落させられたのに、こんなやつは今までで初めてだ。これにはおれも参ったぜ」
 こいつは百戦錬磨の恋の手練れだったのか? おれはそれを聞いて歯ぎしりした。
「オスカルは、おまえなんかに誘惑なんかされるもんか、外道め!」
「やかましい、番犬は黙っていろ!」
「さてと。どうするかな…?」
「ここはひとつ、アンドレ、おまえにひと肌脱いでもらおうとするかな」
「どういうことだ!」
「筋書きはこうだ。かねてから主である、男装の麗人であるオスカルさまをお慕いしていた従僕のアンドレは、叶わぬ恋に身を焦がし、オスカルさまを無理やり凌辱する。思いを遂げたあとアンドレは、オスカルを殺め、自らの命も断つのだ…。ふふふ、ここに悲劇の幕は閉じる、と。どうだ? コルネイユばりの、ちょっとしたもんだろ」
「なんだと? そんなことさせるか!」
 ランベールは抵抗できないのおれの横っ面を、思い切り張り飛ばし、おれの髪を乱暴につかんで床に二三度叩きつけやがった。おれの額が割れてタラタラと顔に血が伝った。一皮剥けば、こいつは凶暴なサディストだ。
「馬鹿野郎! おまえらは絶対にデキていただろう? おまえらは、なにかってぇとすぐにいちゃいちゃと視線を絡め合っていたよなぁ、おまえらを見ていて本当にイライラした。くそっ。こんな男のような女の言いなりになりやがって。きさまそれでも男か?」
「この女はな、可哀想に自分がただの無力な女だってことを自覚できていない。なにしろ周囲に甘やかされるだけ甘やかされて、自分のことを男以上にえらいと勘違いしているようだからな。だから死ぬ前にせめて勘違いは勘違いと正してやるのが筋ってもんだろ。だから今からおれがこいつをたっぷりとこいつを可愛がって、自分がなんたるかを思い知らせてやる。おまえは黙って見てろ!」
 ランベールは初めから女としてのオスカルに並々ならぬ執心を持っていたことを思い出した。ふたりはオスカルが気を失っているのをいいことに、オスカルの上着のボタンに手を掛けた。
「よせっ! やめろ!」
 おれはどうしたらこの窮地から脱することができるのか、必死になって考えた。せめてオスカルの目が覚めてくれたなら…。
 ところが、気絶していたはずのオスカルは、ふたりの男にいいようにされたまま、男たちが目を離した隙におれのほうに一瞬目を開けて、自分が覚醒していることを知らせてきた。おれも目顔で了解の合図をした。そしてあいつはこっそり、さっきランベールが使っていたナイフを、おれのほうへ脚で蹴ってよこした。
「!」
 ふたたびオスカルは気を失ったふりをして、男たちのなすがままになっていた。ランベールは自分の欲情を丸出しにして、オスカルの唇を貪っていた。ジャドはひひひと野卑な笑い声を立て、反対側でオスカルの両腕を抑えながら、それを見ていた。オスカルはふたりの乱暴狼藉に気絶したふりをし、身体に力を入れないようにして耐えていた。だが、一瞬開いていた薬指がぴくりと震えた。やはり我慢しているのだ。おれはそれを見てかっと頭が熱くなったが、今は冷静になってことを運ばなければならない。おれは自分に言い聞かせた。
そのナイフのほうへ手を出して、ふたりに気づかれぬよういましめを切りにかかった。ふたりは夢中になってオスカルの軍服を脱がそうとしていた。しかし今日は御前試合のために、ユサール騎兵の金モールの装飾ががずらりとついた肋骨飾りの上着のその上に、さらに左肩に引っ掛けるプリスまで着込んでいたので、そうおいそれと簡単には脱がすことはできなかった。ランベールは逸る心を抑え、苦労して二重になっている上着の留め金と書けボタンを外し、腰に巻いたサッシュや帯剣ベルトを解き、最後にやっとブラウスのボタンを全部外すと、失望した声を漏らした。
「ああっ!こいつ、胸をリネンの包帯で隠してやがる。しかもこんなにきつく巻いていやがって! 結び目がこんなに固くっては解けやしねぇ!」
「ああもう、面倒くさいことは省略だ! 単刀直入にやろうぜ」
ランベールが猛り狂って、オスカルのキュロットに手を掛けようとした。
 いましめから自由になったおれは、一気に立ち上がり、激情に任せて間髪入れずにふたりの急所に、強烈な蹴りの一撃を喰らわした。自分の中で抑えがたい殺意の衝動に駆られた一瞬だった。
 ぐふっと泡を吹き、白目をむいてジャドとランベールは、ぶざまに悶絶した。おれは怒りに駆られて、そいつらのどてっぱらにさらに蹴りを二三発喰らわしてやった。それでも、まだ気持ちは収まらなかったが、オスカルが止めた。
「これ以上やるとこいつらは死ぬぞ、やめろ、アンドレ」
「いや、赦せないね、こんな卑劣なことをしやがって」
「まあ、こいつらはどうでもいいが、おまえが人殺しになられるのは困る」
「いや、こんなふうに女を暴力で支配しようとする輩には、吐き気がするほどムカつくぜ。ちきしょう、この野郎!」
 おれは怒りを抑えられず、そこらへんにある椅子を次々と床に打ち付けて叩き壊した。オスカルはわれを忘れるほど猛々しく激昂しているおれを見て、ひそかに案じて、気をそらせようとしたみたいだった。
「それより、おい、アンドレ。苦しい…。このふたりをわたしの上からどかしてくれ」
 おれはハッとわれに返った。そして言われた通り、急いでオスカルの身体の上から男どもをどかした。
「おい、身体のほうは大丈夫か? 打たれた頭は痛むんじゃないか?」
 おれは慌ててひざまずいて、オスカルの顔をのぞき込んだ。あいつはおれの眼を見ると、ふっと微笑した。そしてわざとらしく大息をついた。
「ふう、重い。脱力した男ふたりに圧し掛かられて、窒息しそうになったぞ」
 危機一髪から脱したくせに、オスカルはやけにのんびりと素っ頓狂なことをほざきやがった。



「アンドレ、今日は、大変ということばでは簡単に済ませられないほどの一日だったな。すぐにパリの屋敷には戻りたくなくない。気がおかしくなりそうだ…。今日はこのままふたりでヴェルサイユへ帰ろうか?」
 シャン・ド・マルスから馬車に乗ったオスカルは言った。
「おれは別にいいけど?」
「じゃあ決めた。そうしよう」
 オスカルは馬車の窓から、御者にヴェルサイユへ向かうようにと告げた。馬車の中には太陽が沈んだあとの弱い光が射していた。
一日の内にあまりにいろいろなことがありすぎたから、おれたちは少しその興奮を冷ます必要があった。こうやって二時間ほど馬車の振動に身を委ねながら、ぼんやりすごすのも悪くない。
「もうしばらく、パリとはご無沙汰になるな、わたしのほうは」
 オスカルは馬車の窓枠にほおづえをついて、暮れなずんで菫色に流れていくセーヌを横目で見ながらつぶやいた。
「そうだな…。おまえはこれから、近衛士官としてヴェルサイユの王宮詰めになるのだしな」
「まあ、とりあえずはほっとした。一時はどうなることかと思ったが、無事士官学校も終えることができた。いろいろあったが終わりよければすべて良し、ということで一応収めておくとするか。過ぎてしまえば結構悪くない思い出だ。ところでアンドレ。おまえはこれからどうする?」
 オスカルは真剣な顔をしておれの顔を見つめてきた。そしていつもよりも、ずっと自分を抑えた静かな声で言った。
「わたしはおまえにこれ以上、無理強いはしない。おまえはまたパリのフランス学院へ戻ってもいいのだ。自分の好きなように生きることを止めはしない。わたしはこれ以上、おまえのくびきにはなりたくないのだ」
「いや、いいんだ、オスカル。おれもここに来てようやく判ったよ」
「なにを?」
「おれの生きる道さ」
「というと?」
 オスカルは少し恐れの混じった表情をした。
「おれはおまえに付いていくよ。説明するのは難しいんだけど、おれの心がそう命じたんだ。おまえと一緒に歩む道を選べとね」
 そうなんだ。オスカルがランベールたちに乱暴されているのを見て、おれは怒りに震えた。こんなオスカルは二度と見たくない。ああ、守ってやる! それこそが今おれがここにいる理由なんだと思うと、すうっと今までのわだかまりがが霧散した。
「いいのか、それで本当に?」
 オスカルの眼が図らずも大きく見開き、喜びで輝いていた。
ああ、そのとき思ったんだ。おれはこいつを愛しているかも、とな。
だからこいつの喜ぶ顔がこんなにも嬉しかったんだ。
「ああ」
「そうか…」
 オスカルは短くそれだけ言うと、しばらく目を伏せ、溢れそうになる涙をこらえていたようだったが、潤んだ目をいっぱいに開いておれに言った。
「五月になったら、オーストリアからマリー・アントワネットさまがお輿入れになる。王太子殿下と共に、コンピエーニュまで、お出迎えしなければな」
「ああ、そうだな。また忙しくなるな、オスカル」
「ああ、アンドレ」




        ― 完 ―  


フーガ(遁走曲)あとがきのようなもの? 笑 [あとがき]

Marie-Joseph Paul Yves Roch Gilbert du Motier, Marquis de La Fayette.jpg



本来なら、こんなことを書くのは蛇足以外の何物でもないので、

自分の美意識からは反することなのだけど、

まあ、それでも駄文なら駄文なりに

ちょっと自分の思ったことを書いてみたい、と思います。

フーガ(遁走曲)は読んでみたら、わかるとおり、

もちろんかの有名な『ベルサイユのばら』のサイド・ストーリーなのです。

なぜ、自分がこういうものを書いてみようかと思った理由っていうのがあって

小さいときはともかく、大きくなって、いやもっと正確にいうと

成人して男女の機微に多少なりとも分別が付くころから

原作を読むと「あれ?」って思うことが多かったからです。

たしかに、当時から現在に至るまで、主人公のオスカルの

造型的な魅力って少しも衰えないのですが、

それだけに、中身を読んでみるとなんていうんですかねぇ。

私の感性では「こういう演出って果たしてかっこいいんかな?」って

思うことたくさんあるし、疑問に思うこともあるしで、

それをここでつまびらかにすることは控えようと思いますが、

画期的な作品であるとはいえ、自分の中で消化不良みたいな部分が

すごくあったのですね。

それからすると、池田理代子の作品の中で、『ベルばら』ほどには有名じゃないけれど

『オルフェウスの窓』に出て来る主人公のユリウスのほうが

私にとっては共感できる人間だったのです。

なぜなら、ユリウスはオスカルのような超人的な人間じゃなくて

ごく普通の感性を備えた、しかも脆い人間ですので、

あまりにひどい目にあって、精神が崩壊してしまうのですね、最後には。

それでも、自分が求めるところははっきりと自覚する人でもあって、

どんなことがあっても、自分の愛する人のところへ、

つまりはアレクセイ・ミハイロフのところへ

艱難辛苦の末、たどり着くというしぶとさをもった人間としても描かれるのです。

そこが、実に自分の琴線に、触れるっていうか

ジーンとしてしまうんです。

あと、やっぱりアレクセイとかユスーポフ侯爵って惚れるよね。

こんな男だったら、それこそ死に物狂いで、人生が狂わされても追っかけて行くわ~

とか高校生のとき、思いました。(笑)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで、さして原作の『ベルばら』に思い入れもないまま、

平凡ですがこの年まで人生を生きてみて、

オモテブログでも書きましたが、一年前ぐらいに放映していた

NHKの再放送を始めて全部通してみてみて、

ズッギューン!とこの作品は私の心臓を貫いてしまったのです。

原作とは全く違うアプローチ。


宝塚的な華やかさは皆無でどちらかといえば、地味な作品に

仕上がっていましたが、それだけにこのオスカルにはしびれます!

なんというか、等身大なんですよね、悩みが。

彼女は自分が貴族の家に生まれて、父親の理不尽なくびきを背負わされた

アダルトチャイルドに見えて仕方がないのです。

人一倍美しく生まれて、聡明なのに、人生の楽しみすら知らず、

自己肯定力も弱く、ひそかに悩む人間に思えるんですねぇ、、私には。

ま、そこらへんはオモテブログで非常に熱く語っているので、

そこらへんはそれを読んでもらうとして、

とにかく、感銘を受けたんですねぇ…。

めっちゃハイクオリティな人間ドラマです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

どうもアンドレの人物像にわたしは納得できなかったんですよ。

わたし、原作は、最初はオスカルすら主役ではなかったらしいし

ましてやアンドレは最初は全くのわき役で添え物的存在。

アニメではかなり、アンドレ像にたいして思い切った改善されていたけど、

そこをもう少し突っ込んでみたい、と思ったわけなんですよ。

つまりはね、私アンドレに惹かれなかったんです。

なんだろうね、池田理代子の作品って

ものすご~~く、ステキな人で読んでいて「いいわ~[黒ハート] 惚れる~!」

って人と、まったく食指が働かない人の二種類あるんだな。

オル窓のイザークなんか後者の典型で、

愛蔵版のオル窓もっているけど、イザークがメインの二巻なんて

まともに筋すら覚えていないわ☆(ごめん…)


閑話休題

ところで、後半の造型的な魅力は別として、

ああいう人間を、主人公のオスカルは好きになるだろうか?

愛することができるだろうか?ってね。

確かに、アニメの終盤のアンドレは本当に偉丈夫で、

リッパな人間に描かれていましたが、

どうもね、私の中では「?」だったわけです。

結構いい年になって読んでみるとさ、

なんかなんでもオスカルのいいつけを卑屈そうに

聞いているのは、なにかを喚起させるわけよ…。

あ、そうだ! それはね、谷崎潤一郎の『春琴抄』の佐助だな…。

うわ~、M的な愛だわ!

最後自ら、盲目になるってオチが…またね!

まぁ、池田センセイはけっしてそれを意識したわけじゃないんだろうけどね。

春琴抄の佐助も谷崎的耽美的愛に彩られてそれはそれでいいんだけど!

だがしかし、ベルばらには似合わない!!

ど~も、あのメソメソ感がいやだったわけ。

ストーカー的なところとかさ、

無理心中計画したりするところとかさ…。

(アニメはそういうのなかったけど)

わたし、オスカルさまは大好きなのよ(アニメのね!)

勇ましい外見とはうらはらな、女らしい気高さというか。

小説書いてて思ったけど、彼女は軍人じゃなかったら、

修道女が似合っていたと思うね。意外と。

それと、実在の人物に彼女の性格そっくりな人がいるの。

それはルイ16世の妹のエリザベト内親王。

この人は29歳で革命裁判所で死刑宣告されて、ギロチンにかけられるんだけど、

その気丈さ、気高さ、そして聡明さ、優しさは息をのむばかりで、

やっぱりこういう人いるんだなぁ~って思いました。

もうすぐ、自分がギロチンに掛けられるってのに、

妊娠している人がいて、妊娠している人は子供が生まれるまで

保護される権利があるって政府側に掛け合って、命を助けているんです。

ね、すごい人でしょ?

そんでさ、今はやりの「死刑執行人サンソン」がね、

ギロチンの設計の相談にルイ16世に非公式にだけど、

拝謁するんよ。

王さまはばっちり理系で精密工学の専門家でもあったの。

でさ、今では当たり前のあのギロチンの斜めの刃なんだけど、

あれは王様が考案したものなんですワ。

ま、それはどうでもいいとして、

かえりがけにサンソンはマリー・アントワネットとエリザベト内親王が

歩いているところに遭遇するんです。

サンソンはふたりの外見の感想を言ってます。

「王妃さまは、威厳のある豪奢なドレスに包まれ、

いかにもこの世のプリンセスというご様子でしたが、

内親王さまは王妃さまのようにきかざってはいらっしゃりませんでしたが、

清らかで、天上のプリンセスと呼ぶにふさわしかった」とか。

うんうん。「わたしは生涯フランス人でありたい」といって

ヨメにも行かず独身を貫いているあたり、オスカルさまを彷彿とさせるんですねぇ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あ、また脱線したわ。

まあ、とにかく、アンドレね、そうアンドレよ!

そこかな、一番このSSを書いて自分のすっきり納得させたい、と思ったことが

書く動機になったかも。

オスカルは貴族としてそうとうに知性や教養のある人間です。

そういう人間が、潜在的にせよ、男女の恋情ではなかったにせよ、

ずっとあのアンドレを恒常的に愛していけるとは思えないので…。

何も描かれていない部分に、わたしなりの考えを表現してみたかったわけ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

タイトルの「フーガ」というのは音楽の対位法の一つのスタイルで、

同じ旋律が複数の声部に順次現れる形式をさします。

つまり、ふつう現在主流のモノフォニーの音楽は主旋律に伴奏という形式ですが、

フーガはポリフォニーでどの旋律が主役ということもないけれど、

お互いに旋律が三度か五度と少しずれながら、それでもきれいに調和している。

まあ、オスカルとアンドレの関係って「光と影」って表されるけど、

私にしてみれば、そうではなく、同等でしかも似た感じの旋律を

ちょっと音をずらしてハモっている、みたいに表現したかったのです…。

遁走曲っていう翻訳はちょっとまずいと思うんだけど、要するに

ひとつの旋律が輪唱のように追いかけていくんですよね。

ただ、輪唱は同じ旋律を少しずらして歌っているけど、フーガの場合、

さっきも言ったように、音をずらしているわけ。

そこに、ふたりの共時性みたいな意味をイメージしたかったという。

わたし、タイトルでも自分の子供の名前でも、たいそうなものはつけたくない主義。

まぁ、こう書いてしまうと大げさに聞こえるけど、そこに大して深い思い入れはないデス。(笑)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ベルばらが連載されていた同じ時期、

少年漫画は『デビルマン』が掲載されていました。

私はながらくずっと、永井豪の『デビルマン』ファンで

この壮大な世界観、善と悪とは相対的なものであって、絶対的なものではない、

という鋭い見方、

そして、双子のような、ポジとネガのような関係の

不動明と飛鳥亮がの関係、

(これは考えようによれば、ちょっとオスカルとアンドレの関係にも似てる)

しかも、明が地獄の使者のデビルマンなら、亮は天使であって、

そして瞠目すべきことに両性具有だった!ってことにものすごく衝撃を

受けるわけです。

ものすごいカタルシス!

この話も、実は天というか神が「もしかしたら絶対的なものではないかもしれない」


というグノーシス的疑問を挟みながらハルマゲドンを迎えて

話は終わるわけですが…。

そして平凡かもしれないけれど、明は一人の高校生として

市井のくらしを愛し、自分の日常を愛し、学友を愛し、

美樹ちゃんを愛し、弟君を愛し、

おじさんおばさんを愛していた。

デーモンと合体してしまった明のほうが、邪悪なものなのかもしれないけど、

ずっとずっとマトモに見えてしまう、そういうところが

ほんとすごかった、すごい迫力だった。

それに設定もものすごく緻密だった。

作品として完璧でした!!

それにさ、明がもう、抱きしめてあげたいほど、

健気なのね、いじらしいのね。

あ~、そういうところがアニメのオスカルと共通しているねぇ、考えてみれば。

今読んでも感動は全く変わりません。

それにね、絵が本当にうまい!

デビルマンの造型はすごすぎる。あれは当時、永井豪が

ギュスターヴ・ドレの『神曲』の挿絵の

氷漬けになった悪魔をみてインスピレーションを得たものだとか…。

美樹ちゃんにしても、すごく色気があってきれいな裸体が描ける人なんだなぁ。

永井豪は女の人がきれいに描ける数少ない男性漫画家さんだと思います。

あんなに絵が上手い井上雄彦にしたって、どうして?っていうくらい

女の人が魅力的じゃないものね~。残念だわ~。

まぁ、わたしは永井豪に関しては『ハレンチ学園』以来のファンですが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ま、ともかく私は漫画の中で何が一番傑作かと訊かれれば

迷うことなく『デビルマン』だと答えます。

この世の善悪なんて時代や場所を変えてしまえば、

その立場なんてすぐに逆転してしまうのですよ。

そこらへんがクリストファー・ノーランの「ダークナイト」あたりに

踏襲されているような気がするんですよねぇ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あ、話はどこまでも脱線しました。

なぜ、『ベルばら』を語って、『デビルマン』に行く? 笑


『ベルばら』はなんというのかな、自分の中では

全肯定できない、ある種のもどかしさを感じるんですよ。

この作品はね、愛憎半ばってところが私の中にはある。

それに、あたしゃ、もともとトランスジェンダーの話には

非常に興味があるんですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

それはそれでともかく、

楽しいんですよ。

もうすでに設定が決まっている状況で遊びながら書くのは!

サイドストーリーって作品で出来とか不出来を問わないなら

半分人のふんどし借りながら相撲してるもんだから、

非常に楽ですわ。

とはいえ、旧体制の貴族として生きるオスカル、平民ながら中産階級であるアンドレ、

のちのジロンド派の女王であるロラン夫人であるマノンとか、

陰謀の大家であるタレーランとか、革命政府の市長であるサンテールなどを

いろいろ出してきて遊ばせるのも、非常に面白かった。

ロラン夫人は、マリー・アントワネット以上に民衆に嫌われて、処刑されてしまった人ですが、

劇中のとおり、同じ平民身分でありながら、賤民は憎悪し、また貴族も憎悪して、

ブルジョワのみ愛した人です。

だから、スマートでインテリなアンドレに惹かれたのでありまして、

反対にそういう自分の好みであるところのアンドレが、

まさに貴顕の亀鑑の典型であり、ノブリス・オブリジェのこの世における具現でもあり、

これまた金髪碧眼と、ブルーブラッドの典型的な容貌のオスカルに惹かれてしまう、ってのは

当然嫌悪するだろうし、ものすごく嫉妬するだろうな、

と書いていて思いました…。

とにかくね、オスカルは誰が見ていようがいまいが、信仰心が篤いから

高潔なことしかできないの。

一方のロラン夫人はやっぱりそういう古い時代の人間じゃない。

ロラン夫人は造型的にそうすぐれた美人ではなかったそうですが、

独特の魅力があり、非常にモテたそうです。

また、ロラン夫人は陰でこっそり男を操る名人でして、人前では

何にもできない無能な女を演じて居ながら、実は夫が演説する原稿とか、

あるいはルイ16世に出す書簡まで書いていたのです。

当時、男装した女性革命家っていうのもたくさんいました。

オランプ・ド・グージュ、テロワーニュ・ド・メリクール、などなど。

でもそういう美貌で目立ったことをする女を目の敵にして

いじめぬいたのもロラン夫人なのです。

オスカルをいじめぬくのも朝飯前ですね。笑

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
オスカルもアンドレも病んでいなくて、あのバスティーユ攻撃を乗り越えることが

できたとして、まあ、if の世界ですが、どうなっていたでしょう。

わたくしが思うに、オスカルのあの時の立ち位置っていうのは

とてもラファイエット将軍に似ていると思うのです。

彼は、自前の軍を用意してアメリカ軍に赴き、ワシントンと一緒に

独立のため、戦った人です。ですから彼は当時「両大陸の英雄」と

呼ばれていました。しかも、すごくイケメンでしたので、革命のアイドル的な存在だったのです。

彼は原作に描かれているように、革命推進派で、開明派の貴族でした。

でもかなり能天気なところがあって、国王一家がヴァレンヌ逃亡際にも

イマイチ頭の巡りが悪かったのか、ミラボーみたいにうまく収められなかったのですよ。

で、なんだかんだでフランスにいられなくなり、オーストリアに亡命。

しかも自分は両大陸の英雄ですので、温かく迎えてくれるとまたまた

おめでたいことを考えていたらしいのですが、逮捕、牢屋に何年も入れられていたそうな。

話は長くなりましたが、そんなわけで、やっぱり開明派のもと貴族で

平民と結婚したこのオスカル、アンドレもやっぱり、賤民からほど遠いので、

フィヤン派かジロンド派が敗れたときに、絶対に処刑されていたと思います。

そうじゃなかったら、イギリスに亡命するぐらいしかないかな。

でも、万が一生きながらえて、息子かなんかが生まれて、

名前がアンドレ・オスカル・グランディエとか言っちゃってさ、

(イギリス行ったんだったら、ここはひとつ、アンドリュー・オスカー・グランディーといく?)


あの「伝説のワルキューレの息子」とか「革命の申し子」とか言って、

ナポレオンの部下になって活躍するみたいな話も面白いかも…笑

将軍になったアランの部下に配属されて、

「おお、これはあの方のわすれがたみか!」

みたいな、涙の邂逅!

いや、意外とアンドレの血が濃くて、いじめぬかれていたりして。汗

ん~、まぁ、結構当時は高齢出産だったと思いますが、

ハネムーンベイビーだとして、1790年に生まれていたとしても、

ナポレオン戦争のうちのロシア遠征が1812年。とすると22歳かそこら?

そのとき、兵隊は50万いたうち、2万しか生還できなかったということだから、

息子君も無事フランスに帰れたかどうか…。

いや、マテ。

映画のソフィア・ローレンが主演していた『ひまわり』のように

行き倒れて凍死しそうになったところを村娘に助けられ、

その子孫がアレクセイ・ミハイロフの母方の先祖でした~っていうのは、

あまりに飛躍しすぎか…orz

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

でも、そのうち、オリジナルのたまっている作品があるので、

載せていきたいかなと思います。

オリジナルは最初から最後まで自分が設定しているから、

どうもね、うまくいかないことが多いですけどね~ 笑









ouge de Sang8 [マダムXの肖像]

ゴートロー夫人のスケッチって驚くほどたくさん残されているんですよね。
本当にゴートロー夫人はサージェントのミューズだったんだろうな、っていうのは
そのスケッチを見ていて思う。

だけどたしかに身体の線の美しさを描きたかったんだろうっていうのは
それを見ていて思うんだけど、
絶対に美しく描こうとは思わなかったんだじゃないか…と
思えるんです。

ほかに依頼された描いた作品は実物よりもかなり美化して描かれていただけに。

まあ、サージェントはそれを見る人に媚びない厳しさでもってこの作品にとりかかったんだろう
と思うんですね。

見ようによっては、醜いとも思われるほど、鼻が高いし、
決して目に心地よい横顔というわけでもない。

芸術って厳しいものなのですね。

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ouge de Sang7 [マダムXの肖像]

もうすぐ、ベルばら二次の最終部分がしあがりそうです?(予定)

まぁ長いわ、長い! この調子でいくと全文で15万字超えるかもなぁ~。

わたしの場合、その都度都度文の推敲はそれなりに徹底的にやらないと気が済まないもんだから
やって次に進む、っていうスタイルを取っているんだけど、
でも後になって読み返すと、最初読んだときには絶対に解らなかった
文のまずさ、構成の悪さ、みたいなものがわかるのよね。

だからかきあげたあと、一か月か二か月ほど放置するんです。

すると今度は意外と客観的に、自分の文章でも読み直すことができるものなのよねぇ。

15万字っていうのはいかにもダラダラ書いているだろうな、
たぶん大幅に削らなければならないだろうとも予測しています。

だからと言って、最初からケチケチ書いているとそれはそれでダメなんだよねぇ。
10行の中の9行消しても、残りの1行が光っているってこともあるんで…。



ルイ16世の個人的諮問機関である「名士会」で特権階級の地租税、印税の新税導入を
そのメンバーが拒み、結局問題を先送りするため、三部会の開催をしたのですが、
どうしようとこうしようと、貴族はお金を払いたくないんだよね。

王侯貴族とは申しますが、王さまと庶民というのは意外に仲がよいもんでありまして、
意外と貴族がタヌキなことが多いのです。

わかっているようで7巻の推移がわかっていなかったので、
昨日、うぬぬともう一度読み返しました。

あれね、アランがオスカルさまにキスをした~とか
わぁ~、OAの愛の成就~とかそんなことに気を取られがちだけど、
そればっかり見てたらあかんのね。

なんとなく、三部会ががやがやしていて、アランたちが銃殺になりそうになって

オスカルがジェローデルに「私の屍を越えていけ!」って叫んでいるけど、
やっぱりあそこの箇所って難しいんですよねぇ。

いかに理代子先生が読者を飽きさせずに話をきちんと持って行っているか
わたしもそれのアウトラインをなぞらせてもらって、
「あ~、難しい綱渡りみたいなことをやっておられたのですね」と
感心してしまいました。

そして…漫画というツールは非常に絵が雄弁で、
下手なわたしがどれだけ修飾語を駆使したとしても
漫画のオスカルさまの一瞬の表情を筆で表現することは大変に難しい。

やっぱり、小説と漫画はツールとか間が決定的に違うモンでありますね。

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Bleu Marine  総集編 [マダムXの肖像 総集編]

最後の肖像画家といわれる、アメリカ人の画家ジョン・シンガー・サージェント。

その卓越した筆さばきで、パリ社交界をとりこにしました。

しかし彼はパリの銀行家ピエール・ゴートロー夫人、ヴィルジニーの肖像画を

きわめて不謹慎な風に描いたとして、フランスを追われ、

その生涯をイギリスで過ごすことになるのです。

その絵画を基にした、わたくしのオリジナルのラヴ・ストーリーです。

ですので、恋愛部分は全くのフィクションですので、

ほんとうだと思わないでくださいましね(^^♪




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Blanc d’argent 総集編 [マダムXの肖像 総集編]

自己疎外、ということばが
ヴィルジニーにはぴったり当てはまると思います。

社交界の華よ、と周囲には持てはやされていても
夫との仲はうまくいかず、妻として、母として
必要とされていない自分―。

夫は一見、妻を愛しているようでいて、
女というものはどんなものであるか、わかっていないのです。

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Noir et Or 総集編 [マダムXの肖像 総集編]

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なんと~。PDFファイルではなく、ワードで書いた原稿がみつかったので~す。
ああ、良かった、よかった。

あの、あんとなく、1・5文字間隔で、いや~な感じの禁則処理ができてない状態が
クリアできて、ほ~んと心もすっきり!!

昔のヤツもそのうち、全部取り替えますので~~。

いや~。ほんとにめでたい!!!!

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ouge de Sang6 [マダムXの肖像]

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ここらへんを今読むと、
技術的っていうか、小説の話の運びかたが
下手すぎて、いらいらしてきます 爆

ま、それでも面白がって読んでくださる方もいらっしゃるみたいで、
大変感謝しております。


昨日はこのサイトを閉鎖しなければならないかも…。と
思うくらい訪れる方が少なかったんですよ。
でよく考えると、昨日は年度初め、
あるいは、入園・入学・新学期と
一年で一番忙しい日だったのかもしれませんですね。

ふう、そういうことからも縁遠くなりました。

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秘められた名前1 [『ベルサイユのばら』 another story]

ゲリラダンジョンならぬ、ゲリラ小説なのですね~。笑

まえのものはジュブナイル的悲しみがかなりの割合で含まれていましたが、

今回は多少、艶っぽくて、あほっぽくて、辛辣かもしれません。

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秘められた名前2 [『ベルサイユのばら』 another story]

「?」と思われて読まれた方は多いのではないでしょうか?

それにしても、なんですがたいてい、作品に合うようなイメージの

名画を探すんですが、ない!

フランスのロココ絵画ではない。かといって革命後の絵画でもない。

求めるとすればそれはイギリス。

まぁ、ジャン・マルク・ナティエもいいんですが、

どっちかというと、雰囲気はレイノルズがゲインズバロウあたりに出典を求めてしまうような気がします。


時代的にはロココまっさかりなんだけれど、

でももうポンパドゥール夫人の頃のファッションじゃないんですね。


もっと軽い感じのイギリス風ドレスかシュミーズ・ドレスに移行しています。

これ、どういう意味かわかります。

このころはファッションとしてルソーの思想が伝わっているんですよ。

「自然に帰れ」と。

だからあんまり人工的じゃないイギリス庭園が流行ったり、

絹じゃないモスリンのシュミーズ・ドレスが流行ったり、

あるいは王妃のプティ・トリアノンにある農家とかね。

今でいうロハスでしょうか。

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これはポンパドゥール夫人が着ていたローブ・ア・ラ・フランセーズ。つまりフランス風ドレス。


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こっちはローブ・ラングレーズ。イギリス風ドレス。より簡素で可憐な感じしませんか?



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秘められた名前3 [『ベルサイユのばら』 another story]

ドレスはさらにローブ・ラングレーズからシュミーズ・ドレスにかわっていきます。

たしか、マリー・アントワネットがこのシュミーズ・ドレスにストロー・ハットをかぶっている
肖像画がありますが、この肖像画実は大変に世の中には不評でして
「一国の王妃たる身分のものが、こんな農婦のような恰好で肖像画になるなんて!
国辱ものだ!」ってやかましい方たちに叱られちゃったんです。

461px-Marie_Antoinette_in_Muslin_dress.jpgVigée-Lebrun_Marie_Antoinette_1783.jpg




で、仕方なく同じポーズで、今度はローブ・ラングレーズので作り直したんですけどね。

こうやって見ていると、アントワネットっていう人は、儀式ばった堅い表情のするドレスがキライで
もっと洒脱でシンプルな装いがすきだったんだなぁと思う。

余談だけれど、有名な「首飾り事件」ってありますね。あれはすごい首飾りだったけれど、国庫にお金がないから、マリー・アントワネットは欲しくてたまらなかったけれど、諦めた、とあります。

だけど真相はちょっと違うのです。洒脱で洗練された美しさが好きだったアントワネットは、成り上がりの寵姫のデュバリー夫人好みのごてごてしたネックレスなんかほしくなかったんです。

ベルばらの中では気弱な王様に描かれているルイ16世は、この事件にえらい立腹されまして、
宝石屋を呼びつけて、「ここに今即金で払ってやる!」って息巻いたんですよ。

本当なら、四の五の言わさずローアンなんか王の権限でそれこそバスティーユに放り込むこともできたんです。
王様は、ローアンがお詫びの代わりに、首飾りのお金を全部払うのが礼儀だと思っていたのです。

が! あろうことかローアンは国王と犬猿の仲の高等法院へ訴えたのですね!
信じられない、国王の臣下のくせに!
とは貴族なら誰しも思った事件だったのでした。

アントワネットが浪費家だというのは人口に膾炙されたことですが、本当なら
一国の王妃たるもの、常に堂々と着飾るのが務めでしたので、なんら非難されうことではないのです。
それに王妃が本当に浪費家なのか?といえば、まぁ節約家ではないにしろ、一国のそれも
フランスの王妃であれば当然であるぐらいしか使っていないのです。

実は浪費家ですごいのは、この後のナポレオンの皇后まで上り詰めたジョゼフィーヌなのでありまして、
そんなのから比べたたらマリー・アントワネットなんてかわいいもんなのです。

そんないくら贅沢が好きといっても、国庫がつぶれるくらいに浪費なんかできません。
やっぱり何が祟ったかといってそれはね、アメリカ独立戦争なのです。
このとき、フランスはイギリスと対立していましたら、どうしてもアメリカ側に肩入れをしてやらなくては
ならなかったのでした。だからアメリカは本当のことをいえばフランスに足を向けて寝るなんてことできないんですよ…。

ま、アメリカの独立が引き金となり、そしてフランスに革命が起きてしまう、というのも
なにやら皮肉な話ではあります。


話は元に戻る。笑

ただ、ルイ16世は寵姫を持たなかった。それがよくも悪くも作用するのです。
普通なら、王妃は寵姫が派手にふるまってくれるので、その陰に隠れて案外気楽に
自分の好きなことができたのですが、アントワネットはそうじゃなかった、ってことです。


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どこかでアントワネットの衣装展があったみたいで、そのお写真をお借りしましたけど、
でも、今日の目でみるとそういった農婦ふうのドレスであっても、
絹のお洋服では出しえない繊細な襞があってそれはそれで大変に優雅で美しいものだと思うのです。

そして、このあと、革命が起きると、このシュミーズドレスの変形ともいうべき、エンパイアスタイルのギリシャ風のドレスが流行りますね。おしゃれかもしれませんが、このアントワネットのドレスほど品がよくありません。
やはり一国の大公女とはそれほどまでに、威厳が備わっていたもんなんですね。
ここらへんが今でもマリー・アントワネットが愛される理由なのかもしれないです。


アントワネットはあんまり、読書のようなものは好きではなかったらしいけど、
ものを見る目は一級品だったらしくて、彼女は日本からの輸入品である漆器がお好きだったらしいです。
でも、その中のどれ一点として、日本産じゃないバッタものはなく、
いかに彼女がすぐれた鑑識眼、そして美意識があったかということを如実に語るものであります。

つまりはね、オーストリアの名門、ハプスブルグ家の大公女として生まれ、フランス王妃になるわけですよ。
本物の中の本物のプリンセスにしてクィーンなわけ。誰にへつらうわけでも自分が自分としてあるがままに振る舞ってもなんらその威厳なんて衰えることなんかないわけですよ。

だからこそ、自分の好きなように振る舞ってみたんだと思うんです。これを自分が身にまとってみたら下品に映るんじゃないかしら?なんて思うのは下々の劣った人間の心映えなんで、一の位の王妃さまなんてそんなこと考えもしない。そういう高貴なおおらかさがファッションという形をとるとこんなふうに形を取って顕れてくる、そんな気がします。



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秘められた名前4 [『ベルサイユのばら』 another story]

ふふ、みなさんどうでした?
面白かった?

これからがこの小説の最大の山場ですよ。

これってオスカルのいわゆるひとつの「ヰタ・セクスアリス」ってところかな。

狩のシーンがありますが、あとから考えてみると、「ある公爵夫人の肖像」
のジョージアナ扮するキーラ・ナイトレーのコスチュームがこの場合の

アンリエット扮するオスカルのコスチュームに似ているかな…。


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あの映画はよく出来ていて、ローブ・ラングレーズがいかに美しいいものかってことが
よくわかるいい映画です。

もしご覧になっていない方がいるとすれば、機会があればご覧くださいね。


わたしはラクロの『危険な関係』がものすごく好きで、
ちょっとその要素をちらり、とだけど入れたつもりです。(だけどあんなに過激じゃない)

あと、ジェイムズ型の小説ってのも気に入っていて
だいたい男女が二組いて、初めはお互い離れていて、その後二組集まって、
やがて離れていく、というX型の恋愛っていうのも、入れて見たかった。

まぁ、あんまり関係ないですけど~。(笑


書いていて感じたのは、
オスカルが自分の本来の性に目覚めるような話を書く場合、
どうしても、肝心のオスカルがなよ~っとなってしまいがちなんですね。
ま、当たり前なんだけどね。

しかし、オスカルはいつも凛々しいからオスカルたらしめるんで、
やっぱりね、きりっとしてもらわないと困る!

でも、やはりそこはそういうふうに流れていき過ぎない工夫が必要なんですね。(笑)
だから、ところどころ、躾けなおして、きりっとさせるためのページが必要なんですな。ウン。

こうやって書いていると実際のところ、オスカルって本当はどんな顔をしていたんだろうな、
ってよく考える。

まぁ、背は178センチっていうからそうとう高いよね、
そういうモデルさんとか女優さんがいるかな、と探すと
もう、ユマ・サーマンが抜群に高くて180センチ以上あります。

あと、そうね、オルガ・ギュリレンコは176センチ、
ミラ・ジョボヴィッチは174センチ、
あ、ニコール・キッドマンも高そう、180センチぐらいありそう。

まぁ、欧米って平均ってものがそもそもないような気がする。

でも、フランスはどっちかというと、逆説を言うようだけど、平民はそんなに背が高くない。
オスカルみたいなのは、もう平民から見たら雲を突くような大女だと思うよ。

だけど、貴族はそもそもフランスの土着の人の血が混じってないから背が高いのです。
それに、栄養がいきわたっているし。

で。案外男の人も190センチってな人も結構いるから、そんなにオスカルみたいな女性も
肩身の狭い思いはしなかったんじゃなかろうか、と思います。


そして、外見ですが…、案外お化粧してないときは、そっけない顔してるように思うのよね。
眉毛もまつ毛もこの人は色素が薄いから金色。
色が白くて、まぁ、目だけが冴え冴えと青かった…。

ふと、そこでバージニア・ウルフの「オーランドー」の映像が頭をかすめるのね。
あの話、好きそうで好きじゃなかったけど、映像的に好きだったかも…。
オーランドーみたいな無表情だったんではないかと…。
それをそのままトランスレートしたら変だけど。


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で、化粧するとがらっと表情が変わるんだろうねぇ。

わたしの中でも、レベッカ・ホール(この方、めちゃくちゃ好きです!)とか、エヴァ・グリーンとか、
そういう人を頭に置いて書いてます。
レベッカ・ホールなんて、「それでも恋するバルセロナ」に出てるときは、
すごく生真面目で背が高いだけの色気のない優等生みたいな役どころで
美人なんだろうけど、スカヨハばかりが輝いているような印象である反面、
イギリスのドラマの「パレーズエンド」に出ているときは
これがあのときと同一人物かっていうくらい、妖しく美しく、ひたすら美しい。

美しいという範囲には、顔の造作じゃなくて、スタイルがかなりの割合をしめるよね、私の場合は。
レベッカ・ホールはね、手が長い、頸が細くて長い。顔はいくらでも彼女を越える人はいるだろうけど、
こんだけ長身で細身で、ドレスがかっこよく映える人はいないですよ。ハイ。
きれい、じゃなくて、この人はかっこいいのね。うん…。

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レベッカ・ホールが男前すぎて、
結構長身なはずのクリストファー・カンバーバッチもちんちくりんに見えますね。笑


うん、どうもそういうタイプじゃないかって思うんですよね、オスカル。
普段は地味な感じがして…。

アンドレはなんだろう…?
造形的にはどうなんでしょうかね。
わたしが好きなタイプの男優さんの型は決まっているんだけど、あまりそういうの想定して
書いてないかなぁ。

ただ、ちょっとモデルにしているかどうかっていうのは別にして
アラン・ドロンって意識してます。
というのも、あの人のおじいさんかおばあさんっていうのが、
クロアチア系のイタリア人だったそうなのね。

クロアチアの男性っていうのは、平均で190から2メートルぐらいはあって、
180センチ代だと小柄なほうに入るそうです。

そう、それで「エリック・バナ」がクロアチア出身と聞いて、なるほど!と納得した覚えが…。


たしか、塩野七生さんも米原真理さんも仰っていましたが、
で、「あんなにアラン・ドロンがハンサムなのはクロアチア人の血を引いているからだ」と
断言しておられたのが、妙に頭に残っていて、
それで、アンドレが純粋なガリア人だけの血で構成されている人間だったら、
とうてい190センチなんかになれるはずがない、と思い、
「クロアチアの血が入っている」ってアンドレ自身に言わせてますけど…。



わたしはどうしても映像から入っていくタイプで、
自分自身も「読む映画」を目指しているので、
こういう造型的ディティールにはこだわってしまいます。




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秘められた名前5 [『ベルサイユのばら』 another story]

4はいかがでした?
ちょっぴりハラハラしながら読んでいただけたかなと思います。
アクセス数すごかったしね。



昨日、コメントくださった方がわたしのアンドレ観に賛同してくださって、
それなら、この方ではないか?と教えてくださいました。

それはゴラン・ヴィシュニックという方です。

写真をみますと、すごい目力強し。
なんての、すごい暗い情念ががぁ~っと湧き上がってくるようなタイプだよね。
ちょっと怖いかも。
だけど、あ~ゆ~女傑タイプの人間には、これぐらい迫力のある男じゃないと
釣り合わない気もするかなぁ…。

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たしかにおっしゃるように、ぱ~っと華やかなタイプの男優さんじゃなくて
渋いね。

こういう人かもしれないね~。

ヴィジュアルって本当に大事。



さて、私はいつでもそうですが、

名前に興味があります。
その人の名前をみて
「ご両親はどんなセンスの方だろう?」とつい考えます。

あと、それとはまた別に西洋の名前の起源とか名前の語形変化に興味がある。

あるいはアンドレで例を挙げると、
これはキリストの十二使徒の聖アンデレから来ていて、
英語なら、アンドリュー、フランスなら、アンドレ、ロシアならアンドレイ、ウクライナならアンドリイと
変化していくのを観察するのがとても好きなのです。

聖アンドレは最後、師であるキリストに倣って、殉教するのですが、
キリストのような十字架では畏れ多いということで、自らはばってんの形の十字架を
わざわざ作ってもらって磔刑された、といいます。

だから今でもばってんの形の十字架のことを「アンデレ・クロス」というのです。

もし教会など行かれた時に、よくしらない聖人でこのばってんの十字架を持っている人がいれば
「あ、これは聖アンデレなのだな」と覚えておいてください。

あと、他にも旧ロシア海軍の旗は「アンドレーエフスキー」旗っていうんですけど、
このアンデレクロスが使われていますし、

また、他にもスコットランドの国旗にも使われます。


普通の十字架は、ラテン十字といいますが、それは「太陽」を暗喩しているのに対し、
アンデレ・クロスは「月」を象徴しているともいわれます。

そして「アンデレ」って名前自体は「男らしい」っていう意味があって、

なかなかベルばらの「アンドレ」はその名前と呼応してんな、と感心するんですよ。
偶然なんだろうけど…。

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オスカルのお姉さんの名前をアンリエットと持ってきたのは、
ちょっと訳があって、ジャルジェ将軍がもう念仏のように「男、男」としか考えてなかったわけよ。
で、男だったら「アンリ」ってつけようと思っていたのね。
だけど、女だったから「くそっ!」って感じで「アンリ」を女性形にして「アンリエット」にした、
ってことにしようと思ったのです。

でも、よく考えてみたら、アントワネット、アンドレ、って登場人物がふたりも「アン」って始まるのに
ちょっとややこしいかなぁとも思ったけど、

わたしはあんまり、自分の登場人物に凝った名前をつけるのが好きじゃないし、
ジョルジュにしよ~か、と思ったら、お母さんがたしか、「ジョルジェット」やったな~でやめた。笑

オスカル・フランソワはどうなんですかねぇ。
フランス人でオスカルという人はあんまりいないと思う。

たしか、画家のモネが「オスカル・クロード・モネ」だったように記憶しています。
オスカルは北欧でもよくつかわれる。オスカル国王っていうのも、たしかスウェーデンにいたはずだし、
「ぼくのエリ」っていう小説の主人公もオスカル、「ブリキの太鼓」の主人公もオスカル。

ただし、南欧のほうのオスカルはオにアクセントがあるのに対し、
北欧の方のオスカルはカにアクセントがあるんだね。

起源がそもそも違うんかもしれませぬ。

原作には「神と剣」という意味がある、と書いてありましたが、
ほんまかい? 神って「エリ」って表記されるから、
天使みたいに「ミカエル」とか「エリザベス」とか「エライアス」などには
はっきり「神」も入っているし、ヘブライ語起源なのだな、と思うけど、
オスカルはもともと北欧起源の名前らしい。

ゲール語では「鹿を愛する人」、古英語では「神の槍」という意味らしいよ。

似たような名前では「オズワルド」とか「オズボーン」とか…。

どうしてお父さんはフランス人にしては珍しい名前にしたのか。
まぁ、実は理由なんかないだろうけど、しいて作家魂をおおきゅうして
理屈をこねると、おじいさんとかおばあさんが北欧の人で
そういう名前を持っていた、だけど、フランス人なので
オスカル・フランソワ(フランス人のオスカル)ってつけた、と。


今回は、この作品の一番、コアかもしれないっす。(笑)

わたしはクリスマス・イブだというのに、
旦那は仕事でひとりです。

娘から昨日、レオニダスのチョコが届いたんで、
それでも食べてゆっくりしましょうかね。

今日の回は特に、クリスマスをひとりで寂しく過ごしている方に捧げます。

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